#139 新たな装備はブーメラン
下の森はそれ程大きくはない。
ディーの動体探知では、その森の一角に約100匹が集まっているようだ。
俺達は爆裂球を両手に1個ずつ手にして、慎重にガトルの後方に回り込んだ。
そして、互いに50m程の距離を取ると、俺の合図で一斉に爆裂球をガトルに向かって投げつける。
ドオォンっと連続した炸裂音に驚いたガトルが姉貴達の待ち構えている方向に走り出した。
更に爆裂球をガトルの後方に投げて、南に逃げようとするガトルを牽制する。
「さて、婿殿。狩りの時間じゃ。」
御后様の通る声に俺は銃を上げて応える。ディーを見ると背中のゴツイ長剣を抜いて右手に持っている。
「行くぞ。ウオォォー!!」
俺の蛮声を合図に横一列で、森を駆ける。
ガトルは姉貴の方向に駆けて行くが、それでも数匹ずつ固まって俺達に向かってくる奴はいる。
ディーが長剣をプロペラのように廻しながら、そんなガトルを刈り取っている。
御后様は、まるで舞を舞うように優雅に倒している。
俺の方は、ショットガンで1匹ずつ確実に仕留めて行く。
荒地の左右で爆裂球が炸裂した音が鈍く響いてきた。
そして俺達が森を抜けようとした時、荒地にクラスター爆弾が降り注ぐ…。
ドドドオォォン…という連続した炸裂音は、姉貴の【メルト】がいっぱいってやつだ。
更に、右手から姉貴とミケランさんが、左手からセリウスさんとスロットが手負いの群れに得物を振り上げて突撃する。
俺達が下手から追い上げて姉貴達と合流する。
たちまちガトルの群れは狩られていく。唯一生き残ったガトルの逃げる方向は村のある北側だが、そこには嬢ちゃんずがクロスボーを3段構えにして待っている。3人で交互に発射するから、数秒間隔でボルトがガトルを襲っている。
その僅かな隙を突いて嬢ちゃんずを襲おうと牙を向けるガトルには、容赦なくネビアの【メル】とキャサリンさんの【シュトロー】が襲い掛かる。それでも前進しようとするガトルはルクセムくんの槍の餌食になっている。
手負いのガトルに銃剣で止めを刺したところへ、セリウスさんがやってきた。
「どうにか終ったようだな。西の群れが移動した時には冷や汗をかいたぞ。」
「ホントにどうにかですね。マケトマムでもガトルの群れと戦ったのですが、あれは防衛戦でした。こちらから群れを狩るのはやはり難しいです。」
「戦は皆そんなものだ。守るは易く、攻めるは難がある。だが、村人を守るには攻める事が大事だと俺は思う。これだけのガトルが何故この村に来たのかは、少し調べる必要がありそうだ。」
牙集めもこれだけの数だと大変だ。結構広い範囲に散らばっている。手分けして集めたけど、少しは取り残していると思う。それは、後で見つけた人のお小遣いになるはずだ。
「さぁ、引き上げるよ!」
大きな声で皆に伝えると、ひょっこりと繁みの中から、近衛兵が現れた。
どうやら、双子を藪に隠して守っていたらしい。
ミケランさんの顔を見つけて、ミャァ、ミャァと小さな声を上げて騒ぎ始めた。
双子に話しかけながらミケランさんが籠を背負う。
「ありがとにゃ。おかげで頑張れたにゃ。」
「いえいえ、皆さんから比べれば楽な仕事です。西のガトルを見て慌てて藪に逃げ込みました。近衛兵としてあるまじき姿であると2人で話してました。」
「いや、近衛兵として十分な働きじゃ。敵を迎え撃つのが近衛であると思っておる輩が多いが、本来近衛兵とは主を守るものじゃ。今日のお前達の仕事は双子を守ること。その危機を感じて咄嗟に藪に隠す気転は賞賛するぞ。」
御后様が近衛兵に近衛の心得を説いている。
