#153 訓練
アクトラス山脈も高山の万年雪だけが残っている。段々畑の作物もだいぶ生育して緑が畝に沿って伸びている。
季節は、何時の間にか初夏に入っているようで嬢ちゃんずも革の長袖をベストに変えている。と言ってもインディアンルックに変わりは無いんだけど…。何故か、御后様やディーまでが同じ恰好をしている。ディーはともかく、御后様は問題なんじゃないかなって思うのは俺だけなんだろうか。
何時ものようにギルドに出かけ、緊急の依頼が無い事を確認して家に戻ろうと通りを歩いていると、後ろから数台の馬車が近づいてくる車輪の音がする。
慌てて、通りの端に避けると俺の前に馬車が止まった。
馬車の扉が開いて、女性兵士が降りてきた。その顔はジュリーさんだけど、革鎧に貼り付けてあるスラバの皮は…マハーラさんだ。
「お早うございます。しばらく山荘でご指導を受けることになりました。例の報酬も持ってきましたので、ご安心下さい。出来れば、昼過ぎに山荘に来ていただけませんか?」
特にやる事もないし、アルトさん達も暇なはずだ。
「いいですよ。昼食後にお邪魔します。」
そう応えると「ありがとうございます。」って言うと、再び馬車に乗り込み、山荘の方に走り出した。
馬車が2台と荷馬車が3台…。いったい何を持ってきたんだろう。
そんな事を考えながら家の扉を開けると、定位置にいた皆の視線を浴びる。
「どう?…やはり至急や大型獣の依頼は無かったの。」
「全く無い、平和だよ。…でも、帰る途中でマハーラさんに会ったよ。馬車が全部で5台だったけど、報酬を持って来たと言ってたな。あとは、ご指導がどうとか…。それで、昼食後に皆で山荘に行く事になった。大丈夫だよね。」
テーブルに着いて、ディーが出してくれたお茶を飲みながら姉貴に報告すると、アルトさん達がスゴロク盤を畳んで急いで身支度をすると、扉を開けてどっかに飛んで行った。
「何なんだろうね?」
「さぁ…。」
俺と姉貴は、そんな嬢ちゃんずの行動に首を傾げる。
「たぶん報酬の受け取りです。お忘れですか? マケトマムの村でジュリーさんに兵隊削減案の報酬をマスターはガルパス2匹と言いました。」
そうだ。忘れてたけど、確かに言ったぞ。でもその後で御后様は3匹としたんだよな。
御后様のことだ。ひょっとして自分で乗ろう何て考えてないだろうな。あんな速度で落馬…落亀したら怪我するぞ。
しばらくすると、外から石を叩くような音が遠くから聞こえてきて、大きくなったかと思うと、ピタリと止んだ。
扉が開いて、サーシャちゃんが顔を覗かせる。
「早く来るのじゃ。皆のガルパスが届いたのじゃ。」
俺と姉貴は微笑みながら頷くと席を立って外に出た。
「おぉ、婿殿。これは楽チンじゃな。」
そこには、ガルパスに跨った嬢ちゃんずと御后様がいた。
「御后様。危ないですよ。もし、落亀したら…。」
姉貴がはらはらしながら御后様を見ている。
「な~に、心配無用じゃ。我のシルバースターは我を落とす事は無い。我らは一心同体なのじゃ。」
ハハハって笑いながら言ってるけど、どうやら名前を付けたらしい。
良く見ると、亀の背中には乗馬するときの鞍みたいなものが乗っかっている。ここに来た時に付けていたのはバイクの座席みたいな縦長のものだったけど、今のは、1人乗りようだ。鐙のようなステップは斜め前方に張り出して固定されている。鞍の前にはハンドルのようなU字型の物が付いてるけど、あれは掴まる時に使用するのだろう。鞍の後ろの両側には革のバッグが固定されている。結構大きいから色々と入りそうだ。
「昼過ぎに山荘で待っておるぞ。…それ!出かけるぞ。」
御后様が先頭になってガルパスで出かけてしまった。それを俺達は、ポケーっと見送るばかりだった。
アルトさん達は昼になっても帰ってこない。
たぶん、山荘でお昼をご馳走になっているに違いない。急いで、昼食を取ると、3人で山荘に出かけることにした。
山荘の扉を叩くと何時もの侍女が現れたので、用向きを話す。
「お待ち下さい。お知らせ致します。」
しばらく待っていると、御后様と嬢ちゃんず、それにマハーラさんが出てきた。
俺に軽く頭を下げると、マハーラさんは兵舎の方へ駆けていく。
「待っておったぞ。」
そう言って、俺達に1列に並ぶように言った。並び終えた頃に、マハーラさんが10人の兵隊を連れてくる。結構若い。俺と同じ位か…。
兵隊達は、マハーラさんの号令で俺達が並んだ場所から5mほどの距離を置き、同じように並んでこちらを見た。
「良く来た。…我はモスレム王后、アテーナイである。お前達の任地はここではない。しかし、お前達の任地に必要な技術を教えられるものは、お前達の目の前にいるハンター達じゃ。彼等の技量を盗め、そして我が物とせよ。さすれば、任地での勤務で死ぬ事はないじゃろう。」
なんか、脅しているようにも聞こえるけど、それなりに彼等の事を気遣っているみたいだ。
マハーラさんに「それでは、お願いします。」って、兵隊の列に一緒に並んでしまった。
さて、どうする? 俺が悩み始めると、アルトさんが一歩前に出た。
「アルトじゃ。お前達に教えるのは、3つ。1つは爆裂球を300D以上投げる方法。2つ目は、魔法を使わずに【メルダム】を相手に叩きつける方法。そして、最後にガルパスの乗り方じゃ。」
