#163 砦襲撃
森に隠れた姉貴達を見つけるのに苦労したけど、ミーアちゃんがハンカチを木立の影から振ってくれたのでどうにか辿り着く事が出来た。
姉貴達の隠れてる藪に急いでもぐり込む。
「状況は?」
姉貴が小声で言う。でも、ディーが近くに敵がいれば教えてくれるから、普通に話せばいいと思うけどね。
「南は砦だ。南西には獣を入れた柵があった。砦の周囲には隠れるような藪が無い。それに櫓があって見張りの足軽がいる。…やはり、闇に紛れて近づく外に手は無いよ。」
「そうなんだ。その砦の大きさは?」
「カイナルの西の砦より規模は小さい。でも柵の高さは意外にあると思う。」
「そうなると、兵隊の規模は多くて、180人となるじゃろう。4個小隊に指揮官と幕臣じゃ。獣を操る兵種はカナトールにはおらぬから数人の獣使いを雇い入れたと考えるべきじゃろうな。リザル族の集落を急襲するのならばその程度で十分なはずじゃ。」
アルトさんが俺の報告で兵隊の数を推定してくれた。
「予想より多いかな…。でも、救出はします。その作戦は…。」
姉貴は、先ず俺達を3つの部隊に分ける。
Aチームは、俺とミーアちゃんとサーシャちゃん。
Bチームは、姉貴とアルトさん。
Cチームは、ディー1人だ。1人でもチームと言うのかは疑問だが、姉貴はチームと言い切った。
Aチームの任務は陽動だ。出来る限り派手に存在をアピールすれば良いらしい。
Bチームは砦を強襲して人質を救出する。アルトさんがニコニコしながらグルカを撫でている。「邪魔する者は容赦しないで」って姉貴が言ってるけど、アルトさんの場合は見敵必殺だと思うぞ。
Cチームは砦の破壊を担当する。レールガンを人質に注意して発射すれば、柵に大きな穴が開く。その穴から姉貴達は突っ込むつもりらしい。レールガンを撃った後直ぐに西に移動して柵の中の獣を気化爆弾で一毛打尽にする。その後は、姉貴達と合流するとのことだ。
最後に合流方法を確認する。
「避難が完了したら、ディーの真上に光球を上げるから、それを目標に走って来て。ディーはアキト達なら敵と区別出来るでしょ。」
「マスターが一緒であれば区分できます。問題ありません。」
ディーが単調に応えた。
襲撃は夜半過ぎだ。可能なら引き上げるときは薄明が望ましい。
俺達は明るい内に装備の確認をする。
バッグから袋を取り出すと、刀を仕舞ってショットガンを取出す。予備の弾丸はポケットに詰め込んだ。それから、大型ポーチをベルトに装着して、爆裂球を入れる。爆裂球はディーに2個渡して、後を1人6個ずつ分けた。
アルトさんはクロスボーを仕舞って、グルカのみで対応するみたいだ。
ミーアちゃんとサーシャちゃんは予備のボルトケースをベルトに着けている。片方には通常のボルト、もう片方には爆裂球が付いたボルトを入れている。
姉貴も大型のポーチをベルトに取り付けて、爆裂球を入れている。姉貴もクロスボーを仕舞って薙刀で切り込むつもりのようだ。
ディーは渡した爆裂球を片手でお手玉をしていた。危ないので直ぐ止めたけど、ディーに爆裂球が必要なのかと疑問に思う。
ミーアちゃんとサーシャちゃんを呼んで軽く打合せを行なう。
俺の作戦を2人とも神妙な顔付で聞いていた。
「解った。投げて逃げるを繰り返せばよいのじゃな。」
サーシャちゃんの問いに俺は頷いた。
夕暮れが近づいてきた。森は急速に暗くなっていく。
焚火が作れないので、携帯燃料でお茶を沸かすと、お茶で硬いビスケットのような黒パンを喉に流し込む。
「火を焚くと見つかっちゃうから、これで我慢してね。」
ぼそぼそと硬いパンを齧っている俺達に姉貴はキャンディーを口直しに2個ずつ分けてくれた。
食事が終ると、ひたすら深夜を待つ。2つの半月が中天にある。月明かりで荒地は結構遠くまで見通せる。半月が沈む頃には夜半を過ぎるだろう。
・
・
2つの半月が荒地の遥か彼方にある丘陵に隠れた。
「救出作戦を始めます。アキト達は先行して。攻撃は南東からにしてね。真東だとディーのレールガンの直撃を受けるかもしれないから。」
