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#150 亀んライダー

 

 マケトマムの北にある集落は活況だと、グレイさんが話してくれた。

 マケトマムの村を広げる為に新たな柵を森の小川に沿って作っている為らしい。集落周辺の森を伐採して、柵を作っているから、その木材の切り出しと運搬。切り出した跡地を新たな畑にするための整地作業等を平行して行っているということだ。

 森を切り開くから、当然獣による被害も出るし怪我も多いようなので、集落に臨時のギルドを設けたらしい。


 「まぁ、出張所みたいなものだな。獣襲来の時にここにいたハンターの半分が流れて行ったようだ。精々ガトル程度だから、薬草の採取依頼と併せて赤レベルのハンターにはいい仕事だ。」

 「グレイさん達は出かけないんですか?」

 「俺達は柵作りの用心棒で十分だ。カンザスも俺も村の拡張に合わせて自分達の家を作る事にしている。今までの稼ぎを使えば小さな家は持つ事ができるだろう。」

 

 「おめでとうございます。」って言ったら。「俺も年だからなぁ。」何て、笑っていたけど、これで、彼等もマケトマムの専属ハンターになるのだろう。

 そして自分達の住む村の柵なのだから、キチンとしたものを作って貰いたいに違いない。その作業が獣達に脅かされないための護衛の仕事ならば、少し位報酬が安くとも請負う気持ちは何となく理解できる。


 「ところで、ミズキ達は何をしてるんだ?」

 「アルトさん達は、シルバーで遊んでます。姉貴はディーと一緒に、御后様達と密談中です。」

 「アキトは同席しないのか?」

 「これから行きますよ。ここには、緊急の依頼が無い事を確認に来ただけですから。」

 「そうか、あまり頑張りすぎるなよ。」

 グレイさんはそう言って俺の肩を叩いた。


 俺が宿に戻ると、姉貴達は宿の食堂のテーブルでお茶を飲みながら話し込んでいた。

 まぁ、端のテーブルだから他の人の邪魔にはならないと思うけどね。

 俺が来たのを姉貴が見つけて手を振っている。

 テーブルの空いた席に座ると、早速姉貴が話しかけてきた。


 「どうだったの?」

 「大きな依頼と緊急性のある奴は無かったよ。」

 「だろうのう…。森の獣が煩くなるのは早くて半年はかかるじゃろう。」

 「随分長くここにいたみたいだけど、何の話をしてたの?」

 「国境を定めた後の警備をどうしようかと話してたの。…長い国境を効率よく監視する方法って、アキト知ってる?」


 なるほど、森の東を国境とした場合の監視体制か…。確かに長いぞ。森が南の海に向かって末広がりになっているから、どう考えても100Km以上はありそうだ。

 御后様の当初の考えでは森を出たところに砦を作る案だが、それだと精々南北方向に10km程度の監視が出来る位だ。それだと、砦を数多く作る事になるし、詰める兵隊の数も500人以上になるだろう。


 「実際に戦端を開く事は無いじゃろうが、人と物が不用意に国内に入る事は制限したい。しかし、森がこうも大きいとなると砦を沢山作る必要がありそうじゃ。そして兵隊とその維持費を考えると国費を圧迫する恐れもありそうじゃ。」

 

 仮に国境線が100Kmあるとして、1つの砦が南北10kmずつをカバーできるのであれば、8箇所に砦を作る事になる。警備は24時間だから巡回、砦の警備、それに休養を考えると、兵隊達が少なくとも3隊は必要だ。この国の兵員構成は10人が1隊になっているから、8砦×30人で240人…たぶん予備兵力何かで300人となるだろう。そして、兵員には当然給料が必要だ。1人に1月で銀貨5枚とすれば…1月に金貨15枚、年間で180枚になる。その上、兵隊の食料や砦の維持管理も必要だ。たぶん、人件費と併せて年間で金貨300~400枚になるぞ。

 

 せっかく、トリスタンさんが取り組んでいる福祉の予算も、これで吹っ飛ぶ可能性がある。

 確かに対策を検討する必要があるが、そんなに簡単にいいアイデアが思い浮かぶはずも無い。

 席を立ち、宿の外に出る。

 こういう時はタバコでも吸いながら考えるに限る。

 通りを歩く人を眺めながら、あれこれと考えをめぐらすがやはりいいアイデアは思い浮かばなかった。


 その時、通りの向こうからサーシャちゃんの操るシルバーが凄い勢いで駆けてきた。

 宿の前で急停止させるもんだから、シルバーが半回転しながら停止したぞ。クイックターンとか悪友が呼んでる車運転のテクニックを、ここで見るとは思わなかった。とんでもない横Gが掛かったはずなんだけど、サーシャちゃんとミーアちゃんは何でも無いような顔をしている。

 このまま行くと、この2人は亀んライダーになるんじゃないか。1号と2号になるのかな、あとで衣装を作ってあげようなんて考えていた時だ。

 俺の頭の上に100Wの電球が数個点灯したぞ!

