#146 獣の夜襲
夜を迎えても獣達の動きはない。
相変わらず、森の外れで動きを止めているとディーが先ほど俺の所に歩いてきて告げていった。
動きがあったら、投げてくれと3個の爆裂球を渡しておいたから、皆の警報代わりにはなると思う。いいところで炸裂すれば少しは獣を減らす事が出来るだろう。
ディーの要望で弓と矢を荷車に立て掛けておいたけど、それを見た弓兵が吃驚していた。長さ2.5mで通常の弓なら3本は作れる弓だし、矢の太さは指位だ。通常タイプが6本で先端に爆裂球が2個付いたタイプが4本ある。どの位飛ぶのかは分らないけど、威力だけは十分だ。
俺達の陣地の後方に焚火を焚いて皆でお茶やパイプを楽しんでいる。ダリオンさんやアン姫の所でも焚火をしている。俺達と同じようにつかの間の平和と言うものを味わっているに違いない。
俺達の頭上には光球が2個浮かんでいるから、夕暮れ時のような景色が辺りに広がっている。
アン姫達の所には3個浮かんでいるから、ここからでも様子が覗える。
昨日の鎧ガトルに懲りたのか姉貴とアルトさんは斧を購入したみたいだ。両手斧と片手斧が荷車近くに置いてある。
俺がタバコの吸殻を焚火の中に投げ込んだとき、遠くで爆裂球の炸裂する音が3回響いてきた。皆で立ち上がって前方を見ると、ディーが駆け足でやってくるのが見える。
「準備して!」
姉貴の声で俺達は急いで装備を身に着ける。
カンザスさんは長剣を引抜き、左手に立った。先端に爆裂球を付けた矢を持って弓兵5人とサニーさんが後方に立った。足元には沢山の矢が置いてある。その後ろには御后様が両手斧を持って立っている。
荷車を壁にして嬢ちゃんずが爆裂球を付けたボルトをセットしてクロスボーを構えている。嬢ちゃんずはボルトケースを各自の前に1つ置いてある。すぐ後ろには姉貴が立っているけど、【メルト】いっぱいで援護する事を考えてるのかな。
そして俺はショットガンを手に右手に立った。弾種はスラッグ弾だが後20発位で無くなるから今度は散弾で挑む。至近距離であれば、アルマジロの背中も打ち抜けるだろう。勿論ショットガンの先には銃剣を付けている。
ディーが俺の所に来た。勿論息切れなんかはしていない。
「動き出しました。後10分は掛からないでしょう。少し広がっていますが、集団に代りありません。足の速さで2段に分かれる公算が高いと思われます。」
俺の隣まで出張ってきた姉貴はそれを聞いて、全員に【アクセラ】を掛けると共に御后様達に知らせた。俺は大きく手を振って誰かを寄越すように身振りでアン姫達に知らせる。
直に、サラミスの弟が走ってきた。
早速ディーの話を弟に告げると、彼は頷くと同時に元の陣地に走り出した。
しばらくすると向こうの陣地から大きく手を振っているのが見えた。話が伝わったらしい、詰所の上にも数人の人影が見える。
「300mを切りました。もう直に姿が現れます。」
ディーの報告で姉貴が【メルト】の準備を始めた。頭上にかざした右手の上に紅蓮の炎の球体が4つ出現する。
「あと200m。」
俺の目にも先頭を駆けるガトルと鎧ガトルが見えてきた。
突然、右手から流星が獣の群れに飛んだかと思うと、ドドォンっと大きな炸裂音と共に広範囲に炎の渦が巻き起こった。【メルダム】が獣達を襲ったらしい。炎は一瞬で収まったが、吹き飛んだ砂塵は俺達にまで降りかかる。
獣達はそんな爆裂をものともせずにこちらに押し寄せて来る。
そこに、姉貴の【メルト】が炸裂する。広範囲にメル程度の火炎弾が降り注いでも、獣達の足は止まらない。
「ディー、中央でレールガンを水平発射。その後は順次数を減らすこと。…行け!」
