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#155 夏の始まり

 

 あれから1週間も過ぎると、亀兵隊の連中は家の亀んライダー達と一緒に野山を駆け回っている。

 ただ駆けるだけでは面白くないって、全員がハンター登録してガトル狩りをしてるんだけど…村周辺にはあまりいないようなので、峠の街道辺りまで足を伸ばしているようだ。

 訓練にもなって小遣いも稼げる。いい案じゃろうって、アルトさんが言ってたけど、いいんだろうか。ちょっと疑問だ。

 

 後は、投石器の数が揃うのを待って彼らは任地に向う事になる。

 完成までの数日間が、彼らと過ごす時間なのだと思うと少し寂しい気もしてきた。


 そんなある日の事、何時もの習慣でギルドの窓際にセリウスさんと座ってチェスをしていた時だ。

 扉が開いたので、チラって盤面から目を離して来客を見ると、クオーク夫妻とジュリーさんが立っていた。

 早速、俺達のテーブルに招待する。


 「お久しぶりです。そろそろ陶器の季節なので、やって来ました。」

 「今度は俺達は手を出さない。しっかり作ってくれよ。」

 「もちろんです。」

 そう応えたクオークさんは嬉しそうだ。最初見たときは青白い顔をしていかにも本の虫みたいな表情だったけど、見るたびに表情が豊かになり、顔色も良くなっている。これもアン姫のおかげなんだろうか。