 

 亀に乗って国境警備をすれば、1つの砦の受け持つ警備範囲が格段に広がるはずだ。

 確か大人2人分の荷物を運ぶ事ができると言っていた。なら、サーシャちゃん達みたいに乗りこなす事も可能なはずだ。


 直に宿の食堂に戻って、御后様達にアイデアを説明した。

 御后様は、俺の話をじっと聞いていたが、姉貴達は笑って聞いていた。

 俺としては良いアイデアだと思うんだけどな…。


 「ガルパスを乗りこなして警備を行うとな…。ガルパスは荷役獣じゃが、サーシャ達を見ると、その案は実現可能に思う。ガルパスの優れた点は、荒地でも平地と同じように走れ、その背中に多くの荷を積む事が出来る事じゃ。それに、奴らは草食獣で、育てる事に苦労はない。ただ、そんな方法を何故今まで誰も気が付かなかったのじゃろうな。」


 「かの国では、ガルパスの引き手の多くが奴隷達です。卑しい仕事としてそのような発想が無かったのではないでしょうか。」

 アン姫が告げた。

 「じゃが、この国にはそもそもガルパスを使役に使う事がない。牛と馬がおるからの。ところで、ガルパスはどの程度の値がつくものなのじゃ。それと婿殿、ガルパスを何匹位必要とするのじゃ。」

 「100匹は必要かと思います。」

 俺は即答した。いかに機動力を上げようと長い国境線だ。3箇所位は砦を作らねばならないだろう。

 「馬より遥かに安いとは父から聞いた覚えがありますが、具体的には…。」

 アン姫が済まなそうな顔で御后様に応える。

 「いや、それで十分じゃよ。トリスタンがどんな案を持ってくるか判らぬが、こちらも良い案を持つ事ができた。楽しみじゃよ。」

             ・

             ・


 そんな事を話した5日後に、ジュリーさんが帰って来た。

 早速、ギルドの1部屋を借り受けて話を聞く事にした。集まったのは、御后様、アルトさん、俺と姉貴それにアン姫とダリオンさんとジュリーさんだ。


 「それで、王とトリスタンは何と言っておる。」

 「はい。…」

 御后様に訊ねられたジュリーさんが話しを始めた。

 それによると、やはり2人とも大変驚いたみたいだ。

 早速、真意を確認するための使者が送られたそうだが、それを別にしてこれを機会に王国の東の国境を定める事が急務との認識は持ったらしい。

 御后様の案による、森の東に砦を築き国境を森の10M先に示す事は、両者とも同意したと言っていた。

 

 「でも、問題はその国境を守護するための兵士です。どう考えても300人以上の兵隊が必要です。維持費も莫大になりますし、急激な兵隊の募集は周辺諸国としても見過ごす事ができないと考えておられます。軍拡競争を恐れておられました。」

 

 たしかに、急激な軍拡は問題だと思う。周辺諸国としては脅威に違いない。かといって、不確かな情報で東に建国されつつある国に備える為だ。との言い訳は苦しいものがある。

 

 「安心せい。兵の募集は100人で済みそうじゃ。辺境の獣達に備えてマケトマムの東に駐屯させると言えば各国の使節も問題にはすまい。獣の噂は王都にまで届いていようからの。」

 「使節の方々はトリスタン様が送り込んだ兵隊の数に驚いておりました。通常は2倍以上の兵が必要と思われていたみたいです。」

 御后様の言葉にジュリーさんが応えた。


 「と言う事は、100人の兵を募集して東に備えるならば、周辺諸国に軋轢を生じる事が無いと言うことですか?…私も少し考えてみましたが、アキトの調査結果では50人規模の砦が5個以上必要です。長大な国境を100人前後で監視し、かつ対応する事は不可能と考えますが…。」

 ダリオンさんが御后様に訊ねる。

 

 「婿殿が面白い案を教えてくれた。それを話す前に、ダリオン。兵隊の人数と砦の数は何を基にしておるのじゃ?」

 「兵隊の機動力です。およそ100Mから150Mが砦両翼の監視と即応範囲と教えられました。」

 「兵種は問わずにか?」

 「さほど変わりません。昼前に1往復。日暮前に1往復の2回の巡回が砦の役割と考えます。」

 

 ダリオンさんの答えは自信があるのか淀みない。でもなんか教科書の答えみたいな感じだ。

 「王都の士官学校はそう教えているか…。それは変えねばなるまい。ダリオン、もしもじゃぞ、兵隊の移動速度が倍になればどうなる?」

 「半分はいりません…もしや御后様が言っておいでの兵隊の数を100人とする策は兵隊の機動力を上げることですか? しかし、兵隊を走らせてはその後の戦闘に支障が出ます。」


