#141 困った時のドワーフ頼み
皆で産業を作ろうと色々始めたのはいいんだけど、やはりそれぞれに躓いているようだ。
うまくいっているのはセリウスさんだけだけど、あれはひたすらノコギリを挽く毎日だからね。
嬢ちゃんずは、新たな仲間を引き込んだ。それは何と御后様。そして手に入れたのは木工ロクロだ。山荘の兵舎の小部屋を工作室に改造してひたすら木工技術を磨いているのだが、なかなか薄い木の皿は難しいようだ。でも薄くすると割れやすいから既製品の厚さで俺は十分だと思う。
姉貴の方は前の世界から持ち込んだ日曜大工セットで、複雑な歯車を木の板で作っている。減速歯車の機構にも似ているけど1.2m位のスタンションに30cm位の箱を取付けてその中に組み込んで、ディーといろいろと相談している。
そもそも時間があまりきちんと定められていないこの世界に、時計って重要があるのかどうか疑問ではあるのだが、姉貴としては時計の導入で時間をきちんと管理できる社会の構築を目指しているようだ。
そして、俺の方は孤軍奮闘なのだ。
姉貴の工数をメモしておけとの指示があるので、俺が作業を行なった時間は腕時計で正確に書き込んでいる。
材料採取は、6時間で約5kg。材料を水に漬け込むのが1時間。その後3日漬け込んだけど、これは労働時間にはならない。
30cm角で長さ1m位の箱を作り、この中に材料を入れて、水を入れた大鍋に縦に入れる。大鍋を煮続ける事3時間、ふやけた材料を取出す。
そして、材料の皮を剥くのに3時間。表皮を取り除くのに3時間…。結構疲れる作業だ。
材料から取れた薄い繊維を木の台に乗せて棍棒でひたすら叩く。お茶を飲んでまた叩く。一服してもまた叩く…。とにかく叩いて叩いて繊維を粉々にするんだ。
と、まぁここまではどうにかなったのだが…。
意外な事にこの世界に糊が無かったのだ。接着剤は樹脂系のものが手に入ったのだが、糊ではない。
ここで、作業を一時中断して糊を作ることにした。
糊は紙の繊維質を接着させるもので基本的に薄めて使う事になる。
作るのが簡単で水で良く薄められるとなれば、澱粉糊が考えられる。早速雑貨屋に出掛けて芋を手に入れる方法を聞いてみた。
「農家の人が作ってますから、朝市で購入できますよ。」
ということで、次の朝市でじゃが芋に良く似た「メイク」という芋を大袋で購入した。
ナイフで皮を剥いて、良く洗っておろし金で挽く。ある程度溜まったら少し水を加えて汁を押し出す。これを繰り返すと、白濁液が出来る。それを1日置けば、容器の底に澱粉が分離するのだ。
実働は1日、8時間ってとこだろう。これも記録しておく。
・
・
そして、その日の夜にまた全員が集まって互いの状況を話し合った。
「俺の方は、順調だ。とりあえず5日分の仕事量として板を50枚、角材を10本作りあげた。」
セリウスさんの方は順調だな。俺も簡単なのにすればよかったと少し反省する。
「御后様の了解を得てますから、兵舎に運んでください。場所はスロットさんが指定してくれます。」
「我等の方も何とか形になってきた。王都で暇をもてあましていた、ユリシーが来てくれたおかげで細かな作業も問題ない。流石はドワーフじゃの。ついでにサーシャとミーアの発案で面白いものを作っておる。あれも商売になるじゃろう。」
「作業時間とその人数それに使用した道具の購入金も教えてくださいね。」
「それはミーアがまとめておる。大丈夫じゃ。」
アルトさんは御后様経由で大森林で出会ったドワーフを招いたらしい。ドワーフがいれば細工等に問題がある筈が無い。う~む…、俺も誰かを抱きこむべきなんだろうか…。
「俺の方は、紙漉き作業1歩手前というところだ。紙漉きの道具と紙の圧縮をどうするか迷っている。」
「大丈夫。アキトなら何とかなるから。道具は苦労しても頑丈なのを作ったほうがいいわ。量産した時に壊れたんじゃどうしようもないもの。」
「ユリシーに相談してはどうじゃ。兵舎の小部屋で我等と共にいるぞ。」
「ある程度、案が纏ったら訪ねてみるよ。」
「最後は私ね。時計について御后様と話してみたわ。やはり時間の概念はあるのよ。1日が24時間。1年が365日。1月が30日で3ヶ月を単位に4期を持っているわ。各神殿に合わせて春が土の神殿。夏が火の神殿。秋が風の神殿で冬は水の神殿ね。その神殿で祭壇に生贄を捧げる日が別に1日あるので、1月、4月、7月、10月が1日増えて31日になるの。そうすると全部で364日になるので1日足りないから、12月に王宮の行事として1日増やしてるわ。これで365日。これでも実際には少し足りないよね。それを4年ごとに1日増やすらしいんだけど、どの月にするかは大神官に一存されてるらしいわ。」
