#170 グライザム亜種
昼過ぎのリオン湖は麓からの南風が強くなる。結構広い湖の湖面は波が段々高くなってきた。
順風だからこぐには楽だけど、カタマランの低い舷側では波による水の浸入が馬鹿にならない。アルトさんと御后様が適当に船底の水を掻い出してるけど、何か後で言われそうな気がする。
そして、30分程パドルを漕いでいた時だった、突然パドルが空を切った。
あれ?って感じでパドルを持った姉貴達もカタマランの下を覗く…。
俺達の乗ったカタマランは、何時の間にかリッシーの背中に乗っている。そしてリッシーは一段と速度を上げてグライトの谷を目指して進む。
「タトルーンが助けてくれるとは妙ですね。」
「それだけの事が起こっておると考えた方が良さそうじゃの。」
イゾルデさんと御后様はリッシーに驚かない。驚くどころか、本来の名前を知っているし、そして、カタマランがリッシーに運ばれる理由にも心当たりがあるようだ。
「御后様達は、リッシーに驚かないんですか?」
いいタイミングで姉貴が質問してくれた。
「リッシーとは、これか?…これは、カラメルの乗り物じゃ。水陸両用で空も飛ぶと聞く。カラメルは大きな湖ならこのようなタトルーンに乗って潜んでおるよ。それは、我らが建国する以前からのようじゃ。もし、何らかの重大な異変があれば、彼等の可能な範囲で我等を助けてくれる。それが王国とカラメルの関係じゃ。」
「では、今は重大な異変があると…。」
「そうなるの。異変が現在進行していると彼等は考えたのじゃろう。しかし、異変と言っても彼等の監視範囲は極めて小さい。水辺から精々10M程度なのじゃ。その彼等がこのような措置をしたということは、谷の岸辺近くに元凶があると見てよいじゃろう。」
リッシーは俺達を谷の岸辺から300m程の所まで運ぶと水底に潜って行った。カタマランが再びリオン湖の水面に浮んだ。
1時間程度で湖を横切っているから、まだ十分に太陽が高い位置にある。先ずは偵察だ。
「ディー。状況は?」
「11時方向、600mに動体反応5…4つになりました。12時方向、900mに動体反応1つ。」
ゆっくりと俺とディーでパドルを漕ぐ。カタマランの舳先には姉貴が陣取り双眼鏡で谷の偵察を始める。
「何、あれ!」
姉貴が突然叫ぶと御后様に双眼鏡を渡す。そのまま双眼鏡を覗き込んだ御后様も「ホォ…」と声を漏らす。急いで腰のバッグからツアイスを取出すと谷を覗いた。
3人が果敢に戦っているのはグライザムだ…だと思う。少し形が変だ。
俺が戦ったグライザムは稀に見る大型だとセリウスさんが言っていた。だが、あのグライザムはハンターと比較してあまりにも大きすぎる。そして、腕と足が4本付いている。奇形にしては手足の不揃いがない。となると、あのような形態の獣と言う事が出来るだろう。マケトマムで見た獣使いも腕が4本あった。意外とこの世界では腕や足の数が2つずつとは限らないのだろうか。
「グライザムの亜種じゃな。しかも大型じゃ。挑んでいるハンターも黒の上位者のようじゃな。」
「私達の武器が通用するのでしょうか?」
岸辺まで後100mを切った。300m程先の戦いが見えてくる。グライザムの体には無数の矢が突き刺さり、投槍も3本突き立っていた。
「さて、もう直ぐ岸に付くぞ。どうするのじゃ?」
「ディー。レールガンであのグライザムを狙える?」
「攻撃の成功確率40%。ハンターが巻き込まれる確率75%です。」
結構素早くハンター達はグライザムの周りを動いている。そして、グライザムもそれに合わせて動いている。レールガンは無理だろう。もっと近くでゼロ距離射撃に近い状態で無いとグライザムに当てることは困難だ。
「アキトはkar98で狙撃は出来る?」
