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#158 魔物?

 

 アクトラス山脈から張り出した尾根にあるから、ネウサナトラムの標高は高い。その上リオン湖に隣接している。

 となれば、絶好の避暑地になると思うのだけれど、日差しを浴びると焼けるような暑さだ。紫外線がキツイのかもしれない。

 朝の涼しい内に、ギルドに出かけて依頼用紙を眺めるのが俺の日課だ。

 その後は、セリウスさんとテーブルでおしゃべり…。お茶を飲みながら気楽にタバコが吸えるのがいい。偶に、見知らぬハンターが同席して狩場の様子を教えてくれる。


 「すると、マケトマムは綿花を栽培するのか…。綿織物は値段が高い。マケトマムの人口増加と合わせると、村ではなく町になるな。」

 「それには、条件を付けました。マケトマムでは糸作りまでです。機織はこの村で行ないます。」

 「出来るのか?」

 「試行錯誤でしょうね。俺の住んでいた国では織物の産地は雪国でした。ここも冬は深い雪に閉ざされます。条件が似ていますから、意外と良い織物ができるかも知れませんよ。」

 「村の娘達の働き口が出来れば、遠くの村に出稼ぎに出ずとも暮していける。その計画は遠大だが、成功させたいものだ。」

 「村の拡張計画はどうですか?」

 「ミズキに投げたようなものだが、形にしてくれた。村長は賛成しているので、山荘の工事が終れば早速開始できる。村の西方向に拡張するなら、反対する村人はいないはずだ。」

 

 そんな話をしていると、ミーアちゃんがギルドに入ってきた。

 素早くホールを見渡して俺を見つけるととことことやってくる。

 

 「商人さんが家に来てるの。お姉ちゃんが、お兄ちゃんを連れて来いって…。」

 「直ぐに、帰るよ。先に戻ってて。…セリウスさん、では交渉に行ってきます。結果は明日にでもお伝えします。」

 

 頑張れよ。と片手を上げるセリウスさんを後にして、急いで家に帰る。

 そして、家の扉を開けると、テーブル席に2人の商人とジュリーさんが座っていた。

 姉貴のこっちこっちと言う指示に従って真中の席に座る。両隣は姉貴とアルトさんだ。ディーが、早速俺のお茶を出してくれる。


 「早速ですが、綿花を栽培したいとの事ですな…。私共も、綿花には一度手をだしております。しかし、芽を出す事が無かった。海を渡ったこの地では綿花の栽培は出来ません。」

 やはり、商魂たくましい人達だ。やはり一度はやってみたようだ。

 でも、何故芽が出なかったんだろう…そこが気になる。


 「確認したいことがあります。綿花は相手国で厳重に管理されていますか?そしてその販路は特定の商人に独占されてますか?」

 「おっしゃる通りです。綿織物を扱う商人はただ1人です。我等はその商人を相手に売り手市場で品物を扱っておるのです。綿花の栽培も、遠くからあれがそうなのか、と分かる程度に近づけるのみで、我等はその詳細を知ることが出来ません。」

 

 「となると発芽しなかった種は、一度茹でられた種ですね。茹でた種は幾ら播いても芽は出ませんよ。」

 「そんな…。いや、確かに考えられる。此方で栽培されたなら今までのように暴利を得る事が出来なくなる。」

 「くっそう…あ奴め、我等に茹でた種を高額で提供したのか。何とか仕返しをしたいものだ。」

 2人の商人は激高しだした。

 

 「お二方の他国との取引は、その国だけではないと思います。綿を茎ごと引っこ抜いて手に入れることは出来ませんか。2本もあれば、十分な種が取れます。ただし、取り入れ寸前の綿でなくてはなりませんが…。」

 2人は互いに顔を見合わせる。


 「場合によっては、盗んででも手に入れましょう。まぁ、そこまでしなくとも手に入れる方法は幾らでもあるはずです。それは我等に任せて貰えばいいとして、何処で栽培するのですかな。」

 「トリスタンさんとの話で、マケトマムの荒地で兵隊500を使って綿畑を作ります。そこで綿栽培の要領を学んで貰い、綿から糸を取り出すまでの加工を行います。その後は織物となるわけですが、それはこの村で行なうのが条件です。」

 

 「綿から織物が簡単に出来る訳ではないのですな。」

 「行程が必要になります。しかし、それ程難しくは無いと思います。俺の祖母は自分の畑で綿を作り、糸を紡ぎ、自分で機織をしていました。細い糸を紡ぐのは経験が必要です。先ほどの綿の種は是非とも必要ですが、平行して綿そのものを入手して頂けると、事前の訓練に使用出来ます。」

 

 「私の国では、麻から繊維を取って糸を紡ぎ、織物を作っています。その技術は使えますか?」

 「十分に利用できます。綿から糸を作るのに違和感があるかもしれませんが、それは練習で何とかなるでしょう。綿を入手した段階で、職人を紹介してくだされば助かります。」

 2人の商人は、既存の技術を応用すればそれ程問題がない事に安堵している。


 「それで、俺からの最初の依頼となる訳ですが…。」

 「分かっております。種、しかも茎毎と言うわけですな。了解しました。我等2人にお任せください。職人、流通、全て我等が仕切ると言う事であれば、御代も要りません。それだけの利益がこの事業にはあるのです。」

