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#177 嵐の前日

本日の砦に詰める亀兵隊の部隊長はミーアちゃんだ。

 ネイリー砦…サーシャちゃんが命名した南の小さな砦だけど、砦の主アルトさんの指示で2日サイクルで任務を交替しているようだ。

 そんな訳で、今日と明日はミーアちゃんがこの砦にいる。

 ネイリー砦に触発されて、姉貴が命名したこの砦の名前がバルバロッサだけど…。これって作戦名だよな。アン姫に名前の由来を聞かれたので、俺の国の英雄です。って答えといたけど合ってたかな。


 姉貴が睨めっこをしている地図の上には、俺の作った木製から金属製の駒に替わっている。ジュリーさんが王都の工房を使って大至急作らせたものだ。そして、駒には小さな旗が付いている。旗の色は部隊の色で誰の部隊がどこにいるのか一目瞭然だ。

 ミーアちゃんの部隊の旗は赤に黒の十字が付いている。そして、ミーアちゃんに従う4人の分隊長は背中にその旗を背負っている。商店街の大売出しの旗のようにも見えるが、ガルパスで駆ける時は背中でなびくからかっこよく見えるぞ。


 ミーアちゃんと南東の櫓に上り、東の彼方を見ている時だった。

 砂塵を上げて砦に駆けて来る一団がある。急いで双眼鏡を覗くと、国境周辺部へのパトロールに出かけた亀兵隊だ。

 「何かあったみたい。あんにゃにガルパスを駆ることはにゃかったもの…。」

 ミーアちゃんが海賊望遠鏡で、砂塵を上げる一団を見て言った。

 「本部に戻ろう。あれだと直ぐに砦に着く。」

 俺達は、櫓を下りて統合作戦本部に急いだ。


 本部の前には5匹のガルパスが大人しく並んでいる。階段近くのガルパスの甲羅をぽんぽんと叩いて階段を上り、本部に足を踏み入れた。

 本部には、入口近くのベンチに伝令当番の亀兵隊が5人待機している。

 奥の大きなテーブルには、何時もの通り姉貴とディー、それにアン姫とジュリーさんがいる。今朝はアイアスさんもいたんだけど、自分の部隊に戻ったようだ。


 俺達が駆け込んで来たのを見て、皆の視線が俺に集まる。急いでテーブル傍に行くと、櫓で見たことを皆に告げた。

 「いよいよって感じかな。パトロール部隊が戻れば、もっと良く分かるはずね。」

 そう言って、姉貴は視線を地図に戻した。


 待つというのは意外に時間が長く感じられる。

 従兵が気を利かせて、俺達にお茶を入れてくれた。

 熱いお茶をちびちび飲んでいると、バタンと扉が開き2人の亀兵隊が入って来て、テーブルの右側に立った。


 「報告します。国境より東方約50M以遠に無数の煙を確認しました。」

 「お疲れ様。分隊を変えて引き続き監視を継続してください。」

 俺の言葉に、報告に来た2人は、きびきびした動作で部屋を出て行った。


 「…来たね。」

 「来ましたわ。」

 「でも、規模と目的が不明です。現時点では敵の接近が南北に連動していることも考えるべきでしょう。」

 「ネイリーと南の屯田兵それに南北のハンターに連絡! 敵接近の兆しあり、監視を強化せよ。」

 姉貴の言葉に伝令役の亀兵隊が1人出て行く。外で待つ亀兵隊と共に伝令に走るのだろう。

 「砦前の溝堀とネイリーの脱出路は継続させても宜しいのですか?」

 「櫓の弓兵が敵を確認してからでも退避は間に合います。それに、後10日もすれば出来るでしょう。まだまだ戦は始まりませんよ。」

 アン姫の問いに姉貴が応える。まだ、敵の姿も確認出来ないのだ。今から、迎撃体制に移行してたら息が詰まるし、神経が擦り切れると思うぞ。


 敵の接近が広まったのだろう。砦の中を歩き廻っても、今朝のように兵隊達の話し声が少なくなってきたのが感じられる。

 そんな中で一際元気と言うか、士気が高いというか…機敏な言動を砦の中に振り撒いているのは亀兵隊の面々だ。

 彼らのお蔭で少しずつ砦の雰囲気が通常に戻っていく。


 再び櫓に上り東方を見る。やはりここでは煙は見えないようだ。

 その時、ディーが滑るような速さで東方に消えていく。確かディーは威力偵察が専門だから偵察には向いてるかも知れないけど、威力偵察ってとりあえず攻撃してその反応から相手を調べるんじゃなかったか?姉貴の事だから攻撃はさせないとは思うが、ちょっと心配になってきた。


