#137 ガトルの群れ
ハンターは、本来朝早くから行動するはずなんだけど、俺達は既存のハンターには当てはまらないようだ。
ようやく起きた俺でさえも、こうして顔を洗う為に井戸にきたときには太陽がだいぶ上がっている時だ。
顔を洗って、ふと見上げるアクトラス山脈は眩しい位の銀色だが、リオン湖越しに見る周辺の森は、薄緑の複雑なグラデーションで彩られている。
芽吹きの春がやってきて、村が忙しくなる季節がやってきたのだ。
家に入ると、ディーとミーアちゃんが朝食を作っている。
簡単なスープだけど、ジュリーさんが王宮に残ったので、朝食はディーとミーアちゃんが作っている。姉貴とアルトさん達はまだ起きてこない。
「まだ時間が掛かるよ。お姉ちゃん達も起きてこにゃいし…。」
刻んだ野菜を鍋に入れながらミーアちゃんが言った。
「う~ん…。じゃぁ、ギルドに行ってくるよ。依頼があるかも知れないし。」
忙しく朝食の準備をしている2人に告げて、俺は外套を羽織って家を出た。
通りに出て東に歩くとギルドがある。
「おはよう。」と扉を開けると、シャロンさんがカウンターで手を振ってくれた。
早速、依頼掲示板を眺める。
う~ん…。って感じだ。採取系がやたらと目立つ。
確かに、春の山菜はこの村の貴重な現金収入ではあるのだが…。
そんな時、扉が開く音がして、キャサリンさんとルクセムくんが入ってきた。
カウンターで何やら話しているようだ。最後にキャサリンさんが籠を渡したところを見ると、どうやら一仕事を終えたところらしい。
シャロンさんから報酬を受取ると早速2人で分配している。
そして、次の依頼を探す為に掲示板に来ようとしたところで、俺に気付いたようだ。
「おはようございます。いいのがありました?」
「おはようございます。採取系ばかりなんでどうしようかと思ってたんです。」
「でも、明日は狩りが入る可能性が高いですよ。今朝は南の畑の下まで行ったんですが、ガトルの群れを見ました。戻る途中で会った村人は東の方でも見かけたと言っていました。群れが1つではなさそうです。」
「もし、人手が足り無い時は、協力してくださいね。ルクセムくんもその時は頼むよ。」
「僕に、ガトルが倒せるでしょうか?」
「大丈夫、俺の隣で迎え撃つ。何て事にはならないから。」
キャサリンさん達に掲示板を譲って、俺は家に戻る事にした。
家の扉を開けると皆がテーブルに着いて、お茶を飲んでいた。俺がテーブルに着くとディーが直ぐに朝食を出してくれる。
「ギルドはどうであった?昨日我等が出かけたときは採取ばかりであった。」
「今日も、同じだよ。期限切れ真近も無かったし…。ギルドでキャサリンさんルクセムくんに会ったよ。あの時間で一仕事を終えたみたいだ。」
「キャサリンは、ヨイマチのチームでは無いからの。もう直ぐ、黒の勤めをする事になる。今の内にルクセムの懐を暖めておこうという魂胆なのじゃろう。キャサリンの父が亡くなって10年近くなるはずじゃが、やはり当時は大変だったようだ。ハンター登録をして同じように一家を支えておったのを覚えておる。」
「それなら、私達のチームに入れることで、黒の勤めを免除することにすればいいと思いますが。」
「それも問題がある。基本的にチームを組むということはある種の束縛じゃ。チームは一心同体。チームの移動はそのチーム員の移動に繋がる。大森林のようにリスクの高い冒険にも同行する事になるのじゃ。じゃが、我に1つ考えがある。キャサリンの黒の務めはしばらくは回避できると思う。」
何気なくチームを組んだけど、結構大変なようだ。俺のチームは姉貴と俺、それにディーとミーアちゃんにサーシャちゃんだよな。
あれ?サーシャちゃんをチームに入れといて良かったのかな?
