表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
180/541

#178 ミーアちゃんの夜襲

 

 北東の櫓の階段を駆け上がる。

 櫓の上は縦横6m位の広さがあるが、投石器が中央に置いてあるからそれ程広いとは感じない。それでも10人はここに配置できるし、南と西の櫓に向かって丸太が横に並べられて横幅1.5m位の回廊のようになっている。襲撃時には、この回廊に弓兵を配置して迎撃が可能だ。


 「今夜来ますかねぇ…。」

 見張りの兵士が上ってきた俺に気が付いて問うてきた。

 「分らないけど、指令官殿はこの砦の東でも地雷が炸裂すると言ってるよ。…俺はそれとは別に空を見張るために来たんだけどね。」

 そう言いながら、バッグから魔法の袋を取り出して大きく広げる。そして、中からkar98と弾丸ケースを取り出す。

 弾丸ケースを装備ベルトに装着した後、kar98のボルトをスライドさせて弾丸が装填されていることを確認する。

 後は静かに気を研ぎ澄ませて、この一帯に漂う気の流れを感じ取る。もし、偵察隊が侵入してくれば、気の僅かな乱れを感じる事が出来るはずだ。

 

 「この櫓にネコ族の人はいるの?」

 「私がいるにゃ。」

 俺の問いに投石器の陰から弓兵の1人が出てきた。

 「変なお願いだけど、砦の東で地雷が炸裂したら、空を監視してくれないかな。黒い影が飛んでくるかも知れない。それを探して欲しいんだ。」

 「分ったにゃ。でも、地面は監視しなくていいのかにゃ。」

 「それは、他の3人がやってくれるよ。」

 ミケランさんより若い兵士だけど、ネコって夜目が利くから俺1人で見張るより役立つはずだ。

 

 「上空からの偵察を気にしているんですか?」

 もう1人の弓兵が俺に尋ねてきた。

 「前例がある。司令官も気にしているし、俺もその可能性が高いと思う。」

 「ミーア隊長がいれば楽なんですけどねぇ。」

 柵の外を見張っていた兵士が言った。よく見ると亀兵隊だ。見張りはアン姫の部隊とここに派遣された亀兵隊が分担して行っているみたいだ。

 

 夜も遅くなると、結構寒さが気になる。ポンチョを羽織って兵士が入れてくれた熱いお茶を飲んで身を暖める。柵の影ならタバコも吸えるみたいだ。

 休んでいる兵士と一緒にタバコを吸う。

 「それを咥えたままで、立たないで下さい。敵に見張りの位置が知られますし、接近していた場合は弓で撃たれます。」

 注意してくれた兵士に、礼を言って携帯灰皿に吸殻を入れてポケットに仕舞いこむ。

 

 砦の左側には焚火が4箇所焚かれている。アイオンさん達の欺瞞工作だ。あたかも部隊がいるように見せかけてるんだけど、実際の部隊配置はもっと森の方になる。

 少し、空が白んできたかと東の彼方を眺めていると、国境線のある辺りで一瞬閃光が走り、その後にドォンっという炸裂音が聞こえてきた。

 直にネコ族の弓兵が空を見上げる。気の流れに乱れが無いから少なくとも300m以内には未だ大蝙蝠は近づいていないようだ。

 

