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#179 天空の脅威

 

 櫓の上には10人近い弓兵が集まっていた。

 「矢を1M(150m)飛ばせる者だけ残れ!! 後は櫓の下に避難だ。もう直、爆裂球が降ってくるぞ。」

 大声で叫ぶと、ばたばたと数人が櫓を下りて行った。

 光球がぐんぐんと空に上って行き、停止した。砦の上空200m位の所で、砦を取巻くように5個の光球が浮かんだ。


 「来たにゃ!」

 見覚えのある弓兵が叫んだ。

 指差す方向に大蝙蝠の姿が、光球の光で浮かび上がる。

 距離は大蝙蝠の下にぶら下がった人間の大きさを目安にして、スコープの目盛環を200mにセットする。

 ボルトを操作して初弾を装填し、スコープ内のT字を大蝙蝠に合わせて、静かにトリガーを引いた。

 ターン!っと乾いた音が響き、大蝙蝠の顔に血飛沫が立つ。一瞬、大蝙蝠は痙攣するとスコープの視野から落ちて行った。

 スコープから顔を離して、再度ボルトを引く。そして次のターゲットに狙いを定める。


 ドォン!っと炸裂音がして、スコープの視野の端に閃光が走る。

 ディーが炸裂弾付きの矢を大蝙蝠の隊列に放ったようだ。

 

 5発を発射すると、急いで弾丸ケースからクリップを取り出し銃に装填する。ボルトを戻してクリップがピンっと跳ねるように銃から飛んで行った。

 チラっと横を見ると、櫓に残った弓兵が次々と矢を空に放つ。

 西の櫓にいるディーが隊列を狙って矢を放っているようだ。次の目標を探す空に爆裂球が炸裂する。

 

 そして…ついに数個の爆裂球が砦に落ちて来た。砦の中庭でドオォンと言う炸裂音が連続する。

 ゴト!っと俺の傍にも爆裂球が落ちて来た。急いで下に蹴り落とす。

 ドオォン!っと今度は櫓の上部で音がする。キャー!っと言う悲鳴を上げて何名かの弓兵が櫓間の連絡路から転落する。

 


 スコープを使わずに大まかに狙いを付けて銃を撃つ。大蝙蝠が接近しているので、狙撃では間に合わない。5発打って銃に弾丸を装填を繰返す。


 柵の陰で弾丸を補給していると、ドドオォン!!と連続した炸裂音が上空から聞こえる。どうやら、姉貴が空に向かって【メルダム】を放ったらしい。

 更に、【メルダム】が続く。そして更にもう一度…。

 砦から離れた大蝙蝠に向かって狙撃を開始する。

 全弾撃ち尽くして、辺りを見渡した。

 

 砦の北側にあった焚火は2つに減っていた。まぁ、誰もいない場所だからあっちは問題無い筈だ。

 「怪我人は!」

 俺の呼び掛けに数人の弓兵が顔を向けて首を振る。

 砦の中庭を覗くと、倒れた者をその場で手当てを始めているようだ。ログハウスや柵から煙が上がっている場所もあり、兵隊達が桶で水を掛けている。


 「本部に戻る。後を頼む!」

 近くで周囲を監視している弓兵に怒鳴るように告げると、急いで櫓を下りる。

 大蝙蝠からの爆裂球はかなりの数が落ちていたようだ。呻く者、泣き叫ぶ者を取り押さえるようにして魔道師が【サフロ】で治療すると、担架に載せて救護所に運んでいく。

 そんな光景を見ながら本部に入ると、テーブルに着いていた者達が一斉に俺を見た。

 本部には未だ姉貴は戻っていない。とりあえず自分の席に着いて姉貴の帰りを待つ。


 「ディー。状況は?」

 「最大探知範囲内はクリアーです。」

 ということは、半径1km以内に敵はいないという事だ。ほっと息を吐く。

 「ディーの探知圏内に敵はいない。一息入れてくれ。敵は去ったが、また来ないとも限らない。」

 俺の言葉に緊張したテーブルが少し和らぐ。

 「遅くなりました!」

 そう言いながら姉貴とジュリーさんが本部に入ってきた。

 姉貴が席に着くと同時に、ディーの探索結果を告げると姉貴は小さく頷いた。

 