俺も近衛兵ってアクティブデフェンスをするものだと思っていたけど、そもそもそんな事態を生じないようにすることが大事だということだな。
そういう意味では、籠に入れた双子の前に立って守るというより、藪に潜んでやり過ごす方が望ましいという事になる。
「何、難しい顔をしてるの?」
姉貴が俺の顔を覗き込みながら言った。
「いや、何でもない。ちょっと、御后様の言葉を考えてたんだ。守るって事はたいへんだなって。」
そんな事を話しながら、俺達は村へと歩いて行く。
一旦、ギルドに寄って、依頼が完了した事を報告すると共に、皆に報酬の分配を行なわねばならない。
依頼の完了報酬が100L、それにガトルの牙が120匹分で、今回は牙1個は25Lだから…全部で3100Lになる。これを今回の参加者15人で分配すると、1人206Lになる。10L余るけど、これはギルドに寄付しよう。
テーブルを寄せて、皆でお茶を飲みながら報酬分配を行なった。
「我等にも頂けるのですか?」
「双子を守って貰いました。おかげでセリウスさんとミケランさんが存分に戦う事が出来た訳ですから、十分に資格があります。」
まだ若い近衛兵にとって銀貨2枚は嬉しい臨時収入なのだろう。俺達に礼をすると、ポケットに大事に仕舞いこんだ。
「アキトさん。ディーさんについて教えてください。先程は取り乱して申し訳ありません。」
「私も、聞きたいですわ。足も動かさずに高速移動が出来るなんて聞いたこともありません。」
キャサリンさんの問いかけに、ネビアが追従する。
ここは、きちんと説明しないといけないと思う。
「ディーは大森林の洞窟の地下にある船に乗っていたんだ。ただ1人だけでずっと船で眠りについていたんだけど…俺が起こしてしまった。ディーは俺達みたいに肉体を持っていない。目に見えないような物凄く小さい機械…からくりの集合体だ。」
「それって、金属で出来ているってことですか?」
スロットが聞いてくる。
「金属だけではないけれど、そう思ってもかまわないと思う。でも、…ほら、触ると弾力があるだろ。単純な金属ではないんだ。」
俺は、ディーの腕をツンツンしてみせる。
「足を使わないで高速移動が出来るのは、背中の羽根からイオンというものを噴射して体を浮かせているんだ。噴射方向を変えることで機敏に移動できる。背中の羽根は6枚ある。お日様に羽根をかざす事によりディーの体を動かす力を得る事が出来る。俺達が物を食べるのと同じだと考えればいい。」
「あの長剣を使いこなせるのも、その体のせいなのか。しかし、あの爆発は吃驚したぞ。あんな爆発はこれまで見たことはない。」
「それは、気化爆弾という兵器です。最初の小さな爆発でエアロゾルという微細な可燃性物質を空気中に拡散させて、2度目の爆発で一気に爆発・燃焼します。そして、周辺の空気を全て使ってしまいます。呼吸は出来ません。あの中で一息でも息をついたら死ぬことになります。…ディー。気化爆弾はもう無いのか?」
「有りません。次に使用できるのは、毎日の食事で得られる炭素、窒素、塩素等の分解及び分子再結合等で、約1月程先になります。」
「ということで、しばらくは使えない。それと、今回は使っていないけどレールガンという武器を持っている。これは金属の球を超高速で発射するクロスボーみたいなものだと思ってほしい。まだ何かあるかもしれないけど、ディーは俺が目覚めさせた。そして俺達の味方だ。」
「でも、凄いにゃ。頼もしい前衛が出来たにゃ。」
「うむ。確かに頼もしい限りじゃ。じゃが、その機動力と索的能力は本来は偵察と見るべきじゃろうな。」
流石は御后様だ。ディーが威力偵察用だと見抜いたようだ。
