#169 白い狼煙
サーシャちゃん達は3日後に帰ってきた。
夕方近くに帰ってきて、風呂に入ったら直ぐに寝てしまった。
いったいどんな狩りをしてきたのだろうか。たぶんお腹が空いて夜中に起き出すだろうからその時に聞いてみようと姉貴に言って、俺達は寝たのだが…。
ごそごそという音に目が覚めると、ロフトからリビングを覗いてみる。
案の定、サーシャちゃん達が暖炉で夜食を作っているようだ。
直ぐに着替えて下に下りていく。
「お兄ちゃん、起きちゃったんだ。」
梯子を下りてきた俺に気付いたミーアちゃんが呟いた。
「あぁ、せっかく狩りの話を聞こうと思ったんだけど、直ぐに寝ちゃっただろ。今、作ってあげるから、食べながらでも聞かせて欲しいな。」
とりあえず、お湯沸かす。鍋とポットの両方だ。
お湯が沸いたら、朝食用に取っておいたうどん玉を入れて温める。ドンブリに移して、卵を割るとその上にフェイズ草を乗せて醤油を垂らす。
「はい。夜だからこれでいいだろう。明日の朝はちゃんとしたものを作るからさ。」
2人にお茶を用意して、自分用にはシェラカップにスティックコーヒーと砂糖を入れてお湯を注ぐ。
そして、食べながら話してくれる2人の話を聞く事にした。
「森を抜け、荒地に一番乗りしたのじゃ。」
「村の良く見える大岩で、皆でお茶を飲んだの。そして、私達の狩りを始めたの。」
「我とミーアが、リスティンの群れに並走してクロスボーを撃ったのじゃ。」
「足を狙って撃ったの。次々にリスティンが転倒していった。」
「なるほどね。すると、ミケランさんとキャサリンさんは転倒したリスティンに止めを差したんだね。
想像した通り、バッファロー狩りの要領だ。群れを追いながら足を狙って落伍させる部隊と落伍した獲物に止めを差して回収する部隊の連携で狩りをしたんだな。
「最初はクロスボーで撃ったんだけど、途中から弓に変更したの。弓の方が連射し易いから…。」
確かにそうだ。でも弓なんかミーアちゃん達は持ってたんだろうか?
「兵隊さんに亀の乗り方を教えてた時に弓を貰ったの。走りながら弓を射るときにクロスボーだと的に1つしか当てられにゃいから…。」
亀兵隊の練習に流鏑馬があったよな。確かに途中に的が何箇所かあったから、弓じゃないと全部の的を射ることは出来ないかも知れない。
「初日で、16匹を仕留めたぞ。早速村に合図を送って搬送して貰ったのじゃ。」
「2日目は11匹。そして今日は9匹。一旦村に戻ろうと言う事ににゃって戻って来たの。」
3日で36匹か…。かなり上位の成績じゃないのか。俺達の最初の狩猟期で仕留めたリスティンの数は57匹だったけど、あれは1つの群れを全滅させたようなものだ。
本来は、サーシャちゃん達が狩るように、群れを間引くような方法が望ましいと俺は思う。
「だいぶ狩れてるね。かなり上位だと思うけど、他のチームはどんな感じなの?」
「昨日、アンドレイさん達に会った。森を抜けた荒地の右側で待ち伏せしていたみたいにゃんだけど、2日で27匹って言ってた。」
アンドレイさん達もがんばってるようだ。今日の猟果は分からないけど、意外とサーシャちゃん達といい勝負をしているのかも知れない。
競争している訳では無いんだけど、いいライバルがいるとそれなりに努力するから結果を残せるって、クラスメートが言っていたのを思い出す。自分1人で努力するよりも互いに切磋琢磨することはいいことだと思う。
「でも、狩猟期はハンターの競技会ではないんだから、怪我をしないように無理はしちゃダメだよ。ミクやミトも一緒なんだし…。」
「大丈夫じゃ。ミクも楽しんでるぞ。獲物に近づくと身を乗り出す程じゃ。」
ミーアちゃんもうんうんと頷いている。
生まれながらのハンター…。ネコってそもそもハンターだしね。双子がデビューするのはルクセムくんより早いかも知れないぞ。
ミケランさん達ベテランハンターが2人いることだから、間違いが起きる可能性は低いけれど、起きてからでは遅いのだ。
亀を駆って、リスティンと並走しながら狩るなんて行為はモスレム建国以来始めての事に違いない。初めてって事は、過去の事例に学ぶ事が出来ないのだ。ちょっとした不注意が大惨事を引起す可能性だってあるかもしれないのだ。