 数名の亀兵隊が櫓に上って来た。1人を呼び止めて姉貴へ伝令を頼む。

 「国境付近で地雷が炸裂。現在監視を強化中。滞空監視に現時点で異常無し!と報告してくれ。」

 直に伝令の兵士は櫓を下りて行く。

 情報が入らないと心配するからね。異常なしでも立派な情報だ。


 「何かいるにゃ。この方角にゃ。」

 ネコ族の兵士が指差すけれど、俺には良く分らない。双眼鏡で再度確認すると確かに黒い影がおぼろげに見える。

 気の流れに不審な乱れが確認出来ないことから、未だ距離はあるのだろう。

 「1つだけかどうか良く見て!」

 「南の方にもいるにゃ。それともっと小さいのが北の方にいるにゃ。」

 流石、ネコ族。夜間監視は彼等に任せるべきだろう。

 空が明るくなるにつれ、俺にも見えるようになったが大蝙蝠は敵陣に帰っていく所だった。

 ネコ族の弓兵に礼を言って櫓を引き揚げる。

 本部に戻ってみると、昨夜のメンバーがそのまま座っていた。

 何時もの席に着くと直に従兵が熱いお茶を出してくれる。


 「大蝙蝠を3匹確認した。北と南に1匹ずつ低く飛んでいたが砦には接近していない。後、もう1匹はそれより上空を飛んでいた。地雷の炸裂を確認したが、砦からは詳細が不明だ。」

 「偵察に特化した部隊があるということね。1隊ということは無いはずだから、10匹位はいるのかな。…偵察したってことは、今夜は夜襲って事になるわね。アイオンさん。至急砦に爆裂球が降ってきても大丈夫なように屋根と囲いをお願い。ネイリーのアルトさんにも連絡してね。屯田兵の宿舎は森の中だけど、一応丈夫な屋根にしといた方がいいわ。」

 伝令の亀兵隊が本部を出て行った。

 

 「空からの攻撃ですか?それでは国境に向うにいる大軍はまだ来ないと…。」

 「先ずは、砦の破壊を行なってからでしょうね。中々考えてます。」

 ジュリーさんの問いに姉貴が応える。

 「姉さん。みすみす攻撃を受けるの?」

 「まさか!…先制するわよ。でもね、準備がちょっといるんだな。」

 そう言って地図に目を落とす。


 本部の朝食は兵隊達の食事が済んでからだ。何時もと変らない黒パンサンドにお茶を従兵が配り始める。

 皆でもぐもぐと食べ始めた時にディーが本部に帰ってきた。


 テーブルの上に広げられた地図を見て、サササ…っと敵の配置を変更していく。

 だいぶ近づいているのが判る。第1梯団は国境線まで1km程だ。そして、北北東の遊撃隊は国境線の上にまで来ている。

 

 「やはり、バルバロッサが目標ですか…。」

 「2隊が左右に迂回。そして残りの2隊が真直ぐ突撃。ネイリーの牽制にドラゴンライダー…左右に展開した部隊を殲滅するのが厄介ですね。この砦が落ちればネイリーは取り残されます。敵も無用な事をせずに早期に片付けたいのでしょう。これだけの大軍にも係わらず兵站を維持する輸送兵が少ないんです。ディーの偵察では輸送部隊の規模が荷馬車10台程です。」


 「腹を減らせた状態で獣をけしかけて来るのかな?」

 「それも考えられるわよ。油断してると餌になるわね。」

 俺の呟きに姉貴が応えてくれる。嫌な作戦だ。相手の品性を疑いたくなるぞ。


 本部の扉が開き、ミーアちゃんが入ってきた。

 「ミーアです。指示の通りネコ族の亀兵隊20人を連れてきました。」

 「ちょっとお願いした事があるの。これを見て…。」


 姉貴がミーアちゃんに地図を使って作戦の説明を始める。

 どうやら、先制して夜襲をするようだ。

 狙いは北北東の遊撃隊。夜の訪れを待って一気に敵の駐屯地に襲撃をかける。このため攻撃隊のメンバーは全てネコ族だ。ガルパスは元々目が良くないけれども、乗り手には絶対の信頼を寄せているから出来る攻撃だな。

 タイミングが難しいところがあるけど、上手く攻撃が出来れば大蝙蝠の数を一気に減らす事が出来る。


 「そして、この攻撃にはアキトも参加してもらいます。」

 えっ?…俺?が参加するってどういう事だ。

 「突入のタイミングが全てです。そして、殿を何とかこなしてちょうだい。」


 そういうことか。突入のタイミングは確かに微妙な所がある。早すぎてもダメだし、飛び立っている時では遅すぎる。飛立つ準備をしている時が良いんだけど、それをミーアちゃんに任せると、緊張に負けないか心配だ。それと殿は俺に弾除けになれって事だな。俺なら数本ぐらい矢を受けても何ともない。


