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#154 亀兵隊

 

 ガルパス亀乗訓練初日の午後に臨時の馬場…いや亀場に出かけてみた。

 そこには、ポツンとミケランさんが双子と供に森の方を眺めている。

 

 「ミケランさん。皆はどうしたんですか?」

 「あぁ、アキト達にゃ。…それがにゃ。余りのヨチヨチ歩きにアルトさんが怒り出して、皆で遠乗りに行ったにゃ。長く乗れば少しはマシになるだろうって言ってたにゃ。」


 あれ?…サーシャちゃん達は直に亀を走らせてたよな。ミーアちゃんもそうだし、アルトさんもそうだ。御后様なんて、届いたその日から暴走族の仲間入りだ。

 シルバーをドリフトさせながら走らせるサーシャちゃんを見て、俺は乗るのを遠慮したけど、乗るのに素質が必要なんだろうか。

 ミーアちゃんは心を開けばいいって言ってたけど、その辺に原因があるのかも知れないな。

 ふと、姉貴を見ると今日は嬢ちゃんずに邪魔されずに双子の1人を抱っこして満足そうな顔をしている。もう1人はディーが、投げ上げて遊んでいたので慌てて止めに入った。でも、子供は不満そうな顔をしているところを見ると、喜んでたのかな。

 しばらく森を眺めていたけど、帰ってくる様子がない。俺達はミケランさん達と引き揚げることにした。


 その日の夕方、疲れた顔の嬢ちゃんずが帰って来た。

 テーブルに着いた途端に突っ伏している。

 「あ奴等はダメじゃ。全くガルパスを理解しておらん。このままでは別の移動手段を講じる必要がありそうじゃ。」

 どういう事なのか、ミーアちゃんに聞いてみた。

 「私が歩く程度でしかガルパスを乗れにゃいの。走れにゃいの…。」

 「でも、最初は皆もそうだったんだろう。一生懸命練習してあんな走りが出来るようになったんじゃないの?」

 「違う。最初から走れたし、シルバーは我の言う事を聞いた。走れと思えば走るし、曲がろうと思えば曲がってた。我らの思う通りに動いてくれた。」

 俺の問いにサーシャちゃんが応えてくれた。

 

 やはり、ガルパスは乗る人の思念を読んで動くということなんだろう。でも、彼等だって必死に動け!動け!と念じたはずだ。だとしたら…。

 そう考えると、思い当たることは1つだ。今夜にでも彼等を訪問してみよう。


 今日の夕食は、ラッピナのシチューだ。俺達が家に戻る途中でキャサリンさんからお裾分けして貰った肉を使って、ディーがじっくりと煮込んだものだ。

 美味しい夕食を味わった後で、兵舎に出かけると姉貴に告げて家を出る。


 先ずは、雑貨屋に向かう。何時もの女の子から酒を買う。ビンや瀬戸物が無いから、酒の容器は小さな木材をくり貫いた小さな樽だ。これでも、1ℓ以上は入っているだろう。2つを40Lで購入すると、後で樽を持ってくれば6Lを返金してくれると言っていた。確かに木工細工としては上等な部類に入るだろう。これも、あの会社で作れないのかな。

 

 酒樽を抱えて山荘に向う。そして、兵舎の扉を叩いた。

 1人の兵隊がしばらくして、扉を開けてくれたけど…何か疲れた顔をしている。

 

 「あぁ、貴方でしたか…。どうぞ、此方へ。」

 そう言って、小さなリビングに案内してくれた。

 俺が酒樽を見せると、直ぐに全員を呼びに行った。

 ぞろぞろと集まってきた兵隊の顔色は、やはり一様に疲れた表情だ。それでも、木のカップに酒を注いで皆に渡すと、少し顔色が良くなったように見える。

 

 とりあえず、乾杯をして酒盛りが始まる。

 先ずは自己紹介。昨日はそんな時間も無く投石具の練習を始めたものな。

 

 「…そうすると、その虹色真珠は本物なのですね。」

 そう言った兵隊は周りから、「あれは複製できない。」とか「ダリオンさんの物より濃いぞ。」なんて囁きが聞える。

 「あぁ、赤6つで何とか倒せた。…そうだ。量が少ないけど、これを焼いてくれないか。」

 バッグから袋を取出し、紙に包んだザナドウの肉片を出すと、グルカで薄くスライスする。数辺の短冊みたいな肉片を兵隊の1人に渡した。

 早速、暖炉の火で炙りだすと香ばしい匂いが立ち込めた。

 

 近くのテーブルにあった木の皿に肉片を取出し、素早く、細く千切っていく。

 興味深々の兵隊達の前に皿を置くと、その一片を取ってもしゃもしゃと食べた。


 何の肉かは分からないだろうけど、食べられると分かった兵隊達の手が一斉に伸びて、それぞれ食べ初めた。


 「結構、歯応えがありますね。初めての食感ですが、何処で買う事が出来るんですか?」

 「売ってはいないと思うよ。王国の歴史以来狩れたのが3例目。俺にしてもしばらくは狩れないと思う。」

 