「俺から言える事は、狩りの頭数を競う事無く、狩りの仕方をこの機会に学んで欲しいって事かな。サーシャちゃんとミーアちゃんの連携、後続のミケランさん達との連携。
それに、効果的に狩りをするには、リスティンの何処に矢を撃てばいいのか、リスティンが走るどちらから狩りをすればいいのか…。課題は色々とあるはずだ。そして、それを確かめて他のハンターに伝えるのが狩猟期の目的だと俺は思っているんだ。」
2人は俺の話を黙って聞いていた。
「そのような目的があるとは知らなかったのじゃ。じゃが、アキトの言う通りじゃと思う。次の狩りは2日後じゃ。我等の狩りが他のハンターの模範となれるよう頑張るのじゃ。」
「お兄ちゃんが、そんな事を考えながら狩りをしていたとは思わにゃかった。何時も一番先に相手に向って走ってた…。でも話してくれて有難う。」
ミーアちゃん。当ってるけど、それは姉貴の作戦なんだ。自分では、極めて用心深い性格だと思ってるよ。
でも、ひょっとして、他の人も俺をそんな目で見ているのかも知れない。ちょっと心外な感じがするから後で聞いてみよう。
2人が夜食を食べ終えると、俺にご馳走様とお休みを言って部屋に戻って行った。
簡単に食器を洗うと、寝る前の一服を庭で楽しむ。
アクトラス山脈の中腹の数箇所に焚火の明かりが見える。今年の狩猟期にはどの位ハンターが来ているか分からないけど、皆頑張ってるみたいだ。彼らの無事を祈ると、家に入り寝床にもぐり込む。明日も朝が早いのだ。今更ながら屋台は失敗だったと思うぞ。後2週間以上この生活が続くと思うと、気が滅入る。俺には客商売は無理だというのが開店3日目の感想だ。
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晴れた空の下で屋台を切り盛りする。
朝から何故か客足が途絶えない。昼前だというのに、2回目のうどんを近衛兵が運んできた。
少し前にミケランさんが地球防衛軍を率いて隣の屋台にサレパルを買いに来た。うどん屋台の隣に置いたテーブルでお茶を飲みながら食べていたけど、その後北門の掲示板が気になったらしく皆で出かけたようだ。
現在、テーブルではアンドレイさん達一行が、うどんを啜っている。
「しかし、アキトも多芸なものだ。初日にお前達を見かけなかったので、セリウスに聞いてみた。屋台を出してると聞いて吃驚したぞ。だが、この味と歯ごたえは中々のものだ。王都に食堂を開いてもやっていけるぞ。」
今期のアンドレイさんは他のチームと合同の7人で狩りをしているそうだ。
サーシャちゃん達の話を聞くと、「あの亀は反則だ!」って言っていた。
「ガルパスは昔南方の町で見た事がある。大きな荷物を背負っていたから、人を乗せることも出来るのは納得しているが、あの速さは異常だ。リスティンの群れに並走して狩るなんて、初めて見た時は誰もが一瞬狩りを忘れたぞ。」
テーブルと屋台は少し離れてるんだけど、アンドレイさんの大きな声は良く聞える。
「場所的な問題もあるんですけど、完全に乗りこなしてるでしょ。しかも双子を乗せてね」
「そうだ。それも不思議な話だ。あの速さで良く振り落とされないものだ。」
「落ちた事は無いみたいですよ。でも俺は乗ってみたいとも思いません。」
「アキトもそうか。俺もご免だ。…この器はここに置いといていいのか。結構腹にたまるな。美味かったぞ。」
そう言うとアンドレイさん達一行は北門に向う。これから、狩りに出発するのかな。
戦場のような昼が過ぎると、やはり客足は遠のく。
昨日作った生地は3つだから、今箱の中にある十数個のうどん玉が無くなれば本日閉店となる。
少し遅れた昼食タイムを利用して北門の掲示板を見に出かけた。
北門は新たに山側に2M程度拡張されている。広場自体も直径100m程に広げられたようだ。リオン湖側に沢山のテーブル席が並んでいる所を見ると、初日には大勢のハンターで賑わったと思われる。今は、獲物を運ぶ村人が荷車を広場においてテーブルで御茶や屋台で買ったものを広げて一服している。
北門の傍に作られた櫓の柱に大きな黒板が掲げられ、そこに現状の順位が描かれている。
ちょっと、前とは違うようだ。でも、地球防衛軍の猟果が現在3位だと言う事は直ぐに判る。
