#185 傭兵の襲撃
3日目の朝が訪れた。
バルバロッサの炎上時に亀兵隊達が持ち出した爆裂球は分配すると1人2個だし、弓兵の矢は40本に満たない。亀兵隊達も矢の数は20本を切っており、手持ちの爆裂球は分配された物を合わせて、5,6個だ。
嬢ちゃんずは矢を亀兵隊達に分配してクロスボーを装備している。
ボルトは、爆裂球付きを含めてたっぷりあると息巻いていたが、発射速度は遅くなるんだよな。
俺も弾丸の残りが気になってきた。Kar98用は5発クリップが後5個だし、ショットガンの弾丸は散弾とスラッグ弾を合わせても60個程だ。M29用は50発程あるけど、意外と再装填に時間が掛かるのが問題だ。
姉貴もクロスボーを背負っている。先端のキャップが外されているから、グレネード弾は装填されているのだろう。
薄明時までに屯田兵により3重の柵が作られた。柵の外側にはミーアちゃんの部隊が闇に紛れて地雷を据え付けた。地雷は砦西側に作った柵の周辺から撤去した爆裂球を使ったみたいだ。
今は、要害の柵に丸太を並べて矢の防御体を作っている。
正規軍の弓隊は500人以上だと姉貴は言っていた。確かに一斉に放たれる矢は脅威以外の何物でもない。だけど、それは敵に対しても同じことが言える。亀兵隊は全員が弓兵だし、アン姫や屯田兵の部隊にも弓兵はいるのだ。200人位にはなるだろう。しかも、相手には避ける手立ては無い筈だ。
姉貴は朝から見張り台に上って砦を見ている。俺も隣で双眼鏡を覗いているんだけど、さっきから砦の残骸の上にちらほらと敵兵が見えるようになってきた。
残材の柱をかき集めて即席の櫓を作ったようだ。砦を出る時に投石器と櫓は全部破壊してきたと姉貴は言っていた。
「こっちを観察してるね。」
「偵察は戦の基本だろ。敵だって人間だからそれ位はすると思うよ。」
敵の勢力は砦の東に展開しているから、ここからは直接見ることは出来ない。でも、夜明け前にディーが偵察したところによると、砦の直ぐ東に500から600の部隊が3隊いるそうだ。これは第2梯団の傭兵達だろう。その後ろ500m位に500人以下の部隊が3隊、これは正規軍だろう。
依然として圧倒的な勢力だ。問題は砦のどちらを廻って来るかだと思う。俺達の陣と砦の距離は500mだ。砦の前に勢ぞろいして攻撃するには少し距離が近すぎる。
「敵に動きがあります。砦の北に2部隊が集結。南には1部隊が移動中です。」
ディーの索敵報告に俺達は見張り台を下りて部隊長を急いで集めた。
何処から運んできたか不明だけど、小さなテーブルに地図を載せるとその地図を指差しながら部隊配置を指示していく。
「北から2部隊が回り込んできます。南は1部隊ですが、連動して攻めて来るでしょう。屯田兵の3部隊を北に、2部隊を南に配置します。遊撃は北をアルトさん南をミーアちゃんにお願いします。サーシャちゃんはここで爆裂球の投擲と予備部隊とします。」
「ジュリーさんは魔道師部隊を率いて北側に待機してください。全員に【アクセラ】を掛けてください。もう片方は私が掛けます。アン姫はサーシャちゃんと連携して弓兵の指揮をお願いします。」
一通り部隊の配置を伝えると、姉貴は陣地の頂点を指差す。
「この位置で私とアキトそれにディーで待ち構えます。」
この急造陣地は凹型を逆さにしたような柵の配置で出来ているが、姉貴が砦を脱出してから少し柵を変更して、内側はV字を逆さにしたような形になっている。姉貴が指差した位置はその両側の柵が交わる頂点だった。
「無謀では有りませんか?敵に挟撃されますよ。」
アン姫の言葉は最もだと思う。でも、ディーがいればこそ出来る配置でもあるのだ。
「十分勝算はあります。荷馬車を1台頂けませんか?矢の雨が降ってきた時に使いたいんです。」
「それでも、十分とは言えませんぞ! 銀持ちは兵10人に匹敵するとは良く言われる言葉ですが、それでも相手が多すぎます。」
