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#188 ザナドウを狩る理由

 

 交渉って言うのは、結構長く掛かるものらしい。

 テーバイの女王と姉貴の最初の交渉で全ては終わりだと思っていたのだが、どうやらそうでも無いらしい。

 大筋合意でも細かい事はこれからよ。って姉貴が言っていたけど、これで4日目だぞ。少しうんざりしてきた。アルトさんもそうなんだと思う。誘っても来ないし、今日は嬢ちゃんず達で山の方に出かけてる。きっと狩りに行ったに違いない。


 4日目となると、流石に荒地に座って…とはならず、天幕の中にテーブルを持ち込んで対面同士で座っている。

 従者も2人連れてきているから、お茶だって飲めるし、タバコを吸っても苦情は出ない。

 もう1つある天幕で実務レベルの細かな交渉が行われており、アイアスさんとジュリーさんが、後ろに御后様を置いて対応している。

 こっちの天幕は、6m四方位ある大きなものだが、両国合わせて6人しか今はいない。

 大筋合意はしているので、今は世間話をしているんだけど…俺達交渉に来てるんだよな。

 姉貴なんか、友達と話してるような感じだけど、大丈夫なのか心配になってしまう。


 「…モスレムのハンターがザナドウを倒したとは聞き及んだが、そなた達とはな。流石に虹色真珠の持主だけのことはある。…じゃが、わが国にも虹色真珠を持つ者はおる。彼等にも倒せるものじゃろうか?」

 「貴重なハンターを失う事態になると思います。」

 「やはり、ザナドウなのか…。もしやと思い聞いてみたのじゃが…。」


 女王の興味は、名声でもなく、至宝となる嘴でも無かった。肝臓を欲しがっていたのだ。

 ザナドウの肝臓は万病の薬。これは過去の2つの討伐で手に入れた肝臓で王国の中枢部には知られていたらしい。


 「テーバイでは深刻な疫病が出ているのですか?」

 姉貴の問いに女王は口元を緩める。相変わらず、頭は顔の半分以上を覆う薄い被り物を付けているため表情はよく分らない。俺としては顔を見てみたいんだけどね。


 「いや、そうではない。そうであればこのような交渉の場には口が裂けても出さぬよ。」

 「ですよねぇ。」

 「我が王国を築いたのは、我が覇を唱える為ではない。それは分っておるじゃろう?」

 「それが疑問でした。王女様の気質からして新興国を作るよりは、兄の背後で支える方を選ぶと思うんです。…そんな方が何故新興国を造ろうと御思いになったのか。今でも疑問です。」

 

 「これが疑問の答えじゃ…。」

 女王が、自らの頭の被り物を取り払おうとすると、後ろの2人が慌てて止めに入った。

 「良いのじゃ。少なくともミズキ殿達には知らせておくべきじゃろう。それに何れ分ることじゃ。」

 するすると被り物を取り去って、俺達を正面から見据える。


 「これが、我が新興国を造ろうとした理由じゃよ。」

 声から若い人だとは思っていたけど、キャサリンさん位の歳なんだと思う。…ただ、その顔に俺達と違うところがある。

 女王の顔の三分の一程が鱗に覆われている。鼻の中ほどから額にかけてアイマスクを掛けているように蛇の鱗に覆われていた。そして、その眼も爬虫類の目だ。


 「驚いたか。…醜い姿じゃろう。この姿ゆえ、我がスマトルの王宮を出た数は22年の年月の中で片手で足りおる。」

 自嘲気味に女王が呟いた。

 「20歳の時じゃ。父上に無理を言って王都を警護の兵と見物していたときの事…。」

 「見たんですね。」 

 表情の無い姉の顔を見るのは久しぶりだ。そして、女王は姉貴の言葉に頷いた。

 

 「それで国造りを思い立ったという事ですか…。でも、貴方が作ろうとした地域には先住民がいたはずです。その人達の事は考えなかったのですか?」

 「言うまでもない。我らの国を作る為に不幸な民を作るのでは唯の独善となる。先にハンター達のチームを4つ程、この荒野に送って調査を行なった。そして、ここで暮す遊牧民達の集落を訪ねて同意を得たつもりじゃ。」

 「遊牧民達も一緒に暮してるんですか?」

 ちょっと姉貴には意外だったようだ。


 「彼らは草原を家畜と共に移動する。我等が、広大な荒野の一角に町を造ろうとも、彼らの生活が変らねば問題は無いはずじゃ。遊牧民達は変らずに牧畜を続けておる。相互に干渉せず、取引だけを行なう事で合意しておる。」

 「将来、農業と牧畜で対立する事は無いんですか?」

 「彼らは、水場を2つがある場所を示して言った。この水場から西はどのように使おうとも我等は異を唱えん…とな。その水場はこの地より東方、歩いて6日の所にある。十分に農業をすることが可能じゃ。」

