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#159 西の村

 

 クオークさんの話では、この世界には星座と言う考え方は無いそうだ。

 神話を基に明るい星を繋いで形にするという俺の話を面白そうに聞いていた。

 だとしたら、この世界の暦は何を基にしているのかと訊ねたら、春分と秋分を元にしているらしい。暦の1月1日が春分からずれているが、何か訳があったのだろうと言葉を濁らせた。

 ずれた日数はおよそ70日程度だから、俺達の使っていた暦とそれ程違いが無い。意外と俺達の暦が原点なんて事なのかもしれない。

 そんな事を考えながら、星空を眺めてお茶を飲む。

 そして、ぽつりぽつりと先程の顛末を同じように焚火を囲んで食後のお茶を飲んでいるアルトさんに話した。

 

 「…すると、異形の者がアキトに襲い掛かかり、それを返り討ちにしたというのか。」

 「そうです。腕が長く、手には指が3本しかありませんでした。棍棒を握って飛び掛ってきたんですけど、一番異様だったのは、奴には足が3本あったんです。」

 アルトさんの指摘に、俺はお茶のカップを下ろして応えた。


 「私には、分からなかったけど…。」

 姉貴は俺の後にいたから、気が付かなかったようだ。

 「いずれにせよ、夜では分からん。明日に斜面を下りて調べる必要がありそうじゃ。」

 そう言うと、アルトさんはテントにもぐり込んでしまった。

 俺達も焚火に薪を放り込むとディーに後を頼んで焚火近くで横になる。


 次の日、朝食を終えると荒地の斜面を下り、昨夜の異形の襲撃者を探す。

 そいつは、斜面途中の岩に引っ掛かっていた。

 

 全身が浅黒く、痩せ型で身長はやはり2mを軽く越えている。腰布だけを身に付け足は…2本? 3本と見誤ったのは、太い尻尾だった。足と同じぐらいの太さがある。

 そして、その顔は…爬虫類の顔だ。

 口が大きく裂けており、鼻は無い。鼻がある位置には硬貨位の穴が開いていた。耳も無く、薄い膜が頭の両側にある。

 

 「カナビ族じゃ。西の隣国の奥地に住むと聞いたことがある。魔物ではないが、人狼と同じで獣に限りなく近い種族じゃ。しかも極めて好戦的と聞いたことがある。仲間がおらぬとは限らぬゆえ、注意して進むに越した事は無かろう。」

 爬虫類から進化したというよりは、人と爬虫類を足して2で割ったような姿だ。見ていて違和感がありすぎる。無理やり人の姿に似せたような気がしないでもない。


 再び荒地の斜面を登って、西へと向う。森の傍だと何が出るか分からない。日差しが強いけれども、見通しの利く荒地の方が俺達には都合がいい。

 昨夜の大雨でも吸水性のいい土壌はもう乾いている。


 ディーに動体探知をしてもらいながら、1時間毎に休憩を取って歩いて行く。幸いな事に獣達の影は薄く、偶にディーの探知圏内にガトルやラッピナが引っ掛かる程度であった。

 

 昼食は、荒地で珍しく大きな枝葉を茂らせた立木の下で取る事にした。

 相変わらず、周辺に獣の姿は見当たらない。いいことなんだろうけど、昨夜の事を考えると、そんな事も心配の種になる。

 「何か、物足りないよね。」

 姉貴が黒パンを齧りながら話しかけてきた。

 「ガトルの姿も1度見かけたきりだしね。でも、いないに越した事はないと思うけど…。」

 「そうとも、限らぬぞ。我等が亀兵隊とリスティン狩りをしている時には結構見かけたのじゃ。この辺りは、ネウサナトラムよりも遥か西。あの村のハンターでさえここまでは来ぬじゃろう。ならば、もっと沢山の獣がおってもいいはずじゃ。」


 「誰かが集めた…。ってこと?」

 ミーアちゃんがおずおずと俺達の話に加わった。

 「分からぬ。じゃが、それも考えられる事の一つじゃ。」

 アルトさんが、ミーアちゃんを良く気がついたね偉い偉いって頭を撫でている。でも、アルトさんの方が少し小さく見えるのは、ミーアちゃん達が年齢と共に大きくなったからなのだろう。アルトさんは永遠の14歳…。少しずつ周囲から切り離されていくように思えてならなかった。

 