 「どうやら凌げたようです。…ディー、敵の来襲個体数と帰還した個体数は把握できた?」

 「来襲したのは、4部隊で総数103匹。帰還した個体数は72匹です。」

 アン姫が東北の遊撃隊の数を変更している。

 「こちらも戦死者を出しました。弓兵2人が亡くなっています。負傷者も20人を超していますが、【サフロナ】を使えますから重傷者はおりません。1日程度休めば戦線に復帰出来るでしょう。」

 「今夜の夜襲はもう無いのでしょうか?」

 「微妙ですね。一夜で三分の二を失っています。このまま使い潰す覚悟で攻めてくるか。或いは、新規部隊の到着を待って編成をし直すか…。ですが、輸送部隊が少ない事から新たな編成をする事は無いでしょう。」

 アイオンさんの問いに、地図を睨んでいた姉貴が応えた。

 「でも、ちょっと面白い事を考えたので、大至急ミーアちゃんを呼んで貰えませんか?」

 伝令の亀兵隊が本部を飛び出して行った。

 「私達は現状待機です。ディーが敵の接近を探知してからでも迎撃が出来ましたから、慌てる事はないでしょう。櫓の弓兵達も交代で休ませて下さい。」

 これは、アン姫の担当だな。アン姫は直に席を立つと従兵の1人を呼んで手短に要件を伝えている。


 本部の扉が開き、ミーアちゃんと2人の分隊長がやってきた。

 「ミーア以下出動準備完了しています。」

 ミーアちゃんの報告が終わると、姉貴がチョイチョイと手招きをする。

 3人がテーブルの右側に来ると姉貴は地図を指差した。


 「夜明けまで、まだ間があります。ミーアちゃん達が夜襲を掛けた後にカウンターを掛けてきましたから、敵は思ったほど後退していません。そして残った大蝙蝠の数は約70。もう一度、攻撃を掛ければ先ほどのような空襲を受ける機会が激減するでしょう。

そこで、ミーアちゃん達にもう一度攻撃を掛けて貰います。攻撃の方法ですが…。」

 

 誰もが驚いた。姉貴が地図を指差しながら説明するのは、敵陣の後ろからの奇襲だ。

 ガルパスで大きく戦線を迂回して敵の後方に回りこむ。幸いに北東の遊撃部隊の後方には敵の第2梯団は届いていない。2km程離れているのだ。

 敵陣の後方に移動して数百mの距離から一気に突入して森へ逃げ込む。

 攻撃点までの距離は20km以上あるけど、ミーアちゃん達ネコ族ならば日中と同じように夜の荒地をガルパスで移動出来る。


 「出発します。お兄ちゃ…副指揮官の同行は?」

 「もちろん、一緒よ。…アキト、絶対帰ってきなさい!」

 それって、全員帰還出来るように何とかしろって圧力なのか!

 うむーっと考え込んでしまうような命題だ。今度は敵だって少しは迎撃してくるぞ。確かに背面からの奇襲は敵にとっても想定外だと思うけど…。

 「了解。なるべく早く帰ってくるよ。」

 席を立つとミーアちゃんと本部を後にした。中庭には亀兵隊が整列して俺達を待っている。最後尾まで歩くと、少年の乗るガルパスに跨った。

 本部の扉を乱暴に開けて、ジュリーさんが走ってくる。そして俺達に【アクセラ】を掛けた。素早さが全てだ。【アクセラ】は必要だと思うがガルパスにも効くのだろうか?後で聞いてみよう。

