#017 押し寄せるガトル
俺達は、柵のような扉から数m程度はなれて扉越しにガトルの群れを睨む。
しきりに唸り声を上げながら、こっちを窺っているようだ。
パシ!っと弓の弦が鳴ると、ガトルの群れが蠢く。
櫓の高さは5m程で、ガトルの群れに放つ矢は適当に放ってもガトルに当る。
連続して放たれる矢に何匹か傷ついたのだろう。ガトルが血の匂いでますます興奮してきたように思える。
「いいか。扉をこじ開けて来る奴を殺る。群れが入る直前にサラミスはマチルダの援護に向かえ。階段を上ってくるガトルを食い止めろ。俺と、アキトはあそこの小屋の屋根でガトルを誘う。いいな!!」
「「了解!」」
グレイさんの檄に即答で俺達は答える。後ろを見ると、俺達が走ってきた道は荷車や梯子等で高くバリケードが築かれている。
なるほど、ここで俺達が囮になって村の家並みに行かせないという訳だ。
軽く屈伸をして緊張を解す。得物は、とりあえずこの採取鎌でいいだろう。何ていっても4匹をこれで叩き殺してる。
群れが、扉の直ぐ前まで押寄せてきた。扉の柵を齧り始めている。
グレイさんが右手で片手剣を抜いて構える。後ろのサラミスはとっくに長剣を抜いて地面に軽く突いて両手を沿え待ち構えている。
俺も、左手で柄を掴み2,3回軽く鎌を回した後、先端を下にして低く構えた。
ガルルルウ……
一匹のガトルが唸り声と発して、門と扉の隙間を無理やり通り抜けた。
そして、グレイさんに向かって行く。
グレイさんは動かない。……ガトルが飛びつく寸前に体を半回転させてガトルの背中に剣を叩きつけた。
ギャ!っという叫びがガトルの最後だった。
次々に扉上部の隙間からガトルが村に飛び込んでくる。
俺のに向かってきたガトルに走りこんで鎌の背側を叩きつける。更に、体をを回転させて次のガトルの頭を叩く。鈍く骨が砕ける感触が伝わってきた。
サラミスに向かおうとするガトルに、「ウオオ!!」って叫んで牽制し、こちらに注意を向ける。
隙を見せたガトルは、サラミスの長剣で両断された。
グレイさんは一所に留まり、襲ってくるガトルを最小の動きで剣を振るっている。サラミスは長剣を振っていた為か、長剣を振った後の隙がだんだんと長くなってきた。
「サラミス、先に後退しろ!」
グレイさんがサラミスに向かって叫んだ。やはり疲労を見て取ったのだろう。
「まだいけます!」
サラミスが怒鳴り返す。
「これからが正念場だ。ここで怪我をさせるわけにはいかん。後退しろ!」
2度の後退指示に、顔を赤くしながら長剣を担いでマチルダさんのいる屋根へ続く階段を駆け上がっていく。
その後を一匹のガトルが追いかけるが、その背中にスタッ!っとサニーさんの放った矢が突き立ち、ガトルはその場で転倒した。
扉の上部を結わえ付けていた革紐が数箇所切れている。おかげでガトルは容易に村に進入出来るようになってきてる。下のほうの革紐が切れるのも時間の問題のような気がしてきた。
次々と襲ってくるガルトを殴り殺す。グレイさんの周りもガトルの死体が随分と溜まってきた。
櫓の門番達は矢を使い果たしたようで、槍で扉を破ろうとしているガトルを牽制している。
そしてついにその時が訪れた。扉の丸太を繋いでいた革紐が4箇所切れて2本程が脱落したのだ。
今まで以上の数のガトルが俺達に押し寄せてきた。
「アキト、小屋の上だ!!」
グレイさんが俺に向って叫ぶと同時にマチルダさん達がいる家の前にある小さな小屋に走り出す。
俺も何匹かを撲殺しながら小屋に急ぐ。
ドドオォーン!