俺達の世界の太陽暦という訳だな。それなら、俺達の世界の時計カラクリがそのまま使えそうな気がするぞ。
「鳩時計に対するニーズは大きいらしいわ。もっとも時計の単価次第でしょうけどね。鳩時計はディーの歯車計算と基本構造設計がうまく出来てるから、後はユリシーさんと鍛冶屋さんの腕次第というところまで来てるわ。後1週間位で最初の鳩時計が出来上がりそうよ。」
姉貴の方もユリシーさんを巻き込んでるみたいだ。ドワーフの加工技術、手先の器用さを考えれば、それも当然なのかも知れない。
これは、俺も早急に道具を考えなければなるまい。
・
・
そして、次の日。早速俺は兵舎に出掛けてユリシーさんに話しをしてみた。
「ようやく来たな。そろそろ来る頃じゃと思っておったが、それで、御主は何が欲しいんじゃ。」
俺は、紙漉き用の桶と網。そして漉いた紙を脱水するための道具について説明を始めた。
「それ程難しいものではない。幸い、ネコの大将がたっぷりと材料を運んできてくれたからな。」
それって、セリウスさんが挽いた板と柱だと思うけど、後でことわっておこう。
数日立つと道具が完成した。
早速、桶に澱粉糊と叩き崩した潅木の皮を入れて良く混ぜ合わせる。そして水を加えて紙漉き桶に入れると、目の細かな網で作った紙漉き枠を桶に入れて繊維を枠の中で一様になるように伸ばす。
水が切れたら枠を取って中の網で少し厚みを持った紙を慎重に引き離した。
次々に紙を漉いて、積み重ねる。
そして、布を被せて圧縮機に乗せると、圧縮機の上に付いた竿の先に重しの石を結わえる。こうすると梃子の原理で重しになった石の3倍の重さで漉いた紙が圧縮されるのだ。
こうして数時間してから薄い金属板に挟んで炭火の上で乾燥させれば出来上がりとなる。
何かとんでもない手間が掛かったけど、どうにか形にする事が出来た。早速、工数と使用した金額をまとめていく。
姉貴の方も何とか形に仕上げたようだ。嬢ちゃんずや、セリウスさんの方はとっくに出来てるから、後は商人を呼ぶだけになった。
さて、どこからどんな商人を呼ぼうかと皆で話していると、扉を叩く音がする。
ミーアちゃんが扉を開けると、ルクセムくんが立っていた。
「セリウスさんがお呼びです。何でも商人が訪ねてきたとか…。」
何処かの商人が俺達を訪ねてきたらしい。直ぐに俺達はルクセムくんとギルドに出かける事にした。
ギルドの扉を開けると、セリウスさんがテーブルの方から俺達を呼んだ。
「早かったな。どうやら、御后様が先に手を打っていてくれたらしい。ラジアン殿に将来性のある商人をこの村に寄越すようにとな。それでここにレイト氏がいると言う訳だ。」
「しばらくですね。これも何かの縁なのでしょう。よろしくお願いします。」
「貴方達でしたか。ラジアン殿に名指しで依頼されたからには、商人なら直ぐに飛んで行きますよ。しかし、なにやら面白い事を考えておる。というだけで詳しい話をして頂けなかったのです。私にどんな用があるのですか?」
御后様の事だ。面白そうだから何も教えなかったに違いない。
「実は、貴方にこの村の製品を売って頂きたかったのです。この村を大きくするには産業が無ければなりません。そこで、村で取れる材料で製品を作ってみました。それがどの程度の値段で売れるかを確認したいのです。」
「要するに目利きですな。いいでしょう。場合によってはその場で購入する事も出来ると思います。」
早速、レイトさんを兵舎に連れて行く。
「先ずは、この板材と柱材です。板は10枚、柱は5本を束ねています。」
「寸法は定尺ですね。材料も問題ありません。これでしたら、板は1枚3L、柱は1本15Lで引き取ります。ただし、板は最低100枚、柱は20本を用意してください。」
次は嬢ちゃんずの木工製品だ。
「カップと深皿じゃ。とりあえず20個ずつ作ってみたのじゃが…。」
「そうですね。少し厚めのようだ。これは今後の課題でしょう。でも十分に商品として使えそうです。カップ、深皿とも2個で3Lでどうでしょうか。これは10個単位で引き取ります。20個あればこのまま購入できます。」
「それと、これはどうじゃ。手習いに作ってみたのじゃが、このような玩具も売れるのではないかと思うてな。」
アルトさんが傍らの布を取り去ると、中から出てきたのは積み木の玩具だ。
「ほう…。これは凄い。三角、四角、長四角といろいろなものがこの箱に綺麗に収まっているのですな。これは、後何組あるのですか?十分に商売になります。1組20いや30Lで買います。」
「残念ながら1組じゃ。これを持って注文を取ってくれば、好きなだけ作ってやるぞ。」
「確かに、そのような商売も出来ますね。」
次は俺の番だ。
