#145 援軍
次の朝早く、ギルドに出かけてグレイさん達の到着を待っていると、カウンターのお姉さんから呼び出しを受けた。
「アキトさんの所に荷物が届いてますよ。ネウサナトラム経由ですね。差出人はジュリーとあります。」
お姉さんがこれです。と言ってカウンターの中にある大きな木箱を指差した。
カウンターの端にある小さな扉を開いて、中に入って木箱を開けると、布包みが3つあった。
結構な重さの布包みを抱えて、お姉さんに礼を言うと、皆の待つテーブルに戻る。
「何が届いたのじゃ。早く開けてみよ。」
「ジュリーさんからなんだけど…。」
そう言いながら、一番大きな包みを開けると、革のケースに収まった大型のグルカナイフのようなものが現れた。
「これの大型じゃな。アキトが使うのか?」
「いや。これはブーメランだよ。しかも戦闘用だ。ディーなら使えると思う。」
確かに見た感じはグルカにも見えなくも無い。でもこれは片面が少し膨らんでいるんだ。全体が鉄製で、持ち手の少し上から曲がった部分までと、先端の内側に刃が付いている。これが回転して飛ぶなら、カルートと呼ばれるカンガルー位なら容易に首を飛ばす事が出来るだろう。
ディーに渡すと嬉しそうに背中にケースを取り付けていた。
「次は何じゃ?」
アルトさんに急かされながら、次の包みを開けると親指程の太さの矢が入っていた。20本近く束ねてある。
「これもディーの武器だね。ディー専用の弓に使う矢だ。前に送られてきた時は数本しか無かったから追加分だな。」
「ディーばかりで面白く無いのう。これは何じゃ?」
最後の包みは、嬢ちゃんず専用クロスボーのボルトだった。
通常ボルトが50本近く入っている。その上、ちょっと変わったボルトが20本位入っていた。
アルトさんが、そのボルトを取上げてじっくりと観察している。
「これは小型の爆裂弾を仕込んだようじゃ。突き刺さり炸裂するようにしてあるようじゃが、どの位の威力かは不明じゃ。」
使ってみないと分らないという事らしい。炸裂部に2と文字が記載されているところを見ると、紐を引いて2秒後に炸裂するようだ。
入口の扉が開き、姉貴達が他のハンターと一緒に入ってきた。手を上げて場所を教えると、カンザスさん達も一緒にやってくる。
「あら、荷物が届いたの?」
「ジュリーさんが送ってくれた。ディーの装備とボルトだ。姉さんの方は手に入ったの?」
「1人3個に制限されたから。全部で12個。まだ手持ちも十分だし、何とかなるわ。」
やはり、爆裂球の需要は高いようだ。昨日も20個以上使っているから、補給しとくと姉貴が武器屋に行ったんだけど、数量規制されたようだ。
「今日の作戦だが、昨日作った柵を使って布陣する。小川から荒地に3Mは柵を作ることが出来た。後8M程で村の柵に届くはずだ。俺達はその8Mを防御する。防御はサラトガやカイラム達も手伝ってくれるはずだ。そして獣が来ない間は俺達も柵作りを手伝うことになる。」
「防衛線が長いのが気になりますね。」
「王都から軍隊がやってくる。魔物の襲来ではないが普段見慣れない獣の大群が押し寄せている事を不審に思ったようだ。どれ位の規模かは分らないが、地方に派遣される軍の兵士は最低でも黒1つ。精々20人程度とは思うが、それでも俺達と同数にはなる。昼前に来るだろうから、出発はそれからだ。」
それを聞いた嬢ちゃんずは、早速新しいボルトの試射に出かけた。ギルドの裏の練習場なので置いていく事はなさそうだ。
姉貴とサニーさんそしてルーミイちゃんはボルトと矢の先に爆裂球を取り付けている。
嬢ちゃんずの爆裂球を付けたボルトより、矢に爆裂球を付けた方が飛ぶ距離が長いから、この作業は必要だ。2人とも10本以上作っている。
「マスター。この村に個体数45の群れが西より向かって来ます。内、3個体は以前に接触のあった個体です。」
「カンザスさん。軍が来たようです。…でも、3名はあったことのある者らしいんですが詳しくは分りません。」
「来たか。南と巡回のハンターは出ているから、このホールに入れるだろう。45名とは有難い話だ。」
ディーに、嬢ちゃんずを呼んで貰う。
そして、しばらく待っているとギルドの扉が開いて数名の男女が入ってくる。
入ってきた人物を見て吃驚した。
