#157 屯田兵
アイアスさん達がネウサナトラムに来て1週間も過ぎると、新たな兵隊達も先行した兵隊達と同じように亀に跨って野山を爆走するようになった。
後は、続々と新しい砦にやってくる兵隊達に彼等が俺達の教えた事を伝授すれば問題はないだろう。
アイアスさんはちょっと頼りないけど、姉貴は思慮深い指揮官だから大丈夫と言っていた。でも、その判断はチェスをした結果だから、俺としては疑問が残る。
アイアスさんやガリクスさんは亀には乗らないみたいだけど、投石具と投石器の訓練は熱心に行っていた。
初めて投石器で収束爆裂球を打ち出した時は、しばらく口を開けたままだったけどね。
そして今日、彼等は任地に旅立っていく。
先頭の馬車にはアイアスさんとその幕僚が乗り、その後ろに20亀の亀兵隊が続く。そして最後に荷馬車5台が続くのだが、これには分解した投石器が4台積み込まれている。
「色々と、お世話になりました。是非、砦にいらしてください。」
「我らが砦に行くときは、東の国との戦が起こった時じゃ。任地は凶暴な獣や虫もおる。十分に注意するのじゃぞ。」
アイアスさんの挨拶にアルトさんが応えてるけど、少し脅しているようにも見える。心配しているのは分るんだけど、もう少し言い方があるのではと俺は思うぞ。
亀兵隊の連中には、サーシャちゃんとミーアちゃんが手を振っている。
それを見て、泣き出す兵隊もいる。結構、人気があったんだろうな。
彼等の胸には真新しい銅のバッジが輝いている。
急遽、ユリシーさんが造った物らしいが意匠は、亀に乗り爆走状態の嬢ちゃんずの姿と、その下に3人のイニシャルが浮き彫りになっている。
御后様が兵隊達全員に1人ずつその胸に付けてあげていた。
何か、特殊訓練の終了証みたいだけど、後数年もしたら意外と有名なバッジになるんだろうなぁ…なんて思ったりしている。
ネビアがアイアスさんに別れを告げると、先頭の馬車が東門を出て行く。
俺達は彼等の姿が山の陰に隠れるまで手を振って見送った。
「行っちゃったね。」
「行きおった。モスレム王国内で最も過酷な任務となるじゃろう。これで見納めになる兵隊がいるやもしれぬ。それを思うと心が痛むが、かの地に大量の兵隊を送れば周辺諸国との軋轢が増す…。」
御后様の顔色は優れないようだ。
「万が一の場合の対応計画はあるんですか?」
「そのような事態が生じれば、王都より軍を向かわせねばなるまい。即応が500、数日後に1000は出せるが、元々王都の軍は5000程度。守りを考えれば、国境に派遣できるのはその程度であろう。」
俺の問いに御后様が小さく呟いた。
「今日の午後にも、トリスタン達がやってくる。婿殿達も夜の会食に来て欲しい。」
そう言って、亀に乗って帰る姿が寂しげに見える。亀も御后様と同じように項垂れながらとぼとぼと進んでいる。一心同体とはホントのことのようだ。
マリエッティの復讐でさえ、2000近い獣を集めている。新興国がどの程度の軍事力を持つかは分らないけど、同数であるはずがない。少なくとも3倍以上と見るべきだと思う。投石具と投石器を使っての防戦がいったい何日持つのかと思うと共に、1000人の兵隊を砦に救援に行かせるのに少なくとも1週間以上かかる事に俺は愕然とした。
単なる警備だけであれば彼等で十分に対処できる。しかし、全面攻勢が最初だったりすると、途端に彼等は死兵になるだろう。
そんな事を考えながら歩いていたら、何時の間にか家に着いた。
テーブルでお茶を飲んでいる姉貴に早速相談してみる。
「そうね。御后様らしい心配よね。確率は低いと思うな。でも、前哨戦なら彼等で何とかなっても、直に後続が来たらヤバイ事に変わりはないわ。」
「即応戦力が500ってのもね。しかも王都からだと5日はかかるよ。それだと、マケトマムの村まで陥落しても不思議じゃない。」
「即応戦力をマケトマム近郊に置いておく。という手はあるわ。…でも、何もしないで置いておくのももったいないよね。場合によっては来ないかも知れないんだし…。」
「野外演習を続ける訳にも行かないしね。」
嬢ちゃんずが帰ってこないので、姉貴と延々この問題を話し合った。
ディーはこんな課題解決には向かないようで、その間俺達にお茶を出してくれたんで、何時の間にか、お腹の中で水音がするようになった。
それでも良い案が出来たから、昼食抜きは我慢する事にしよう。今夜は会食だしね。
夕暮れになって、嬢ちゃんずが戻ってきた。
ミケランさんと森の近くで薬草採取の依頼をしてきたらしい。お昼はミケランさんに用意してもらったと言ってるけど、ミケランさんの料理って俺は食べた事がないような気がする。何時だって、セリウスさんがしてたようだし。
全員が揃ったところで、ディーに留守番を頼むと山荘へ出かけることにした。会食だし、ディーはそもそも余り食べないからね。
山荘に着くと、早速食堂に案内された。
