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#171 戦雲

 

 朝が訪れ、昨日の闘争が嘘のように清々しい空気に谷は包まれている。

 荼毘の跡は白い灰になっている。レグナスの牙の生き残り、男1人、女2人の3人は、灰の中に残った骨を袋に入れているようだ。こつこつと骨を砕く音が静かな谷間に広がる。


 彼等が骨を拾い上げたところで、俺達は荼毘の灰を傍に穴を掘って埋める。そして、その上に石を積上げた。

 簡単な朝食を済ませると、俺達はカタマランを湖に浮かべた。

 

 「これって、何人乗れるの?」

 「来る時は6人だったけど、今は9人だよね。作るときに長さは指定したけど、実際に乗れる人数なんて考えた事も無いよ。」

 姉貴の質問に簡単に答えて、とりあえず全員で乗り込んでみる。

 双胴船の船の中には6人がやっとだけど、2つの船を結んでいる丸太の間に雑木を切り出して簡単な床を作る。そこへ彼等を乗せてみると、船縁が水面に3cm程度下がった。


 「大丈夫みたいだ。万が一浸水すると大変だから岸沿いに村に帰るよ。」

 俺の言葉で、4つのパドルが一斉に動き出す。

 速度は余り出さずに、ゆっくりと岸辺伝いに湖を渡っていった。

 俺達は無言で船を漕ぐ、途中の岸辺で2度程休憩を取ったが、話す言葉は余り無い。

 午前中の穏やかな湖面をゆっくりと進んで、昼過ぎには山荘の擁壁脇にカタマランを着けることが出来た。


 「有難うございました。」

 「うむ。気をつけて国に帰るが良い。グライザム亜種の事は早くに忘れる事じゃ。じゃが友は忘れるでないぞ。」

 御后様の言葉に、3人は頭を下げて応えると、通りへの小道を走って行った。

 彼等の狩猟期は終ったのだ。苦い思い出を残して国に帰るのはどんな気分なんだろう。それを考えると少し気が重くなった。


 「おかしいの…近衛兵と侍女がおらん。それに、スロットとネビアもおらんぞ!」

 山荘の中を覗いていた御后様が怪訝な顔で呟いた。

 でも、その原因は俺にはもう分っている。薄い煙が兵舎の近くから上がっていたのだ。あれはうどんを茹でる大鍋を沸かしているためだろう。だとしたら…。


 「どうやら、俺達のいない間に屋台を始めたようですよ。ほら、あそこで大鍋でお湯を沸かしてます。」

 「何じゃと!…せっかくの楽しみを…。」

 御后様達は通りの方に走って行った。

 「うどんは山荘の調理人さんがいるから何とかなるかも知れないけど、サレパルをちゃんと焼けるのかな?」

 「見に行ってみよう。腹も減ってきたしね。」

 俺達も通りの方に歩いて行く。

              ・

              ・


 「さあ、さあ美味しいよ!早くしないと無くなっちゃうよ!」

 どっかで聞いたフレーズが聞きなれた声で通りから聞こえてくる。

 俺が通りで見たものは、サレパルを焼きながら威勢のいい呼び声を掛けてるスロットだった。その横では、ネビアがなれた手付きで野菜と魚をサレパルの生地で包んでお客さんに渡している。

 こっちの方が天性なように思えてきたが、その後ろでサレパルを食べながらジッと2人の様子を見ている御后様達の顔は心臓に良くない。慌てて俺の屋台の方に目を移した。

 うどんは山荘の調理人と近衛兵が切り盛りしている。

 俺と姉貴も列に並んで、うどんを手に入れた。

 テーブルで2人で食べていると、新しいサレパルを手に持った御后様達がやってきた。

 ディーが俺達にお茶を入れてくれる。


 「スロットの母親がエントラムズであったとは…抜かったわ!あ奴は下級貴族の出じゃから、確かにサレパルは何時も食べていた事じゃろう。」

 御后様が残念そうに言ってるけど、悔しがる事は無いと思うぞ。

 「売り上げが我らよりも多いときには屋台を譲れと言って来おった。勝負を挑まれては逃げる訳にも行かん。良いか、明日は頑張るのじゃぞ!」

 イゾルデさんにアルトさんは、うんうんとサレパルを食べながら力強く頷いてる。3人揃って負けず嫌いな性格らしい。

 