 俺の言葉に、皆驚いている。

 どうやら、何処かで狩りをして手に入れた獣の肉だと思っていたらしい。

 「これは、獣の肉ではありませんね。しかも、王国で3例目と言ったら…。」

 1人が気が付いたらしい。まだ齧りかけの肉片をしげしげと見ている。

 

 「何の肉だよ。この食感はクセになる。今度の休暇には是非とも土産にしたいんだ。」

 別の兵隊が先ほどの兵隊に尋ねた。


 「これは、これは…貴族でさえも食べる事など出来ない。…ザナドウだ。」

 「「「ザナドウだって!!」」」

 兵隊達が一斉に大声を上げる。


 「まぁ、そうだ。昨年の狩猟期の獲物だ。もう、狩るつもりはないから、今お前達が食べたのが最後になるわけだ。」

 「そんな、貴重な品を頂いてしまって宜しかったのですか?」

 「かまわない。だけど、後でそれを食べたと言う事が誇れるように成って欲しい。俺にはそれを食べるだけの資格があるとね。」

 俺は、カップに残っていた蜂蜜酒を一口飲んだ。


 「投石具は何とかものに出来たはずだ。後は練習次第で思った場所に飛ばす事が出来るだろう。次は、ガルパスだ。今日の所はあまり上手く行ってなかったみたいだな。」

 俺の言葉に兵隊達が下を向く。

 

 「不思議なんです。何故、あの3人はガルパスをあんなに思い通りに動かせるのでしょうか。牛や馬の様に手綱も無いのにです。」

 兵の1人が呟く。


 「あの3人だが、ガルパスを手に入れ手直ぐに、1日も経たない内に今のように乗りこなしていた。そこで、少し気が付いた事がある。それを確かめる為に来たんだけど…。お前達はガルパスって何だと思う?」

 「陸を歩く亀です。」

 1人が応えると皆がうんうんと頷いている。

 「たぶん、それが原因だ。あの3人組みの話を聞いてみると、彼女達はガルパスを友達だと言っていた。だけど名前が無いから付けてあげたらしい。友達と話すように頭で行動を頼むとその通りに動いてくれると言っていた。…ということは、ガルパスには知性があるということだ。相手を友達だと認識してくれれば意のままに操る事が出来る。」


 「では、俺達のガルパスに名前を付けて、友人と同じように話しかければ、あの3人のように乗りこなす事が出来るのですか?」

 「それは、やってみないと判らない。あの速度で曲るのを見たら恐ろしくなってね。俺は乗らないんだ。」

 俺の言葉に皆が笑い出す。

 「そう、笑ってくれるな。だけど、試してみてくれないかな。ガルパスには知性がある。それをお前達が自覚して、獣と思わず友と思えば、ひょっとして自在に乗ることが出来るかも知れないぞ。…では、明日も頑張れよ!」