「その為の、サーシャちゃんであり、アン姫でもあるんです。援護があれば十分持ちこたえます。」
要するに囮って訳だな。俺達3人を抜けば陣地に雪崩れ込めるから、結構な数が殺到するぞ。
それを、弓と爆裂球、そして姉貴の【メルダム】で迎撃するとなると、はたして俺の前に何人辿り着けるのか…意外と数は少ないように思える。
「では、皆さんの頑張りに期待します。」
姉貴の言葉が終ると、早速迎撃の準備に入る。
ショットガンを担いで姉貴達と荷車を押して柵の交点に移動する。
荷車を横に転がすと近くの杭の残材を積上げた。これで矢を防げるだろう。
「砦の左右から敵が進軍してきまーす!」
見張り台からの声に双眼鏡を砦に向ける。
ぞろぞろと統制の取れない動きで砦の左右に溢れてきたのは傭兵の姿だ。
得物は…長剣に、片手剣それに槍だな。左右の敵を急いで確認する。やはり、弓を持っている者はいないようだ。
「弓を持っている傭兵はいないみたいだよ。」
「それなら、何とか凌げそうね。…ディー、打ち合わせ通りお願いね。」
「了解しました。」
俺が双眼鏡を下ろして姉貴に伝えると、姉貴はにんまりとしてディーに指示を出した。
ディーは返事をすると、ヒョイって柵を飛び越える。
そして、右手を伸ばす…。ディーの肘から先が見る間にレールガンの筒先に変形していく。
キューン!っと言う耳障りな甲高い高音と共に、砦の左側の傭兵部隊に向って水平に発射された。
その弾丸は、突撃前の態勢を整えていた傭兵部隊に襲い掛かると、衝撃波で傭兵達が吹き飛ばされる。そして、傭兵部隊の真中に直径4mの穴が空いた。
「チャージ開始します。次弾発射15秒前…。」
そう俺達に告げてくれるが、背中に6枚のトンボのような羽を伸ばした姿は、妖精に見えなくも無い。見方にはエルフ族以上の魔道師に見えるだろうし、敵にとっては死神にしか見えないだろう。
そして、次弾が発射される。再び傭兵部隊の中に大きな穴が空いた。
2弾発射すると、ディーは向きを変えて砦の右側の傭兵を狙ってレールガンを発射する。こちら側も2弾発射すると柵を飛び越えて俺達の前で待機する。
「ご苦労様。少なくとも50人以上はやったみたい。これでちょっと近づけなくなったでしょ。」
姉貴的には、1発、ガツンと…って事みたいだ。まぁ、確かに先制攻撃はそれなりの効果がある。この場合は、敵の出足が鈍ったからね。
「ディー、エナジー残量は?」
「65%で上昇中です。」
やはり、連発はきついよな。4発で40%のエナジー量が減るんだから…。
「敵部隊前進しまーす!」
見張り台からの大声に、傭兵部隊を見ると盾を前に持って前進してくる。
彼らからすれば新兵器だな。少なくとも矢を防御する効果は高い。だがよく観察すると、盾を装備しているのは黒々とした部隊の前三分の一程度だ。その後には槍の穂先が見えている。
そうなると、盾を持っているのは長剣や片手剣を装備した者達となる。
片手剣ではもう片手に盾を持てるだろうけど、長剣では突入時に捨てなければならないだろう。その時に最大のダメージを与えればいい。
ゆっくりと前進してくる部隊に、kar98を取り出して狙撃を試みた。
400mの距離では俺の腕では50cm位の誤差になるけど、密集しているので全弾命中した。しかし、傭兵は倒れた傭兵を踏みつけて前進してくる。
後は、ショットガンが頼りになる。俺はKar98を仕舞いこんで、爆裂球を左手に握った。
ディーが今度は、何かを両手で持って柵を飛び越えていった。
荷物を下に下ろして、ロープを握ってくるくると廻し始める。ハンマー投げのような感じで廻していたロープをポイ!っと放すと、ヒューンと傭兵部隊に飛んでいく。
ドオォーン!!という大きな炸裂音が周囲に木霊して、傭兵部隊の一角が吹き飛んだ。
あれって、集束爆裂球じゃないのか?