 「婿殿の方はどうなのじゃ?」

 「1日交替で屋台を切り盛りします。黒リックが足りなくなりましたから、明日も彼等に任せますよ。」

 「我らもカルキュルの卵を採らねばならん。ついでにフェイズ草も確保しようぞ。」

 明日の仕事を御后様達と話していると、セリウスさんがやって来て、俺の隣にドカっと腰を下した。

 「世話になった。レグナスの牙は先ほど村を離れていった。仲間の半数を亡くすとは…ここ数年無かった事だ。」

 「それについて、話がある。場所を変えようぞ。」

 俺達は、御后様に付いて山荘へ向かった。侍女の1人が慌てて俺達についてくる。

 山荘のリビングのテーブルに着くと、侍女がお茶を出してくれた。

 「もう、いいぞ。…お前も、頑張る事じゃ。」

 御后様がそう言うと、嬉しそうに部屋を出て行った。


 「さて、これで誰もいなくなった。…セリウスよ。亜種の話は聞いたことがあるか?」

 セリウスさんは黙って首を振る。

 「そうじゃろうのう…。モスレムでは見掛けん獣じゃ。我も過去に1度きりじゃ。」

 「サーミストから来たレグナスの牙は運が悪かった。グライザムなら良い獲物であったろう。じゃが亜種がおった。グライザムの亜種じゃ。我等が行き着いた時には半分がやられておった。我等も急いで攻撃したのじゃがアキトの剣でも我の長剣でも奴の腕を落とせなんだ。イゾルデの槍も陽動に役だったのみじゃ。どうにかディーが奴の背中から剣を刺し、その傷に婿殿が爆裂球を捻じ込んで腹を炸裂させてどうにか倒した…。」

 

 「それ程の強敵ですか…。」

 「それ程じゃよ。前例では倒すまでにハンターが10人以上亡くなっておる。それも討伐時においてじゃ。…場合によっては狩猟期に集まったハンターが根こそぎになっておったぞ。」

 「…中止にせよと。」

 セリウスさんの低い呟きに御后様が首を振る。


 「何匹もおるような奴ではない。続けても良かろうと思う。…それより、婿殿例の物を。」

 例の物って、これかな。腰のバッグからマッチ棒のような金属片を取り出した。

 ディーはカプセルって言っていたよな。


「これが、亜種の頚部に入っていたそうだ。」

 セリウスさんが俺の手からカプセルを取って窓の方にかざして見つめる。

「前に一度似た物を見た覚えがあります。あれは…。」

「ノーランドの侵攻の時じゃ。北方の黒い小人族がアクトラスの街道沿いに侵攻して来た時に、あやつらの操る獣の首にこれがあった。」


 セリウスさんはパイプを取出し、暖炉に行って火を点けてきた。ふーっと煙を吐く。

 「そんな話を教官に教えられました。そしてその時に見せて貰いました。」

 どうやら、かなり前の話らしい。

 「これを使うのは奴等だけじゃ。当時、ジュリーに調査させた結果ではそう結論付けられた。今も変る事は無いだろう。」

 

 と言う事は、東西南北の国の内、現時点で仲が良いのは南だけだってことか?きな臭い所の話では無くなって来たぞ。

 

 「大至急、ジュリーに北へニードルを放てと命じて欲しい。ノーランドの獣使いを確認したとな。」

 「了解しました。しかし、偵察ならアキト達の方が良いのでは…。」

 「婿殿達では小競り合いが起きよう。ここは、深く内情が探れるニードルが良い。」

 イゾルデさんとアルトさんは納得しているみたいだけど、俺には理解不可能だ。

 

 「あの…ニードルって、何ですか?」

 姉貴も疑問に思っていたようだ。俺も耳を澄ませて聞いてみる。

 「偵察に特化した部隊じゃ。敵に遭っても戦わず常に逃げる。逃げ足は速いぞ。そして、町や村に入って情報を収集する。多くは商人やレベルの低いハンターに化けてじゃがな。」

 話を聞いてみると、忍者みたい部隊だな。正体がばれそうになったら、爆裂球を炸裂させてピューって逃げるわけだ。意外とクローネさん当たりが適正高いような気がするぞ。

 「分かりました。ところで村長には…。」

 「大型のグライザムとすればいい。間違ってはおらん。そして獲物は損傷が酷くセリには掛けられんとすれば、誰も気付かぬはずじゃ。」

 御后様の話を聞いたセリウスさんは御后様に頭を下げるとリビングを出て行った。


 「後は、ジュリー達に任せるとして…。どう思う?」

 悪戯っぽい目をして俺達に問う。


 どう思う…現状の東西それに北の脅威をどのように思うと言ってるのかな。俺は偶然のような気がするけどね。

 