 「そこで、婿殿の案が生かされるのじゃ。それはな、兵隊をガルパスに乗せて巡回させるという案じゃ。」

 ギロっていきなりダリオンさんとジュリーさんが俺を見る。

 

 「出来るのか?」

 「出来るも何も、サーシャ達が乗り回しておるぞ。…そう言えばダリオンはまだ見ておらなかったな。人が走る以上の速さでサーシャ達は意のままに操る。この前はガルパスに乗ってラッピナ狩りをしておった。」

 俺の隣にいたアルトさんが面白く無さそうに応えてる。あまり乗せて貰えないようだ。


 「ガルパスであればそれ程高価な獣ではありません。1匹1000L程度で購入できます。初期投資は掛かりますが、それでも兵隊半分以下に出来るのであれば1年でお釣がきます。」

 「でも、ガラパスと言えば荷役獣。人を乗せて走り廻るなんて、とても信じられません。」

 今度は御后様を見て2人は意見を言っている。

 「後で、サーシャ達を見れば理解するじゃろう。話を聞いても納得するのは無理じゃと我も思う。見て納得した上で、再度王都に戻りこの案をトリスタン達に報告するのじゃ。…たぶんこの案は採用されるじゃろう。婿殿、この案を幾らでモスレムに売ってくれるのじゃ。」

 

 俺に戻ってきたぞ。とはいっても、サーシャちゃんが戻ってきた時に閃いたものだし、俺の懐は全く痛んでない。…そうだ!

 「ガルパスを2匹で、俺の案をモスレムに譲ります。」

 御后様は笑い出し、アルトさんの顔は輝いたぞ。

 「良い値段じゃの。ジュリー、昼過ぎにサーシャとミーアの技を見て、そのままトリスタンと王に報告せい。そして、この案の代価はガラパス3匹。我等は、明日にはネウサナトラムに戻るゆえ、代価はそちらに送るよう、しかと伝えるのじゃぞ。」


 午後に東門の南の荒地で、サーシャちゃん達のガルパス捌きを、ダリオンさんとジュリーさんは目を丸くして見ている。

 「これ程の機動力を得る事が出来るのか…。」

 「魔道師兵と弓兵を乗せたら、30Mを越える範囲に影響力を与えることができるでしょう。」

 「至急取り寄せて、サーシャ達に教えを請うのじゃな。手綱も付けずに何故あのように自在に操れるのかは我にも分からぬ。」

 

 それは俺にも不思議に思える。馬だって手綱や拍車を使って操るんだが、サーシャちゃん達は乗ってるだけだ。それでも、シルバーと名付けられたガルパスはサーシャちゃん達の意思を読み取って動いているように見える。

 ん?…今、俺は何を考えた?

 意思を読んで動く…確かにあの動きはそう見える。

 だとすれば、ガルパスは知性を持っている可能性がある。

 亀んライダーに成るには、ガルパスを獣ではなく友として遇することが必要なのかも知れない。

 「意外と心を通わせているのかも知れませんね。そんな風に俺には見えます。」

 「そうじゃのう。婿殿の言う通りやも知れぬのう…。」

 俺と御后様はそんな事を言いながら、サーシャちゃん達の動きをずっと見続けた。 

             ・

             ・


 次の日、俺達はマケトマムを去る事にした。

 ギルドに村を離れる事を告げ、グレイさん達にも別れを告げる。

 ダリオンさんは兵隊達としばらくマケトマムに残るそうだ。村の柵作りが終れば、次は砦造りをしなければばらない。1年は帰らないかもね。


 王都に戻るジュリーさんにサナトラムの町まで馬車に乗せてもらう事にした。

 サーシャちゃんとミーアちゃんはシルバーの背中に乗って俺達の先を進んでいる。

 たまに、ジュリーさんが馬車の窓から感心した様子でサーシャちゃん達を見ていた。

 

 「御后様は、まだ王都にお戻りになりませんか?」

 「婿殿達と、のんびり山村で過ごすのじゃ。王にも早くトリスタンに王位を譲り、2人でのんびり過ごそうぞ。伝えてくれぬか。」

 「まだまだ隠居するのは早いと思いますが…。」

 「我も、歳じゃよ。獣数百を相手にした時じゃが、最後には剣速が鈍っての…カルートの首を一太刀で落とせんかった。そろそろ引退かのう…。」

 あれだけ派手に暴れていて歳がどうのこうの言うのはおかしいような気がするけど、御后様って意外と、か弱さを演出しているような気がするぞ。

 皆を見ると、やはり呆れたように御后様を見ている。


 そんな話をしながらジュリーさんとサナトラムの町まで同行し、サナトラムで王都に向うジュリーさんに別れを告げ、俺達はネウサナトラム村までのんびりと歩いて帰った。

 

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[気になる点]  「ガルパスであればそれ程高価な獣ではありません。1匹1000L程度で購入できます。初期投資は掛かりますが、それでも兵隊半分以下に出来るのであれば1年でお釣がきます。」  「でも、ガ…
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