 

 「話を元に戻しますが、ザナドウの肝臓で治るのですか?」

 姉貴は、遊牧民の対応に納得したのだろうか…女王の顔の異常について確認する。

 「判らぬ。我と共に国造りに賛同した者達の多くが、このように体の一部に何らかの異常を持っておる。生まれ持っておるものゆえ疫病の類では無いのであろうが、万病に効くというザナドウの肝臓であれば…あるいは、と思うてな。」

 

 姉貴は、考え込んでいる。ジッと女王の顔を見ていたが、不意に席を立つと女王に頭を下げて天幕を出て行った。

 

 「落ち着きの無い姉貴ですみません。」

 俺も頭を下げる。一応名目は指揮官同士の交渉の場なのだ。今の姉貴の行動は相手に失礼となるだろう。

 

 「かまわぬ。この場は、名目だけじゃ。隣の天幕が実質の交渉をしておる。我等は世間話をしておれば良いのじゃ。」

 そう言って女王はお茶を一口飲んで、パイプを取り出す。

 「たまには違うタバコを吸ってみませんか?」

 俺は銀のケースを開けて、女王に勧めてみた。


 「先程、御主がやっておったものじゃな。このような形があるとは思わなかったが…1本頂く事にする。」

 「片方に色が着いている方を咥えてください。」

 そう言って、ジッポーで火を点けてあげた。自分の分も1本取り出して同じように火を点ける。


 「フム…。強くはないな。癖になりそうな味だ。」

 女王は優雅に煙を吐いて、そう言った。

 「ところで、テーバイは畑で何を作るのですか?…これから国を作り民を食べさせるとなると、直ぐにでも開墾を始めなければ大変な事態になると思いますが?」


 女王は俺を見て、微笑んだ。

 「これじゃよ。」

 そう言うと、上等な革鎧の胸元を両手で無理やり開く。形のいい胸に思わず赤面してしまう。

 「見るものが違ごうておるぞ。これじゃ。」

 女王が片手で指差す物は…インナーシャツだ。そして、その光沢を持つ織物は俺の知る限り1つしかない。


 「絹…。」

 「知っておるのか?…金と同じ価値があるとまで言われる品じゃ。」

 「桑畑を作ったのですか…。」

 「我が王国の秘密とまで言われる絹の秘密を知っておるのか?」


 俺は頷いた。

 確かに換金作物ではないが、桑は荒地でもよく育つ。桑は生長が早いし、蚕が食べ残した枝は薪としても利用できる。

 そして、蚕の繭から糸を紡ぎ、それを織物として加工すれば、十分に国民を食べさせる事も出来るだろう。


 「来年は絹糸としてスマトルに輸出出来よう。その次の年には織物として出す事が出来る。我等、は此処で誰からも蔑まれる事無く、誰からも石を投げられる事無く暮せるのだ。」

 確か女王は22歳って言っていた。王都で何を見たのか…俺にも想像出来たぞ。それを見て決心したとなれば2年間じっくりと考え準備したのだろう。

 親も多分な援助をしたに違いない。それは別の目的があったとしても、女王はやり遂げたという事だ。

 テーバイの民も昔に戻る位なら…と外圧に対処するだろう。問題は、王国の財政を支える産業が自国であるスマトルに正当な値段で買取って貰えるかだ。そして食料をどの程度の値段で売って貰えるかも考えねばならないだろう。


 「もし、スマトルが絹糸を安く評価し、穀物の値段を高くした場合はどうするのですか?」

 「しばらくはそのような状態は続くであろう…。それは覚悟しておる。それに荒地で栽培できる作物の種も何種類かは準備しておる。少なくとも現国王が退位するまでは我慢しようと思うておる。」


 親の恩はそれだけ大きいという事だろうな。

 そして、兄には恩を感じないという事だ。テーバイとスマトルの戦がその時に起きる可能性は低くは無いだろう。


 「我が、この姿で無かったなら…後5歳若ければ…御主をテーバイの王に迎えたかった…。」

 女王がそう言った時だ。天幕の入口がバサリと開き、爛々と目を光らせたアルトさんがミーアちゃん、サーシャちゃんと立っていた。


 「我が伴侶を誘惑するでない!…たとえスマトルの王族と言えども唯では済まぬぞ!!」

 「これは、御嬢ちゃん達ではないか。…しかし、伴侶とは、いささか早い婿選びではないのか?」

 アルトさんに、女王が小さい子のオシャマな口ぶりを諭すように言った。


 「そうでもない…。」

 アルトさんは懐に手を入れて装飾の施されたクナイを握る。

 ピカって光る訳ではないのだが、一瞬にしてアダルトなアルトさんに姿が変る。


 「…剣姫か。噂で聞いた事がある。魔物の呪いで幼女に近い姿に変えられたと…。失礼した。すると、アキト殿は剣姫の…。」

 「降嫁しただけよ。私もいるしね。」


 姉貴が現れた。これで話がややこしくなるぞ。

 そう思ってテーブルの端で小さくなっていると、意外と姉貴はその話題をスルーした。


 「ザナドウの肝臓ですが、モスレムの王宮から取り寄せます。握り拳程ですが、もしそれで効果があれば、ザナドウの肝臓をギルドに依頼してください。勇士を募って必ず倒します。」