 「判った。でも俺はガルパスに乗ったことも無いぞ。」

 「私が選んできた。後に乗ってるだけで大丈夫。」

 誰かのガルパスに乗せて貰えるらしい。嬉しいような、ちょっと怖いような感じだ。

 「速度が全てよ。躊躇は無し!」

 姉貴の言葉に俺は頷いた。

             ・

             ・


 夕暮れ時、勢ぞろいした俺達に姉貴は【アクセラ】をかけてくれた。そして、ミーアちゃん率いる特別攻撃隊がバルバロッサを出て森に移動していく。

 俺も小柄なネコ族の少年に、鞍の後に乗せてもらって一緒に移動する。背中の刀は仕舞いこみ、グルカとショットガンが俺の武器だ。ポケットには散弾をたっぷり入れているし、腰のバッグの隣にもう1つバッグを装着して爆裂球を5個程入れてある。

 鞍は2人乗り用の縦長のバイクのシートみたいだけど振り落とされないかが心配だ。腰の位置に毛布を縛って、腰がふら付つかないようにはしているんだけどね。


 森には入らずに、林のように疎らに続く潅木の中を北に移動する。そして、目印の布を巻いた杭を見つけた。昼間、ディーに頼んで立てて置いて貰ったものだ。

 この杭から真直ぐ東に向えば、敵遊撃隊の陣に辿り行く。

 慎重に、ガルパスを進める。目印の杭から1.5km先が目的地だ。

 亀の背にうつ伏せになるように姿勢を低く保ち、俺達は進む。そして、ガルパスが停止した。

 少年にミーアちゃんの隣に行くように頼む。

 ゆっくりとガルパスを進めていくと、ミーアちゃんがガルパスを下りて、ちょっとした起伏の影に隠れて前方を見ている。


 「どう?見えるの。」

 「たくさんいる。マケトマムで見た大蝙蝠といっしょ。そして人間もいる。」

 じっと目を凝らしてみるが、俺には全く見えない。双眼鏡を取り出して覗いて見ると、暗がりでうごめくものは判るが、それ以上は無理だ。一応夜間双眼鏡なんだけどね。ここは、ミーアちゃんの観察眼に任せる外はなさそうだ。


 「ここから、どれ位離れてる?」

 「だいたい2M(300m)位。大蝙蝠を調べてるみたい。少しずつ東の方から人が増えてきてる。」 

 「まだ増えそうかな?」

 「まだ後に集団がいる。」

 「その集団が大蝙蝠の所に着たら攻撃を仕掛ける。ミーアちゃんが合図を出して。」

 そう言って俺は、「準備しろ。」と亀兵隊に声を掛けながら後に下がっていった。

 やがて、ミーアちゃんがおもむろにチロルに乗ると爆裂球を手に持った。片手を上げて俺達に振り向くと小さく頷く。

 

 そして、その手が下ろされると、一気にガルパスが前方に飛び出していく。たちまち20匹のガルパスが東に向って一列になって突撃を開始する。

 誰も雄叫びを上げない。ガルパスの鋭い爪は荒地に食込み更に速度を上げるが、ザーっという風のような音を上げるのみだ。

 