 「ディー。周囲に個体が集結している場所があるか?」

 「ありません。1km四方に動体反応は1つ。南方800mです。」

 それって、森の中だよな。しかも1匹、問題にはならない。

 「ディーの探知範囲外に集結って事も考えられるわ。やはり、この辺から早く離れたほうがいいわ。」

 姉貴の意見には全員賛成した。やはり何かおかしいと思う気持ちはあるようだ。

 

 ディーと姉貴を先頭にして、真中に嬢ちゃんずを入れて俺は殿に付く。

 気の流れを読むのは、相変わらず苦手だ。まして移動しながらだと、精々30m程度を探知できる程度だし疲れもする。

 でも、後に目が無い以上、この能力はありがたい。不意打ちを食らう恐れがないからね。


 夕暮れが近づく前に今日の野宿場所を探し始める。

 幸い、昨日みたいな雲行きではないから雨の心配は無さそうだ。

 潅木が数本寄り添って立っている場所を今夜の野宿場所に決めると、直ぐに薪を集めだす。

 姉貴達が焚火をしてお茶を沸かしている間に、俺と嬢ちゃんずで周辺に地雷を仕掛ける。

 ディーの探知圏内には数匹の獣がいるみたいだが、何時数が増えるとも限らない。

 明日の朝に回収すればいいのだから、俺達は沢山の地雷を仕掛けておいた。


 潅木際に簡易テントを張ると、早速嬢ちゃんずが装備を下ろして身軽になる。俺達が焚火の周りに座ると早速ディーがお茶が入ったカップを渡してくれた。

 「周辺に20個仕掛けてある。焚火から10mから20m程度の範囲だから、歩く時に気を付けてね。」

 「それは大丈夫。…でも、沢にはまだ着かないのね。西の村には2つ目の沢でしょ。まだだいぶ先なのかな?」

 「セリウス達ネコ族は嘘は言わぬ。間違いなくあるはずじゃ。」

 アルトさんが駄菓子を齧りながら言った。夕食前に食べるのはあまり感心しないぞ。

 姉貴は心配してるけど、食料は十分にある。目的も無い小旅行なんだから気楽に歩けばその内、村に着けると俺は思っている。

 夕食は何時も通りの乾燥野菜と干し肉のスープにビスケットのような黒パンだ。

 何時の間にか、皆が俺の真似をしてスープに黒パンを浸して食べている。ジュリーさんがいたら行儀が悪いと言われるんだけどね。

 

 昨日の件があるから、夜中に突然戦闘が開始されてもいいように、皆が自分の得物を直ぐ傍に置いて横になる。ディーには、200m以内に近寄る者がいた時と集団が500m以内に接近した時は俺達を起こすように言いつけてある。

 不眠番がいるから、交替して焚火の番をしないでもすむことはありがたい。

              ・

              ・


 次の日の昼近くになって、山の谷間を流れる沢を見つけた。

 勢い良く流れる1.5m程の沢だけど、その水は澄んでいて飲むと美味しかった。

 携帯していた大型水筒の水を交換すると共に、各自が持っている水筒の水も補給する。

 そして、服を脱いで汗を流す。

 皆が服を脱ぎだしたんで、慌てて下流に走っていき、大岩の影で俺も裸になって冷たい水で体を洗うことにした。

 もちろんディーが周辺の監視をしているから、こんな格好でいても獣達に襲われる危険は無い。


 体を洗って、涼しくなったところでタバコを取り出して一服を始める。

 まだ姉貴達のはしゃいだ声が聞えるから、今行くと覗きに行くようなものだ。覗きをする者に人権は無いって言ってたから、どんな攻撃を受けるか分かったものじゃない。


 沢の近くで焚火をして昼食を取る。

 この沢から西は見通しの良い林が続いている。どうやら今夜は林の中で野宿しなければならないみたいだ。

 

 「相変わらずだね。」

 「確かに…アキト、警戒を緩めるでないぞ。」

 姉貴の呟きにアルトさんが俺に振り返って続けた。

 山の林だから涼しい風が吹いている。木の葉が生い茂っているから強い日差しを浴びる事も無い。しかし、鳥の声さえしない林は少し不気味さを醸し出す。見通しが良いことが逆に不安になる。

 それでも林に全く獣がいない訳ではない。ディーの探知網には500m圏外で偶に個体を見つけているらしい。

 だが、200m以内に近づく個体がいないので報告をしていないとの事だった。


 その夜、野宿をしている時の事だった。

 いきなり体を揺り動かされて俺は起こされた。焚火の明かりで周囲を見ると、ディーが姉貴を揺すっている。

 「どうした?」

 「獣の群れを感知しました。」

 嬢ちゃんずも起きてきたので、詳細報告をディーにお願いする。

 

