#167 準備は大変だ
狩猟期開始の3日前、ユリシーさんから2台の屋台を受取った。
荷馬車を改造したのかと思っていたら、構造的に無理らしく新たに屋台という移動販売用の車を考えたみたいだ。
「お前達の要求は、全く飽きる事が無えぞ。これも、意外と欲しがる奴が出てくるかもしれん。銀貨10枚は欲しい所だが、狩猟期に5台以上の製作依頼があれば代金は棒引きだ。頑張れよ!」
何て、ユリシーさんに言われたけど、とりあえずディーと一緒に家に引いてきた。
屋台は、上面の横幅が6Dで奥行きが3Dそれに高さが3Dの箱型を基本として、箱の中に大型の七輪がある。通常の荷車の車輪は大きいが、屋台では車軸が箱を貫通する事になるため、荷車の半分程の大きさの車輪が付いていた。
箱の片面は開くようになっており、箱内部の七輪への炭の供給が出来るようになっている。更に空いた空間を利用して、炭を入れる箱と大型の引き出しが2段付いていた。
うどん用屋台には大型の七輪と小型の七輪があり、サレパルというクレープモドキ用の屋台は、四角の大きな七輪が置いてあった。うどん用の大型引き出しには木製ドンブリと木製のフォークが入っている。20個はあるから十分だろう。
屋台の上面は、七輪の大きさに見合った穴が開けられており、ここに深い鍋や、鉄板を載せることが出来るようになっている。
屋台の前と後ろには2段の棚がこしらえてあり、ここは、食材を入れるために使用出来そうだ。
前後の棚を利用して上面の4隅に1m程の柱が立っており、その上に長方形の画用紙を折り曲げたような板屋根が付いている。屋根は屋台の箱から少し出るように設えてあるから、急な雨に食材等が濡れる事も無いだろう。
「へ~ぇ…。鍋までもう付いてるんだ。それで、こっちは鉄板ね。明日は練習だって言ってたから、材料とかも集めないといけないね。」
「中々良いではないか。この看板も目立つのう。」
姉貴とアルトさんは肯定的な意見だけど、この看板だけは何とかしたい。「元祖うどん1号店」それに「モスレムいちのおいしいサレパル」と屋台の箱の横に大きく書かれているのだ。
確かに間違ってはいない。うどんは俺がこの世界で始めて作ったようなものだし、サレパルは王都で作るものはいないのだから、モスレムいちと書いても偽証ではないのだが…。
薄い水色に染められた屋台の横に大きく赤い文字は遠くからでも良く目立つ。その横にうどんを食べてる人の絵や、サルパルの見本のような絵が描かれているからなおさらだ。
カチャカチャと言う音が通りから聞こえてくると、サーシャちゃん達が亀に乗って帰って来た。あれ、人数が多いようなと思ってよく見るとミケランさんやキャサリンさんそれにルクセムくんも一緒だった。御后様のシルバースターとアルトさんのアルタイルを一時拝借しているようだ。
「どうであった。何とか乗りこなす事が出来るか?」
「はい。サーシャちゃん並には行けませんが、遅れることはありません。」
「楽チンにゃ。でも武器が限定されるにゃ。」
アルトさんの問いにルクセムくんとミケランさんが応えた。よく見ると、ミケランさんの持っているのはセリウスさんの投槍だ。
「これが屋台ですか!…来年は私にもやらせてください。」
キャサリンさんはこっちの方に興味があるようだ。良かったら変わりたいけどね。でもそうなると、うどんを作る者がいなくなってしまう。
ワイワイと騒ぎ始めた連中の輪から抜け出し、姉貴に断ってギルドに出かけた。
通りに出ると、結構ハンターを見かける。皆腕に自信のある連中だろう。
ギルドの扉を開けてシャロンさんに何時ものご挨拶。そしてテーブルでパイプを楽しんでいるセリウスさんの所に行った。
「アキトじゃないか。どうだ、準備の方は?」
「まぁ、なんとか…。それで、俺達は何処に出店すればいいのかを確認に来ました。」
セリウスさんが腰のバッグから紙を取出すと俺の前に置いた。
どうやら、出店や屋台の配置図のようだ。
早速、俺達の場所を確認すると…丁度、山荘の入口脇になる。山荘の小道を出て北門の方向に荷車2台分。それが俺達の出店場所だ。
「山荘の出口だから、屋台の群れの中間地帯だ。小道を出て左側も荷車1台分の空きがある。テーブルと椅子を運んでおけば、いい休憩場所になるはずだ。」
「いい場所を選んで頂き有難うございます。それと、今年は狩猟期に誘えなくて申し訳ありません。」
「気にするな。昨年のザナドウ狩りで稼ぎ過ぎた。今年も1番等となったら、他のハンターから妬まれるのが落ちだ。俺もギルド長をしている身だ。ホイホイと参加は出来まい。今回はサーシャ様達が何処まで出来るかが見ものではある。イゾルデ様もそれを見に来られたのが本音だと思う。」
そういう見方も出来るのか。でも俺はイゾルデさんはやっぱり屋台をしたかったんだと思うけどね。
「それじゃぁ、失礼します。屋台には寄ってくださいね。サービスしますから。」
「あぁ、是非寄らして貰おう。俺もうどんという食べ物には興味がある。」
席を立って、急いで家に帰る。場所が決まれば色々とする事があるからだ。
「ただいま。」と扉を開ける。
皆はテーブルで地図を覗きこんでいる。
「あら、早かったわね。何処になったの?」
「山荘の小道の北門側に2台だ。そして、小道の左側にも荷車1台分のテーブルを出して良いそうだ。」
「ということは、山荘の裏庭も貸してもらえるかもね。」
「ウドンを茹でるには調度良いかもね。明日準備する時に聞いて見るよ。…ところで、何をしてるの?」
「サーシャちゃん達の狩りのアドバイスってとこかな。」
地図はディー監修の正確なものだ。そこには現時点での大まかな獣の群れとその種類が描かれている。
そして、バッテン印が2箇所にあるぞ。西の沼地の森の上とそれよりずっと上の荒地だ。
確か去年ここは狙い目だって姉貴が言ってたけど、この上もそうなのか?