ディーが俺の右前方に走っていくと、前方に右腕を伸ばした。
そして、ビィィィンっと言う音と共に光弾が間をおいて2発発射されると、光が通った場所の左右2m程にいた獣達は衝撃波で吹き飛ばされていた。
しかし、その空隙はたちまち獣達によって埋められる。
姉貴やジュリーさん達が盛んに【メルト】を炸裂させているが、足止めには至っていなかった。
「来るぞ!」
俺の叫びに弓兵と嬢ちゃんずが少しの時間差を設けて炸裂弾の付いた矢とボルトを放った。
30m程先で続けざまに爆裂球が炸裂する。そして、直に弓兵が次の爆裂球を放った。
目の前で炸裂する爆裂球を見ながら姉貴が左前方に【メルト】がいっぱいを放つ。
カンザスさんの方に向かう獣はこれで少なくなったはずだ。
最初に飛び込んできたのはガトルだった。
銃尻で殴りつけ、次のガトルには廻し蹴りを放つ。そしてまた銃尻で殴りつける。
ディーは左手に長剣、右手にブーメランを持って円舞をするようにガトルを刈り取っている。そして、少しづつ荷車の前に移動して行った。
姉貴が荷馬車を乗り越えようとするガトルを薙刀で切りつけている。アルトさんも大人の姿に戻ってグルカで一撃を放っていた。
ミーアちゃん達は荷馬車の隙間から、近づくガトルを確実に倒しているし、弓兵達はそんな嬢ちゃんずを援護している。
グレイさんと御后様は俺の後ろにいるので状況はよく分らないが、陣地に背後から襲おうとする獣を確実に倒しているようだ。
前方に再び【メルダム】の炎が広がるとのそのそと歩いてくるスカルタの姿が見えた。そして後足で跳躍しながら先行するカルートも昨夜より多いような気がする。
ディーの戦闘用ブーメランが弧を描いて飛んで行き、カンガルー2匹の首を刎ねる。素早くディーは羽根を広げると、イオンクラフトの青白い光を放って滑るように落下点に移動して戻ってくるブーメランを掴む。
その場で再度ブーメランを投げると素早く落下点に移動していく。
ブーメランで首を狩られたカンガルーにオオトカゲが殺到する。そこに魔道師達が【メルダム】を放つ…。
ディーは鎧ガトルに斬撃を放ちながら俺の傍に来る。
「ガトルの反応ゼロ。残り個体数約450。4個体が急速に接近してきます。」
「急速接近中の敵を先に攻撃。その後は陣地手前で敵を要撃。」
俺の指示に「了解しました。」と言ってブーメランをその場に突き立てると、長剣を2度振るって血糊を払い背中のケースに戻した。そして、荷車から弓と矢を取り上げる。
矢についている爆裂球の紐を弓を持つ手に巻きつけると、獣の群れの上空に放った。
かなり上空で爆裂球が炸裂する。
すると、何かがひらひらと獣の群れに落ちていった。
続けて、2本の矢を放つ。その都度上空から何かが落ちてくる。
3本の矢を放つとディーは陣地の前にブーメランを抜取って歩いていった。
弓兵が再度爆裂球付きの矢を放った。50m程前方で爆裂球が連続して炸裂する。
砂塵が収まると、嬢ちゃんずがカンガルーを優先して倒していく。
とことこと姉貴が薙刀を持ってやってきた。
「上に何かいたよね。ディーは何か言ってた?」
「いいや、何も…。急速に接近する個体があるとは言ってたけど。」
「そうか…じゃ、頑張って!」
そう言って、持ち場に帰っていく。
確かにおかしな話だと思うけど、それは後で考えよう。
俺は、杭に結ばれたロープを飛び越えて、なだれ込んでくるカンガルーにショットガンを向けた。そして、トリガーを引く。陣地の周辺には沢山の杭とロープが張り巡らされているから、上手く乗り越えながら、カンガルーを殺戮していく。
そして、後にいるグレイさんの影で素早く弾丸を装填する。