「それも無理だ。周りのハンターが邪魔をしているし、グライザムの動きが速すぎる。」
「何時もの手で行きますか。…私とアルトさんはクロスボーで牽制。残りの4人で4方向から攻撃。但し、一撃離脱でお願いします。【ブースト】が使える人は使ってください。」
姉貴は簡単に言うけど、今戦っているハンターの戦法も一撃離脱だぞ。そう思いながらも自分の身に【ブースト】を掛ける。【ブースト】は【アクセル】と異なり、自分以外に掛ける事が出来ないのが難点だ。
御后様とイゾルデさんも自分に【ブースト】を掛けている。ディーは加速装置を使うのだろう。
スイーっと谷の岸辺にカタマランの船首が着底すると、姉貴達が飛び下りて谷を進んで行く。俺も急いでカタマランを岸辺に引き上げてロープを近くの潅木に結びつけた。
グルカを抜いて谷底を走っていく。
「どいて!」
姉貴が大声で叫ぶと同時にグライザムにボルトを撃ち込む。頭を狙ったようだが、僅かに外れたようだ。
しかし、その一撃でグライザムは攻撃対象を姉貴に絞ったように谷を駆け下りてきた。
ズンっと鈍い音がグライザムの腹に起きる。ディーが近距離からブーメランを投げたようだ。ブーメランの先端が腹に食込んでいる。
グオオォォー!っとグライザムが叫び声を上げた。
姉貴がすかさず【シュトロー】をブーメランの上に放つ。ハンマー代わりに使ったようだ。
グライザムの腕にグルカを振り下ろすと、グサリと腕に食込む。素早く抜取って離脱。
背中ががら空きになっているところにイゾルデさんが槍を突き刺す。そして素早く、後に離れた。
「離れておるのじゃ!」
先に戦っていたハンターに声を掛けると、御后様は俺と同じように腕を狙って長剣を振り下ろした。
やはり、両断することは出来無かった。素早く剣を引くと後に下がる。
その瞬間、ドォンっとグライザムの足元で爆発が起きた。
アルトさんが爆裂球付きのボルトを撃ったみたいだけど、この乱れた状況では勘弁して貰いたい。でも次のボルトも先端に爆裂球が付いてる。なんか同士撃ちしそうで少し怖くなった。
姉貴が見えないので、急いで辺りを見渡すとハンター達を谷の下に誘導して傷の手当てをしているようだ。そういえば姉貴は【サフロ】が使えたんだ。
グライザムに向こうとした時、俺の目の前に奴の腕が迫っていた。反射的にグルカを叩きつけたが、その拍子に俺の手からグルカが離れてしまった。奴の腕にグルカが刺さったままだ。
続けて繰り出される腕をかいくぐりながら、M29を取り出して奴の頭に打ち込んだ。
至近距離から撃ったマグナム弾だが、グライザムの頭を貫通する事は無かった。分厚い頭骨で止まったらしい。とは言っても、相当なダメージを頭に受けた事は確かだ。奴の巨体がふらついている。
そこにディーが大剣を背中から突き通したようだ。奴の腹から大剣がニュ~っと姿を現した。
爆裂球を取り出すと、ディーが剣を引抜くタイミングに合わせて奴の腹に爆裂球をねじ込み、起爆用の紐を引く。
ぐらぐらしながらも4つ足で立つグライザムの腹が炸裂して内臓が飛び散る。
ドサリとグライザムは崩れ落ちた。
まだ体が痙攣している。銃を握ると、グライザムの目に1発打ち込んだ。
今度は脳まで破壊したのだろう。アングリと口を開けてグライザムは事切れた。
「グライザムの調査終了しました。頚椎上部に金属反応。小型カプセルと思われます。」
ディーの言葉にグライザムの頚椎をグルカで穿る。すると、マッチ棒のような針状の金属体が出てきた。
「なんじゃそれは?」
「分かりません。神経索に近接して設置されてる所を見ると、これでグライザムを操っていた可能性があります。」
御后様に簡単に説明する。
