#143 獣の襲撃
ギルドを出て村外れの宿へと歩いて行く。
以前世話になった宿だから、姉貴達が宿泊するとなれば此処以外には考えられない。
すっかり暗くなった夜道をしばらく歩いて宿の扉を開く。
宿の1階は食堂兼酒場になっている。天井にある光球で明るく照らされた店内を見渡して姉貴達を探すと、奥の一角で食事中だった。
「ただいま。」と言いながら空いている椅子に座ると、若い娘さんが直ぐに料理を運んで来てくれた。
「どんな感じなの?」
野菜と薄いハムの入ったスープに黒パンを漬けながら食べ始めた俺に姉貴が聞いてきた。
「状況は悪いみたいだ。依頼を処理するというより、片っ端から狩ることになるみたい。それと、少し仲間を貸してくれないか。と言っていた。」
「片手剣と魔道師では少し心もとないと言う事じゃな。我ら3人が手伝ってやろう。サーシャもミーアも良いな?」
食事が終わってお茶を飲んでいた2人は頷くことで了承を伝えた。
「カンザスさん達と黒になったサラミス以外に5人の黒がギルドに登録しています。5人が1つのチームなのか2つのチームなのかは分りませんが…。」
「カンザスさんは長剣とサニーさんの弓だったよね。それで大丈夫なのかしら…。」
「意外と、サラミス達が合流してるのかもしれない。サラミスは長剣だけど、妹が弓で弟が片手剣だったよね。あれから1年以上経ってるからレベルも上がってると思うんだ。まぁ、明日になれば判ると思うけど…。」
「アルト達が別行動となれば我らは4人、しかも全員前衛が務まる者達じゃ。やはり婿殿に付いてきたのは正解じゃった。」
御后様はやる気満々だ。ひょっとして、娘のアルトさんに対抗してるのかも、御后様の言葉にアルトさんが不敵な笑いを浮かべてるし…。
次の日。朝食を早めに取って、おばさんにお弁当を作ってもらうと、皆でぞろぞろとギルドに向かった。
ギルドには大勢のハンターが詰め掛けている。俺達以外に20名程いるところを見ると、赤レベルのハンターもレベル上げを目的にマケトマムに集まっているみたいだ。
俺達を見つけたグレイさんがテーブル席から手を振っている。
テーブルを寄せ集めた席には、グレイさん達とカンザスさん達がいる。サラミス兄弟もカンザスさん達と一緒にいるところを見ると、俺の思った通りサラミス達はカンザスさんと臨時のパーティを組んでいるようだ。
俺達が近づいて、御后様とアルトさんを見たとたんにカンザスさんは席を立った。
「ひょっとして、御后様ですか…。剣姫様もご一緒とは…。」
「気にするな。婿殿の戦を手伝いに来たまでじゃ。敬称、礼は一切無用ぞ。」
御后様の言葉にカンザスさんは席に座ったけど、冷や汗が出てるぞ。
「グレイさん達にはアルトさん達3人が合流します。銀4つのアルトさん。黒5つのミーアちゃん。赤9つのサーシャちゃんです。全員クロスボーの達人です。片手剣はアルトさんが指導してますから十分でしょう。」
「それは有難いが、サーシャちゃんはひょっとしたら…。」
「御后様の孫になります。しばらく俺がトリスタン様より預かっています。」
グレイさんも冷や汗が出てるぞ。王家の2人が合流したんだから仕方がないかもね。
「アキトは4人か。御后様の武勇は聞いた事がある。十分だろう。俺の方もサラミス兄弟が一緒だからかなり助かっている。」
「ところで、依頼掲示板に依頼書が貼っていませんけど…。」
「貼るまでもないのだ。個別の報奨金は無い。狩った獣の討伐部位を換金してくれ。それで、大まかな状況なのだが…。」
カンザスさんの話では、泉の森に獣が溢れてから泉の森まで辿りつけた者はいないらしい。泉から流れ出る小川の橋を落として、現在は小川を防壁の代用にしているようだ。
それでも、小川の北は森に続いているので最大の激戦地になっているようだ。逆に南の方は浅瀬が一箇所あるだけなので、魔道師と弓を使える者達が詰めているとの事だった。
「南は赤の連中に任せている。浅瀬を渡る獣はそれ程多くはないし、渡るのは日中だ。今の所は十分に凌いでいる。問題は北の方だ。東門を出て直ぐに柵と溝を掘ってある。黒5つの2人組みが赤を連れて番をしているが、更に北側に柵を造りたい。しかしそれが難しいのだ。」
「北に向かうのは、俺とカンザスとアキトだ。黒5つの2人組みが赤5人を連れて柵造りと溝掘りをする。残りの黒と赤は女性4人のチームだ。彼女達は小川沿いに獣の偵察をしている。」
ギルドのホールからは少しずつ人が出て行く。自分の持ち場に向かって行くのだろう。
そんな時、若い男がグレイさんのところにやってきた。
「俺達もそろそろ出発するが、このお嬢さん達がお前の言っていた助っ人なのか?」