「アルトさん。ちょっと質問ですが、サーシャちゃんを俺達のチームに入れといて良かったんですか?今の話だと後で問題になりそうな気がしますけど…。」
「全く問題ない。国事が優先されるからだ。この場合、チーム員ではあるが別行動をとる形態になる。ちなみに我も、ヨイマチのチーム員になっておるぞ。名目とは言え、アキトに降嫁しておるゆえに自動的じゃ。」
自動的になる場合があるのか…。確かに夫婦が別のチーム員っていうのも変だからそんなものかも知れないけど。
「話しが少し反れましたけど、キャサリンさんの話では村周辺にガトルの群れがいるそうです。しかも1つではないと言っていました。」
「それは問題じゃな。村人も畑に大勢出ているはずじゃ。間違いが起きない内に対処せねばなるまい。…サーシャ、ミーア出かけるぞ。」
嬢ちゃんずの出陣だ。ばたばたと装備を整え出かけていった。
俺達は呆気に取られて見ているだけだったけど。
「何処に行くのかな?」
「たぶん、採取依頼をこなしながらガトルの偵察って事だと思うよ。」
「私達も出かけたほうが宜しいのではないでしょうか?…私は威力偵察用に開発されています。」
威力偵察って、確かとりあえず戦って敵の状況を確認するんだったかな。海兵隊の連中にもうちょっと教わっておけばよかった。
ディーは半径1kmの動体探知が出来るって言ってたから様子を見るにはいいかも知れない。
「姉さん。ディーと村周辺の偵察をお願い出来ないかな。村の門から周辺を探るだけでもディーと姉さんならそれなりの探査は出来るでしょ。」
「そうね。でもそんな事なら、依頼があまりない時期にこの村周辺の地図を作るべきかもね。」
「それは、姉貴に任せるよ。ディーが協力してくれるなら結構精度の高い地図ができると思うよ。」
「解ったわ。早速出かけるから留守番お願いね。」
姉貴は小さなノートをバッグに詰めて、ディーと出かけていった。
様子を見てくるだけのはずだが、2人はしっかりと装備を身に付けて行った。
姉貴のクロスボーもそうだけど、ディーの長剣もゴツイものだ。刀身は横幅が15cmもある。刀身の長さは1.2mそして50cm程の柄が付いているんだけど、どう見ても10kgは越えているはずだ。冗談みたいな長剣だけど、ディーは軽々と片手でこれを使う事が出来る。
皆が出かけたので、またのんびりとブーメラン作りだ。大きいのは2つ作ったけど今度は小さいのを3つ作る。絶対に欲しがるから、最初から作っておく。
小さいのは3つの翼を持っているからプロペラのように見えるが、こっちの方が飛ばしやすいはずだ。敵に向かって飛ばす事はないと思うし、遊ぶなら飛ばしやすい方がいいからね。
昼を過ぎる頃、扉が勢い良く開き、「ただいま!」っと嬢ちゃんずが帰ってきた。
俺の作業を見ると、何やら嬉しそうだ。
ミーアちゃんがサーシャちゃんと昼食の準備に掛かる。アルトさんは俺の所に座ると状況の説明に入った。
「キャサリンの言う通りじゃ。村の北に採取に出かけたが、ガトルの群れがおったぞ。20頭程度の群れじゃ。近々に討伐依頼が出ると見て間違いなかろう。それとじゃ、キャサリンの黒の務めは解除出来た。少し反則じゃがこの村に住む娘じゃ。少し位の反則は許されよう。」
どんな反則なんだ。まさかと思うけど、セリウスさんを脅した…何てことは無いだろうけど。
「母様のガイドとして契約することにしたのじゃ王家に仕えれば、黒の勤めは免除される。ジュリーと同じようにな。」
ガイドねぇ…。いらないような気がするけど、確かに手ではあるな。それよりも鈴を付けたような気がするぞ。お母さんに干渉されないように、キャサリンさんから状況を聞くつもりでいるんだろうけど、はたして上手くいくんだろうか。
「ただいま。」って声が、扉を開く音と共に聞えてくる。姉貴達が帰ってきたみたいだ。
「あら、皆帰ってたのね。…ごめんね。昼食の準備してもらって。」
「サーシャちゃんとにゃら、大丈夫。ちゃんと出来る。」
どうやら、アルトさんは失敗した事があるらしい。チラっと見たら、プイって横を向いてるところを見ると自分でも自覚はしているみたいだ。
簡単な野菜とハムのスープで昼食を終えると、姉貴が調査の結果を教えてくれた。
「北に1つ。南に2つ。東は確認出来なかったけど、西にも1つの群れがいたわ。」
「ガトルの群れが4つもおるのか、やっかいじゃの。」
「ギルドでシャロンさんに現在登録しているハンターのレベルを教えて貰ったんだけど、私達以外の黒はミケランさんとキャサリンさんだけで後は赤レベルだけみたい。」
「まだ、春じゃからな。採取依頼をこなす経験の浅いハンターが集まるのじゃ。…そういえばスロットとネビアは、まだ赤じゃったな。」
「昨年この村を訪れた時は赤4つでしたが、マケトマムでグレイさん達とガトル狩りをしたと言っていました。」
「経験があれば問題なかろう。誘ってみるか。」
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次の日、朝早くにミーアちゃんがギルドに出かけていった。
そして、しっかりと依頼書を握って帰ってきた。
俺達はテーブルにそれを広げて確認する。
内容は、ガトルの群れを退散させる事。討伐証明はガトルの牙を20個以上となっている。報酬は100L。でガトルの牙は1個25Lでギルドが買い上げるとなっている。
「この依頼書では群れを2つは潰さねばなるまい。じゃが確認している群れの数は4つ。さて、どうするのじゃ。」
「2つのパーティに分割して討伐する群れを割り振りましょう。人数は多いほどいいと思います。昼過ぎにギルドに集合という事で、早速皆に声を掛けましょう。」
そして、昼過ぎにギルドのホールに集まってきたのは…。
俺達6人と、スロットとネビアそれにキャサリンさんとルクセムくん、双子を籠にいれたミケランさんそれに…御后様だった。誰だ御后様を誘った奴は!