 「また、世話になるよ。」

 俺の前でガルパスを駆る少年の肩を叩きながらそう言った。そして手を上げて、ミーアちゃんに合図する。

 ミーアちゃんを先頭に、ガルパスは一斉に砦を後に荒地を走り出す。


 森の傍の潅木の間を縫うようにガルパスは走る。

 前回の襲撃で東に進路を取る目印の杭はとっくに通り過ぎている。

 姉貴は10kmは離れて後方に廻り込めって言ってたけど。ミーアちゃんはそれ以上進んでいる。

 そして、15km位進んだ所でミーアちゃんは東に進路を変えた。

 2km位東に進んだ所で前の少年に敵陣が見えるか聞いてみると、全く見えないって言っている。大きく迂回した事で敵陣の捜索を行なわなければなるまい。

 そして、5km位進んだ所で一旦停止する。

 斥候を放って、敵陣を確認するようだ。


 その隙に俺は部隊を集めた。直ぐに俺の周りを亀兵隊が取り囲む。

 「いいか。襲撃は敵の後方から一気に突入してそのまま森に逃げ込む。敵に爆裂球を投げる事が出来るのは精々2回だ。だから、投げ方をちょっと工夫する。爆裂球を2個紐で結んで投石具の要領で投げる。爆裂球の起爆紐は2つを一緒に結んで紐を長くしておけ。襲撃時には起爆紐を手首に結び、爆裂球2つを結んだ紐を持って振り回せば遠くに届く。2回目は普通通りだ。これで、3個の爆裂球を投げられる。」

 俺の指示通り亀兵隊は爆裂球の仕掛けを作り始めた。

 

 斥候の亀兵隊が帰ってきた。どうやら国境から少し後退しているらしい。ここから南東に8M(1.2km)と言っている。

 ミーアちゃんを先頭にして、ガルパスを静かに進めていく。

 更に2km程進んだ所で南に1km程進む。そして、今度こそゆっくりとガルパスを西に向って前進を始めた。

 この南には、敵の第2梯団がいるはずだが気配すらない。少年も南には何も見えないと言っている。そして、ミーアちゃんが俺達の前進を止めた。

 直ぐにミーアちゃんの所に姿勢を低くして歩いて行く。


 「いたの?」

 「この先にいる。大蝙蝠はたくさんいるけど、人間の姿があまり見えない。」

 双眼鏡を取り出して敵陣を見る。焚火が何箇所かに焚かれていて大蝙蝠の姿を見ることが出来る。だが敵兵の姿があまり見えない。焚火の傍に何人かの人影があることから、今夜の襲撃を終えて休んでいるのかもしれない。

 だが、罠という事も考えられる。

 「姉貴は夜襲とは言っていない。夜の間に移動しろとは言ってたような気がするけどね。日の出直前に襲撃をする。夜が明ければ夜襲が無かったと安心するはずだ。但し、南の部隊が動いたら、一気に襲撃するよ。でないと挟まれちゃうからね。」

 俺の呟くような声にミーアちゃんは小さく頷いた。

 

 姿勢を低くして後に戻ると、バッグからショットガンを取り出す。初弾をポンプアクションでキャリバーに送り込み、チューブマガジンにもう1発を装填する。これで、6発を撃てる。そしてポケットに散弾を詰め込んでおく。

 銃を背負うと、爆裂球を取出し、亀兵隊に説明したように俺の分を作っておく。ただ投げるなら20m位しか届かないが、これなら30m以上飛ぶだろう。


 少年に南にゆっくり移動するようにお願いする。列の中央南に100m位移動して、第2梯団の動きを探る。まだ、俺達には気付いていないようだ。

 敵にしても、俺達が第1梯団の後方にいるとは想定外だろう。

 段々と空の星が消え去り、少しずつ東が明るくなってきた。

 