「しばらくぶりですね。やはりこちらにおいででしたか。」
そう言って俺達に近づいて来たのはアン姫だった。
「お前達がいるのなら安心だな。」
ダリオンさんが俺の肩をポンと叩いた。
「ジュリーが手続きを済ませたら状況を教えてください。私達に同行した兵士は弓が20、槍が10、長剣が10それに魔道師が2です。弓が私、槍と長剣をダリオン、魔道師をジュリーが指揮します。」
手続きを終えたジュリーさんが「しばらくですね。」と言いながら俺達の方にやってきた。グレイさんが急いで席を用意してるし、いつのまにか戻った嬢ちゃんずがお茶を皆に配っている。
「予想より多いので吃驚しました。それに、近衛兵の皆さんまでおられるとは嬉しい限りです。」
カンザスさんがお決まりの言葉から話しを始めた。
「この村に何時の間にか獣が集まり出しました。しかも普段見慣れない、遥か東方の荒地に住む獣達です。今の所、村と村の西部は被害は無いのですが、東の耕作地帯はどうしようもない状態です。今、森へと続く道の北側の荒地に防護柵を作っております。この柵が出来れば後は私達でどうにか出来ると思っておる次第です。」
「防護柵の長さは約11M。3Mは何とか出来ているので、残り8Mの工事を進めたいのじゃ。」
「8Mの防衛線を引くのか…。観測所が要るな。」
ダリオンさんがパイプを取出しながら言った。
「ディーの動体探知で半径6Mは相手の状況が分ります。小さな見張台を作れば足りると思いますが…。」
「十分じゃ。柵を作れば更に防衛線を狭められる。急ぐのが肝要じゃと思うぞ。」
御后様の言葉に俺達は席を立つと、早速表に出る。鎖帷子を纏った兵士とダルバの革で革鎧を飾った兵士が混在しているが、統制は取れているようだ。
「俺の短剣を見せて、この牙を狩ったハンターがいるはずだ。と言ったら、大勢が集まってしまい黒5つ以上の者で籤引きだ。どれも頼りになるぞ。」
ずらりと並んだ兵士を感心して見ていた俺にダリオンさんが耳打ちしてくれる。そして、ぽんぽんと腰の短剣を叩いた。レグナスの牙を柄に使った短剣だった。
その兵士の後ろには丸太を荷馬車に積み込んだ村人が続いていた。柵の材料を載せているのだろう。
東門を通り、森への小道を途中で左に曲がると、サラトガさん達が詰めている柵に着く。
先行していたカイラムさん達はここで休憩していた。荷車を引いてきたみたいで、2台の丸太を積んだ荷車が止まっていた。
「ようやく、軍の到着か。これで安心して柵が作れるな。」
そう言って、サラトガさん達も一緒になり荷車を引き始める。
ようやく、昨日の柵作りをしていた場所まで来た時には昼近くになっていた。
ディーが素早く柵の前に出ると周囲の確認を始める。
今回は地面を滑るように移動するのではなく、駆け足で移動している。
「マスター、数個の動体反応を森の近くで検知しましたが集結はしていません。」
早速状況をアン姫とカンザスさんに伝える。
「よし、始めるぞ。…アキト達は引続き警戒してくれ。俺とグレイは3Mと5M横に布陣する。」
「兵も連れて行け。弓5人と長剣に槍が2人ずつだ。」
ダリオンさんの言葉が終ると直に2隊がカンザスさんとグレイさんに従った。
そして、早足で横に移動していく。ディーは俺の依頼で、前方200mで索敵を開始する。
村人は荷馬車から丸太を降ろすと村に引き上げていく。午後にもう一度丸太を運んでくるらしい。
残りの俺達は、女性に昼食の準備を頼み、柵用の丸太を入れる穴を掘る。柵の前にも壕を掘るから、結構大変な作業だ。ジュリーさんが【アクセラ】で俺達を支援してくれた。
柵の丸太は3m程だが、その半分の表面を焼いて炭のようにしている。埋めても腐らないようにするためだと言っていたから、ある程度長期的に使用できるようにしているみたいだ。
丸太数本を使って建てた監視台には御后様とアン姫が上って周囲を監視している。もっともディーが前方で動体探知をしているから、必要ないような気がするけど…。
少し長めの柱が10本程度あった。通常は穴の上に2m出る位だが、これだと3m以上は出てしまう。
疑問に思って見ていると、カイラムさんが詰所を作るための柱だと教えてくれた。柵の一部に詰所を作り、その上に人が乗れるようにするとの事だ。たぶん弓を持った者を配置するのだろう。この長さは擁壁の高さのようだ。