「そうだ。…アキト。紹介しておく。黒5つでチーム【白いガトル】のカイラムだ。」
俺達を見て怪訝そうな顔をした男をグレイさんが紹介してくれた。
「チーム【ヨイマチ】のアキトです。銀1つですがよろしくお願いします。」
俺は立ち上がると頭を下げた。
「俺より遥か上じゃないか。カイラムでいい。頼りにさせてもらう。」
カイラムさんは仲間のところに戻ると何か囁いているようだ。
「さて、俺達も出かけよう。」
カンザスさんの声に俺達は席を立つ。
ギルド前の通りで行軍の列を整え、先頭はグレイさん達だ。その後を俺達が進み、次はカンザスさん達、最後はカイラムさん達が続く。カイラムさんのところでスコップや斧を持っているハンターが柵等を作る担当なのだろう。
東門を出ると、北の方に煙が上がっている。
畑を突っ切り、煙の上がっている場所に進むと、簡単な小屋が作られていた。
その200m程北には高さ1m程の柵が東西に伸びている。グレイさんの話では、柵の西は村を囲む丸太の柵に続いているそうだ。ということは東側は小川まで延びているのだろう。
カンザスさんが小屋の中に声をかける。
そして出てきたのはセリウスさんに良く似たネコ族の男だった。
「だいぶ増えたが、女性ばかりのようだな。大丈夫か?」
「問題ない。御后様と剣姫様が一緒だ。昨日みたいに逃げ帰る事はないだろう。」
ネコ族の男は俺達を見渡すと、直ぐに御后様と剣姫を見つけたようだ。
「お初にお目見え致します。ネコ族のサラトガと申します。」
「礼はいらん、敬称もな。同じハンターとしてすごそうぞ。」
御后様はそう言うけど、一般人にとっては天上人だからな。そうはいかないような気がする。
「昨夜は襲撃が無かった。獣の叫びは聞こえたと言っていたから、溝にはまったのかも知れん。気をつけて行け。」
「10M程先に新たな柵を作っているのだが、材料を切りだした程度だ。日に2回ほど獣が襲ってくるのでその都度ここまで逃げ帰っている。これでは完成が何時になるのか判らん。」
柵の一部は開くようになっている。そこを通って更に北に進むと材木が集積された場所に着いた。
「ここに新たな柵を作る。柵作りはカイラム達に任せて、俺達はその前方300Dで獣を待ち伏せる。東にアキト、西にグレイ。100D下がって俺達だ。」
カンザスさんの指示で俺達は配置に付く。
嬢ちゃんずは荒地から石を運んで自分達の陣地をこしらえていた。
カンザスさん達も藪から少し太い木を切り出して自分達の前に杭を打っている。杭をロープで結べば簡単な柵になる。
俺達は東側に短い杭を打つと、地雷を仕掛ける。どちらかというと俺達は直接攻撃が主になるから、西側への救援を容易にしておく必要がある。
ついでに薪を集めて焚火をする。焚火だって立派な防壁になるのだ。
姉貴が双眼鏡で周囲を見ている。
「アルトさん達は前方に地雷を仕掛けているわ。左側面に薪を積んでるけど、あれは襲撃時に点火するつもりみたい。カンザスさんのところは障害の前に2人が立ってる。後ろは弓だからあれでいいのね。」
姉貴は感心しながら俺達に教えてくれた。
「婿殿。申し訳ないがミズキの持っている片手剣と同じ位の棒を作って貰いたいのじゃが…。」
請われるままに丈夫そうな木を切って削りだした。
御后様に渡すと腰のバッグから斧の頭を取り出す。短刀で先端を斧の取付穴に合わせて斧に刺込むとクサビを短刀のケースで打ち込んでいる。
「随分と長い斧ですが…。」
「これか。あそこの足跡を見てみよ。あれは鎧ガトルの足跡じゃ。ガトルとは言われとるが、全く別の獣じゃ。動きは鈍いが厄介なのは、その硬い毛皮じゃ。毛皮というよりは装甲じゃの。剣を叩きつけてもそれ程深くは傷つけられん。これで、装甲ごと潰すのが一番じゃ。」
姉貴が図鑑をめくってる。
「これね。確かにそうかも…。」
図鑑にはアルマジロに似た獣が描かれていた。注意書きは、【丸まる。背中の皮は硬く数枚に区分される。動きは鈍いが、真っ直ぐに進む場合はガトル並の速度を出す。】とあった。
となれば、やはりこれかな。とショットガンを袋から取り出して肩に担ぎ、弾をポケットに入れる。ガトルの群れで散弾は結構使ったが、スラッグ弾は数十発はある。銃身に銃剣を取り付けておけば他の獣にも対処出来るだろう。
ディーは太い丸太を1本持っている。手ごろな太さの木を引抜いて根っこの余分なところを長剣で叩き切っているから、何か大きな棍棒に見えなくも無い。
「ディー。どんな具合?」
「数百m北に獣が集結中です。集結点は現在200前後。周囲から続々と集まっています。」
