#152 投石具と投石器 2nd
南門を入って直に右に曲がって作業場に向かう。
作業場の扉を「今日は。」と言いながら開けると、ユリシーさん他2人の社員が板を切っていた。
「おぅ、来たか。まだまだ部材造りじゃ。見ても面白くはないぞ。組み立ては明後日になるな。そして、これは重くなる。移動が大変じゃぞ。」
「重くなるのは、現地で再組立てが出来るようにすれば良いんです。荷車1台で運べる位だと良いんですけど…。」
「それ位になりそうじゃな。まぁ、出来上がらん事には何とも言えんがの。」
まだまだ掛かりそうだけど、ユリシーさんは頑張っているようだ。
頭を下げて、作業場を出る。
その足で、雑貨屋に寄った。ちょっと気になる事を確認したい。
雑貨屋には、何時ものように女の子が店番をしている。
「アルトさん達が来たと思いますが、例の革紐の製作はどの位掛かりますか?」
「期間は2週間ですね。1個10Lとしました。120個で1200Lです。」
アルトさん達は自分達の分を合わせて余分に頼んだみたいだ。
使ってる内に破損もするだろうから、まぁ適切な数字だろう。
そして俺は、本題に入った。
「ところで、爆裂球はありますか?」
「アキトさん達が結構使うんで、ちゃんと入荷しときました。今、店に25個あります。」
「俺達が購入する物よりも小型の物が王都から前に届きました。爆裂球って種類があるんですか?…出来れば何時もの爆裂球の5倍以上の大きさの物が欲しいんですけど。」
「小型の物は、王都の軍隊で使ってますね。でも、大型の物は聞いた事も有りません。小型の物は仕入れ可能です。」
やはり、大型の需要は無いようだ。投げる事ができなければ使う事も無いと言う事なのだろうか。ここは、誰かに相談するしかなさそうだ。
結局、爆裂球を5個購入すると、今度は山荘に行く事にした。御后様なら何か知ってるような気がする。
山荘を訪ねると、侍女がリビングに案内してくれた。
窓際のテーブル席に座り、しばらく待つと御后様が現れた。俺の対面席に座ると、笑顔で俺を見ている。
何時もの通りの革鎧姿だが、容姿はどう見ても30代としか見えない。ひょっとして、エルフ族なのかも…。
「婿殿が1人で訊ねるなど珍しき事じゃな。我の髪を切ったという報告なら良いのじゃが…。」
その言葉に思わず顔を赤らめる。
そこに、侍女がお茶を運んできてくれたので、思わずガブリと飲んで、アチチ…と1人で騒いでしまった。
ここは、気を取り直して冷静に…。
「実は、御后様なら判るかも知れないと思って訊ねて来ました。…爆裂球はどこで作っているのですか?」
「爆裂球は、カラメル族との取引で手に入れておる。それは建国以来とのことじゃ。農作物と爆裂球を交換しておる。」
「やはり、そうですか。では、昔から爆裂球の大きさは2種類と言う事なのですね。」
「爆裂球は、魔物との戦いにおいて欠くことが出来なかったと聞いておる。一時期、押されて人間族が殆どの領地を奪われそうになった時に、カラメル族が我々に提供してくれた。魔法を使えないものでも、【メルト】に近い効果を与える事ができる。それを使って、今の我らの王国があるのじゃ。」
「カラメルはより大型の爆裂球を提供してくれるでしょうか?」
「無理じゃろう。爆裂球を投げるのは手じゃ。大型化すれば飛距離が得られぬし、炸裂に巻き込まれるじゃろう。じゃが、大型と言えば面白い話がある。魔物の城を攻めたときに、城壁に穴を開け、爆裂球を大量に詰め込んでその中の1個を炸裂させたら、全ての爆裂球が同時に炸裂したということじゃ。それで城壁を破る事に成功したと昔、祖父に聞いた事がある。」
収束弾ということか…ということは、大型の爆裂弾ではなく、通常の爆裂弾を束ねればいいことになる。
「それは参考になります。」
「婿殿、何を考えておいでじゃ。」
「例の砦の防衛です。兵力を集めれば良いのでしょうが、それでは運営費が膨大になるでしょう。周辺諸国との軋轢も生じます。機動力をガルパスによって上げる事が出来ますが、相手が多ければ逃げるより手はありません。相手がそのまま森に進攻しても背後に砦を残しておけば、補給線を断つ事ができます。しかし、100人程度の兵隊で砦を守る事ができるでしょうか。」
「マケトマムの柵では数百の獣をどうにか食い止めたが、それは婿殿達とジュリーがおったからじゃと我は思うておる。100人の兵隊ではあれは防ぎきれん。まして進攻軍であれば数は数倍になるじゃろう。東の国境の防備は正に死亡宣告書を兵に与える事になるのじゃ。」
悲痛な面持ちで御后様は呟いた。