 夕方になると、各部隊の指揮官が集まってくる。ネイリーからはアルトさん、ハンター部隊からはカンザスさん、屯田兵部隊からはアイアスさん。それにこの砦に滞在している、アン姫、ジュリーさんそしてミーアちゃんに俺だ。

 

 全員静かに姉貴の言葉待っている。

 じっとしていられないアルトさんが口を開こうとした時、扉が開いてディーが入ってきた。

 「ディーに、国境東方の偵察を依頼しました。…ディー、報告をお願い。」

 

 「偵察結果を報告します。敵第1梯団は国境の東方8kmの位置に部隊間を1kmとして南北方向に展開。部隊構成数4。各部隊は獣主体で約1000個体。」

 「敵第2梯団は国境の東方9kmの位置に部隊間を0.5kmとして南北方向に展開。部隊構成数3。各部隊は人間主体で約700個体。」

 「敵第3梯団は国境の東方11kmの位置に部隊間を0.3kmとして南北方向に展開。部隊構成数3。各部隊は人間主体で約500個体。」

 「敵遊撃部隊、北北東に6km。部隊数1。約200の混成部隊。同じく遊撃隊。南南東10km。部隊数1。300の混成部隊。」

 

 敵の配置を円筒の駒に兵力数を書いて地図の上に配置する。

 「8100…我等の10倍以上だ。」

 「予想より少し多いですね。でも気になるのは、この2つの遊撃部隊です。」

 溜息混じりにアイオンさんが呟くと、すかさず姉貴が応えた。

 「混合編成が気になります。ここは明日に再度ディーに偵察してもらいます。」

 

 「この軍が一気に砦に押し寄せると我等では対処出来ないと考えますが?」

 「獣と人間が同時に襲い掛かる事は無いでしょう。獣使いがいても、獣の調教は完全ではありません。現に、カルートの屍骸にスカルタが群がり、そこを爆裂球で仕留める事が先の獣襲撃には有効でした。ということは、人間と獣の同時投入は無いとみて良いでしょう。」

ジュリーさんの質問に姉貴が応えた。

 

 「ということは、獣4000を相手にした後で、人間の軍隊3600を相手にするという事になるのか?」

 「そうなりますね。但し、間を置かずにという事は無いでしょう。砦の周辺に獣がいればそれは相手にとっても脅威になります。」


 と言う事は、全滅させないで適当に獣を残しておけば、その間は敵が攻めてこないと言う事になる訳だ。

 姉貴が気になっている遊撃隊は、大蝙蝠による空からの攻撃だろう。もしそうなら面倒な事になりそうだぞ。


 「敵の規模と大まかな攻撃は予想出来たようじゃが、我等の戦いはどうなるのじゃ。」

 「機動防御と縦深防御それに拠点防御を組み合わせて戦います。具体的な方法はもう少し待ってください。この遊撃隊の正体が判ればある程度の作戦組み立てが可能になりますから…。」

 姉貴は数日で戦いが始まるとは見ていない。その自信の出所は不明だけどね。

              ・

              ・


 次の日に、ディーのもたらした偵察結果は俺達に衝撃をもたらした。北北東の遊撃隊は大蝙蝠の空軍と予想した通りであったのだが、南南西の遊撃隊はトカゲを駆る戦士達だった。大型の肉食トカゲを調教して人が乗るのだ。アルトさん達亀兵隊のトカゲバージョンというわけだ。姉貴はこれにドラゴンライダーと命名した。

 

 アルトさんはこの話を聞いて驚いていたが、ディーにたてつづけに質問を浴びせて其の答えを聞く内にすこしずつ落ち着きを取り戻していった。

 「ドラゴンライダーを名乗るとも我等の敵にあらず、槍のみを持って突撃など一気に蹴散らすのみじゃ!」

 どうやら、ドラゴンライダーは中央強行突破を図る特殊部隊らしい。革鎧に鉄板を縫いつけて、槍を片手に敵中央を抜くという戦術では、機動戦を得意とする亀兵隊の餌食と言う他はない。

 となれば、本当に厄介なのは大蝙蝠の方だろう。流石に毒矢は使わないとは思うが、上空からの爆裂球攻撃は願い下げだ。どれだけ被害が出るかと思うと背筋が寒くなる。

 これは姉貴も想定していたみたいだから、対策は考えているのだろう。

 

 姉貴は地図の遊撃隊にBと書いた旗とDと書いた旗を立てた。

 これで、敵の全軍が判ったことになる。もっとも、第1梯団の獣の種類までは分からないけど、地を走る獣であれば対策案は比較的立て易いだろう。

              ・

              ・


 そして、10日が過ぎた。

 王都からの補給品が其の間に砦に届いた。爆裂球500個がディー専用の爆裂球付きの矢が50本と共に箱詰されていた。その外には矢が3000本箱詰めされていたが、この数では1回の分量にも満たない。弓兵だけで200人以上いるのだ。

