#183 そして戦いは2日目を迎えた
今は冬だから、北西の風が吹いている。あれ程の獣の血潮に濡れた大地は、さぞや血生臭い匂いがしているのだろう。
匂いが気にならないことはいいことだ。それなりの食欲が湧く。屯田兵は歴戦の兵がいるようだけど、バルバロッサの中にいるのは戦慣れしていない者が殆どだ。
食事を取らないと体力は低下するだろうし、士気も下がる。
何とか、敵第1梯団を構成する獣の群れを殲滅しても、次の梯団が控えており、まだまだ敵の数が俺達を上回っているのだ。
昼近くなると、東西の柵を西に周りこむ獣がいなくなった。
屯田兵の南北に展開する200人ずつの部隊が、バルバロッサの西の柵まで前進すると同時に、西の柵に沿って南北に低い柵を構築し始めた事による。
手持ち無沙汰な俺達は焚火に集まりお茶を飲んでいた。
「兵達には武器を研ぐように命じてあります。爆裂球は、ミーア様達に60個供給しましたので残り90個はあります。まだまだ行けますよ。」
フェルミが俺を見て言った。結構元気というか、少しハイになっているようにも思える。
「アルトさんが奇襲攻撃から帰ってきたら、一旦、バルバロッサの統合作戦本部に戻る。次の攻撃が直ぐに始まるとは思えないけど、今度は対人戦だ。獣のようにはいかないだろう。武器の手入れが終り次第、兵隊に休息を取らせてやってくれ。」
「分かっております。…しかし、南北に展開する屯田兵が前進して柵を構築すると、我々の存在意義が薄れると思いますが?」
「それを確認したいのだ。…だが、あまり期待しないで欲しい。姉貴は使えると思ったらとことん使うぞ!」
「それこそ本望。ワシの務めはここが最後でしょう。息子がおればとうに跡を譲っておりましたが、ようやく孫を連れ出す事が出来ました。ここで良い教えを受ける事が出来た事を感謝しております。」
やはり、孫だったのか。このモスレム王国は周辺諸国と緊張状態だけど戦は殆ど無いんだよな。それなりにトリスタンさんが頑張っているんだと思うけど、兵隊達の戦慣れが無いというのも、問題なような気がするぞ。兵隊達をハンター登録して獣相手に少しは戦闘を実践しているんだろうけど、所詮は個人戦の域を出ないような気がする。
今度の戦は何年ぶりかを聞いた事は無いけど、少なくとも20代の兵士にとっては初陣じゃないかな。
「ここにおったか。…ドラゴンライダーは壊滅したのじゃ。」
アルトさんが俺の隣に座りながら言った。
「ご苦労様でした。…となると、後は、傭兵部隊と新興国の正規軍それに大蝙蝠の僅かな空軍になるな。」
「ところで、我等の次なる使命は何になるのじゃ。亀兵隊の士気は高く、今なら敵陣に突っ込んで敵の本陣を襲えるぞ!」
相変わらず、物騒な事を考えてるけど、昨夜のように消沈しているよりも遥かにマシだ。
「今なら、バルバロッサに入れる。一旦、戻って指揮官の作戦を確認しようと思ってるんだけど…。」
「我も同行するのじゃ。サーシャをここに残して、万が一に備えればよい。…待っておれ。」
そう言ってとことこと後方に走っていく。
しばらくして、アルタイルに乗ったアルトさんがやってきた。
キーナスさんに後を頼んでアルトさんの鞍の後に跨った。
かちゃかちゃと爪音を響かせてアルタイルはバルバロッサの西門を目指す。
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バタンと扉を開けて統合作戦本部にアルトさんと入って行った。
テーブルの周りにいた連中が一斉に俺達を見る。そんな視線を無視して、俺達の席に着く。
「ご苦労様。状況はこんな感じかな。」
姉貴がテーブルの駒を指差した。
地図が替わっていた。…これだと東西10km南北20km程度だろう。1M(150m)ピッチで縦横の細い線が描かれている。
中心にある四角にはバルバロッサと書かれており、その3方向に近接して配置された駒は、円筒駒でKと書かれており、120、300、200と数字が書いてあった。これが獣の残存戦力なのだろう。
国境線付近に第2梯団が進出しているようだ。これはMYと書かれた四角柱3つが置かれており、旗には700とある。その後には第3梯団が旗に500と書かれて3つ置かれていた。