「しかし、砦に立て篭もる兵隊が【メルダム】を多数使えるとしたらどうでしょう。そして、爆裂球を300D以上投げる事が出来るとしたらどうでしょう。」
「守りきれるじゃろう。…しかし、無理な話じゃ。ジュリーでさえ【メルダム】の多用は回復薬を必要とする。それに、多数の魔道師を砦に派遣する訳にはゆかぬ。精々5人前後になろう。更に、爆裂球は婿殿も知っておろうがダリオンでさえも100Dが良いところじゃ…。」
御后様の顔は、何を今更って感じだ。
「ちょっと、外に出ませんか。面白いものをお見せしましょう。」
「婿殿の面白いものは、意表をつかれるものがあるからの。是非とも見たいものじゃ。」
2人で山荘を出る。山荘の北側は湖に面した庭だ。まだ擁壁工事が終了していないが、今日は誰もいない。
腰に巻いていた投石具の紐を外して、紐の先が輪になっている方を手首に取付て、網目に膨らんだ真ん中に爆裂球をセットすると爆裂球の紐を網目に結び付ける。もう片方の紐を調節して爆裂球を紐の中心になるようにして掴んだ。
「先ほど、ダリオンさんでも100Dと言いましたよね。良く見てください!」
投石具を左手でビュン、ビュンと廻す。…そして1時の位置で掴んでいた紐を離した。
爆裂球が大きく放物線を描いて飛んで行き、俺達からかなり離れた水面に落ちて炸裂した。
振り返ると、呆然と爆裂球が炸裂した水面を見ている御后様がいた。
「どうですか?…300D以上飛んだと思いますが。」
「確かに…これが婿殿の切り札なのじゃな。あれだけ飛べば防戦を砦近くで行う事もない。それだけ砦の防御が容易になるはずじゃ。」
「切り札は別にあります。【メルダム】の代用が可能な技術情報を提供します。ただし、これを量産したならば全面戦争になる可能性が非常に高いです。たぶん、世界制覇も可能でしょう。しかし、そのような事態になった場合は、俺達が全力で阻止します。」
「それ程のものか…。確かに【メルダム】に使用制限が無くなれば容易な事ではある。もし、それを使って我が統一を望んだら、婿殿はどうするつもりじゃ。」
「侵略的統一なら関係者を抹殺します。開放的統一なら、この地を去ります。」
「いずれにせよ、2度と会えなくなると言う事か…王は戦を望まん。トリスタンも同じゃ。クオークはまだ分らぬが、ジュリーがきちんと教育をするじゃろう。じゃが、その先までは責任が持てん。…この国を見限る時はアルトを頼むぞ。」
俺は深々と御后様に頭を下げると、家路についた。
家の扉を開けると、姉貴がテーブルで地図と睨めっこをしている。
「中々使えるよ。アルトさんも使えるから、他の兵隊もそれ程訓練しないで使えるんじゃないかな。」
「投石器の方はどうなの?」
「まだ形にもなってない。後2日位掛かりそうだね。それと、やはり爆裂球の大型は無いようだ。爆裂球はカラメル製らしい。彼らとしても、あまりにも強力な武器を手渡す事にためらいがあったのかもね。でも、解決策はあった。御后様が昔の戦いで、爆裂球を多数同時に炸裂させた事があると言っていた。収束爆裂球を作ればいい。そして、ちゃんとクギは刺してきたよ。」
姉貴の対面に座ると、姉貴が睨んでいる地図を覗き込む。
今の村を囲む柵から、200m程大きく赤い囲みが描かれている。たぶんそれが新しい柵になるのだろう。
しかし、この村は北側がリオン湖で拡張が出来ない。おのずと南側に膨らむ事になるのだが、そうすると多くの畑が潰されてしまう。姉貴はそれを悩んでいるのだろう。
「アキトの方は順調か…。こっちは問題山積みだね。一番の問題は、人口増加を何処まで見込むかと言う事だけど、ディーも予想出来ないって言うし、困ってるのよ。」
「姉貴の考えって、新しく住む人達が同じような家に住むって事を前提に考えてるでしょ。不確定要素が高いなら、貴族なら高級ホテル、庶民ならアパートと言うか、長屋でも良いんじゃないかな。そして、畑を潰さないように東西に村を延ばしたらどうなの?」
東も西もなだらかな傾斜地だ。東は直ぐに森が迫るけど、西の方は結構な広さがある。全体としてアメーバみたいな形になるかも知れないが、畑を潰すより遥かにマシだ。
「アキトの案だとこうなるわけね。」
姉貴は地図上の村の形を別の紙に描いて、俺の案を赤で描いて考えている。
「西に広がった台形になるのね。道は西に新しく1本か。その両側に家を作ると…20軒は出来る…。ここにホテルを作れば山荘に近いし、東は10軒はOKだし…。何とかなりそうね。」
