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#168 最初のお客はサーシャちゃん

 

 まだ薄暗い中、ガラガラと屋台を指定の場所に引いていく。

 今日は、狩猟期の初日だ。これから20日間、ハンターの腕が試される。そして俺にとっても、「元祖うどん1号店」の開店の日になるのだ。

 俺の前を「モスレムいちのおいしいサレパル」の屋台が近衛兵の手で引かれていく。御后様達は準備に忙しく、近衛兵に頼んだみたいだな。


 「この辺で、いいのでしょうか?」

 「いいんじゃないかな。ご苦労さまでした。それで、例のお手伝いは頼んでも良かったのですか?」

 「かまいません。御后様から協力するよう仰せつかっております。それでは、私達も準備を始めます。」

 2人の若い近衛兵は、そう言って林の小道を山荘の方に駆けて行った。

 どちらの屋台も箱の中に七輪が置いてある。炭の具合を確かめて、水を入れた鍋を掛けておく。クレープモドキの方は鉄板だから、まだ温めるには早いので七輪の火が消えないように入気口を調節しておく。

 そんな事をしていると、ディーと近衛兵が大きなテーブルと長椅子を運んできた。

 テーブルを担いでいるディーに設置場所を教えて食事場所を確保する。兵営用のテーブルだから10人位は一度に座れるはずだ。

 近衛兵達がテーブルの周りに4脚の背もたれの無いベンチのような長椅子を置けばこっちの準備は終了となる。

 ディーが軽く絞った布でテーブルを拭いているけど、そんな事を誰が教えたんだろう。

 

 クレープモドキの隣に屋台が組み立て始められたのでご挨拶に出かけた。

 「おはようございます。隣で店を出すアキトです。何分初めてなので、しきたり等が分かりません。よろしくご指導ください。」

 「お前さんがお隣ですか。な~に、しきたりなんてありゃしないのさ。他の屋台の迷惑にならなければそれで良い。こっちは薬草売りだから、互いに客を取り合いすることもないし、此方こそ20日間よろしくお頼みしますよ。」

 50代の夫婦で屋台を引きながら行商をしているそうだ。町や村を往復する日々なのだろう。屋台は荷車の荷台に布を引いて、色んな薬草と竹筒みたいな管にいれた製品を並べていた。

 明るくなるにつれ通りの両側にはいろんな屋台が並び始める。俺達の対面には串焼きの店が2つも出てる。テーブルの隣には、日用品を売る屋台が並んだ。早速挨拶に行って隣のテーブルで食事をする者が出てくる事を告げておく。


 そんな事をしながら店番をしていると、姉貴達がやってきた。

 「婿殿、どうじゃ。やはりこういうものは形が大事じゃと思うての。イゾルデに持って来て貰ったのじゃ。」

 御后様は俺の前に来ると、クルリと廻って、どうじゃ、どうじゃって悦に入ってる。

 でも、俺としては答えようが無いぞ。

 一瞬、鼻血が出そうになった位のミニのゴスロリメイド服だ。どう見ても膝上30cmはあるぞ。絶対に御后様が着る様なものではないはずだ。

 王様だってこの姿を見たら、絶対2度と外には出さないような気がする。

 こんな衣装何処で手に入れた!と叫びたい。そして、それを持ってきたイゾルデさんの感性も疑わしくなってきた。

 もじもじしながら姉貴に隠れてるアルトさんの感性が普通だと思う。

 「あのう…。あまり、屋台の前に出ないようにお願いします。」

 そう言って、嬉しそうな4人組みに忠告するしか俺には出来なかった。


 ディーにフェイズ草を薄く切ってくれって言ったら、俺のサバイバルナイフを要求された。ゴスロリ超ミニのメイド服を着込んだディーが通りに出ると、それだけで通りの人の歩みが止まり何事かとディーを見守る。

 フェイズ草を5本を大きなザルに入れて片手にサバイバルナイフそして格好があれだし、その上美人と来てる。俺だって立止まって見守るぞ…。

 笊を通りに置くと、片手にフェイズ草を持った。そして、ポイってフェイズ草を空に投げ上げる。

 シュタッっと飛び上がると、サバイバルナイフを手首で扇風機のように回転させてフェイズ草を切り刻む。

 トンっと通りに降り立つ。そしてザルを掴んで落ちてくるフェイズ草を受けると、フェイズ草は笊に触れたとたんバラバラになった。

 山盛りのフェイズ草を持って通りから屋台方に入ってくる。

 「マスター出来上がりました。」

 と俺の前にフェイズ草を置く。有難うって礼をを言ってフェイズ草を引き出しに仕舞った。

 

