#156 新任の指揮官
今日も朝から日差しがキツイ。嬢ちゃんずが出かける時に、姉貴が全員の帽子を確認したほどだ。亀に乗るから麦藁帽子では飛んでしまうので、短い庇の付いたヘルメット風の帽子を職人さんに作ってもらったようだ。材質は革みたいだけど、頭と帽子の間が少し空間がある。そして3箇所に切れ込みを入れているから、頭が蒸れる心配はない。顎紐をしっかり結べば帽子も飛ばされないだろう。
マハーラさんがそれを見て、兵隊用に大量の注文をしていたから、職人さんは喜んでいたとミーアちゃんが教えてくれた。
俺の方はグルカショーツにノースリーブの迷彩服。そして、迷彩キャップにサングラスだから、夏のキャンプの身支度みたいだ。その上に装備ベルトを付ければ緊急事態でも対処は可能だ。
そんな格好で、ギルドの扉を開ける。
目が合ったシャロンさんに片手を上げてご挨拶をして、何時ものように依頼掲示板を見てみる。
珍しい依頼を見つけた。タルミナ狩りだ。秋になると結構な数の依頼が来るけど、こんなに早くからあるんだな。嬢ちゃんずに教えてあげよう…。
「アキト、こっちに来い!」
野太いセリウスさんの声に振り返ると、何時ものテーブルでセリウスさんが手を振っている。
テーブルにはジュリーさんと見慣れない兵隊が数人いる。
とりあえず、テーブルに行くとセリウスさんの隣に座る事にした。
「こいつがアキトだ。この村の筆頭ハンターのチームリーダーをしている。」
セリウスさんが簡単に兵隊達に俺を紹介した。
「アキトは初対面だな。俺の正面にいるのが、アイアス。サラード家の次男だ。左がミランダ、右がガリクスとサミネになる。ミランダはサラード家の私兵でガリクスが軍の副官だ。サミネはジュリーが今回の任務に必要だろうと魔道師軍より選抜してくれたそうだ。」
「ひょっとして、彼らは?」
「東の国境警備隊創設で最初の指揮官とその幕臣だ。」
「アキトさんの事は妹から聞いております。親切なハンターで、家に誇れる仕事も提供していただいたと手紙にはありました。両親も兄も喜んでおります。」
アイアスと紹介された20歳を超えた位の男が俺に礼を言った。でも、何の事なんだか…。
「ネビアの兄だ。…この村に来たのも妹に合う口実が欲しかったのではないのか?」
セリウスさんは俺とアイアスさんを見ながら言った。
「まぁ、それもありますが…。ところで、今朝、新たな兵隊を10人を連れて来ました。マハーラ様が先行して来ているはずですけど、訓練は順調なのでしょうか?」
「この時間なら、アルトさん達と戦闘訓練に山に行ってると思いますよ。近場にガトルがいなくなったので、リスティンを狩りに行くと言ってましたから。」
俺達にお茶を運んできたシャロンさんが俺の言葉に続ける。
「今朝早く、サーシャちゃんがリスティン2匹の依頼を受けてます。あの速度で山に爆走して行ったんでしょうね。」
今度、村の中を走らないように言っておこう。交通事故なんか起こしたら大変だ。
「訓練の成果はたぶんご満足されると思います。俺から見ても、このまま辺境で十分任務をこなせると思います。更に彼らを使って次の兵隊の訓練を行なえば100人の警備隊を短期間で育成できるでしょう。」
「リスティン狩りなら北門を出たはずだ。アキト、その先にある荒地であれの使い方を教えてやれ。」
「そうですね。ただ待つよりはいいでしょう。…では出かけましょう。ジュリーさん、先に山荘に行って、マハーラさんからこれを受取ってきてくれませんか。」
俺は、腰の投石具を見せるとジュリーさんが頷いた。
テーブル席を離れて通りに出る。
兵隊達がいないので辺りを見渡していると、ガリクスさんがギルドの練習場から兵隊達を率いて現れた。ガリクスさんはセリウスさんと一緒でネコ族だな。顔が少し似ている気がする。
「彼らに剣の使い方を練習させていました。」
俺にそう告げると、2列に並ばせ始めた。先頭はアイアスさん達3人だ。
俺が歩く後を足並みを揃えて付いて来る。
確かに、規律が取れているんだけど、前の10人を見たら吃驚するぞ。
「アイアスさん。ちょっとよろしいですか?」
「何でしょう。」
「アイアスさんは、規律には厳しい人なんですか?」