王都から随行してきた料理人の腕は確かなようだ。久しぶりに食べる白いパンも嬉しい限りだ。メインの肉料理はリスティンだけど、これは昨日亀兵隊達が仕留めてきたものだろう。
御后様もトリスタン様も浮かない顔をしている。やはり、今朝早く任地に向った兵隊達の事を案じているのかも知れない。
「今朝、御后様より緊急時に対応できる兵隊の数は500と聞きました。しかし、東の砦には馬車を駆っても3日は掛かるでしょう。その間にマケトマムは占拠されてしまいます。トリスタンさんが憂うるのは、その事ではありませんか?」
思い切って聞いてみた。皆が沈んだ雰囲気で食事を取るのは、せっかくの美味しい料理が半減するからね。
「アキト君には隠し事が出来ないね。正しくその通りだ。一定期間であれば軍の演習ということで周辺諸国も納得しよう。それにその間別の部隊を即応軍として待機させる事も出来よう。だが、それはあまりにも変則的な対応だ。何かあるのではと周辺諸国は密偵を放つだろう。そして、我が国が新興国と国境を争う可能性があるというのであれば、場合によっては別の国と対峙しなければならないとも限らない。…周辺諸国、我が国を含めてだが微妙な力関係で平和が保たれている。このバランスが崩れた時は…分かるだろう?」
トリスタンさんの言葉に、御后様やアルトさん、クオークさんも項垂れている。
「もし、周辺諸国に怪しまれずに、尚且つ砦の火急に対応できる案があれば、トリスタンさんは採用できますか? 難点は少しばかり初期投資が必要になるんですが、500程度の即応力を周辺諸国に怪しまれずにマケトマムに駐留できますよ。」
俺の言葉に全員が俺に顔を向ける。
「ただ駐留させるだけでは、ダメだ。周辺諸国への睨みが無くなる。」
「それを含めての案です。」
「聞かせてくれ。」
トリスタンさんはそう言うと銀のカップに注がれた葡萄酒を飲んだ。
「王都の軍から500人の兵隊を除隊させてください。そして新たに300の兵を雇い入れてください。これが第1段階です。対外的には兵力の削減になります。」
トリスタンさんが何か言おうとしたようだが、口をつぐんだ。
「次に、500人の除隊者をマケトマムの新たな柵の南方に広がる荒地の開墾に従事させてください。作物は綿花です。」
「綿製品は全て他国からの輸入じゃ。この国では綿は採れんと商人が言うておった。」
「たぶん、商談を途切らせない為の方便です。綿花の栽培は可能です。でも、それだけでは彼等の生活が立ち行かないでしょう。その為に、命令があり次第軍を編成して任地に赴くという取り決めを行ないます。」
「除隊はさせるが、組織を維持したままで農業に従事させる。ということか…。しかも、それが軌道に乗れば、王国に新たな産業が生まれるわけだな。しかも、他国から見れば軍縮だが、実際には軍拡となる。」
「問題は開拓をする兵隊達の事業が成り立つまでは、彼等の生活資金を用意しなければなりません。期間は早くて2年。綿花の種が手に入らねば数年は掛かるでしょう。」
トリスタンさんは、何時しか顔を綻ばせている。
「その程度は問題ない。陶器でだいぶ国庫が潤っているのだ。10年は除隊前の給与を与えても大丈夫だ。王都で早速王に進言しよう。」
「王に進言する前に、御用商人に綿花の種を入手するようにお願いしてください。綿花の栽培が軌道に乗れば、製糸、機織とご婦人方の仕事が増えます。出来れば機織はこの村の冬の仕事に頂きたいのですが…。」
「後、1週間もせずに彼等はここに来るだろう。両者共に綿織物の輸入業者だ。アキト君が言う事に利があると見れば、彼等は財を使うのに躊躇はしないはずだ。」
「しかしじゃ。よくもそのような案を考え付いたものよのう。王都に赴いて王の相談相手となれば栄華は思いのままじゃと思うがのう。」
「御后様。俺達はハンターですから、報酬が得られればその分に応じた働きをします。今回の提案も、上手く行けばこの村に大きな産業を生みます。この案が採用された時は、織物はこの村で行なう事が条件になります。」
「それは、この村の取分じゃろう。婿殿達の報酬ではない。」
「それでは、アルトさんの支度金代わりでどうでしょうか?」
「兵隊500人が支度金とは…ははは愉快じゃ。今まで降嫁の話は数あれど、支度金の大きさと規模は、アルト。前代未聞ぞ。…喜んでその支度金を受取ることにしようぞ。」
御后様はアルトさんと俺の顔を交互にみると大声で笑い出した。
「トリスタン。我からの伝言を王に伝えよ。この案の不採用まかり成らん。とな。」
「必ずお伝えします。私も賛成です。この案、王にとっても渡りに船でしょう。マハーラに先行させて、概要を伝える所存です。この件については王も心穏やかではないはずです。」
そして、その日の会食はお開きになった。
次の朝早くマハーラさんは村を発って行った。
早速、王に新しい砦の対策案を持っていったのだろう。軍を動かすとなればそう簡単にはいかないから、やはり事前の根回しが必要なのかもしれない。
その夜、クオークさんとアン姫がジュリーさんを伴って、俺達の家を訪ねてきた。