「その通りです。威力偵察…敵に攻撃を加えてその反応から敵の状況分析する。その要員としてディーは作られたと言っていました。」
「ディーはお前達の力になろう。魔物とは明らかに異なる。我等とも異なっておるが、我等と同じものを食べ、同じ言葉を話し、同じものを着ておるのだ。我等の同類と考えてよいじゃろう。」
御后様のこの言葉でディーは皆に受け入れられたようだ。
そして、解散を宣言して俺達は家に帰った。
家の扉を開けるなり全員がテーブル席に座り込んでしまった。
ディーも俺の隣に座っている。
何か1日中走り回っていたような気がする。
すっかり火の消えた暖炉にミーアちゃんが火を点けて、ポットを掛けている。
「もう直ぐ夕暮れじゃが、あまり食べたい気がせぬ。簡単な夕食で済ませ早めにやすもうぞ。」
「そうね。朝からラッピナ狩りや、柵作りなんかしてたもんね。アキトの方も大変だったでしょ。」
「群れを2つ潰してからの参戦だからね。もっとも1つはディーが1人で潰したようなものだけど。走り回っていたのは事実だ。」
そんな訳で、皆で手分けして準備を始める。
姉貴とサーシャちゃんは野菜を何時もよりも細かく切って野菜スープを作るようだ。ミーアちゃんは、暖炉用の薪を運んでいるし、俺は風呂の準備をする。
アルトさんは黒パンを暖炉で炙っている。アルトさんが包丁をあまり使えないのはちょっと笑える。剣姫と言われるからには全ての刃物に精通しているのかと思ったけど、包丁だけはダメみたいだ。野生のリンゴみたいな果物を貰ったときに、アルトさんが皮を剥いたら、大きさが2回り程小さくなったし、千切りはブツ切りになる。それよりも今にも手を切りそうなので、その時は慌てて姉貴が包丁を取上げてた。
ディーは静かに椅子に座っている。呼吸はしないから座っていると彫像のように見えなくもない。
ディーにも簡単に出来る事を探さないと、こんな時に除け者になってるみたいでちょっと気の毒になる。
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それから数日経って、ひさしぶりにギルドに出かけた。
何時も通りにシャロンさんに手を振ると、依頼掲示板の貼られた依頼書を読んでいく。
う~ん…相変わらずだ。期限切れの依頼も無いし、獣の駆除依頼もマゲリタがあるだけだ。易しい狩りの割には報酬がいいので、これは低レベルのハンターに譲るのがスジだと思う。
収穫なしで、家に帰ろうとしたところにセリウスさんが現れた。
「いいところで会った。アキト達の都合がよければ、今夜少し相談したいことがあるのだ。」
「何時でも大丈夫ですよ。では今夜待っています。」
そうセリウスさんに告げると、早速家に帰って姉貴に報告する。
「そうなんだ。でも、何だろね。」
「大方、この間のガトルの件ではないのか? あのような群れが集団でこの村に来るなぞ、何らかの理由があるに違いない。」
確かに、セリウスさんは少し調べるなんて言っていた様な気がする。
でも、ガトルを操るなんて人狼しか俺は知らないぞ。それに、今回のガトルはあの時と違って統一性が無い。どちらかと言うと、たまたま集まった群れのような気がする。
まぁ、今夜セリウスさんが来れば分かる事だと思うけど…。
ふとテーブルから暖炉の方を見ると、ディーの長剣の下にあるブーメランをサーシャちゃんとミーアちゃんが不思議そうな顔をして見ている。
昨夜完成したブーメランを壁に飾っておいたのだが、2人とも何なのか分からずにいるらしい。
「ブーメランが完成したのだな。1本は我が貰うとして、もう1本はアキトが使うのか?」
「いや、あれはディーに使って貰いたいんだ。」