 商人達の顔は明るい。新たな事業は彼らにとって魅力的なのだろう。


 「しかし、それでは他の商人に怨まれる事はありませんか?」

 「我等がどのように仕切ろうとも、隙間は生じるのです。その隙間を彼らに補って貰う事にやぶさかではありませんし、それがある事を彼らは承知しております。むしろ歓迎されると思いますよ。」

 商人に必要なのは、ものを見る目だと聞いた事がある。ものとは物に限らないと言う事だな。全体を見る目と、その流れの中で自分がどれを仕切れるかを素早く見つけられる目も必要になると言う事だ。


 「では、よろしくお願いします。」

 互いに席を立って挨拶を交わすと、彼らは帰って行った。


 「これで、マケトマムは何とかなりそうね。」

 「あぁ、綿花の栽培は荒地でも何とかなるからね。干ばつの話も聞いた事が無いし、今の段々畑はそのまま作物栽培に使える。」

 「でも、実際に始まるのは少し先になるのよね。」

 「先ずは、マケトマムの開墾だからね。東の砦だって、後2月は掛かるだろうしそれに合わせて開墾も始まるだろうね。年が変わってからが問題だと思うよ。」

 「だったら、その間。西の方に行ってみない。ジュリーさんが、この村を西に行った所にも村があるって言ってたわ。そして、その先が国境だと話してくれたの。」


 そんな姉貴の一言で、俺達はネウサナトラムの西にあるという村を目指す事になった。

 嬢ちゃんずも大賛成だ。意外と退屈してたに違いない。ガルパスは御后様が山荘で預かってくれるとサーシャちゃんが言っていた。世話をするのが御后様なら安心だろう。


 「西の村とは、カイナルという名の山村だ。谷沿いの村で冬は完全に閉ざされる。雪の降る前に帰って来い。」

 セリウスさんが注意してくれた。

 俺だって、そんなに長くいるつもりはない。ちょっとした小旅行のつもりだしね。


 早速、荷作りを始める。と言っても、俺達のザックは魔法の袋に詰め込めるし、改めて買い足すのは、食糧くらいな物だ。それでも嬢ちゃんずは雑貨屋で爆裂球と駄菓子を買い込んできたけど。

 

 出発の朝、山荘に寄って御后様に後をよろしくとお願いして、北門に向う。

 カイナルには北門から山の森を過ぎた先にある荒地を西に進んで行くのだ。

 荒地を西に向いながら山裾を巡り、2つ目の大きな沢に出たら沢伝いに南に下がると、目的の村に着くらしい。

 

 森の入口にある休憩所で、ちょっとひと休みとなった。

 幾ら暑い季節でも山を歩くとなれば、短パンに袖なしのシャツでは無理だ。俺と姉貴は迷彩シャツとパンツに迷彩キャップだし、嬢ちゃんずも木綿の足首までのパンツとシャツを革の短パンとベストの下に着ている。ディーは、何時ものインディアンルックだけどね。

 そんな服装だから、直ぐに汗が出る。そのため給水を兼ねて頻繁に休憩を取る必要があるのだ。

 

 森に入ると空気がひんやりしているから、少し歩きやすくなった。

 そして、森を抜けて荒地を少し上ったところで、昼食を取る。

 潅木から薪を取って、小さな焚火を作り、お茶を沸かす。昼食は黒パンサンドだから、お茶が無いとパサパサして食べ辛いんだ。

 ここからだと遠くに村が小さく見える。リオン湖に寄り添って並ぶ家並みが玩具のようだ。残念ながら、俺達の家と山荘はここからでは林の影になって見えなかった。

 

 昼食後に歩き出そうとしたら、サーシャちゃんが杖を欲しがった。俺の持っている採取鎌をとりあえずディーに預けて、歩きながら杖に良さそうな潅木を探す。

 見つけたら、グルカで一閃して切り倒し、枝を払って4D位の長さにすれば杖の出来上がりだ。サーシャちゃんに渡すと、次のを探す。そうして3人に杖を渡すと、杖を使いながら歩き出した。

 確かに斜面が多いから、早くに杖を渡せばよかったかもしれない。


 山下に広がる森の中に小さな池が見える。

 たぶんあの辺りが西の沼地になるんだろう。となれば、この先はまだ来たことが無い場所になる。

 1時間程度歩いたところで小休止を取る。

 ディーに周辺の探査をしてもらうが、200m以内での動体反応は無いようだ。500m圏内だと数箇所に反応があるとの事だが、俺達に向かって移動している個体は無いとの事で、少し安心する。