「ディー。もう1つの反応は?」
「消えました。…グライザムの腹に爆裂球をセットした頃に、北東方向に逃走しました。他に周辺の動体はありません。」
となれば、このグライザムを操っていた者ということなのか…。
「皆、大丈夫?」
「「あぁ、大丈夫。(じゃ)。」」
姉貴の呼びかけに俺達は答えた。谷底を下に下りていき、ハンターの具合を確認する。
イゾルデさんとアルトさんが焚火を作ってお茶を沸かし始めた。
3人のハンターはあちこちに傷を作っていたが、とりあえず姉貴の【サフロ】で傷は塞がっているようだ。
「グライザムの亜種相手に亡くした者は1人か…良く無事でおられたものじゃ。」
御后様の哀れむ声に3人が顔を上げる。
「…いいえ。亡くした者は3人です。我等を逃す為に白の狼煙を上げた時には、リーダーを亡くしていました。その後2人です。」
「そうか、不憫ではあるがハンターの定め。気に病む事無く生きよ。」
意外とキツイ言葉だと思う…。でも、セリウスさんに聞いた事がある。ハンターの半分は狩りで死ぬ。そして、その亡骸を墓に入れるものは更に少ない。
自由人だと思っていたけど、何時仲間を失うか分からないと言う事か。実際にその場を見ると、狩りの報酬に一喜一憂していた自分が情けなくなった。
「して、亡骸はどうするのじゃ?」
「火葬にして、故郷に帰ろうと思います。」
「分かった。我等も手伝おうぞ。」
御后様の指示で俺とディーは雑木を切り、大量の薪を準備する。
太い薪を下に敷き、その上に3人亡骸を並べる。そして太い薪をもう一度亡骸の上に乗せると薪を山のように積み上げた。
そして、仲間の手で薪に火が点けられた。
谷底を赤々と照らして荼毘の炎が燃え上がる。明け方には白い灰になるだろう。俺はそっと両手を合わせる。
食欲は無いが皆で食事を取る。何時に無く不味く感じるのは感傷のせいだけではないと思う。
食後のお茶を飲んでいる時に御后様が口を開いた。
「そなた達は、レグナスの牙か?」
「そうです。どうして、それを…。」
「勘じゃ。お主達3人の連携はそれなりに取れておる。さらにグライザムの亜種を相手にあれだけの動きをしておった。並みのハンターでは恐怖で動きが鈍り全滅していた筈じゃ。…それなりのレベルがあり、グライザムよりも難易度の高い狩りを経験していると見て間違いない。となれば、今期のハンター達の中で思い当たるのはサーミストから来たと言うレグナスの牙じゃ。」
御后様はあの3人の動きからそこまで分かるのか。やはりこの御后様は只者じゃないぞ。
「大森林で仲間6人と狩りをしていました。ある日、双子山で初めてレグナスを見ました。恐怖で皆動けませんでしたが、その時誓ったんです。何時かレグナスを狩れる者になろうって。そして各地を巡りました。どんな獣だって、レグナスから比べると恐怖が和らぎます。今回も、この山にはグライザムがいると聞き、それだけを狙っていたんですが…。」
「グライザムの亜種はモスレムでの討伐例は今回を含めて2例めじゃ。最初の例ではハンターが10人以上亡くなっておる。それ程、手強い相手じゃ。…先ずはゆっくり休む事じゃ。我等が明日まで番をする。」
そうは言っても眠れないと思う。仲間の半分が亡くなったのだ。その痛手は心に重くのしかかっている筈だ。
ディーに監視を頼んで、俺達も寝ることにする。
しかし、亜種とは何だろう。初めて今度のグライザムを見た時は、突然変異だと思っていた。しかしそれに前例があると御后様は言っていた。ということは、それなりの個体数が生息している事になる。
そして、ディーがスキャンして見つけた、あのマッチ棒のような金属片だ。それをあの位置に埋め込むなんて至難の技だ。更に逃走した個体も気に掛かる。