 姉貴がそう言うと、女王は立ち上がって姉貴の手を握る。


 「ありがたい。ザナドウは一口で効果が有ると聞く。それだけあればある程度判断が出来るじゃろう。利く者があればそれは素晴らしいことじゃ。」

 「あれは利くぞ。母様も長らく寝込んでおったが、今はあの通りじゃ。」

 

 アルトさんはそう言ったけど…御后様って、いったい何の病気で寝込んでいたか未だに判らない。聞いたらいけないような気がして未だに聞くことが出来ないんだ。そして、誰もその事を話題にしないのも気になる。

             ・

             ・


 4日後にザナドウの肝臓が届いた。

 布で包まれ、凍った肝臓をジッと見たまま、女王は動かない。


 「これが、届かぬ都なのか…これで、我等の願いは叶うのか…。」

 「母様は薄く切ったものをそのまま食べたと言っておった。親指の爪位の大きさの分量だったと聞いたぞ。それを食事の時に1切れずつ、朝、昼、晩に食べたら次の日には直っていたと言っていた。」

 

 感動している女王に、アルトさんが食べ方を教えている。

 「判った。…10人で試してみる。もし、1人でも直る事があれば…ザナドウ狩りを依頼しよう。」

 

 直ぐに女王の後で待機していた兵士にザナドウの肝臓を渡す。

 小さな声で早速試すように小声で指示している。


 そして2日後その結果が女王より伝えられた。

 「流石、ザナドウは偉大な生物じゃ。これを見よ。」

 

 女王が被り物を取る。

 そこに現れたのは、若々しい綺麗な女王の顔だった。爬虫類じみた目元はすっかり鱗も取れて、縦長で瞬幕のある蛇の目ではない。両のコメカミあたりに数枚の鱗が残っているのが気にかかるけどね。


 「やはり我等の変貌は病気ではないのだろう。呪いの類でもない。魔道師もここまで治る事自体が奇跡的だと言うておる。…じゃがの、これで顔を隠す事をしなくとも済む。数枚ずつ鱗は残ったが…これは仕方あるまい。」

 

 その後の女王の話では、全員がその姿を改善したとの事。但し、完治した者はいないと言っていた。俺的には、改善するだけでも不思議な気がする。どう考えても遺伝子の異常としか思えなかったからだ。

 ザナドウの肝臓に何故、遺伝子修復の機能があるのか…俺の疑問がまた1つ増えた。

 

 「来年には我等が町にもギルドが出来よう。さすれば直ぐにザナドウを探す依頼を出す。そして見つけたならば…。」

 「私達に知らせてください。必ず、肝臓を手に入れましょう。」

 

 俺達がそんな事をしている間に、もう1つの天幕では交渉の細部がほぼ終ったようだ。

 分厚い協定書を2部作り、その記載が同じである事を確認して、女王と姉貴が署名する。そして立会人の署名を御后様がすると、女王はその名前を見て驚いた。


 「モスレムの御后が、おいでになっていたとは…。」

 「なぁに、唯の後見人じゃよ。今回は全てをミズキに任せたからの…。」

 そう言って、オホホホなんて笑ってる。

 

 戦の代償は互いに要求はしない。どちらも被害者と言えるからだ。

 それでも、女王はザナドウの礼と言って、大きな箱を持ってきた。その中身は…絹の織物だった。

 「ガルパスを率いた3人のお嬢様の服に使って欲しい。50人で蜥蜴部隊300人を壊滅させるとは、未だに信じられぬ。その上、大蝙蝠部隊200人も生存者は10人程度…スマトル王国の者は誰も信じまい。その位の武勲じゃ。我が送っても問題は無かろう。」


 次の日、女王は帰路についた。国境線を造る1部隊100人を残して。

 俺達も帰路に着く。後はアイアスさん達に任せて、王都からの増援部隊、サーミストからの増援部隊それに屯田兵とアン王女達も帰路に着く。

 

 マケトマムで久ぶりの風呂を満喫して、おばさんの美味しいシチューを食べると、ちょっと幸せな気分だ。

 長かった戦もやっと終った。これで、残りは西のカイナル村の戦いだけがモスレムの

残った戦場だと思う。現状の確認に先程御后様とジュリーさんがギルドに出かけて行った。

 

 

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