「いえ、そのような事はありません。…あぁ、兵隊達ですね。あれは、ガリクスの方針なんですよ。私としても、規律はある方がいいと思って、そのままにしているんですが。」
ひょっとして、アイアスさんってガリクスさん任せにしてるのかもしれない。
それにネコ族の人達って結構真面目な人が多い。そうすると、後の兵隊達ができあがるんだなきっと。
そんな事を考えながら歩いていたら北門に着いた。門番さんに挨拶して荒地に向う。そこは、アルトさん達が兵隊の訓練をしていた場所だ。
「ここで、先発隊の訓練をアルトさん達の3人が行なっていました。最初は、この場所から、あの木の的にこれ位の石を当てることからです。」
「ちょっと待て、それをあれに当てるなど無理だ。俺でさえも手前まで行くかどうか…。」
ガリクスさんが抗議する。まぁ、当然の反応だよな。
「石を投げるにも方法があります。これを使えばいいんです。」
そう、言って腰から投石具を外すと石を真中にセットして振り回す。
狙いを定めて紐を放すと、ビューンと石が飛んで行って木の的にカツンと当った。
後を振り返ると、皆が呆気に取られて見ている。
「どうですか。全員にこの投石具の使い方を覚えて貰います。これが使えないと、任地での戦闘は厳しくなりますよ。そして、これを覚えればガトル程度は200D離れた場所から一撃で倒せます。」
「我々も覚えるべきなのでしょうか。」
アイアスさんが聞いてきた。
「幕僚の方々が使う機会はあまり無いと思います。でも、万が一の事態に備えて覚えておくといいでしょう。投げるのは小石ですから何処にでもありますからね。矢が尽きる事になっても大丈夫です。」
そんな話をしていると、ジュリーさんがマハーラさんとやってきた。
マハーラさんが兵隊達に投石具を配っている。ジュリーさんは、アイアスさん達に配っている。
「ホントにベルトみたいですね。こんな物であんなに遠くへ石を飛ばせるなんて信じられませんが、早速投げ方を教えてください。」
それでは、と兵隊達を分けて教えようとした所へミケランさんが歩いてきた。
今日は、双子を連れていないけど、どうしたんだろう。
「そろそろアルトさん達が帰ってくる頃にゃ。ミクとミトを預けてるからお出迎えにゃ。」
って、ミケランさんは言ってるけど、アルトさん達はリスティン狩りに行ったんだよな。ヨチヨチ歩きの子供を連れて行って大丈夫なんだろうか。
「ミケランさんも投石具を使えましたよね。彼らに今から教えようと思ってるんですが、手伝ってくれませんか?」
「いいにゃ。まだ帰ってこないから暇にゃ。」
そうして、俺と、マハーラさんそしてミケランさんの3人で、彼らに投げ方を教え始めた。最初は握り方、次に廻し方、最後に投げ方だ。
難しそうに振り回していたが、何回か投げる内に少しずつコツを覚えてきたようだ。
しばらくすると、的に当てる兵隊も出てきた。
「こんな簡単な仕掛けであれほどの距離を投げる事が出来るとは…。これでは弓矢が必要なくなるのではないでしょうか?」
アイアスさんが感動して俺に言った。
「そんなことはありません。石を投げる間に弓矢なら2、3本を打つことが出来ますし、狙いは正確でしょう。あくまで矢が尽きた時の補助だと考えるべきです。そして、これを積極的に使うのは、これを投げる時です。」
そう言って、バッグから爆裂球を取り出して、素早く腰の投石具を外してセットする。ビュンビュンと投石具を振り回して投擲すると、400D近く飛んで行ってドオォンっと炸裂した。
「魔法攻撃よりも距離が遠いわ…。」
ミランダさんが大きく目を開いて言うと、サミネさんも頷いて同意している。
「お二方は【メルダム】が使えると思います。任地では必携です。でもその到達距離は、200D前後でしょう。1000を越える獣を相手に【メルダム】を多用すれば直ぐに魔法力が枯渇します。そのために数人で爆裂球の投擲を繰り返せば、御2人の魔法をかなり軽減できると思います。」
「帰って来たにゃ!」
ミケランさんの声に俺達はミケランさんの指差した山の森への小道を見た。
土煙を上げて爆走してくる一団が見える。
何か、当初予想していたよりも速度が上がっているように見える。精々自転車位だと思っていたんだけど、あれはどう見ても姉貴が乗っていたラッタッタ位の速度があるぞ。
たちまち、俺達に近づいてくると、ドリフトターン気味に速度を落として全員が俺達に向かって横一列に並んだ。