その長い柱が埋め込まれると、サラトガさん達が詰所作りを始めた。後ろの柵にあった詰所を解体してこちらに移している。
詰所の近くに門が作られる。午後に運ばれてきた丸太と共に扉が運ばれてきた。両開きで、開くと荷馬車が通れる位の扉が頑丈な蝶番で丸太の柱に取り付けられた。門の前に掘られた壕には3本の柱で橋がかけられた。この橋は後で跳ね橋になるとカイラムさんが教えてくれた。
結構立派な備えだと感心してると、なんでも村の拡張を合わせて行う事のようだ。畑作を西と南に広げて、村は東へ広げるとのこと。それなら納得だ。
日もだいぶ傾いてきた。本日は襲撃なしで作業も捗った等と言っていた時だ。
前方のディーが凄い勢いで俺達の作業場所に飛び込んできた。
「群れが移動してきます。個体数700。森の外れで現在停止中。」
それだけ俺に伝えると、また俺達の前方に走って行く。
「ディーが見つけたのじゃな。」
御后様が俺に近づいて確かめるように言った。
「はい、昨日よりも多そうです。今は森の外れで停止しているそうです。」
「ふ~む。夜襲を掛けるつもりじゃろうか…。」
アン姫はカンザスさんとグレイさん達に知らせを出した。
それからしばらくして、主だった連中が焚火の前に集まってきた。
「昼間の襲撃が無かったのは夜間ここを襲うつもりのようです。約700匹が森の外れで待機しているようなんですが…。」
「それだけの獣を待機させるとは、やはり獣使いの仕業と考える方が良さそうじゃ。」
「急いで、アルトさん達が、まだ柵が作られていない場所に地雷を仕掛けています。兵士達は杭をロープで結んで急造の柵を作っていますが、その数では…。」
「全員、爆裂球は2個以上持っている。近づいた時に一斉に投げればかなりの効果が出るだろう。」
「アキト、作戦はあるか?」
グレイさんの言葉に俺は姉貴を見つめた。
「700の内訳が問題です。纏ってくるのか、複数の群れになってくるのかが分かりません。そして、獣達が一点突破を図るのか、それとも広がってくるのかも分からないのです。そして、私達はそれに対処しなければなりません。しかも、まだ柵の未完成部分が5M近くあります。そこを抜かれたら、村の東への出入りはかなり難しくなるでしょう。」
姉貴が現状の課題を整理して伝える。
それでも、動ぜずに淡々と話す姉貴に俺達は聞き耳を立てた。
「幸いハンターと兵隊さんが合わせて60人以上もいるのです。うまく運べば突破される事は無いでしょう。先ず、グレイさんは大至急、村の東の柵沿いに北側へ地雷を仕掛けてください。2段に出来れば2Mの範囲でお願いします。」
早速、グレイさんはサラミスと数人の兵隊を連れて出かけていった。途中で嬢ちゃんずも拾って手伝って貰うようだ。
「次に村の柵と、この柵の中間点に荷車を倒して陣地を作ります。周囲にはロープと杭で簡易な柵を作ってください。さらに前方には3段の地雷を設けます。陣地には私とアキト、それにアルトさん、サーシャちゃん、ミーアちゃんが篭ります。御后様もご一緒できますか?」
「無論じゃ。しかし、弓兵が少し欲しいの。」
「私達が行きます。」御后様の呟きに数人の弓兵が名乗り出た。
「俺達も一緒だ。サラミス達はここに残す。」
カンザスさんが名乗り出る。サラミス兄弟は渋っていたが、危険性を説いて納得させたようだ。
「そして、アン姫ですけど、ここに南北の防衛戦を作ってください。200D南にダリウスさんは長剣兵10人と共に横一列に布陣してください。ジュリーさんは他の魔道師と共に詰所の上です。」
「俺達は何処だ?」
姉貴の布陣にカイラムさんが訊ねる。
「弓兵の前です。マチルダさんはグレイさんとハンターの左端です。ダリオンさん達の援護が任務となります。」
皆席を立つと、自分達の配置場所にそって杭とロープで簡易な柵を造り始めた。
グレイさん達は荷車を運んでいた弓兵と合流して俺達の篭る陣地を作ってくれている。
「誘いじゃな。上手く行くと良いが…。」
御后様が呟いた。
日は何時の間にか暮れている。そして俺達の上には光球が数個浮んでいた。
その明かりを頼りに兵とハンターが杭を黙々と打ち込んでいる。