姉貴がカンザスさんに手招きするとサラミスの弟が走ってきた。
姉貴が状況を伝えると、急いで帰って行った。カンザスさんに伝えると今度はグレイさんの方に走っていく。結構素早い。【アクセル】を使っているのかも知れない。
グレイさんが俺達に手を振っている。どうやら状況が伝わったらしい。アルトさん達を双眼鏡で見ると、3人とも爆裂弾がついたボルトをクロスボーにセットしている。
カンザスさんのところもサニーさん達の矢には爆裂球が付いている。
最初は数を減らす考えのようだ。
「集結が済んだようです。移動を開始しました。個体数約400。集結点に数個反応がありますが移動には加わっていません。」
集結点に何が残っているのかは気になるが、それよりは迎撃だ。
「先ずは数を減らす事が優先です。」
そう言うなり姉貴は薙刀を持って飛び出していく。50m程駆けて行くとそこで薙刀を地面に付き前方を見ている。
「どうするのじゃ?」
「例の【メルト】がいっぱいをやるようです。かなり数を減らせそうです。」
俺は自分と御后様に【アクセル】を掛ける。ディーは羽根を展開して長剣を片手で持っている。いつでも切り込みに入れそうだ。
前方に広がる森がざわめくと同時に森が獣を吐き出した。
荒地を土煙を上げながらガトルとアルマジロモドキがこちらに突進してくる。
それでも姉貴は動かない。
ゆっくりと右手を頭上に上げる。やがて、その手の上に紅蓮に渦巻く火の玉が4つ姿を現した。
獣の群れが姉貴まで100m程になった時、姉貴は腕を振り下ろした。
炎の渦巻く火の玉が扇形に前方へ飛んでいくとそれぞれが10個に分裂して着弾する。
姉貴がこちらに駆けてくる背後では、凄まじい炸裂音が続けざまに起こって、獣達の群れが土ぼこりと炎に消えてしまった。
その土ぼこりの中から獣達が現れた。ガトルと鎧ガトル達だが、体のあちこちから血を流しているのが分る。
どうやら、獣の群れは中央右よりに進んでくるようだ。
グレイさんが自分達の持ち場の右寄りに片手剣を抜いて待ち構える。中央のカンザスさんとサラミスが両手剣を抜いてサニーさん達の前に出た。
「御后様。少し左に場所を変えます。…ディー。中央まで頼めるか?」
「数を減らすのですね。了解です。」
俺達は戻ってきた姉貴と左側に移動する。
俺とディーがカンザスさん達の前に出る。距離は20m程だ。右は姉貴と御后様がカバーしてくれる。
目の前50m程に獣達が迫ったとき、【メルト】と爆裂球が炸裂する。マチルダさんと嬢ちゃんずの援護攻撃だ。
土ぼこりの中から鎧ガトルが姿を現す。体長1m程で背中の甲羅のような皮を丸めた姿は団子虫に見えなくもない。短い足を使い、ボールが転がるように俺の方に走ってくる。
狐のような顔が見えた。その口は鋭い牙が生えているのを見ると肉食獣なのだろう。
10m程の所でスラッグ弾を発射した。背中の皮を貫通して血飛沫があがり、鎧ガトルが横向きに倒れる。
ポンプアクションで装弾を繰り返し、3匹を仕留めた。
ディーが俺の前まで移動すると棍棒で鎧ガトルを殴りつける。ドォンっと鈍い音がして数m程転がっていく。
その隙に俺はショットガンに新たな弾丸を装填した。
ディーの隙をついて走る鎧ガトルに次々と弾丸を撃ち込む。
弾丸の装填の隙をついて何匹かの鎧ガトルが後に行ったが、カンザスさんが何とかするだろう。
そんな戦いが10分程度続くと、獣達の襲撃が唐突に終了した。
「ディー。状況確認。」
「先程の集結点に新たな集団が集結中です。現在の個体数20。集結はゆっくりと行なわれています。」
次の襲来までは少し間があるようだ。
カンザスさんのところからサラミスの弟を呼ぶと状況を伝える。
そして、次の襲来に備えて、壊れた柵や、ロープの修理をする。嬢ちゃんずも新たな地雷を仕掛けている。
それが終ると、討伐部位の収拾とボルトや矢の回収を行なう。
アルトさんが俺達の方に歩いてきた。
「鎧ガトルの皮膚は硬いのじゃ。ボルトが効かぬ。かろうじて爆裂球と【メル】で対処しておる。」
「鎧ガトルにはこれじゃ。これで叩けば鎧もへこむ。」
御后様がアルトさんに、長い柄の斧を見せている。
アルトさんはちょっと悔しそうだ。たぶん村に戻ったら早速買い込むんだろうな。
「ホントに硬いよね。薙刀の刃が跳ね返ったもの。私も途中から【メル】を使ったわ。」
ひょっとして、姉貴も斧を買い込むんじゃないだろうな。
そんな事を話していたら、サラミスの弟がやってきた。
「一服しようとカンザスさんが言ってます。いらしてください。」
俺達にそう告げると今度は、グレイさんの方に駆けて行った。