南東にあった混成部隊は壊滅した為地図上から撤去されており、北東の空軍は14の旗を背負っている。まだ壊滅はしていないようだ。そして、その位置は第2梯団に近接している。夜襲をした場合には敵兵700に囲まれる可能性が高くなりそうだ。
俺達の部隊も損害が数字に見て取れる。
屯田兵の北の部隊は200から187に、南の部隊は200から181に減っている。
バルバロッサの守備兵も100から88に減っていた。
「我等の部隊も8人食われた。」
アルトさんの呟きを聞いた、ディーが旗の数字を変更する。
合計52人…。俺達にとってはかなりの損害だ。
「このままだと、今日の夕暮れには、獣を殲滅できそうだけど…。」
そう言って姉貴の考えを探る。
「今日中の殲滅は行ないません。先程も言いましたが、アキトが戻ったので再度説明します…。」
姉貴の作戦はこうだ。
砦の南北の柵に群がる獣を排除した後、砦の東の柵に並んで作られた柵を修理。
砦の南北に砦から離れた場所に焚火を焚いて、屯田兵を一旦西に下げる。
「敵の空軍はまだ小数ですが残っています。しかも2度に渡る夜襲で第2梯団の保護下にあります。よって、まだまだ空襲の対策が必要です。さらに敵の斥候が獣の直ぐ後まで昼間に近づいてますからね。」
まだまだ夜は俺達の敵のようだ。
「砦の西に屯田兵50と亀兵隊が4部隊いる。アルトさんの部隊に被害が出ているけど、これは相手が悪かった。昼、夜を問わず攻撃が可能だけど…。」
「アルトさん、サーシャちゃんの部隊を増強して3部隊にするわ。今度は傭兵部隊だから、アキトにも偵察と狙撃をお願いするわ。指示はディーから今までと同じやり方で伝達します。昼は手旗信号を使いたいけど、まだ覚えてる?」
「たっぷり仕込まれたから大丈夫。」
「なら、大丈夫ね。…たぶん明日には第2梯団が動き出します。…援軍は王都を出たでしょうけど、5日は掛かるでしょうから残り3日です。」
「明日の朝、両翼の屯田兵を東の柵まで前進させます。前進後は、東と西の柵を補強してください。東は破られても良いですが西が破られると取り戻すのが大変です。西を厚く補強してください。」
「西の柵は横一列です。長さは2M(300m)程ありますが、周りこまれると面倒です。」
「乱杭をツタで結んで柵を作り、地雷を仕掛ければ良いでしょう。これは亀兵隊に任せられると思います。」
「任せるのじゃ。地雷は慣れておる。更に回り込もうとする敵には我等が対処する。」
「再度言いますが、絶対に昼と夜では陣形を変えてください。そして夜には欺瞞用の焚火をすること。敵の空軍はまだ残っています。一晩で50個以上の爆裂球を降らすことが出来ると思ってください。」
姉貴の説明が終わり、俺達は従兵が配ってくれたお茶を飲んでいる。
テーブルの面々を見ると、結構疲れが溜まっているようだ。姉貴も眠たげな目をして地図を睨んでいるし、アン姫も目にクマが現れている。
少しは休んだ方がいいのだろうけど、獣がそれだけ多かったのだろう。
「姉さん。俺が夕方までいるから、少し休んで来なよ。アン姫とジュリーさんも休んだ方がいい。まだ昼過ぎだからしばらくは眠れるはずだ。」
「そうね…。お願い出来るかしら。何か事態が急変したら起こして頂戴。」
そう言って、全員に休息を命じる。
後に残ったのは俺とディー、それにアルトさんだ。
「我は、一足先に帰るぞ。部隊の編成を行なうのじゃ。アキトが夕刻に帰ることは伝えておく。」
「お願いします。…そうだ。キーナスさんに焚火の近くに見張り台を作るようお願いしといて、明日からの作戦は砦との連動より、屯田兵の両翼の対処だ。両側6M(900m)が見通せれば、亀兵隊の運用が楽になる。」
「確かにそうじゃな。…了解したぞ。」
アルトさんはそう言って立ち上がると本部を出て行った。
俺も、敵の姿をよく見ようと、従兵に行き先を告げて、本部を出る。
あちこちに焼けた木材が散らばっている中庭を歩いて北東の櫓に上ってみた。
櫓と櫓間を結ぶ回廊には沢山の兵隊が詰めている。そして、柵を食い破ろうとしている獣達に【メル】を放っていた。魔法力を温存しつつ、獣の数を減らそうとしているようだ。
櫓の擁壁に両肘をついて東方のなだらかな丘に布陣している敵第2梯団を観察する。
容姿が不揃いな事から一目で傭兵だと判る。そして、武器は…槍と長剣のようだ。見える範囲では弓を持つ者がいない。