突然自分の事に話しが向いてきたので、ディーは少し驚いているようだ。
「ディーはブーメランがどのようなものかは知っているの?」
「投げると戻ってくる武器だということは分かりますが、投げた事はありませんそして投げ方も知りません。」
「じゃぁ、アルトさんに教えて貰って。変わった武器だけど面白い使い方が出来ると思うんだ。」
「ディーに教えるのじゃな。了解したぞ。」
アルトさんは椅子からチョコンと飛び下りると、暖炉の壁からブーメランを2本取外す。そして、ディーを誘って家の外に出かけた。
サーシャちゃん達が慌てて後を追いかけて行った。
しばらくすると、サーシャちゃん達が扉を開けて俺のところに駆けて来た。
「我達も、あれが欲しいのじゃ!」
俺に訴えかける。傍にいるミーアちゃんも、欲しいって目で俺を見てる。
こんな事もあろうかと…ちゃんと作っておいた。しかも、腕が2本のブーメランよりも投げやすい3本腕のプロペラ型ブーメランだ。
ゆっくりと席を立つと暖炉の横に置いておいたブーメランを取出す。
「はい。サーシャちゃん達はこれね。アルトさん達が使ってるより小型だけど、此方の方が確実に戻ってくる。投げ方はアルトさんに教えて貰うといいよ。それと、絶対にアルトさん達のように、戻ってきたブーメランを手で取ろうとしないこと。足元に落ちてから拾って使うんだ。それだけは必ず守って欲しい。」
ブーメランを受取ると直ぐに2人は飛び出して行った。
俺の注意をちゃんと聞いていたかちょっと心配になってきたが、アルトさんも付いている事だし、まぁ大事にはならないと思う。
「あれって、危なくないの?」
「回転しながら戻ってくるからね。当れば痛いと思うし、素手で受けたら骨折なんて事も考えられるけど、落ちてから拾えば大丈夫さ。相手を脅かすには丁度いいかもしれない。意外と使えるんじゃないかな。」
「大型の方は、アルトさん危なくないの?」
「前に作ったときにちゃんと手で受けてたよ。【アクセル】を使えば受取る事が出来るみたいだ。」
「そうなんだ。ディーも使えそうだし、意外なところで役に立つかもしれないね。」
俺と姉貴で簡単な野菜とハムの黒パンサンドを拵えていると、ブーメランで遊んでいた4人が戻ってきた。
テーブルに着くと、姉貴が黒パンサンドを全員に配る。ミーアちゃんがポットのお茶を皆に注いでくれる。
食べ始めるよりも早く、サーシャちゃんが興奮した口調で話し始めた。
「あのブーメランという不思議な武器は面白いのじゃ。ちゃんと投げるとぐるーんっと廻って戻って来よる。力の入れ方と投げる時の角度で飛んでいく距離と高さが変わるのじゃ。」
ミーアちゃんが、うんうんと頷いている。
「最後には北門の外にある我等の練習場で腕を競ったのじゃが、ディーはともかく、我等もそこそこには使えるようになったぞ。」
ディーは別格?…訳を聞くと上手過ぎるとのことだ。まぁ、力も角度も精密に計算して投げられるからね。
100D、200Dと距離をとって、弓矢の的の柱に1D程の箱を乗せて当てる練習をしていたらしい。
当らなければ戻ってくるから、何度でも挑戦出来るって喜んでた。
その結果、100Dではかなりの確率で当てる事が出来るようになったみたいだ。
200Dはディーのみが当てられるらしい。
「じゃが、あの武器には刃が無い。意表をついた撹乱には使えるじゃろうが、獣相手にはガトル程度までじゃろう。」
ふふふ…アルトさん。その言葉は覚えておいて欲しい。
まだ、手に入れていないけれど密かにモスレムの工房に頼んだ武器が手に入ったら、驚くだろう。戦闘用ブーメラン…それは手元には戻らない。Jを逆さにしたような軌跡を描いて飛ぶ刃の付いたブーメランだ。