音に驚いた俺が見たものは、爆炎に吹飛ぶガトル達だった。あれは、見たことがある。グレイさんと手合わせしてた時に起こった爆炎と同じだ。
ということは、マチルダさんが俺を援護してくれたんだ。
ようやく小屋の屋根にたどり着き、広場に向き直った時には、ガルトが群れをなして村の門を突破してるのが見えた。
「いいか。俺達は囮だ。俺達の前に集まったガトルを、マチルダが吹き飛ばす。無理に殺ろうとするな!」
「分かってます」
あまり疲れを感じない。少し、ハイになっているようだ。
小屋の屋根までの高さは2m程でガトルが飛び掛ろうとしても一旦前足を屋根に付かねばならない。其処をグレイさんが剣で、俺は鎌の柄で攻撃する。
ある程度密集した所へ、マチルダさんが俺達を巻き込まないように魔法で攻撃する。何と言うのか分からないが、手榴弾の小型版って感じの魔法だ。
マチルダさんのいる家の屋根に行く階段の上には、サラミスが長剣を振るって階段を駆け上がってくるガトルを確実に仕留めているようだ。
姉貴の方は、階段の上に姉貴が手製の槍で待ち構えている。姉貴の方に向うガトルが少ないのか、姉貴だけで十分みたいだ。
そして、サニーさんが俺達の死角を突いてくるガトルを弓で狙撃してくれる。30mは離れているのに、必殺の腕前だ。
連続で俺達の周囲に爆炎が広がる。周囲には焼け焦げたガトルの亡骸が所狭しと広がっているが、一向にガトルが減る気配がない。
しかし、日が落ち始めようとした時、ついに終わりが見えた
。
門を越えるガトルがもういないのだ。まだ俺達は沢山のガトルに取り囲まれているが、これを殺ればこの戦いは終了する。
一匹づつ確実に仕留める。もう援護の魔法も来ないし、サニーさんの矢も飛んでこない。
魔法にも使用制限があるのだろう。そして、サニーさんは矢が尽きたんだと思う。俺の周囲には矢を受けて倒れたガトルが20は越えている。
そして、グレイさんが一匹のガトルの首を刎ねた時、俺達の周りに動くガトルはいなかった。
「オォイ!……外はどうだ!!」
グレイさんが櫓の門番に村の外の様子を聞いている。
「もう、いねえぇぞー!!」
門番は槍を振りあげながら答えてくれた。
やっと、終わったみたいだ。俺は、その場に膝を着いた。
「まだだ。門の修理を終えてから一休みしよう」
そう言って、グレイさんは屋根から飛び降りて、門の方に歩いて行く。
俺も大急ぎで後を追う。直ぐ後からはサラミスが走ってきた。
姉貴を見ると、サニーさんと矢の回収をしている。短いのは、姉貴のボルトみたいだ。
門の扉は大分痛んでいた。でも、元々丸太を柵みたいに組んで革紐で結んだものだから、修理にそれ程苦労しない。
「倒したガトルの牙は参加者全員で均等割りだ。レベルに関係はないから心配するな。」
グレイさんが俺達を見てそう言った。
ガトルの始末は村の男衆がやるんだそうだ。女衆はこの後の宴会準備に忙しいらしい。
若い男が村の奥から駆けて来た。道を塞ぐバリケードをよじ登って此方に声をかける。
「怪我はありませんか! 東は何とかなりました。私が連絡員として残りますから、ギルドで休憩してください」
「ありがとう!」
グレイさんはそう答えると、マチルダさんと姉貴達を先に戻らせる。
「俺達はもう少しだ。後1本横木を結べばこの扉は元に戻る」
俺達はグレイさんに頷くと作業を継続する。
門番も1人が降りてきて、扉の外の矢を回収している。門番も結構な数を矢で倒してるみたいだ。
扉の修理を終えると、若い男を広場に残して、俺達はギルドに向う。バリケードは結構高く積まれていて乗り越えるのに苦労した。結構疲れが体に来ているみたいだ。
グレイさんはそれほど疲れを見せていないが、サラミスは足を引き摺っている。やはり経験の差なのかなと思いながら俺も重い足取りでギルドに向った。
ギルドの扉を開けると熱狂の渦だった。皆がこの村始まって依頼の最初のギルド一斉召集によるガトル襲来を乗り越えたことを喜んでいる。
それに、少し酒も入っているようだ。姉貴が赤い顔をして「ハイ!」って渡してくれた木のコップに注がれた物をゴクリって飲むと、それはアルコール分の少ない発泡酒だった。
「皆、飲んでるか! どうにか切り抜けた、感謝する。
しかし、東の門では残念ながら、2人の重傷者を出してしまった。
幸い、水魔法の使い手がいたので命は助かったが、2月は休業だろう。
しかし、その間の面倒はギルドが保障してくれる。路頭に迷う事はないはずだ。西の門は負傷者無し。驚く限りだ」
今回の仕切りをこなした男が報告する。その顔もやり終えたことに笑みが浮んでいる。
「今ギルドで、倒したガトルの集計が出た。221匹だ。牙の換金は4425Lになる。今回の参加者は14名。1人310Lで残りは負傷者に付加する。いいな!」
「ちょっと待て、確か西に6名、東に7名のはずだ。後の1名は何だ!」
「そこにいる嬢ちゃんだ。俺達のガードを通り抜けたガトルが1匹、扉の開いていたギルドを襲った。危なく職員が殺られるところを嬢ちゃんが刺し殺してくれた。今回の分配資格は十分だ」
それを聞いた俺は吃驚したが、姉貴はよしよしってミーアちゃんの頭を撫でている。
意外とミーアちゃんって、冷静で度胸がある。俺達はギルドのお姉さんに報酬を貰い、宿に帰ることにした。