更にもう1個を取り出すと傭兵部隊に投げ付ける。
それでも、放り出された傭兵の場所には、たちまち他の傭兵が納まってくる。
傭兵との距離が200m近くになったとき、姉貴がシュポン!って気の抜けた音を出してグレネードを発射した。 グレネードは傭兵部隊の中程に落ちるとドォン!と炸裂して周囲の傭兵を倒していくが、1発では焼け石に水だ。
姉貴はクロスボーを荷台に置くと、そこにあった薙刀を持って俺の右手に立つ。
ディーは、片手に大剣を持ち、もう一方にブーメランを持って俺達の数m前に立った。
左手の爆裂球をそのままに、銀のケースからタバコを取出し、火を点けた。
100mに迫った時、一斉に投石具で爆裂球が投擲された。
今、まさに雄叫びを上げて一斉突撃を開始しようとしていた傭兵達に前に爆裂球が連続して炸裂する。
爆煙と砂塵の中から雄叫びを上げて傭兵が飛び出してくる。
後から…後から…怒涛のような勢いだ。
3重の柵に押し寄せる傭兵に姉貴の【メルト】がいっぱい…が襲い掛かる。クラスター爆弾のように火炎弾が傭兵に降りかかると、数十本の矢が降り注ぐ。俺達の左右の柵に取り付く傭兵達にも【メルト】、【メルダム】が降り注いでいる。
それでも、柵を乗り越えて最後の柵に辿り付く傭兵もいる。
三位一体の槍と長剣の攻撃で、柵の内側に足を踏み入れることなく傭兵は倒れていった。
俺達の前に来る傭兵はディーが大剣で一刀両断にしているし、姉貴は右から押し寄せる傭兵を次々と薙刀で倒している。
俺は、ショットガンで30m範囲の敵を狙い打ちにする。少し左側に攻撃ポイントをずらしているが、これはディーの攻撃範囲が思ったより広い為だ。
後方で、ラッパのような音が聞える。
それを聞いた傭兵達は波が引くように砦の東へと引き上げていく。
傭兵の攻撃を取り合えず凌いだようだ。
「敵、1107体。砦後方200mまで後退しました。」
ディーの報告では、直ぐに襲ってくる事は無さそうだ。急いで、亀兵隊に各部隊長を集めさせる。
焚火の傍で、アン姫の弓兵が配ってくれたお茶を飲んでいると、次々に部隊長が集まってくる。その姿は、朝の姿と違いいたるところに血痕が飛び散っている。
集まった顔ぶれを見て、姉貴がほっとした顔をしている。
「どうやら、引いてくれました。…力押しされたらと思っていたのですが、少し勝機が見えてきました。」
「しかし、依然として敵は我等の5倍以上です。…まだ勝機とまでは行かぬと思いますが。」
アン姫の言葉に頷く者も多い。
「敵の用兵が、あまりにもお粗末過ぎます。幾ら使い捨ての傭兵だとしても、先程退かせる理由にはなりません。むしろ、後続の正規軍を突入させるべきなんです。このままでは少しずつ兵力を磨り減らすだけです。」
「だが、戦とはそのようなものではないのか?少しずつ要害を崩し、相手を少しずつ減らしていく。そして相手が堪え切れずに逃げ出すまで繰り返す…。そのように士官学校では教えられたが…。」
ガリクスさんが言った。
これには俺も少し驚いたぞ。兵力の順次投入は絶対にするべきではないのだが、この世界ではそれを良しとするようだ。
意外とこの世界では用兵術というか、作戦を作ってそれに従って戦闘を行なうということは、一般的でないのかもしれない。
昔、兵力の順次投入を行なって結果的に敵が敗走したことがあり、それ以来、戦は斯くあるべきという考えに至ったのかもしれない。
「戦をする上で考える事は、兵力の分散と集中そして遍在だと私は思っています。敵に対しては可能な限り集中し、夜襲は分散で防御しました。そして、夜襲は遍在の具現化です。何処から襲ってくるか分からない。…ミーアちゃん達の夜襲部隊は正面攻撃を可能な限り排除してきました。」
「チェスだけでは無かったのじゃな。そのような考えで戦をするとは…」
アルトさんが呟いた。
「そして、今日は3日目です。御后様は5日で到着すると言っていましたが、私なら3日でたどり着かせます。その方法は…ジュリーさん。伝えて頂けましたね。」
「はい。確かに伝えました。…道中の町や村であらかじめ食事を作って置くように…。可能な限り牛車を使って兵を輸送するように、町や村で御者を交代して昼夜牛車を進めるようにと…相手の復唱を確認しています。」
呆れた顔で姉貴を見る。まさかこの世界で大返しの段取りを聞くとは思わなかった。
それだったら、今夜にでもマケトラムに先遣部隊は到着するぞ。
「そんなやり方が合ったんですね…。私には思いも付きません。」
アン姫の言葉に皆が頷いている。
「という事は、今日1日この場を凌げば良いということになりますな。矢数も爆裂球も心もとない状況ですが、後2日と今日1日では全く兵の士気は異なります。」
「早速部隊に知らせてください。そして、今の内に矢を回収しておいてください。今日の戦が終った訳ではありません。」
解散すると、皆自分の部隊に急いでいる。やはり早く知らせたかったようだ。
でも、俺にはそっと知らせて欲しかったな。