 「なんじゃ、あの娘は?」…「黒の上位者だろうが、狩猟期には参加しないのか?」

 何て声が通りから聞えてくるが、全て無視する。

 「茹で上がりました。これは何処に…。」

 「あぁ、すみません。この中に入れてください。」

 近衛兵が大鍋で煮たうどんを小分けにして笊に入れて持って来てくれた。

 30個程あるから、とりあえずは凌げるだろう。

 ふと、隣のクレープモドキの屋台を見ると、数人の客が並んでいる。

 御后様が焼いて、イゾルデさんが傍で具材を入れている。アルトさんは…手渡して代金を貰っている。

 さすが王家の家族だけあって連携もいい。そして上品に焼いているぞ。

 

 さて、俺んとこの最初の客は…。と通りを見ていると、カチャカチャと言う音が近づいてきた。4匹の亀に乗り込んだサーシャちゃん達だ。

 俺の前でピタリと止まると、ぞろぞろと俺の所にやってくる。

 「うどんを5つ。1つは大盛りじゃ。」

 サーシャちゃんはそう言ってテーブルに座った。

 大盛りは想定外だけど、確かにそれもあるだろう。早速、小さなザルに茹でたうどんを入れて大きな鍋に入れて温める。これだと一度に3個は出来るし、一旦茹でてあるから、素早く出せる。

 姉貴が箱の扉を開けて大きな引き出しから木製のドンブリとフォークを取り出す。【クリーネ】を先ほど姉貴が纏めて掛けてあるから衛生面に問題はない。


 温まったうどんをドンブリに入れると、素早く姉貴が汁を小さな方の鍋からオタマで掛ける。そしてトッピングはフェイズ草と甘辛く煮込んだ黒リックが一切れだ。

 トレイに乗せてディーが運んでいく。そして次のうどんを作り始めた。

 直ぐに人数分のうどんを仕上げて、サーシャちゃん達の様子を見てみる。

 最初戸惑っていた、ミケランさんや、キャサリンさん達もサーシャちゃん達が美味しそうに食べているのを見て恐る恐る食べ始めた。直ぐに目を見開いてフォークで器用に食べ始める。ミケランさんもミクとミトに食べさせてる。大盛りにしたのは双子の為だったようだ。

 チュルチュルと普段は聞かれない音を立てて食べている一行を見て、何人かがうどんの屋台に並び始めた。

 「いらっしゃい。」と声を出してうどんを茹でる。

             ・

             ・


 お日様があたりを柔らかく照らす。そろそろ狩猟期がはじまるはずだ。

 たたたっと村人が1人通りを走って来た。

 「すみません。セリウスさんがお呼びです。」

 それは俺に頼む声ではなく、ディーに向けられたものだった。

 「マスター。少し出かけてきます。」

 俺にそう言って、村人の後を付いて行ってしまった。

 姉貴と顔を見合わせて首を傾げる。その内、セリウスさんが様子を見に来るだろうからその時にでも聞いてみよう。

 ちょうど、客足も遠のいてきたのでちょっと休憩だ。御后様達も休憩するみたいだしね。

 テーブルを姉貴が布で拭くと、イゾルデさんが皆にお茶を入れてくれた。

 お邪魔します。と薬草を売っていた夫婦もテーブルの端に座る。

 

 ちょっと一服と銀のケースからタバコを取り出そうとした時、空高くに炸裂音が2度鳴り響く。

 そして、北門の方からウオー…という雄叫びが聞えてきた。

 いよいよ始まったみたいだ。サーシャちゃんやミーアちゃんの狩りが気になるけど、2、3日は帰ってこないかも知れないのでちょっと心配になる。

 そんなところにディーが帰ってきた。セリウスさんも一緒だ。


 「なんだ、ひと休みか。うどんが食べたかったのだが…。」

 「ちょっと、待ってください。」

 姉貴はそう言うと、屋台に飛んで行った。姉貴1人だとちょっと心配だが、隣でディーが見てるから、まぁ大丈夫だろう。

 「アキトには言ってなかったが、ディーに開始の合図を頼んだのだ。あの剛弓で爆裂球を付けた矢を空に放てばいい合図になると思ってな。」

 ちょっとした花火の打ち上げみたいだ。ディーじゃなければ無理な話だと思うけどね。

 「はい。出来ましたよ。」

 姉貴がうどんのドンブリを持って来た。


 ツルツルとうどんを食べているセリウスさんを、薬売りの夫婦が不思議そうに見ている。

 「私共夫婦は若い頃はハンターをして各地を巡ってきましたが、そのような食べ物は見た事がありません。どこの国の食べ物なのでしょうか?」

 「あぁ、うどんですね。遥か東方に浮ぶ島国の食べ物です。昼時に1杯ご馳走しますよ。」

 「いやぁ、ありがたいお話しですが、家内が昼にはどうしてもサレパルを食べたいと言ってまして…家内の故郷の郷土料理なんですよ。この歳では、もう故郷に戻る旅等出来そうにありませんからな。もう一度食べてみたいとしきりに言われ続けていましたが、まさかこんなところでしかも隣の屋台でとは思いませんでした。」