 「やはり、3度重なった偶然と見るべきでしょうね…。」

 姉貴が俺よりも早く御后様に答えた。

 「脅威の種類が少しずつ異なります。東は建国に伴う国境問題。西は地域限定の侵攻です。あれは目的が鉱山だと直ぐ分かります。そして、今回の亜種の目的ですが、国内の政情不安の呼び水、侵攻を前提とした威力偵察あるいはただの嫌がらせですか…。」

 そう言って冷たくなったお茶を飲む。

 急いでディーが全員のお茶を入れ替えてくれた。


 そうかな?一見そう見えるけど実は相互に関連してるって事も考えられるぞ。

 銀のケースから1本取り出してジッポーで火を点ける。

 ディーと席を代わって部屋の風下に行くと、ゆっくりとタバコを吸いながら考えを廻らす。

 東西の連携は情報伝達の方法を考えると、この世界ではあまり考えられないか…。でも、北の国が介在したらどうなる。意外と円滑に連絡がつくような気がするぞ。

 問題はそれらの連携が何を元にすれば可能かと言う事だ。東の建国は遥か南の王国が母体だ。西は足軽みたいな鎧だった事からモスレムとも違った文化を持っているはず…。そして北のノーランドは小人の国だと御后様が言っていた。

 生活様式さえまるで違う国同士が連携を取る事は可能なのだろうか…。

 

 「でも、もしこれらが連携を取るものだとすれば…。」

 「だとすれば…。」

 姉貴の言葉に御后様が言葉を重ねる。


 「モスレムは崩壊します!」

 「やはり…な。我もそれを危惧する。…イゾルデ。各国の使節の動きはどうじゃ。」

 「マケルト王国の使節に同行してきたスマトルの商人が、しきりにザナドウを狩ったハンターの情報を漁っていたそうです。カナトールの武官が我等の軍を何度か訪問してきましたが、通常の質問程度で特別なものは無かったと…。」

 「通常の質問とは?」

 「規模と駐屯地ですが…。」

 「例の軍縮の話は?」

 「もちろんしました。反応は色々ですが、カナトールの武官は褒めていました。」

 

 「と言う事は…。」

 「ほぼ間違いは無いじゃろう。スマトルの新王国とカナトールが同時にモスレムに侵攻する。我等が東西に軍を分けた隙に一気にノーランドがアクトラス街道を通って王都に攻め込みモスレムを瓦解させる心算じゃ。」

 「ジュリーに連絡しましょうか?」

 イゾルデさんが御后様に聞いた。

 「王がおる。その程度は直ぐに気が付くであろう。」

 

 あの王様だよな。意外と存在感がないようだけど、頭は切れるって事なのかな。御后様がそれだけ信頼しているんだから、人は見た目で判断しない方がいいのかも知れない。

  

 「じゃが、困ったのう…。東はアンとジュリー。西はイゾルデ、ダリオン、マハーラがおる。北の睨みは我と婿殿達としても、東が少し心持たぬ。」

 「我等が東に向おうぞ。我等が育てた兵の働きも見てみたいものじゃ。」

 俺達は一斉にアルトさんを見た。

 「じゃが、場合によっては相当な激戦になるぞ。少なくとも10日間砦を守ることが必要じゃ。」

 「亀兵隊がおる。それに新兵器もあるのじゃ。さらには屯田兵500も使える。1戦後は膠着状態で睨み合いとなるであろう。」

 「そうじゃな…。イゾルデの方はカイナル村へ行ったならばリザル族の族長を訪ねよ。勝敗はリザル族の偵察能力が鍵じゃ。異形ではあるが同じ人間として接するのじゃぞ。」

 

 なんか、戦争1歩手前って感じの会話だよな。

 それなら、狩猟期はやはり中止にしたほうが良いんじゃないかと思うんだけど…。

 「あのう…。かなりヤバイ状態であることは理解しましたが…。相手が動く時期はどのようにお考えでしょうか?」

 

 御后様は俺の顔を見て微笑んだ。

 「早ければ1月後、この場合は電撃戦じゃ。婿殿が考えた屯田兵がいなければ成功するじゃろう。遅ければ、アクトラス山脈の雪解け後の来年じゃ。この場合はじっくりと軍を進めてくる。王都からの救援軍の到着は十分に間に合う。」

 

 なるほど、狩猟期はこのままでいい訳だ。そして、ニードルでその間にノーランドの動向を探るという訳だな。


 俺達は、先ず電撃戦に備える為の準備を考える。

  

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