「半分を切りましたよ。」
カンザスさんに素早く告げて前に走っていく。
御后様にはグレイさんが話してくれるだろう。
ディーがまたブーメランを飛ばし始めた。イオンクラフトで飛んで行った後に、光が残像のようにたなびいている。
ディーが戻ってくると、弓兵が爆裂球の付いた矢を放っていく。
姉貴や魔道師達は【メル】で攻撃している。たまに【メルト】が炸裂するのはジュリーさんが頑張っているに違いない。
5連射しては後に下がり、銃に弾丸を装填して再度前進する。数回繰り返すと、カンガルーの姿はもう見かけなくなった。
のそのそと近づくオオトカゲは嬢ちゃんずの格好の獲物になっている。
ボルトで傷ついたオオトカゲは動きが鈍くなるので簡単に狩る事が出来る。
そして、1時間以上続いたと感じられる獣の襲来も終わりが見えてきた。
無言で振り下ろす長剣にオオトカゲの胴体が切り裂かれると、もうそこには動き回る獣の姿は無くなっていた。
しかし、地面が見えない程に獣が積み重なっている。
ディーに素早く、状況確認をさせると、やはり俺達を襲う事が可能な獣はいないようだ。陣地の皆に知らせると、アン姫達の所に全員で歩いて行く。
アン姫達が焚火の所にいるのを見て俺達もその周りに腰を掛ける。
ジュリーさん達が俺達にお茶を配ってくれた。
「大群でしたね。一時はどうなる事かと思いました。」
「久方よの。…ダリオンよ、も少し素早く動けぬのか?その鎧から滴っておるぞ。」
そういえば、御后様の革の服は全く血の跡が無い。
あれだけ長剣で切りまくっていたのに、少し不思議な気がするぞ。
「お恥ずかしい限りです。御后様より手解きを受けた身でありながら、まだまだ修行がたりませぬ。」
「まぁ、よい。あれだけ切り伏せたのじゃから、後は素早さを上げて剣を引き抜くタイミングを覚えればよい。腕の力で無く、体で斬るのじゃ。さすればそれ程血塗れることも無いはずじゃ。」
「ありがたきお言葉、ダリオンいっそう精進いたします。」
ダリオンさんが感じ入ってる。御后様も意外と部下思いなんだな。
「アキト様。今回はこの杖が無ければと思うと震えが致します。ありがとうございました。」
「いや、とんでもない。俺の方も助かりましたよ。上手くジュリーさんの荷物が届いたんですから。ディーの矢が今回無ければ、大変な事になってました。」
ジュリーさんにそう言うと、先程の空からの襲撃の話をした。
「空からか…。そして獣の群れの中に落ちたのだな。」
グレイさんの言葉に俺は頷いた。
「やはり、他国からの干渉と見るべきじゃろう。飛行兵団を持つのは確か…。」
「南方にあるカムラム王国。そして、獣を操る獣兵をかの国は持っております。」
アルトさんの言葉にジュリーさんが応える。
「じゃが変な話よの。クオークの披露宴で、かの国は立派な銀の杯を贈ってきたのじゃ。あれは良い品じゃった。それに、宴会では両国の商人が取引の話をしておった。我が王国に仇なすものならば、そのような事はせんであろう。」
御后様の話に俺達は頭を捻る。
両国の関係が上手く行こうとしている時にこのような辺境で騒ぎを起こしても何の得にもならない。
しかし、これだけの獣を集めて村を襲う理由があるのだろうか?
泉の森に特殊な鉱石が取れたとかいう話は全く無い。
だとしたら、目的は何だ?…これだけの兵とハンターがいれば獣の群れぐらい蹴散らすだろう。少しは犠牲が出るにしてもだ。
夜はすっかり更けている。
もう直ぐ朝が訪れるだろう。明るくなれば、ディーが落としたものが何か少しは分かるだろう。
俺達は数人の兵を見張りに立たせると、焚火の周囲に雑魚寝を決め込んだ。