かなり将来的な構想を持っていたみたいだけど、この村を2倍にするのは無理な話だと思う。それだけの村人を養える産業を開発するのは至難の業だ。工業都市になってしまうだろう。
それよりは、村人の自然増を考慮した方がいい。他の町に移らずにこの村で暮らしがたてば少しずつ人口は増えていくはずだ。
東は後にして、先ずは西の開発を進めるべきだろう。狩猟期に使う広場も場所を移す必要がある。あの広場だけでも10軒以上の家が建つぞ。
「あら、お茶も出さなかったわね。ディーお願い出来る?」
姉貴は、何時の間にかディーにお茶を教えたようだ。
ディーが入れてくれたお茶は、うん。姉貴と違って苦く無いぞ。
扉がバタンと開いて、嬢ちゃんずが帰ってくる。
セリウスさんの家で双子と遊んできたんだろう。皆にこやかな顔をしている。
もう直ぐ、夕暮れだ。皆が揃った所で、何時ものように夕食を手分けして作る。
姉貴と、ミーアちゃんがスープ用に野菜を刻み、アルトさんが干し肉をスライスして鍋に入れている。俺とサーシャちゃんは暖炉で黒パンを炙り、ディーはポットを持って水を汲みに行った。
食事の時にアルトさんに聞いてみた。
「ねぇ。どうして20個多く頼んだの?」
「我等も欲しいのじゃ。それにセリウスやキャサリン、ミケランやルクセムだって欲しがるはずじゃ。」
サーシャちゃんとミーアちゃんもうんうんと頷いている。パンで口が塞がってるから頷くしかないみたいだ。
「御后様もね。」
俺の一言で、テーブルに笑い声が広がった。
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2日後に投石器が完成したと連絡が入った。
早速、皆で出来上がりを見に行く。
「何じゃ、これは?」
アルトさんが驚いてる。
「ほほう…これが魔法を使わずに済む【メルダム】じゃな。」
後を振り返ると、サーシャちゃんと御后様がいた。
サーシャちゃんが御后様に知らせてたんだな。これで、少し謎が解けた。
「母様。これの何処が【メルダム】なのじゃ?」
「婿殿が教えてくれたぞ。これを量産すれば世界制覇も可能じゃと…。じゃが、これは王国を救う事にのみ使用する。しかと王に進言するつもりじゃ。」
「国を壊す事ができるかどうかは試験をせねば分かるまい。アキト、何処でやるのじゃ。」
俺達の話を聞いていたユリシーさんが会話に入ってきた。
それもそうだと俺達は南の荒地で試験をする事にした。
投石器は横から見ると直角三角形の形をしている。後から見ると四角形だ。
丸太を輪切りにしたような車輪が4つ付いている。
シルバーに引いてもらって皆で押していった。
変な枠組みみたいな物を亀に引かせて段々畑の道を下りていく俺達の姿はかなり異様だったのだろう。
畑の開墾をしていたらしいセリウスさんがやってきた。
「今度は何だ?」
「例の対策案の1つですよ。今から試験をするんです。」
そして、俺達の行列にクワを担いだセリウスさんが加わった。更に異様な集団になってきた。
この間の投石具を試した大木を過ぎて更に下りていく。
「この辺で良いでしょう。ちょっと手伝ってください。」
この投石器は、ねじれたロープの間に挟んだ柱を倒すと、その倒した分のねじれを元に戻そうとする力を利用して柱の端に取り付けた籠の中身を遠くに飛ばすものだ。
だから、先ず柱を倒す必要がある。柱の上部につけた金具にロープを掛けて皆で引いて、台に取り付けられた留金に金具を引っ掛ける。
「これで、準備完了です。ユリシーさん。ここに簡単なロクロを作りましょう。そうすればロープの巻き取りが楽に出来ます。」
「次はどうするのだ?」
セリウスさんの問いかけに俺は腰のバッグから袋を取り出すと、その中から皮袋を取り出した。
「この柱に付いている鉄の籠にこの皮袋を乗せます。そして、この紐を籠に結んで…。後は攻撃の命令待ちになります。」
俺は、台に置いてある丸太を持った。
「攻撃命令が下りました。発射します!」
力一杯、柱の金具を止めている留金の後ろに伸びた金棒を丸太で叩く。
ガシャン!っと言う音がして、籠は90度近く回転して正面の木枠にぶつかる。籠の中の皮袋はブーンと遠くに飛んでいき遥か下の荒地に飛んでいった。そして、ドドォォン!!っという大きな爆発が起こる。
「何だぁ…爆裂球の炸裂なんてもんじゃねえぞ。あの威力は【メルダム】に近い!」
「これが、砦を守る兵器。投石器です。これと、例の投石具を守備兵に持たせれば、東の守りを少ない兵で任せることが出来ると思います。」
俺の説明は皆あまり聞いていないみたいだ。
投石器の発射した収束爆裂弾の威力を、ただ唖然とした表情で見ているだけだった。