更に観察してみると、種族がバラバラだ。人間やネコ族、トラ族…犬族もいる。
同族で争うのに何がしかの躊躇いがあるとちょっと厄介な事になる。
北を見ると、屯田兵が東の柵まで進出出来た様だ。獣を牽制しながら柵の修理を始めている。そして、獣に刺さった矢を回収している。弓矢はこれからの戦いの主力だから
幾らあっても困る事はないはずだ。
焚火の準備まで始めるのを見て俺は櫓を下りた。
本部に歩いていると数名の亀兵隊に合ったので、櫓に少し大きめの石を運んでおくように指示する。投石具で放たれる石は矢よりも効果がある事を教えると、荷車を持ち出して砦の外に取りに出かけた。握り拳より大きな石なら、砦の周りに幾らでも転がっている。
本部に戻り自分の席に座る。テーブルに着いているのはディーだけだ。入口の亀兵隊の伝令と2人の従者が手持ち無沙汰に立っている。
「皆寝てるんだから、座って少し休むといい。先は長いんだから休める時に休むのも戦いの内だ。」
彼らが床に座り込み船を漕ぎ出したのを見て、ゆっくりとタバコを吸い始めた。
夕暮れが終わり本部の中は真っ暗だったが、先程魔道師が来て光球を2個作ってくれたから今は、地図は良く見える。
夕食が届けられたので、俺1人でシチューと黒パンを齧る。
食後のコーヒーを楽しみながら一服していると、ジュリーさんが戻ってきた。
「ご苦労をおかけ致します。お蔭で、ゆっくり休めました。アン姫とミズキ様にはもうしばらくお休みを取って頂きましょう。」
ジュリーさんはそう言って俺に改めて礼をした。
「ここはジュリーさんに任せても良いですか?そろそろ引き上げようと思ってたんですが…。」
「はい。後は大丈夫です。ご苦労さまでした。」
「ディー。敵の状況は?」
「敵第1梯団の残存兵力は200程です。私の探知範囲にそれ以外の敵はおりません。」
という事は、敵第2梯団の動きはないという事だ。
「では、連絡を待っています。…ディー皆を頼むぞ。」
そう言って俺は立ち上がると、バルバロッサを後に嬢ちゃんずの待つ森への道をテクテクと歩き始めた。
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夜には陣を後に下げる。確かに理に適ってはいるのだが、結構な距離だ。
それでも、要害の隙間を抜けて、大きな焚火とその周りの人形を眺めながら歩いて行くと誰何の低い声と槍の穂先が俺の前に現れた。
アキトだと応えると、とたんに槍が引かれる。兵の1人に案内されて、ちょっと窪地になった場所へ連れてこられた。
丸太の枠に黒い布が載せられて簡単なテントになっている。これでは、下で小さな焚火をしても上空からは見えないだろう。
「どうじゃった?」
焚火を囲んでいたアルトさんが聞いてきた。
「だいぶ獣の数が減った。後200位かな。敵第2梯団には動きがない。ところで亀兵隊の再編は出来たの?」
「終ったのじゃ。我とサーシャが24づつ、ミーアは20で変更無しじゃ。それに4人の亀兵隊をアキトに預ける。」
「できれば4人の中に2人程ネコ族の人が欲しいんだけど…。」
「2人がネコ族じゃ。後はアキトを乗せていたシーラムとエイオスじゃ。亀兵隊の指揮はエイオスに任せるがよい。」
それは助かる。夜戦でのネコ族の優位さは揺るぎないものがある。
「今夜の襲撃はどこですか?」
「今夜は休めそうだよ。出来れば屯田兵と夜間の見張りを替わってやってくれ。明日は忙しくなりそうだ。」
ミーアちゃんの問いにそう応えると、早速ミーアちゃんは出掛けて行った。
「という事は、いよいよ明日第2梯団が動くと…。」
「たぶんそうなるでしょう。人種もバラバラ、装備もバラバラですが相手は獣ではありません。苦戦するでしょうが、あと3日です。」
キーナスさんは苦い顔をしている。
「部隊に何人かの【アクセル】の使い手がいると思います。可能な限り兵隊に掛けておいてください。」
「大丈夫じゃ。その手筈はアルト様に言われて直ぐに整えた。」
テントに1人の兵隊が駆け込んできた。
「砦の櫓に光の点滅が見えます。」
急いで立ち上がると、テントの外に出て砦を睨む。
(SOGEKI SITE DEBANA KUJIKE…)
ソゲキ シテ デバナ クジケ…か。やはり、明日は激戦になりそうだな。