俺にそう言うと、全員に【アクセラ】を掛ける。
物騒な事を言った姉貴に頷きながら、ミーアちゃんとサーシャちゃんを連れて砦を目指して低い姿勢で素早く移動する。
俺達の居場所はディーが把握してるから、レールガンに当ることはないと思うけど、姉貴の指示した砦の南東に急いだ。
荒地は完全な暗闇ではなく、それなりに地形を見ることが出来る。これも身体機能2割増しによって視力が向上しているのだろうか。
しばらく進むと砦が見える。砦の中で焚火をしているらしく砦の上部が明るく見える。
磁石で方向を確認しながら、一旦南東に大きく移動して少しずつ砦に近づいていく。
砦の櫓に3人の姿が確認できる。
双眼鏡で見ると、森と東方向は見ているようだが、南東はあまり見ることは無い。
俺達は5m程の距離を取りながら横に並んで、少しずつ砦に近づいていった。
「やるぞ!」
両脇の2人に指示を出す。ゆっくりと立ち上がると、投石具に爆裂球をセットして振り回す。そして、一斉に投擲した。
直ぐに次の爆裂球をセットする。砦のなかで炸裂音が連続して起きる。
俺達は次の爆裂球を投擲した。
櫓に乗っていた足軽が俺達に気付いたようだ。俺達の方角を指差して下に怒鳴っている。
そして、砦の中で再度、連続して炸裂音が起きる。
また、砦の中に爆裂球を投げ込もうとした時に松明と光球を掲げた足軽達が柵の影から溢れ出した。ようやく追撃部隊を編成したようだ。
今度の爆裂球はそんな足軽兵達に向かって投擲すると2人を伴って、さっさと逃げ出した。
その時、バァーンっと大きな音と共に柵に数mの穴が開いた。
そして、砦の中に小さい連続音がひとしきり鳴り響く。砦の一角に火の手が上がった。
俺達を追って来た足軽兵が驚いて砦に戻ろうとする。
そこに、ミーアちゃんとサーシャちゃんの爆裂球付きのボルトが飛んでいく。そして俺が、彼らの戻る先に爆裂球を投擲した。
小さい炸裂音と大きな炸裂音が重なって、足軽達が崩れ落ちる。
ドドォーン!っと一際大きな炸裂音が周囲に響き渡る。これは、ディーの気化爆弾の炸裂音に違いない。
え~と…。この後は、ディーと姉貴達が合流して人質を救出して逃げるはずだ。だとすれば俺達は逃げる人質の援護をしなければならない。姉貴達も40人の人質を護衛するのは大変だろう。
「砦の北側に行くよ。姉貴が子供達を連れてくるはずだ。それを側面から援護する。」
俺の言葉に2人が頷いた。
砦に逃げ帰る足軽兵の中に爆裂球を投擲して、砦の北側に周りこむ。ディーの開けた柵の穴は2つだからどちらから逃げ出すかは解らない。でも、森の方に待機していればどちらから出てきても対処できるはずだ。
最初に飛び出してきたのは足軽兵だった。
森に逃げこもうとする兵隊に容赦なくボルトが突き刺さる。俺もショットガンで狙い打つ。スラッグ弾は100m位なら狙って当てることが可能だから、数十mの距離で撃つ弾丸は1発で相手を無力化出来る。
20人程度の足軽兵を何とか倒した後から、ディーの先導で人質が砦を逃げ出してくる。何人かは足を引き摺っているようだが、仲間が肩を貸している様だ。最後尾ではアルトさんと姉貴が足軽兵達と激しく戦っている。
「行くぞ!」
俺は、ショットガンに弾丸を補充すると、姉貴達の方に駆け出した。
ミーアちゃん達も俺の後に続いて走っている。
「助太刀に来たよ。」
大声で叫びながら、ショットガンを続けて撃つ。
「ありがと。サーシャちゃん達は?」
姉貴に応えるように、サーシャちゃん達が投擲した爆裂球が足軽兵達の真中で炸裂した。
俺達が来た事で余裕が出来た姉貴は【メルダム】を砦に放つ。ドォォン!っと大きく炎が砦の中から吹き上げた。
火達磨になった足軽兵が砦から駆け出して来るが、10mも進まずに皆転倒してしまった。
「これで、最後じゃ!」
そう言って、大人の姿をしたアルトさんが足軽兵を切り伏せた。
「さて、引き上げじゃな。」