 そう言うと、兵舎を後に家に帰ろうとした。


 「婿殿…済まぬ。我等が気付かなんだ。」

 山荘の小道を進もうとしたら、御后様が後から声を掛けてきた。

 「まだ、分かりませんよ。明日、ダメだったら…ガルパスを御せる者は女性だけになります。では、また。」

 頭を下げる御后様に挨拶して家路を急いだ。


 家の扉を叩くとディーが開けてくれた。

 テーブルで姉貴がお茶を飲んでいる。嬢ちゃんずが何時もの場所にいないところを見ると、寝てしまったようだ。

 「どうだったの?」

 俺がテーブルに着くのを待って姉気が聞いてきた。

 「あぁ、ヒントは与えてきた。明日ダメなら根本的に対策を考える必要があるね。」

 「ヒントって、友達作戦?」

 「そう。嬢ちゃんずの話からガルパスには知性があると思うんだ。だから、ガルパスと信頼関係が築けたら…。御后様も一心同体って言ってたろ。」

 たぶん上手く行くとは思うんだけどね。

             ・

             ・

 そして、次の日。カヌーで釣りをしていた俺は夕暮れ時に帰ってきた。

 たまにはトローリングでなくのんびりと、人気のない入り江にカヌーを浮かべて釣を楽しむ。

 やはり、すれていない魚ばかりで結構な釣果を得る事が出来た。

 様壁際に黒リックの入った籠を2つ下ろすと、林の岸辺にカヌーを引き上げる。

 籠を両手に持って家に入ろうとした時に、嬢ちゃんずがカチャカチャとガルパスの爪音を響かせながら帰ってきた。


 「アキト!…あ奴等やりおった。動きが昨日とはまるで違う。まだ我等の域には来ておらぬがそれでも十分な動きをしおる。」

 アルトさんが興奮しながら話しかけてきた。余程嬉しいに違いない。


 「なら、次に移れるな。最終的にはガルパスの背中から爆裂球を300Dだ。」

 「うむ。更に弓の腕も上げねばならぬ。小型の爆裂球であれ、【メル】よりは遥かに上じゃ。」

 そういえば、ガルパスは普段どうして置くのだろう。

 不思議に思って、3人と乗ってきたガルパスを見ていると、3人はガルパスを下りて、ガルパス達にバイバイと手を振っている。

 すると、3匹のガルパスは小道を通りに出て行った。


 山荘に帰っていくみたいだ。やっぱり、かなり知性はあると思った。

 ふと、振り返ると嬢ちゃんずが俺の釣果を覗いている。


 「さっき、帰ってきたんだ。俺達は人数分でいいと思うから、残りは山荘とミケランさんの所に届けてくれないか。」

 早速、サーシャちゃんが笊を持ってきて6匹をそれに入れて俺に渡す。

 ミーアちゃんが笛を吹くと、カチャカチャと爪を石畳に叩きつけるようにしてガルパスが1匹やってくる。

 頭をポンポンっと叩くように撫でると、鞍の両側に籠を括り付けた。


 そして、俺に手を振りながら出かけていく。

 嬢ちゃんずが見えなくなるまで手を振って、家の中に入った。


 テーブルで、姉貴はディーと村の拡張計画を検討しているようだ。俺の釣果を見ると、「案外少なかったわね。」何て言っている。

 「嬢ちゃんずに御裾分けを頼んだんだ。俺達はこれで十分だろう。」

 「アルトさん達、帰ってたんだ。それで、今日はどうだったのかしら?」

 「バッチリみたいだよ。皆喜んでた。次は弓だって言ってたから、ガルパスの乗り方に合格点を出したんだろうな。」

 姉貴とディーが席を立つと夕食の準備を始める。

 何時もの野菜スープに魚の切り身が入り、黒パンサンドに焼き魚が付くだけだけど、それだけでも贅沢って感じがした。


 夕食が出来上がって間も無く、嬢ちゃんずが帰ってきた。

 今夜は何時に無く楽しい食事だ。

 嬢ちゃんずも昨日と比べて明るい笑顔が浮んでいる。


 「1つ問題が出てきたのじゃ。我等は、クロスボーを使う。弦を引くのは面倒じゃが、さほど問題にはならぬ。じゃが、弓は小型の物に限定されるのじゃ。中型以上を引くと甲羅に当るのじゃ。あれでは、長射程を望めぬ…。」

 アルトさんが少し沈んだ声で言った。


 そうか、普通の弓兵は立って弓を引くから意外と弓の長さは身長より少し低い位だ。

 でも、亀になって弓を引くと確かに長弓は甲羅が邪魔になる。

 あれ?…確かアーチェリークラブの奴が持っていた弓は握りの上と下は同じぐらいの長さだったけど、和弓をしていた女の子の持つ弓は上下の長さが違っていたような気がする。


 「姉さん。和弓って確か…。」

 「そう。馬に乗って打つから握りの上下の長さが違うわ。でもね、和弓って最大級の長弓なのよ。あれが出来ればいいんだけど…。」

 「解決策があるのか?」

 「あることは、ある。でも、それには弓を作らなくてはならないんだ。」

 「どんな弓じゃ?」

 姉貴から、雑記帳を借りると鉛筆で簡単に絵を描いた。


 「これなら、例の会社に作らせればよいと思うが…。要するに握りの上を長く、下を短くするのじゃろ。長い弓と短い弓を購入して半分に切断して握りに接続すれば良いのじゃ。」

 え?…。それって、コロンブスの卵みたいな発想だけど、大丈夫なのかな。まぁ、やってみるだけの価値はあるかも知れないけど…。

             ・

             ・

 次の日。朝早く、会社に出かけてユリシーさんにアルトさんの案を話す。

 俺が長弓と短弓を数本ずつ買い込んで来た時には、もう握りが出来上がっていた。

 早速、弓を半分に切って握りに取付ける。

 そして、その弓を抱えて、北門の先にある亀場に駆けて行った。


 そこには、いるいる。嬢ちゃんずと同じように、暴走気味にがガルパスを駆る兵隊達の姿があった。

 そして、直線を駆け抜ける場所の横に、数mはなれて2つの的が置いてある。

 勢い良くガルパスに乗って走り抜ける兵隊が、的に向かって短弓で矢を放つ。

 それは2つの的に命中した。うん、いい腕だ。

 そして、直ぐにその問題にも気が付く。確かに短弓では近距離の戦いには向いている。しかし、森の東の荒地では、離れた場所に矢を射る必要があるのだ。

 

 俺は、持って来た弓をアルトさんに渡す。

 直ぐにアルトさんは矢をつがえるとパシ!っと放ってみる。

 「変わった弓じゃが、遠距離を狙う事は出来そうじゃ。狙いは難しいぞ。」

 そう言いながら兵隊達に弓を渡していく。

 

 その弓を使う兵隊の動きを見ていると、最初は戸惑っていたようだが、段々と弓の操作にも慣れてきたようだ。的の中心に矢が集まってきた。

 ここに、新たなモスレムの兵種。亀を自在に操り野を駆ける弓兵、亀兵隊きへいたいが誕生したのだ。


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