 モノトーンの風景に色が着き始めた時、ミーアちゃんの手が上がり…勢い良く下ろされた。

 ミーアちゃんを先頭にして後続が2列に分かれる。

 そして、亀兵隊の片腕に紐で結ばれた爆裂球が回され始めた。

 敵陣に入ると一斉に爆裂球が放たれる。距離はバラバラだ。俺も投げるとショットガンを掴む。

 ドドォーンっと炸裂音が連続する。俺は手近な大蝙蝠に次々と散弾を浴びせかける。

 急いでマガジンに散弾を詰め込む間にも、炸裂音が鳴り響く。

 再度散弾を浴びせながら敵陣を駆け抜ける。

 一気に国境の杭の列を通り抜けて森の方向へと駆ける。


 ミーアちゃんが停止を合図すると早速点呼を開始する。

 何人かの負傷者がいるようだ。ミーアちゃんがチロルを下りて【サフロ】を負傷者に掛けていく。最後尾で敵陣を睨むが追撃は無いようだ。

 そして、俺達は潅木の中をバルバロッサに向って進んでいった。


 俺達の砦は煙が上がっている。柵も何箇所か破れたように丸太が乱雑に崩れているようだ。

 俺達は砦に急いだ。何時も空いている扉が閉まっていたが、俺達が接近すると少しずつ開き始めた。

 中庭にガルパスを整列させると、俺とミーアちゃんは本部に走る。階段を飛び越して扉を開くと…何時ものメンバーが俺達を見ている。

 

 俺は何時もの席に戻り、ミーアちゃんはテーブルの右に立って報告を始める。

 「北東の遊撃隊に対する2回目の襲撃終了しました。敵の被害は甚大です。少なくとも半減しました。当方の被害はありません。」

 「ご苦労様。ここはちょっと煩くなるかもしれないから、ハンターの集落で休んで頂戴。今夜も期待してるからね。」

 姉貴の応えにミーアちゃんは礼をすると本部を出て行った。


 「所で、あれから夜襲があったの?砦がボロボロみたいだけど…。」

 俺の言葉に皆がクスクスと笑い始める。えっ?何かおかしな事を言ったかな。

 「アキト様がそう言うなら、欺瞞工作は成功ですね。」

 アン姫がニコニコしながら俺を見て言った。…欺瞞?

 「ちょっとボロっぽくしてみたの。これなら今日、攻めて来ると思うわ。」

 

 ちょっと待て、それって仕向けたって事か。此方の準備は出来てないと思うけど…。

 本部の扉が開いてカンザスさんと亀兵隊の2人がやってきた。背中の旗が黒地に赤丸と白地に三角。どんな根拠で旗印を作ったか聞いてみたいようなデザインだ。

 「騎兵隊2部隊到着しました。」

 「グレイがハンター10人を率いてネイリーに昨夜向った。今頃は朝食を食べているだろう。」

 素早く、ディーが地図上の駒を動かしていく。

 これって、何時の間に部隊を動かしたんだ。出かける前と全然違うじゃないか。

 部隊の殆どをバルバロッサに集めている。

 ネイリーにはアルトさんとサーシャちゃんの部隊それにグレイさん達だ。

 ミーアちゃんは森の中だし。ここには屯田兵1部隊と亀兵隊が2部隊それにアン姫の弓兵とジュリーさんの魔道師部隊だ。そして、砦の後方に南北に2つずつ屯田兵の部隊を置いている。

 こんな密集陣では一気に取り囲まれるぞ。


 そんな事を考えていると従兵が俺の前にお茶と黒パンサンドを置いて行く。

 むしゃむしゃと食べ始める。

 「アキトのいない間に少し陣をいじったわ。あと5日で2500人の救援部隊がくるから、5日間の辛抱よ。」

 「少し、密集してないか。…これだと一気に取り囲まれるぞ。」

 「今はね。屯田兵の部隊は、後1時間もすれば位置が変るわよ。アルトさん達もね。」

 「それで、俺は?」

 

 姉貴はキングを砦から取ると砦と森の中間に移動した。

 「砦から森への道に亀兵隊1部隊、屯田兵50人を率いて砦の背後を外側から守って。状況はディーで確認できるから、危なくなったら増援を送るわ。」


 道路の真中だ。壁をどうすればいい…それよりも、兵力が70人だぞ。

 「死兵という作戦じゃ無いよね。」

 「まさかでしょ。アキトがそこで戦うならその兵力で十分よ。屯田兵50人はもう迎撃準備を始めてるわ。直ぐに赤丸を連れて、任地で敵の襲撃を待ちなさい。焚火は自由にしていいわ。」

 俺は席を立つと、対面にいた黒地に赤丸の亀兵隊の隊長を連れて本部を後にした。

 

 

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