俺の方を見てそう言った時だ。俺とアルトさんの間を黒い物がシュルシュルと音を立てて飛んでいく、カン!っと小さな音もしたようだ。
そして、ヒューンっと言う音を立ててディーが俺達の傍を通り過ぎる。青白いイオン流がディーの後を追い駆けているようだ。
ガシ!っとディーが手で受けたものはブーメランだった。
「弓兵がアルト様を狙って矢を放ちました。ブーメランで矢を落とし、弓兵も倒しました。」
矢をブーメランで打ち落としたのか…。とんでもない技量だと思うぞ。
「ディー、周辺の状況は?」
「北に40個体、これは救出した人質です。南の砦周辺に16固体、殆ど動きません。砦内に11個体、同じく殆ど動きません。西600mに34個体、西に移動中です。」
「カナトール領に逃走を図ったか。まぁ良い。砦は破壊出来た様じゃ。再度モスレムに侵攻することは無いじゃろう。」
ディーの報告を、しばらく考えていたアルトさんが呟いた。
「とりあえず、朝を待ちます。それからリザル族の集落に人質を送っていきます。」
俺達は森の外れで焚火を作り、早速スープ作りを始める。
ディーの監視の下で嬢ちゃんずがクロスボーを構えている。焚火に近寄る者があれば獣も敵兵も容赦無しでボルトが撃たれる事になるだろう。
姉貴は人質の子供達を一人一人話しかけて、傷の有無を確認している。砦では酷い仕打ちを受けた者もいるらしく、時折【サフロ】を唱える姉貴の声が聞えてきた。
少し空が白みかけた時、ようやくスープを造り終えた。
椀の数が足りないので5回に分けて子供達にスープと硬い黒パンを与える。
「パンはスープに浸けると柔らかくなるよ。」
子供達は、俺の言葉の通りに小さくパンを千切ってスープに浸して食べ始めた。
子供達の朝食が終わった事を確認して、俺達の朝食が始まる。スープが売り切れ状態になってしまったので、お茶と黒パンの朝食だった。
そして、子供達をリザル族の集落に送り届ける。
森にそって、東に歩いていくと、1時間程でリザル族の戦士達に出会った。どうやら、砦の火事を知って状況を確認しに行く途中だったようだ。
俺達が人質の子供を連れていることを知ると、直ぐに1人が掛け出して行った。
「集落に知らせに走ったのです。よくも6人であの砦を落とせましたな。」
「何の、温い相手であった。ところで村への案内を頼みたいのじゃが…。」
「分かっております。我等に付いて来てください。」
俺達はリザル族の戦士の後に続いて集落に向った。
集落はそれ程離れていなかった。荒地を少し歩くと森に入り、後は森の中をしばらく進む。やがて小道のような踏み跡で出来た道が現れた。
そして小道の終点の集落に着くと、俺達は大勢のリザル族の歓声で迎えられた。
「良くぞ、ご無事で…そして人質の救出、真に有難うございます。」
長老は頭を低くして俺達に礼を言う。
「依頼は完遂じゃ。先ずは依頼が完了した旨の印が欲しい。」
「分かっております。先ずは、此方にいらしてください。」
長老の先導で先日の大きな竪穴式住居に俺達は入った。
真中の炉を挟んで長老と俺達が座る。早速アルトさんが依頼書を取り出すと、長老に渡した。
長老は炉から燃えさしを取ると、その炭でサラサラと依頼書に付け加える
そして、依頼書をアルトさんに返した。アルトさんはその記載を見て頷くとバッグの中に仕舞いこむ。
「では、報酬をお支払いしましょう。宜しいですかな。」
俺達は一斉に頷いた。
リザル族の伝承…。それは、リザル族以外に語られる事は無いという話をアルトさんが言っていた。
異形故に、他の種族との接触を可能な限り排除してきたという事は、かなり古い話が誇張等の尾ひれが付かない状態で伝わっているに違いない。
「我等、リザル族はこの地方で生まれた訳ではありません。我等はアクトラス山脈の遥か彼方の東方より参りました。我等の生まれた地の名はコンロン…。」
長老の長い話が始まった。姉貴が簡単にメモを取っている。でも、ディーがいるから後で再生してもらえばいいと思うんだけどね。