「アキトは疑ってるでしょ。でもね、ここはサーシャちゃん達だけが狙いを付けたと思うわ。他のハンターでは不可能な狩りが出来るサーシャちゃん達ならではの場所ね。」
ひょっとして群れを亀に乗って狩るのか?
俺の頭の中で、ミーアちゃん達がバッファローの群れを追うインディアンの姿であらわれた。でも一瞬で、リステインを亀に乗って追うミーアちゃんに切り替わる…。想像は出来るけど、なんか変な光景だぞ。
「…ということで、私はこっちがお勧めかな。こんな狩りってモスレムでは誰もやった事が無いと思うよ。でも、自信が無い時は…。」
「サーシャよ。兵は奇道じゃ。人と同じ事をしているだけでは民を守れぬぞ!」
アルトさん…。何もそこまで言う事は無いと思います。
サーシャちゃんはジッと地図を見ながら考えていたが、スタッと立ち上がると地図をビシ!って右手で指し示す。
「決めたのじゃ。我等ジェイナス防衛軍はこの地で敵を迎え撃つ!」
そこは、西の森の上にある荒地を上にずっと上った場所だった。
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・
あくる日、山荘に屋台を運び入れて俺はうどんの出汁作りを始める。
明後日は、いよいよ狩猟期が始まるのだ。早めの準備がハンターの基本だしね。
大箱には氷と共に30匹以上の大きな黒リックが詰まっている。
3枚に下ろして、1cm程に長めの短冊を沢山作る。これは、サルパルの材料だから丁寧に御后様が塩を振って笊に入れている。残材や頭や骨に付いた肉は包丁でドンドンっと叩くようにばらして大鍋に入れる。
とりあえず10匹を下ろして、御后様を見た。
「これは良い魚じゃな。薄く削いだ赤みが良いぞ。これでサルパルが100枚は焼けるはずじゃ。婿殿の方が準備が大変じゃろう。また、明日にお願いするぞ。」
ニコリと俺に笑い掛けて屋台の方を見た。そこでは、姉貴とイゾルデさんが悪戦苦闘を繰り返している。
「何で丸くならないの!」…「焦げちゃった!」とか「穴が空いた…。」なんて声がさっきから飛び交っているし、遠巻きに成り行きを見ている近衛兵が黙って見ているのが不気味でもある。
「どれ、少しコツを教えようかの…。」
御后様は笊を山荘の調理人に渡すと姉貴の方に歩いて行った。
ディーが焚火をしているカマドの上に大鍋を乗せると桶から水を鍋に入れる。
山荘作りの時に、スープ作りに使った大鍋は50人分位を一度に作れるからこんな時には役に立つ。5杯程桶から水を入れると調度7分目位になった。
ぶつ切りにした野菜も放りこんでのんびりと出汁を取る。
横目で大鍋の様子を見ながら、近衛兵が運んでくれた兵営のテーブルで大きな木のボールで小麦粉をこね始めた。ちょこっと塩を入れてひたすらこねる。
ある程度こね上げると、ディーに任せて生地をもっとこねて貰う。見よう見まねでこねていたが段々と様になってきた。
その隙に大鍋の具合を見る。ちゃんと煮えているようだ。カマドに薪を追加して更に煮込む。
ディーがこね上げた生地をボールに入れて濡れた布を被せる。明日まで寝かせておけば美味しく食べられるだろう。
そんな事をしていると、「ヤッター!」とか「上手く行きましたわ!」何て声が屋台から聞えてくる。どうやらコツを掴めたのかも知れない。見ている近衛兵の緊張した表情がいまはホッとした顔に変わっている。
何せ毒見役を御后様に仰せつかっているのだ。役目と言えどもお腹は壊したく無いと思う。
「アキト。食べてみて!」
そう言いながら姉貴がクレープモドキを持ってきた。クレープのように薄い生地に野菜で包まれた黒リックの薄切りが入っている。
恐る恐る口に入れて一口食べてみる。
う~ン…美味い。魚は湯引きしているようだ。それに塩が振ってある。生地は少し甘いけど、魚の塩味に良く合うぞ。
「行けるんじゃないかな。うどんより美味しそうだ。」
うんうんっと姉貴が笑顔で聞いている。ふと、近衛兵を見るとやはり美味しそうにクレープモドキを食べていた。
「だけど、お茶が欲しくなるね。買ってくれた人がテーブル席で食べる時は、お茶をサービスしてあげたらどうかな。」
「そうだね。それがいいかも。早速相談してくるね。」
姉貴は嬉しそうにイゾルデさん達の所に走って行った。
昼過ぎに山に偵察に行っていたジェイナス防衛軍も帰ってきた。早速、屋台のクレープモドキを食べさせてもらって嬉しそうだ。
でも、ジェイナスってこの世界を言う言葉だよな。と言う事は俺達の世界で言う地球防衛軍ってことになる。怪獣映画ではお馴染みの名前だけど、あまり強くなかったような気がするぞ。
4時間程煮込んだ出汁を別の鍋を沢山用意して布で濾していく。薄くあめ色に染まった出汁をちょっと飲んでみると、予想以上に良い出汁が出ている。
鍋に残った骨は林の中に穴を掘って埋める。
これで2日分位にはなるだろう。明日はこの出汁を使って、うどんの汁を作ることになる。