 敵は少しずつ国境に近づいている。接近に合わせて、亀兵隊が、国境線の内側に2重の地雷原を構築した。


 砦の東1Mの位置に南北方向にそって横幅2m深さ2mの溝が掘られた。

 低い柵は2重にして南北方向へ更に200m程延長してある。

 ネイリーからの脱出路も無事に森の中まで掘る事が出来た。

 工事が終った屯田兵は砦の西の柵に沿って簡単な柵を南北方向に作成中だ。乱杭と高さ2mに満たない柵だが、防衛する側の心理的効果は高い。そして敵の襲撃速度を落とすことができる。それだけ有効な攻撃が出来るのだ。

 海まで国境線を延長した屯田兵300人は帰路にある。あと2日程で砦に到着するだろう。

 南北に展開しているハンターも1班ずつ見張りとして残して、ハンター部落に戻ってきている。ハンター部落には、カンザスさん、グレイさん達を含めて15人程いるようだ。

 何とか間に合った感じだ。


 夜中に爆裂球の炸裂音を聞いて俺は飛び起きた。急いで装備ベルトを着けると、姉貴を揺り動かして起こす。

 寝ぼけている姉貴に炸裂音がした事を話す。かっと目を見開いた姉貴が着替えを始めたので急いで部屋を飛び出し、作戦本部を経て砦の中庭に出る。櫓の階段を駆け上り、見張りに状況を聞いた。


 「南東で地雷が炸裂したようです。ここからでは状況が判りません。ネイリーならば或いは…。」

 見張りの兵士に礼を言うと、急いで統合作戦本部に行く。

 

 そこには、もう主だった連中が集まっていた。急いで俺の席に着く。

 「見張りは南東方向で地雷が炸裂したと言っている。それ以上は判らない。」

 「偵察部隊が地雷に触れたのでしょうか?」

 「憶測で対応すべきではありません。少し待ちましょう。ネイリーから知らせがくるでしょうから…。」

 姉貴達はお茶を飲み、俺はタバコを吸おうとして、ポケットに魔石があることに気が付いた。


 「ジュリーさん。これを御后様から預かってました。渡すのを忘れてまして、申し訳ありません…。」

 「これは…。」

 俺の渡した魔石を見て、ジュリーさんは驚いている。【メルダム】並の魔法が封印されてるのかな?

 「有難うございます。この魔石は御后様とトリスタン様の緊急連絡用の魔石です。連絡用魔石はギルドが独占していますが、王族にも数個が渡されています。その内の1つがこの魔石です。もし、敵が攻めてきた場合にマケトマムのギルドにガルパスでも半日以上掛かるでしょう。これがあればこの場で連絡出来ますから、それだけ早く救援を呼ぶ事が出来ます。」

 ジュリーさんはそう言うと大事そうに腰のバッグに仕舞いこんだ。

 

 俺がタバコを1本吸い終えてお茶を飲み、再度1本を取り出そうと腰に手を伸ばした時にバタンと扉が開き、亀兵隊の1人が飛び込んできた。

 早足にテーブルに近づくと、俺達に1礼する。

 「報告します。敵斥候部隊約20が国境を越えてモスレム領内に侵入。地雷に接触して逃走しました。後続部隊はありません。現在、2部隊でネイリー周囲を監視中。」

 「ご苦労様です。今夜中にディーが国境沿いを偵察しますから、その旨連絡してください。」

 亀兵隊は再度俺達に礼をすると、本部を出て行った。

 「ディー。そういうことで、国境沿いを一度最大レンジで調べて頂戴。」

 姉貴の指示でディーが部屋を出て行った。

 「さて、今回の斥候は陽動かな?明日の薄明までにバルバロッサの東で地雷が炸裂すれば、敵の狙いはここになるわ。…ということで、アイオンさん。砦の南北に焚火を数箇所ずつ焚いてくれないかな。なるべく乱雑に焚いて頂戴。」

 アイオンさんは一緒に来たガリクスさんにその依頼を託した。直ぐにガリオンさんが部屋を飛び出して行く。


 「焚火なんて、どうするのですか?」

 アン姫が怪訝そうな顔で聞いた。

 「偵察に対する欺瞞工作ってとこです。大蝙蝠は攻撃だけとは限りません。私達がディーに頼んでしている事を敵も大蝙蝠を使えば出来るんです。ただ夜に上空を飛びながら見るだけですから、焚火だけでも欺瞞出来るんです。」


 と言う事は、俺の出番かな。

 「俺も、やって見るか。けど夜だから期待はしないで欲しいな。」

 「もし落とせれば、しばらくは来ないと思う。頑張ってね。」

 俺が何をするか姉貴には直ぐに判ったようだ。

 席を立つと足早に本部を出て近くの櫓に走って行った。



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