 「ところで、例の件はどんな具合ですか?」

 「亀兵隊と名を付けたいね。亀に乗った弓兵だ。後は投石器が出来次第、任地に向かって他の兵の指導が出来ると思う。」

 ジュリーさんの言葉に自信をもって応えた。


 「それも信じられないんです。亀に乗るっていうのは理解できます。でも亀に乗ることがはたして戦いに有効とは思えなくて…。それを見るのも、今回の目的なんです。」

 そこに、丁度シャロンさんがお茶を運んできた。

 「シャロンさん。あの連中はどちらに行きました?」

 「アルトさん達ですね。…確か、峠の砦へ行く街道の山側にガトル狩りに行ってるはずです。朝早く出かけましたから、もう直ぐ帰ってくるんじゃないでしょうか。」

 「ありがとう。」って礼を言うと、クオークさんに顔を向ける。

 「と言う事で、もう直ぐ見られますよ。たぶんクオークさんの想像と全く違う物が見られるはずです。」

 「私とジュリーが幾ら説明しても、納得しないんですよ。ホントに困ってしまいます。」

 アン姫が俺に向かって愚痴ってる。

 結構、仲はいいみたいだ。ちょっと羨ましくなってきた。


 「クオーク様。窯の準備は整っております。今夜、山荘へマケリス兄弟を訪問させますが、宜しいですか。」

 「そうだね。人の手配が必要だから是非お願いするよ。」

 セリウスさんが陶器を心配して訊ねている。

 クオークさんの指示で、マケリスさん達が焼き上げる。陶器の製造は、段々とそんな季節限定請負作業になっていくのかも知れない。


 「ところで、これが依頼の品です。」 

 そう言うとジュリーさんが小さな革袋をセリウスさんに渡した。

 「すまない。値段は…。」

 「トリスタン様が隣国から手に入れたものです。正規な手段では無いそうですから、この村で作る限りにおいては料金は要りません。」

 「密偵のもたらした物か…。だが助かる。この村で作るとは誰も気が付くまい。」


 何やら怪しげな話だが、大丈夫なんだろうか。


 そんな話をしていると、扉が開きアルトさんを先頭に数人の男女が入ってきた。

 俺達に気付かずに、カウンターのシャロンさんの所に行くと、兵隊が袋からガトルの牙を取り出している。


 「あぁ!…兄様だ。」

 サーシャちゃんが俺達に気が付いてトコトコとテーブルにやってきた。

 「どうだった?」

 「依頼は無事終了したのじゃ。今回はアルト姉様が、全て亀兵隊に任せるのじゃ。と言ったので我等は遠巻きに見守っておった。」 

 遠くからアルトさんの声が聞えてくる。


 「今回の狩りはお前達の成果じゃ。この報酬はお前達で分けるがいい。今日は、解散じゃ。」

 兵隊はアルトさんに敬礼をすると、外で待つ仲間の所に走っていった。ガタガタと振動が伝わるところを見ると全員で山荘に戻って行ったようだ。


 アルトさんがミーアちゃんと俺達の所にやってきた。

 「まだ先だと思っておったが、良く来たなクオーク。」

 「はい。アルト姉様もお元気そうで何よりです。御婆様も来ていると聞きましたが。」

 「あぁ、来ておるぞ。…全く王都で大人しくしておれば良いものを、今日も元気で走り回っておるのじゃ。」

 

 確かに元気すぎる御婆ちゃんではあるけどね。

 あれ?…そういえば今日は一緒じゃなかったのだろうか。

 「アルトさん。御后様は一緒じゃなかったの?」

 「母様は、双子を連れて今日は散歩じゃと言っておった。」

 面白く無さそうな顔を俺に向けて応えてくれた。ちょっと、不機嫌な理由が判ったぞ。


 「それにしても、素敵なベルトですね。皆さん着けておられるなんて、この村の流行なんですか?」

 「アン…。なかなか良いところに気が付いた。じゃが、これは飾りではない。強力な武器なのじゃ。ガトル程度なら200D離れても一撃で倒す事が出来る。弓ではそうは行かぬじゃろう。」

 「ムチとして使う訳では無さそうですね。私にも使えるでしょうか?」

 「無論じゃ。…ほれ、これはアンに贈ろうとして用意した物じゃ。このように腰に巻いて、この輪に此方の紐を通して輪の根元を引くと…もう落とす事はない。使うときは、このようにすれば直ぐに外れる。」

 アルトさんが簡単に身に着け方を教えている。

 

 「アキト様。それがあの時のお話しにあったものですか?」

 「はい。守備兵の武器の向上と機動力の向上で、兵隊の数を減らせるだろうといいました。その1つがこの武器です。」

 「でも、ただの紐のように見えますが…。」

 「ジュリーよ。俺達の観点で物を見ないほうがいい。俺も、その有効性を知って何時でも身に着けている。本当に強力だ。」

 セリウスさんが補足してくれる。


 「まぁ、実際に見ないと分からぬやも知れぬ。アン一緒に来い。我のアルタイルに乗せてやるのじゃ。」

 アルトさんはアルタイルって付けたのか。ミーアちゃんのは後で聞いてみよう。

 「はい!」ってアン姫が返事をすると、アルトさん達はアン姫と表に出ようとした。

 「ちょっと待ってくれ。私も亀を見たいんだ。」

 クオークさんが席を立って扉の方に駆けて行った。


 「だいぶ、元気になってきたな。」

 「この頃は、風邪を引くこともなくなりました。」

 「お転婆姫は、クオーク様には良い薬になっておるな。」

 セリウスさんも結構悪口が言えるんだ。と思っていたら、扉の方からクオークさんが俺達のテーブルに走ってきた。

 

 「何なんですか、あの亀は。とんでもない速度で行ってしまいましたよ。」

 「先ほどの兵隊達はあの亀に乗って戦えます。アルトさん達が一生懸命に教えました。あの機動力と弓、そして今アン姫に教授している投石具が彼らの装備になります。現在は10人ですが、荒地で戦うのでしたら10倍の戦力差があっても退けられるでしょう。そして、現在製作中の投石器が数台あれば、砦を守りきることが出来ると思います。」

 そう説明すると、ジュリーさんが口を開いた。


 「セリウスは投石器を見たの?」

 「見た。そして驚いた。この投石具の比ではない。魔法を使わない【メルダム】だと言えるだろう。3人程度で使う大型のカラクリなのだが、その威力は見た者全員の度肝を抜いた。もう直ぐ台数が揃う。亀兵隊もそれを持って任地に赴く事になる。その前に、一度見せて貰う事だな。」