アルトさんが亀から下りると、兵隊達も亀の横に下りて整列する。
つかつかとアルトさんが俺達の傍にやってくると、アイアスさん達が驚いた。
「このお嬢さんが、先行した兵隊達の訓練をしていたのですか?」
「誰じゃ、御主は?…我等が訓練を続けていたのは間違いではないが。」
ジュリーさんが慌てて、アイアスさんにアルトさんの素性を耳打ちしている。
それを聞いてアイアスさんは吃驚している。すぐに、呆気に取られて嬢ちゃんずをみていたガリクスさんに耳打ちすると、ガリクスさんは顎が外れたように大きく口を開けた。
「申し訳ありません。剣姫様が自ら兵達を訓練しておられたとは思わなかったものですから…。私は、アイアスと申します。新たな砦の指揮官として任地に向う途中、先発した兵達の様子を見に村にまいりました。」
「アイアス…聞き覚えがある。ひょっとして、ネビアの兄か。」
「はい。妹も姫様のお世話になられたと聞きました。重ね重ねお礼申し上げます。」
「それは、よい。…だが、あの任地は厳しいぞ。我等も前哨戦でかろうじて勝ちを取った位じゃ。その事もあってこのように兵を鍛えたが、新たに兵隊を連れてきたのならば、1週間はここで暮すがよい。その間に十分に鍛えようぞ。当然、そちとその取巻きも一緒じゃ。」
そんな事を言ってるけど、もっと気になるのは双子の方だ。
亀から下りないミーアちゃんとサーシャちゃんの鞍にちゃんとお座りしている。
ミケランさんが、2人の所に出かけて双子を回収しているけど、下りるのを嫌がってるみたいだぞ。そのままミケランさんと亀に乗って帰って行った。
それを、アルトさんが羨ましそうに見ているところを見ると、アルトさんの亀には乗らなかったみたいだな。
「訓練の詳しい話は、今夜にでも我等の家に来い。リスティンは大猟じゃ。焼肉で歓迎しようぞ。」
そう言うと、亀兵隊の所に歩いていくと、颯爽と亀に跨る。それを合図に兵隊が一斉に乗亀した。
「行くぞ!」
アルトさんの号令で亀兵隊達は土埃を上げながら村に爆走して行った。
「あれ程に乗れるのでしょうか?」
ジュリーさんが、溜息交じりに呟いた。
「兵隊達は初日はダメでした。アルトさんが諦め掛けてました。…でも、ちょっとしたアドバイスで次の日には見違える程に乗れるようになりました。」
村の北門に消えていく亀兵隊を見ながら応えた。
「どんなアドバイスをしたんですか?」
「亀と友達になれ。そう言いました。亀を亀とは見ずに友達と思え、そして話しかけろ。そうすれば亀は乗る人に心を開きます。その信頼関係が出来た時、亀と乗り手は一心同体の動きが出来るんです。俺は乗れませんがサーシャちゃんやミーアちゃんの話を聞くと、どうやらそんなことが言えるみたいです。」
「確かにあの動きならばかなりの範囲を索敵出来そうだ。当初、100人で国境を警備しろと言われた時は、時間稼ぎの死兵に成れと言われた気がしたのだが、トリスタン様はちゃんと考えておられたのだな。」
ガリクスさんが、ようやく立ち直ったようだ。
「私達に命令したのはトリスタン様ですが、ジュリー様は今回の件については、アキトさんのご提案があったと聞いております。そして、先ほどセリウスさんから、もう1つとんでもないものが砦に設置されるとも聞きました。それも、後1週間の間に見ることが出来るのでしょうか?」
「見て行ってください。そして、その利用方法も、砦に付く前にじっくりと考えて下さい。…しばらくは国境は平穏だと思います。でも、早ければ来年には小競り合いが始まる可能性があります。」
そんな話をして、俺達は村に引き上げて行った。
山荘で、アイアスさん達と別れて、一人家路に着いたけど家では、アルトさんの仕留めて来たリスティンを使って焼肉宴会の準備が始まっていた。
ミーアちゃんに話を聞くと4匹仕留めたらしい。2匹は依頼側に引渡して、2匹を肉屋にもって行ったそうだ。1匹を肉屋に渡して残り1匹を兵隊達と嬢ちゃんずで分けたらしいけど、それでも大量の肉だ。
サーシャちゃんが関係者を招待したようだけど、いったい誰が来るんだ。
夕暮れまでに間があるので、擁壁の何時もの場所で釣りを始める。
ネコ族の人達は魚好きが多いからね。数匹釣っておけば焼き魚として喜ばれるだろう。