 松明が焚かれた敵陣近くになっても相手にはまだ気付かれない。

 ミーアちゃんが敵陣に突入すると同時に右に爆裂球を投げる。続けざまに左手にも投げつけると薙刀を両手に持ち敵陣深く突っ込んでいく。

 続く亀兵隊も爆裂球を投げて突入していく。最後は俺を乗せた亀兵隊だ。少年が爆裂球を投げ、俺は遠くに1個投げた後は、大蝙蝠をショットガンで狩って行く。

 俺の左右で爆裂球の炸裂音が連続して起きる。


 敵のど真ん中を突入しているので、同士討ちが怖いのか敵の反撃は僅かだ。俺に向って矢が何本か飛んできたがガルパスの速度が速い為、矢がずれて俺には当たらない。

 敵陣を突破して1M程進むと、ミーアちゃんが部隊を纏める。再突入を図る積もりのようだ。素早くショットガンに散弾を詰める。

 ミーアちゃんが走り出した。今度は斜めに突っ込むようだ。

 またしても、前回と同じように一方的に爆裂球を撒き散らして、敵陣を抜けていく。爆裂球が炸裂する音を尻目に、俺達は襲撃を終えて森を目指して一直線に進む。


 500m程進んだ所で、先頭を駆けるミーアちゃんが片手を上げた。

 亀兵隊が一斉に停止する。そして急いで点呼が行なわれた。軽い負傷者が何人かいるようだが、落伍者はいない。

 ミーアちゃんは安心したようにチロルを駆ってバルバロッサに向った。

             ・

             ・


 砦に着くとミーアちゃんは負傷者を救護所に運ぶように部下に指示すると、俺と一緒に本部に向う。

 本部では、俺達の到着を待っていたようだ。

 早速、ミーアちゃんが報告を始める。


 「北の遊撃隊の夜襲を終えて帰還しました。敵の損害は3割から5割程度と推定します。此方の被害は4名が負傷。救護所で手当てを受けていますが任務の継続は可能です。」

 「有難う。今夜はゆっくり休んでね。休む時は、1階を使って頂戴。2階はまだ万全じゃないから…。」

 姉貴が、ミーアちゃんに礼を言う。

 ディーが報告を元に遊撃隊の人員を修正して元の場所に置いた。

 

 ミーアちゃんが本部を出ると、姉貴が改めて俺を見た。

 「どうだった。夜間攻撃部隊は?」

 「凄いね。星明りの中、300m先が見えるんだ。敵陣のど真ん中を突いたから敵は同士討ちを怖がってまともな攻撃が出来ない。そこを2撃して帰ってきた。攻撃は爆裂球だから破片で大蝙蝠の皮膜が傷つけば、殺戮しなくても効果は一緒だと思う。俺的には5割に近いと思うよ。」

 

 「それでも、100匹残ります。再度ミーア様にお願いしますか?」

 ジュリーさんが心配そうに姉貴に問うた。

 「いえ、敵も一旦下がったでしょう。下がれば第2梯団の防御圏内に入れます。次の攻撃は危険すぎます。」

 

 「100という数字は、攻撃には十分な数ではないでしょうか。やはり、今夜の攻撃はかなりの確率で行なわれると考えるべきです。」

 「私も、あると思うわ。でもね、どこを狙うのかが微妙なところなの。昨夜の偵察隊は我々が砦以外の場所にもいると思っているはず、例の焚火が役に立ってくれれば、砦を狙う大蝙蝠は20匹程度に減るわ。」


 やはり、今夜来るのか。俺はバッグから袋を取り出して、ショットガンとkar98を交換すると、弾薬ケースを取り出して装備ベルトに装着した。とりあえず銃は後の壁に立て掛けておく。そこには姉貴のクロスボーとディーの剛弓が置いてあった。


 部屋の外れにあるストーブのポットからシェラカップにお湯を注ぐとスティックコーヒーを入れて飲む。ぎんのケースからタバコを取り出して口に咥えてジッと地図を睨む。問題は明日だよな。敵第1梯団の獣4000匹は問題だぞ。

 

 「敵接近。急速に接近しています。来襲方向は北東。部隊数4。バルバロッサを目標とした部隊の個体数25。」

 急いでkar98を取ると本部を飛び出して北東の櫓を目指す。

 ディーと姉貴達も俺の後に続いて飛び出してきた。

 俺が櫓に上っている時に、光球が数個砦の上空に上がっていく。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 猫娘、普段は無口だが、部隊の統率を取ってしっかり指揮できていて感心した。 実績上げる人間にいつまでも主人公が嬢ちゃん呼びは、失礼だ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