アルトさんの威圧するような目付きと言動に、兵隊達が引いてるぞ。
そして、ギロって俺を見た。
「こっちのアキトがそれを教える。ミーア!練習場に案内してやれ。」
ということで、何故か俺はミーアちゃんの後について北門を出る。そして、少し歩くと荒地に辿り着いた。
そこは、嬢ちゃんずの練習場らしく、遠くに板で補強された的が置いてある。
「お兄ちゃん…。ここで、教えてあげて。」
とことこと俺の所にやってきて耳打ちする。
何か、こんなんで良いのか?と疑問に思うところもあるけど、教える事は出来る。
「いいか。あの的まで…300Dはある。これをあそこまで投げられる奴はいるか? いれば、そいつに教える事はない。」
手近な握り拳位の小石を拾うと、片手でお手玉しながら俺の前に並んでいる兵隊に聞いた。
「そんな遠くに飛ばす事は無理です。もう少し小さければ近くに行くと思いますが…。」
1人の兵隊が応える。
「正直で宜しい。だが、飛ばす方法はあるんだ。それを教える。…ミーアちゃん、模範演技よろしく!」
「分かった。」と言いながらミーアちゃんはベルトを外す…。
そして、組紐みたいに編まれた紐の真中の広がった場所に、俺から受取った小石を乗せる。それを、何が始まるのだろうといった目で兵隊達が見ていた。
小石が乗せられた場所が真中になるように紐の片方を握ると、ブンブンと回し始める。そして、「えい!」っという声と共に紐が手から離れて、小石がブーンっと飛んでいった。
カツン!っと的に当る音がここまで聞える。
「彼女に、教えて1月も経っていないが、もうあの距離では的を当てることが出来る。いいか。威力は弓矢よりも上だ。ガトル程度ならさっきの小石が当れば一撃で倒す事が出来る。」
俺が話している間に、ミーアちゃんが兵隊達に投石具を1本ずつ配っていた。
「今配った物が、先ほどミーアちゃんが使った投石具という石を遠くに飛ばす為の道具だ。先ず、紐の片方が輪になっている。それを自分の利き腕に入れて、輪を閉める。きつく閉める必要は無いぞ。引張って取れなければいい。…次に真中に広がっている網みたいな所がある。そこに適当な石を乗せる。そして、もう一方の紐を石が真中に来るように手で持つんだ。ここまでが準備だ。」
兵隊の1人を指差して、こっちに来るように言う。
「次に投げ方だ。先ず投げる方向に向いて、これを回す。普通に投げるようにクルクルと回せばいい。…2、3回廻してみてくれ。…そうだ。それでいい。そして、廻している手がこの位置に来たら紐を持っている手を離せ。そうすれば石は真直ぐ飛んで行く。」
兵隊が数回投石具を振り回して、紐を手放した。ブーンと小石は飛んでいくが的からはかなり外れている。
「後は練習だ。慣れると、自分の腕で投げるように狙った場所に当てることが出来る。そして、最後にお前達が投げるのはこれだ。」
バッグから爆裂球を取り出す。
「あの藪を狙う。」
そう言って、腰から投石具を外すと素早く爆裂球をセットする。クルクルと数回廻して爆裂球を投げると、400D位離れた所にある藪に落ちて炸裂した。
「お前達の任地の状況は厳しい。獣たちの群れが多いのだ。だから、少しでも離れた場所から爆裂球を放って、獣を近づかせない事が重要だ。」
それから、兵隊達はそれぞれに練習を始める。
最初はぎごちない動きだけど、次第に形になってきた。器用、不器用はあるけれど、まぁこれは仕方が無い。少なくとも50D以上飛ばせれば、怪我をする事は無いだろう。
ふと、後を見ると、遠くの方でアルトさん達がディーを使って何かしている。結構な数の杭を打っているようだ。
姉貴が何かを書き込んだ紙を見ながら、サーシャちゃんとロープを使って確かめているようだ。
先ずは、投石具の使い方を教える事。次は、ガルパスを乗りこなす事だ。
夕暮れが近づくころには、どうにか的に当てることが出来る者も出てきた。
基本を理解すれば、後は練習で何とかなる。簡単な道具だし、練習に必要な小石は荒地に行けば幾らでもある。毎日練習すれば数日で全員あの的に当てることが出来るだろう。
次の日は朝から、嬢ちゃんずが出かけていった。
テーブルでお茶を飲みながら姉貴に今日の予定を聞いてみた。
「今日は、ガルパスの乗り方を教えるみたいだよ。それと弓を教えるって聞いたわ。」
「あの3人って弓が使えたっけ?」
「御后様が教えるみたいね。武器は一通り使えるって聞いたことがあるわ。」
御后様って、偉い人なんだよな。それで、政治とかもしているはずなんだけど…。
改めて、御后様の不思議さに感じ入ってしまった。
「それで、亀に乗って弓を使う練習なんだけど…。流鏑馬のコースを作ってみたの。昼過ぎにでも様子を見に行って見ましょう。」
しかし、流鏑馬ねぇ…あれって、結構難しいと聞いた事があるぞ。あんな近くの的に当てることが出来ないのは、馬の上で体の安定が保てないのと、矢が進行方向にずれることを判断して射点を逃さないその計算と判断が要求されるからだ。
でも、アルトさん達はシルバーに乗ってラッピナ狩りをしてるようだし、意外と亀の背中って安定してるのかな…。