「陶器の事は、何とか上手く行きそうです。今回の訪問は…。」
「大森林の古代文字ですね。」
俺の言葉にクオークさんが頷いた。
「信じられないような話ですけど…。」
「ちょっと、待ってください。」
慌てて、クオークさんがバッグから紙の束とペン、インクを取出した。
それを見ていたディーが全員にお茶を配り始める。
嬢ちゃんずはアン姫を交えてスゴロク勝負だ。
「いいですよ。準備が出来ました。」
「大森林を南に下がった場所に2つ山があり、そこに洞窟がありました。そして、半日以上、長い洞窟を下りたところにそれはありました。」
クオークさんのペンが止まった事を確認して、次を続ける。
「洞窟は人工的なものです。でも、地下から地上寸前までは明らかに何らかの機械で開けられた穴ですが、出口付近は人の手で開けられたものです。壁一面に鑿の跡がありました。」
「洞窟最深部は正方形の間があり、突き当たりと左右に古代文字の記述がありました。その記載文字と内容は姉が記録を取っています。」
姉貴がこれです。とあの時に記載したノートと複写した紙を渡した。
「でも、問題はそんな物じゃなかった。正面の壁だと思ったものは、船の側壁でした。人の構成暗号と言うべきものを認識して、扉を開ける仕掛けがあったのです。」
「人を構成する暗号って何ですか?」
「DNAという暗号です。両親から子供へ、またその子供へと延々暗号が我々を構成する最小単位の細胞の中に入っています。その構成はこのような二重らせん構造の結びつきをつかさどる核酸という物質の組み合わせで決まっています。この組み合わせの僅かな違いが人と獣、魔物と言った種別を決めていると言っても良いでしょう。」
「その仕掛けが俺を人間と判断しました。そして、船に入る扉が開いたのです。」
クオークさんがペンを下ろすと俺を見た。
「その船は何の船だったんでしょうか。そして、何故山の中に閉じ込められたのでしょうか。」
「俺は船を水に浮ぶ船だとは思っていません。あそこにあった船は、たぶん空を飛ぶ船だと思います。何らかの事故にあって、着地した後に地殻変動にあって山の中に閉じ込められたのだと思っています。船の目的は調査だったと推測します。壁の文字にあった、バビロンの文字からバビロンの都市より飛来したと推測します。」
「船には何かありましたか?」
「地上までの通路の完成により、乗船者は全て脱出し、その時に使える物は持ち去っています。ただし、唯一とんでもない代物が残されていました。」
「ディー。こっちに来て!」
換えのお茶を準備していたディーが俺の隣にやってきた。
「彼女が、船に残されていました。」
クオークさんが驚いて思わず立ち上がった。そして、ディーをマジマジと見つめる。
「彼女の肉体は我等と違い目に見えないくらいの微小な金属カラクリで出来ています。食事を必要とせず、太陽の光さえあればほぼ永久的な活動が可能です。」
「問題は彼女の活動目的です。ディーは言いました。私の目的は人類の保護にある。とね。そして、ディーは3体作られたそうです。残念ながら、ディーの姉達は破壊されたようです。その原因が、製作者を人類と認識出来ないほど、DNAが変化していた事にあります。ディーは起動しないまま、地下の船に放置されていたのですが、俺が目覚めさせてしまいました。そして、俺を人類と認めたのです。急いでディーの活動目的を人類と共にあるものを含むということにしました。こうすれば、俺達と一緒のアルトさんやミーアちゃんを人類外と認識せずに済みますからね。」
「アンから聞きました。魔法とは異質な技を使い、その背中には羽根があると…。そういう訳だったのですね。」
「ディーは魔法が使えません。しかし、アルマゲドンを起こした頃の科学技術によって体を武器に変化させる事が出来ます。その威力は魔法の比ではありません。」
「アキトさんといる限りは問題ない。ということですか…。」
「今のところは、俺達の仲間として役立ってくれていますし、今後とも眠りを覚ました責任を取ってディーを導こうと思っています。…それと、話は変わりますが、大森林の南の遥か彼方には何かがあるようです。大森林の夜は南の方向がボンヤリと光っています。しかし、現時点で調査を行なうのは自殺行為と言えるでしょう。ひょっとしたら、そこにバビロンがあるのかもしれませんね。」
「そう言われても行きたいですね。4つの都市の1つが意外に近くに有るのも驚きです。」
「まだ、そう決まったわけではありません。でもあれだけの光を周囲に放っているということは、文明がそこにあるように思えるんです。」
「大森林の近くの海は貿易船も通りませんが、船乗りの言い伝えは色々とあるようです。次はそちらも調べてみましょう。」
クオークさんはそう言ってアン姫とジュリーさんを連れて帰っていった。
ジュリーさんは、故郷の伝説にあるユグドラシルを知りたかったようだが、大森林での話しはバビロン一色だ。俺達の話を黙って聞いていた。