 旦那の方はそう言って笑っていたが、奥さんの方は小さくなって少し顔を赤くしている。

 確かに、この世界では一旦国を飛び出して各地を巡れば故郷に帰る機会なんかは少ないと思う。でもやはり歳を取ると、故郷を思う気持ちは皆一緒なのかも知れない。そして、2度と食べられない小さい頃のお母さんの手料理を思い浮かべるのだろう。


 「そうであったか…我と同じ、エントラムズの出身であるか。我は王都で育ったのじゃが、その方はどちらの出身かな。」

 「私は、王都の南。エンデバイの港町です。16の時に今の夫に連れられて、ハンターを始めましたが、40過ぎからはこの商売です。」

 ハンターの寿命はだいたい15歳から40歳の25年間程度なのか…。

 「しかし、先程のお嬢さんには吃驚しました。あれほどの速さで短剣を操れるとは驚きです。何故狩猟期に参加しないのですか?」

 旦那の質問に、奥さんは耳元で何かを呟いた。とたんに旦那の顔が驚きの表情に変る。

 「虹色真珠…。初めて見ました。変ったイヤリングだと思っていましたが、なるほど出ないのも頷けます。ここで待機して他のハンターの窮地を救おうとは、中々出来る心がけではありません。」

 何か、自己完結してしまった。理由は姉貴達で、俺としてはここよりあっちの方が良いんだけど…。


 「どれ、行ってみるか。サーシャ様が美味しいとしきりに言っていた訳も納得できる。アキト、これは売れるぞ!」

 そう言うと、銅貨3枚をテーブルに残してセリウスさんは去って行った。

 そして、昼に近づくにつれ客足が伸びていく。

 瞬く間に最初に茹でたうどんが無くなり、姉貴が近衛兵の茹でるうどんを先ほど取りに行った。ディーも木製のドンブリとフォークを俺の脇で洗っている。【フーター】ってこういう時には便利だと思う。屋台をやる人間には必要な魔法だ。

 姉貴が持ってきた新たなうどんもあっと言う間に無くなり、最後のうどんを今茹でているところらしい。

 姉貴が用意していた深いザルはたちまち銅貨でいっぱいになってきた。

 隣の御后様も頑張ってるようだ。今はイゾルデさんがクレープモドキを焼いている。具材を載せるのはアルトさんがやってるけど、乗せるだけだからやらせて貰ってるのかな。

 御后様はあの格好だけど、誰にも丁寧に頭を下げて商品を渡している。頭を下げられるのに慣れっこのはずなんだが、意外と様になっているのはそれだけ庶民的な御后様だからなんだろうか。

 

 昼を過ぎると、とたんに客足が遠のく。

 ディーに店番を頼んで、俺達もうどんを食べる事にした。

 

 「やはり、婿殿の作るうどんは良いのう。このフェイズ草も良いが黒リックの切り身が良い味を出しておる。この冬は皆で屋台を引いてモスレムを廻るのも一興じゃのう。」

 御后様の言葉を聞いて、俺が屋台を引いて姉貴とミーアちゃんで屋台を押しながら町や村を巡る旅の光景が頭をよぎる。 

 ハンターをしてなければ、意外とそんな暮らしをしていたのかも知れない。でも、それはそれで楽しい暮らしかもしれない。人生って不思議だよな。なんて年寄りじみた事を考えながらうどんを啜る。

 

 「あぁ、これです。これが私の故郷です。」

 薬売りの夫婦が同じテーブルで御后様の焼いたサレパルを食べていた。

 奥さんは一口食べるとそう言って、サレパルをジッと見つめている。そして、少しずつ目を瞑って食べていた。きっと閉じた目には故郷の景色が浮んでいるに違いない。

 そんな光景を微笑みながら御后様は見ていた。御后様だって嬉しいに違いない。


 「また休んでいるのか?」

 後を振り返ると、セリウスさんが立っていた。

 「サレパルを2個欲しかったのだが、ひと休みしたらお願いしたい。」

 どうやら、シャロンさんと臨時のギルド窓口で食べようとしていたみたいだ。

 「御主も大変じゃな。ここに作り置きがある。これで良いなら2個3Lで良いぞ。」

 直ぐにセリウスさんは代金を払ってサレパルを持って行った。

 意外と忙しそうだ。


 俺達は夕方近くまで店を出し、数食分残ったうどんを両隣の屋台で商売する夫婦と壮年の男達に振舞った。

 最初は、恐る恐るといった感じだったが、その味が分かると勢い良く食べ始めた。

 そして、店に大きな布をかけて本日は閉店だ。

 でも、明日の準備に取り掛からなくてはならない。

 うどんをこねなければならないし、汁も作らねばならない。

 御后様の方もクレープモドキの生地を作らなくては朝の商売が出来なくなってしまう。

 

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