 「是非とも見せて貰いたいわ。でも我が国だけで独占できるものなのかしら…。」

 「軍を束ねるものが見たら、直ぐにでも量産するかも知れません。そして、統一戦争が勃発する可能性すらあります。そこは御后様にクギを刺しました。それに、確かに強力なのですが、欠点もあります。もしも諸国にこの技術が流れたら、その欠点の突き方を広めましょう。」

 「ひょっとして、アキトさんはそれよりも強力な武器を知っているのですか?」

 「知識としては、持っています。たぶん俺よりもカラメル族の方がもっと強力なものを知っているかも知れません。しかし、カラメル族は爆裂球は提供しても、その製造方法は提供しなかった。推測ですが、全面戦争になる事を彼らも危惧したんだと思います。その製造方法から、つぎつぎと新しい武器が生まれるからです。」

 「武器とは発展するものなのですか?」

 「技術と科学と数学の発達に比例するのでは、と思います。今回製作しているものはドワーフの技術があれば何とかなりますが、俺の持っている刀や銃はドワーフでさえ製作は出来ないでしょう。これは科学という学問の発達が必要になりますが、この世界に科学という学問はありません。その代わりに魔法という学問があるからです。」

 

 「では、魔法を使わずに科学を発展させればよいではないか。」

 「そして、最後には全世界を巻き込んだ大戦をしますか…。今の武器でなら、国は滅びても人は残るでしょう。でも、発達した武器を使う戦争は人すら残りません。この世界は、危険な獣や、魔物もいますがそれなりに調和が取れています。トリスタンさん達が頑張っていますから周辺諸国とのいざこざもありません。その調和を図るために使用するならばと思って武器の提供をしました。」

 

 「だが、何れ知られることになる。」

 「しかし、この投石具と投石器は守備側に有利なんです。今の内にこの武器の欠点と対応を十分知っておけば対処出来るでしょう。それは、この武器を受取るモスレム側が考えるべきことです。」

 

 「そうですね。我々に有利すぎるものは無いと言うことでしょう。国境警備の兵隊を圧倒的に少なく出来る。そして、それが辺境の砦に設置される物であれば、十分に課題を考える時間があります。」

 ジュリーさんが応えた。

 そして、俺達に軽くお辞儀をするとクオークさんとギルドを出て行った。

 「俺も失礼します。姉貴に知らせないといけませんから。」

 「あぁ、そうだな。また賑やかになるな。」

 席を立って、カウンターのシャロンさんに片手を上げて挨拶すると、通りに出る。

 結構暑くなってきた。日差しも眩しく感じる。

 今度来る時は帽子位被った方が良さそうだ。


 「ただいま。」と扉を開ける。

 テーブルでは姉貴とマハーラさんがチェスをしていた。

 「随分長かったわね。」

 ナイトを摘みながら姉貴が俺を見た。

 「あぁ、クオーク夫妻とジュリーさんが来たんだ。陶器作りを始めるらしい。」

 「姉さんが来たんですか。…すみません。私も山荘に戻ります。」

 そう言って、姉貴に頭を下げると家を出て行った。


 「クオークさんには、大森林での話をしないといけないね。」

 「そうだね。約束だから…。でも、ディーの話をしたら驚くと思うよ。」

 そんな話をしながら夕食の準備を始める。もう少ししたら嬢ちゃんずも帰って来るだろう。

 でも、せっかくアン姫が来たのに、狩りの依頼はあまり無いんだ。トローリングにでも誘ってあげようかな。でもそれだと姉貴や皆があまりいい顔をしないような気がするし…。山村のすごし方について真面目に考えてみる必要があるかもしれない。

 意外と、ニーズがあるような気もするしね。

 

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