「俺はこれを売りたいんだが…。」
「これは…。紙ですな。どのように作られたかは存じませんが、10枚で4Lなら引き取ります。これで、どの位の量なのですか?」
「だいたい200枚位です。そうですね、1月で2千枚以上は作れますよ。」
「それだけ大量ですと、一度ラジアン殿と相談しなければなりません。紙は船で遠い国から運ばれてくるのです。それを一手に商っておられるのはラジアン殿ですから、数百枚単位なら私でも大目に見てくれるでしょうが千枚を越えるのであれば問題です。」
最後は姉貴の番だ。
「私のはこれです。時計と言って時間を計る機械です。1から24までの数字がありますね。1日を24時間として、短い針が今の時間です。長い針が文字盤を1週する間に短い針が1つだけ進みます。それと、長い針が1週するごとに鳩が飛び出して3回鳴くようにしてます。もう少しですね。その時わかります。」
「時計ですか…。しかも全てが木工製品なんですね。これは、ちょっと値段を出しかねます。しかし、必要とする向きは多いのですよ。庶民ではないので、大量にこのようなものが出回るとどのような事が起こるか怖い気もします。」
その時、ポッポー、ポッポー、ポッポーと3回窓から鳩が飛び出して鳴くと箱の中に引っ込んだ。
「今のが、さっき言われた仕掛けですか。どうでしょう銀貨5枚で預からせてください。10枚までは行けそうな気もしますが、注文を取らなければ確実なところは分りません。」
う~む。直ぐに売れるのは板と柱、それに木工製品って事になるのか。紙は場合によってはラジアンさんが絡む事になるようだが売れるのは確からしい。
嬢ちゃんずの積み木と姉さんの鳩時計は受注生産という事になるみたいだ。
「大体解りました。後は、これを作った人間の数と時間が売値に見合っていれば問題ありません。今晩にでも計算してみますから、明日の朝ギルドに来ていただけませんか。」
「分かりました。ではその時に、積み木と鳩時計、それに紙を御持ちください。木工製品も持ってきていただけると助かります。板と柱は数が揃えば受け取ります。」
そう言ってレイトさんは帰っていった。
「結構な値段ね。セリウスさんも頑張ったんだけど相手にとっては量が不足みたいね」
「仕方あるまい。家1軒でも相当な量を必要とするのだ。俺が合間にやるような量では商売にならないと思う。しかし、売れるということが分かれば人を集めれば直ぐにでも用意できる量だと思う。」
そして次の日、ギルドで引き渡しをするとレイトさんは王都に帰っていった。
俺達は次の来村に備えて、それぞれの作業を開始する。
2週間程すると、セリウスさんは板を100枚柱を20本揃えた。村人の何人かに手伝って貰ったらしい。
嬢ちゃんずは、カップと皿を30個ずつ作り、積み木セットも3つ作ったようだ。
俺も紙を1000枚作ったし、姉貴も2つ鳩時計を作り上げた。
そして、更に1週間程過ぎた頃にレイトさんがやってきた。
早速、ギルドで反響を聞く。
「凄い人気です。積み木は注文だけで100件を超えています。鳩時計も50件を越えました。紙は全てラジアン殿が買い上げてくれました。作るだけ買うとのことです。それで、あれからどれ位出来たのですか?」
俺達は現状の数値を告げた。
「それでは数が足りません。大至急製作に入ってください。これからは月に2回参ります。」
そう言って、製品を積込むと俺達にお金を払って王都に引き返して行った。
「さて、これからが大変じゃ。我等が始めたものを村人に教える必要がある。そして、その製作で暮らしが立つ事を教えねばなるまい。」
「でも、殆どが木に関わる産業だね。いっその事統合して会社を作れないかしら。」
「陶器の時には、マケリス兄弟が助けてくれたの。今回も彼らに頼んでみてはどうじゃ。」
「そうだな。まだ彼らには陶器を作ってもらわねばならぬが、良い人材を紹介して貰えるかもしれん。俺から連絡しておこう。」
こうして、この王国初めての株式会社が出来上がった。1口20Lで株を販売して利益を株の数によって還元する。株は村人のみの購入だ。総資金2000L従業員数30人の会社だが、俺達の製作技術を一緒に物を作りながら教える事で直ぐに製品が並び始める。
そして、会社の家屋を平行して作る。
紙漉き場、木工場、精密加工室等の部屋を収める事になり、南門近くの空地に平屋のログハウスで簡単に作り上げた。
別に1棟の建屋を作り、事務所とした。
初代社長はユリシーさんが就任したけど、殆ど現場で皆と組み立てなんかしていて、全く社長らしくないぞ。チェルシーさんっていうキャサリンさんのお友達が事務を1人でやってるから、みんなチェルシーさんが社長だと思ってるみたいだ。