「どうだ、直ぐに順番が判るだろう。」
何時の間にか、俺の後にセリウスさんが立っていた。
「えぇ、でもこれはどういう理由なんですか?」
「順位が直ぐ分かるようにして欲しいという要求が多くてな。今年から採用したのだが、意外と好評だ。」
でも、最下位チームは立つ瀬が無いだろうな。去年まではよく確認しないと判らなかったけど、今回からは一発で自分の順位が判るんだから…。でも、それで奮起できるチームなら見込みがあると思うし、それに甘んじるチームならあまり遠くない時点でハンターを廃業すべきなんだろうと思う。
「てっきり、アンドレイさん達のチームがトップだと思ってましたが…。」
「俺もそうだ。今期はアキト達が出ないからな。だが、予想は裏切られるものだ。現在のトップは、レグナスの牙というサーミストから来たハンター達だ。男女3人ずつの6人で全員が黒7つ。グライザムを2匹狩っている。」
グライザムを2匹は大したものだと思う。もし彼らに狩れなかった時は、怪我人位で済まされなかったかも知れない。
「グライザムは昨年出なかったですよね。今年はもう出ないんでしょうか。」
「それは、何とも言えん。俺としてはこれ以上でないで欲しいと思っているがな。」
ミケランさんは未だしも、ミクやミトが狩りに同行しているのだ。俺としても心配になってきたぞ。
「グライザムを仕留めた場所はグライトの谷の奥だそうだ。ミケラン達は森を出て西の荒地で狩りをしていると言っていたから、グライザムに合う機会は先ず無いだろうし、万が一出くわしてもガルパスで容易に逃げられるだろう。あまり心配せずともよい。」
とは言うものの、やはり心配だ。今日は狩りを休んでるみたいだから今夜にでも良く言っておこう。
「では、戻ります。」とセリウスさんに告げた時だった。
「白がグライトの谷に上がったぞ!」
大声で櫓の上の見張りをしていた村人が叫んだ。
広場の人達の目が一斉にセリウスさんに集まる。
「アキト、頼めるか?」
「怪我人でしょう。屋台より優先します。リオン湖を横断していきますから、夕方にはグライトの谷に入れるでしょう。では行って来ます。」
そう言って、通りを屋台の方に向って駆け出した。
「遅かった…」
「緊急事態だ。グライトの谷に白い狼煙が上がった。セリウスさんの依頼で、急いで救援に行く。皆準備して!」
姉貴の小言を無視して俺は叫んだ。
「判った。集合場所は何処じゃ。」
「山荘の庭に停めてある双胴船でいいでしょう。後を近衛兵に頼んでもいいでしょうか?」
「それは、我が頼んでおく。はよう、準備を急げ!」
御后様達と一旦別れて、俺達は家に飛んで帰る。
そして素早く着替えを行い、装備を身に着けると、駆け足で山荘へと向った。
俺達より早く、御后様とイゾルデさんがカタマランの傍で待っていた。
早速、乗り込む。俺と姉貴とアルトさんが左側に乗って右側にはディーと御后様にイゾルデさんだ。
姉貴が【アクセラ】を全員に掛けると、双胴カヌーの後で俺とディーがパドルを漕ぐ。それに合わせて前に乗った姉貴とイゾルデさんもパドルを漕いでいく。
結構早い速度でカタマランが進んでいく。
「婿殿。どれ位でグライトの谷に着くのじゃ。」
「歩いて最初の休憩を取るぐらいの時間だと思っています。前に横断した時には、朝出かけてグライトの谷でリスティンを狩り、戻った時には夕暮れでした。」
「歩くよりは早いのじゃな。たしかに意外と速度があるようじゃ。」
「でも、白い狼煙とは何でしょうね。怪我をした時には白い狼煙だとは、トリスタン様から聞いた事がありますが…。」
「現在のトップがグライトに谷の辺りでグライザムを2匹狩ってます。グライザムが群れるという話は聞いたことがありませんが、2匹に限定すべきではないかと。」
「婿殿の言う通りじゃ。たぶんグライザムと思ってよかろう。じゃが、我等で狩れるのか?グライザムの別名はハンター殺しじゃぞ。」
そんな話をセリウスさんが言っていた。だが、最初の狩猟期にグライザムを狩っている。姉貴のクロスボーでさえ奴には深く刺さらなかったが、グルカは突き立った。そしてM29も有効だった。イゾルデさんの槍、御后様の長剣、そしてディーの大剣もある。何とかなるような相手ではないが、十分に勝算はあるだろう。