 でも、別な不安が出てきた。空模様が怪しいのだ。

 今日は何時になく暑かったし、ひょっとしたら雷雨になる可能性が高い。

 雨宿りが出来そうな場所を探しながら先を急ぐ。


 「あそこはどうかしら?」

 姉貴が指差した場所は大きな石が数個重なった場所だ。数人が優に雨宿りに使えそうに平べったい岩の下に空間がある。

 大岩に辿り着くと、早速手分けして薪を集める。俺は少し太い枝をグルカで切り落として薪を作った。生木だが焚火の周りで乾燥させれば夜の焚火の火を落とさずに済むだろう。


 この大岩は他のハンター達も利用するようで、焚火の跡がある。岩の奥には余った薪まであった。

 早速、ディーと俺で焚火を作るとお茶を沸かし始める。

 空模様はいよいよ怪しくなって、遠くで雷鳴まで聞えてきた。

 大雨だと、俺達の上にある一枚岩では防げ無いだろう。俺と姉貴のポンチョと防水シートを組み合わせて簡単なテントを拵えた。テントの支柱は嬢ちゃんずの杖を利用する。


 まだ夕暮れ前だと言うのに辺りは真っ暗だ。凄まじい稲光が目の前を一瞬明るく照らし出して轟音が木霊する。 

 山の雷は大きいとは聞いていたがこれ程迫力があるとは思わなかった。

 サーシャちゃんとミーアちゃんはアルトさんにしがみ付いてるけど、アルトさんだって焚火で照らされた顔が蒼白になっている。ひょっとして、雷が嫌いなのかな…。

 姉貴はキャーキャー言いながら俺にしがみ付くけど、姉貴の場合は雷の音が嫌いなんだ。本当はあの稲光が危ないはずなんだけどね。

 ディーはずっと空の一点を見つめている。何かいるんだろうか。と聞いてみたくなるけど、雷様だったら嫌なので話しかけないでおく事にした。

 

 「動体反応…2時の方向、距離200。」

 突然、ディーが俺に警告する。

 岩の前はバケツをひっくり返したような大雨だ。20m先も見えやしない。こんな時には獣だってどこかに隠れるはずだ。

 「接近してきます。距離150。」

 急いで、バッグから袋を出して、中からショットガンを取り出した。最初の2発はスラッグが装填してある。

 焚火に薪を追加して火勢を増した。これだって立派な遮蔽物だ。


 周囲には閃光と雷鳴が木霊している。雨の勢いも全く衰えない。

 「接近中…距離100。」

 相変わらず目を瞑って俺にしがみ付いている姉貴に、何かが近づいている事を知らせる。

 雷鳴のたびにビクって体を縮ませながら、俺の後にパイソンを抜いて待機したけど、近くに雷が落ちたら俺が撃たれそうな気がしてきた。


 「接近中…距離50。」

 抑揚のないディーの呟くような声がイヤに大きく聞える。


 そして、暗い大雨の中におぼろげな黒い影が浮んできた…大きい。

 黒い影のように浮ぶ姿は2mを越えている。更に近づいて来るにつれ、その姿が人の姿のようにも見えてきた。

 だが、決定的な違いに気が付くと同時に背筋に冷たい汗が流れる。

 その者は3本足で動いているのだ。そして、手の長さも異様に長い。足の膝まで達しているように見える。

 俺達の岩場に少しずつ近づいて来たかと思うと、突然背中に片腕を伸ばして棍棒のような得物を掴むと俺に向かって飛びかかってきた。


 ドォンっと腰ダメにショットガンを放つ。

 棍棒を持っていた手が千切れ飛ぶ。と同時にディーが掌底を襲ってきた何者かの腹に放つ。

 それは、ディーの攻撃で数mも後に吹き飛ぶと、斜面を転がり落ちて行った。

 

 ディーと思わず顔を合わせる。何時しか遠ざかっていた雷鳴に元気づいた姉貴が恐る恐る俺の後から出てきた。

 「何だったの?」

 「分からない。いきなり襲ってきたんでショットガンで武器を持った手を吹き飛ばした。その後、ディーの攻撃で斜面を転げ落ちたんだけど、あれでは助からないと思う。明日調べてみよう。」


 後のテントの中では嬢ちゃんずが寝ていた。よくあの雷鳴の中で眠れたものだと感心してしまう。


 急速に雨が上がると、夕焼けの名残りがあたりを少し明るくする。

 姉貴とディーが夕食を造り始めると、俺はさっき吹き飛ばした片腕を探した。

 5m程離れた場所にそれは落ちていた。

 肩より少し下辺りで千切れている。やはり腕は長い。類人猿のように長いが、その腕に体毛が無い。そして…手の指が3本なのだ。

 親指と人差し指と薬指そんな感じだ。他の指は切り取られたような形跡もない。奴は最初から3本指だったようだ。


 魔物か?…逸れにしては、単独行動というのも気にかかる。

 それに、この辺はまだネウサナトラムのハンター達が活動する領域だ。このような異形の姿についての噂など聞いた事も無い。

 アルトさんが起きたら相談しようと、俺は皆のいる大岩に戻ることにした。

 

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