 「南東350m先に72個体が西に移動しています。此方に接近する可能性は、今のところありません。後2分後に再接近します。」

 72匹とは穏やかな話ではない。焚火に薪を投げ入れて火勢を増すと、ショットガンを小脇に抱え襲来に備える。姉貴も薙刀片手に前方の闇を睨んでいる。嬢ちゃんずはディーの影に隠れてクロスボーを準備し始めた。

 「何の群れかな?」

 「分からない。気の流れの乱れ方からするとそれ程大型とも思えない…。」

 「ガトルよりは大きいよ。それは分かるんだけどね。」

 姉貴の気の探知網は俺より広くて正確だ。

 

 「群れは最接近箇所を通りすぎて行きます。真直ぐ西に向いました。」

 ディーの告げる言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。

 夜の林で得体の知れない獣に襲われるのは誰だって好みではないはずだ。

 恐らく、最接近箇所からは俺達の焚火は見えたはずだ。数を頼みに襲ってこなかったという事は、何らかの統率が働いていた可能性が高い。

 ディーの探知範囲から遠ざかるまで俺達は待機を続けたが、Uターンして襲ってくることは無かった。


 次の朝、俺達はまた西に向かって歩き出す。

 「私達の進む方向と昨夜の群れの方向が一緒だよね。」

 「たまたまじゃろう。このまま進めば次の沢に出る。今度の沢は昨日の沢と違って大きいと聞いておる。獣が渡る事はあるまいと思う。」

 姉貴とアルトさんの会話が聞えてきた。

 そしてちょっと気になることが頭に浮ぶ。西の村は2つ目の沢を下れば行けるとは言っていたが、沢の西側か東側かを言っていなかった。

 もし東にあれば昨夜の群れは西の村を襲う事になりかねない。


 今日の最初の休憩になった時、俺の危惧を話してみた。

 「確かに村の位置は聞いておらぬ。国境が近い事を考えれば川を要害とみなして東に村を作るほうが安全策ではあるのじゃが…。」

 「村の中を川が流れているというのは考えられないかな?」

 「それは無いと思う。大きな沢の下流に作ってあるなら、洪水には十分注意するはずだ。」

 となると、川の東の公算が高い。俺達は少し足を速めて次の沢を目指した。

 

 夕暮れまでにだいぶ歩いたと思うが、沢には到達出来なかった。

 再度、林の中で野宿を行なったが、その夜は何事もなく過ぎ去った。

 そして、次の日。歩き出して2時間程経った時、遠くに水が勢い良く流れる音が聞えてきた。

 20分程歩くとV字の崖の下に勢い良く流れる沢を見ることが出来た。沢というよりも小さな滝が連続しているようにも見える。白い飛沫が川面一面に漂っている。

 対岸までは数十m程度あるので、ここを渡ることはちょっと無理がある。

 流れを右に見ながら、川下に下って行く事にした。

 ディーの動体探知を確認しながら進んでいく。

 もし、群れが現れたら、ディーが嬢ちゃんずの前に移動する。俺と姉貴がディーの左右で対峙すれば、嬢ちゃんずの爆裂球攻撃で何とか乗り切れうだろう。

 そんな事を考えながら少しずつ麓に下りていく。右側の流れも急流に姿を変えている。さらに川幅が広がっているから橋を架けるのもまだ無理だと思う。

 

 そして夕暮れが近づいてきたとき、遠くに西の村が見えてきた。やはり流れの東側に村があったのだ。

 はやる心を抑えながら、周辺の監視を怠ることなく村へと進んでく。

 村に着いた時にはすっかり夜になっていた。門の外には櫓から吊り下げられた篝火が周囲を明るく照らしている。


 「ネウサナトラムのハンターです。開門してください!」

 俺は大声で櫓の上の人影に叫んだ。

 「ネウサナトラムだと!…村一番のハンターが此方に向ったと聞いたが、オメエ達か!」

 櫓の上からも誰何の声を怒鳴り返してきた。

 「ハンター6人。内3人は銀だ!」

 怒鳴り声の応酬をしていると、ガタンとかんぬきを外す音がして、馬車2台が並んでは入れそうな大扉が少しずつ開いてきた。

 人が入れる位に開くと、中から腕が伸ばされ早く入るように合図している。

 俺達は嬢ちゃんずを先頭に村の門を急いで潜り抜けた。

 

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