テーブルを寄せて椅子を並べる。
キャサリンさんが人数分のお茶を頼んでルクセムくんと皆に配っている。
と、そこにギルドの事務所からセリウスさんがやってきた。適当に椅子を持って俺達の間に入り込む。
「俺も一緒だ。村人を守るのはギルドの勤めだからな。」
何て言ってるけど、事務処理に飽きたのが正解だと思う。慌てて、ルクセムくんがお茶を取りに行ってるぞ。
「さて、今回集まって頂いたのは、ギルドからのガトル討伐依頼を行なうためです。この村を取り囲むように4つの群れがいます。群れの規模は20匹程度でしょう。村は春の種蒔き等の農作業が目白押しです。短期間にこの群れを狩る必要がありますが、群れ4つでは俺達だけでは足りません。そこで皆に集まってもらったんです。」
「早速、2つのパーティに分けたいと思います。1つ目のパーティは、御后様が率いてください。アルトさん。サーシャちゃん。ミーアちゃん。それにキャサリンさんとルクセムくん。最後に俺の姉さんの7人です。2つ目のパーティは俺とディー、セリウスさんとミケランさん。それにスロットとネビアにします。」
「面白いパーティじゃな。我の方は遠距離に優れものが多い。そして婿殿のパーティは近接特化型じゃな。」
「はい。御后様達には南の2つの群れをお願いします。俺達は北を片付け次第、西に向います。」
「そうか。2つの群れが纏るか、離れるかによって戦い方が変わるかも知れぬということじゃな。どちらにせよ遠距離攻撃の手立てがあれば有利と考えたか…。確かにその方が良いじゃろう。」
「そして、俺達の方は力攻めか。一気に蹴散らして次に向う。そんな戦いはしばらくしていないな。俺はいいぞ。」
セリウスさんはヤル気満々だ。
「では、明日早朝に集合ということで。南の群れを狩るパーティは南門。北の群れを狩るパーティは北門に集合して出発します。」
そして、俺達は解散となる。スロット達とルクセムくんは心配顔だったが、何れ通る道だ。それにとんでもなく強い人がどちらのパーティにもいるから心配はないと思う。
家に帰ると早速、北の群れの場所を再確認する。
姉貴の話だと、森へ向う小道の東にいるようだ。それ程村から離れていない。
西の群れも登り窯の西に広がる森にいるようだ。それなら、1日で十分対処出来るだろう。
「問題は私達の方ね。畑の先にある荒地の下の方みたいなのよ。意外と群れが近いの。たまたま2つにわかれていたのか。それとも別の群れかで対処方法を考えなくてはならないわ。」
「こっちが早く片付いたら、手伝うよ。その逆の時はお願いします。」
「全く、キャサリンめ母様を誘いおって…。」
アルトさんが、まだ言ってる。確かに御后様がいると、ある意味ワンマンアーミーだから心配は無いんだけどね。
サーシャちゃんやミーアちゃんが懐いてるし、どんな作戦をとるかちょっと興味がある。いくらなんでも、皆を置いて一人で突進はしないだろう。
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次の日、日の出と共に起き出した俺達は、朝食を済ませるとそれぞれの装備を確認して家を出た。
俺は、ショットガンとグルカを背負って、ディーはあの大きな長剣を背負っている。
姉貴達は何時もの装備だ。全員クロスボーを背負っている。
三叉路で姉貴達と別れて、北門に向かう。
「ディーの加速装置ってどんな機能なの?」
「移動速度が2倍になります。身体機能は変化しません。」
「俺が【アクセル】を掛けると身体機能は上昇するの?」
「前に【アクセル】を掛けて頂きましたが、変化はありませんでした。【アクセル】は肉体を持った体だけに有効と思われます。」
やはり、ディーには魔法は効かないみたいだ。でも、移動速度2倍はこの世界では反則みたいな気がするぞ。
そんな事を考えながら歩いていると、北門が見えてきた。もう、誰かいるようだ。
「おはよう!」って呼びかけると、「おはようございます。」って応えてくれた。
早々と来てたのは、スロットとネビアだ。
ディーと同じような革の上下を着ている。スロットは長剣を背負って、ネビアが短い杖を持っているのは前と変わらない。
「凄い長剣ですね。ちょっと持たせてくれませんか。」
スロットの要望にディーは長剣を抜いて渡した。しかし、スロットは両手で持っても振ることが出来ないでいる。
「これを使うのですか?」
「一番重い長剣をサーミストで貰ったんだ。たぶんディーの他には使えないと思うよ。誰も使えなくて王宮の武器庫に眠ってたみたいだから。」
「スロットにはその長剣で十分じゃないですか。グレイさんも良い剣さばきだと褒めてくれたじゃありませんか。」
そんなところにセリウスさんとミケランさんが駆けて来た。
「遅くなってすまない。」
「早速出かけるにゃ。」
ミケランさんも嬉しそうだ。しばらく討伐依頼なんてしていなかったみたいだし。
ところで、双子はどうしたんだろう? キャサリンさんのお母さんに預けてきたのかな。
「出掛けに、近衛兵が双子を迎えに来たのだ。双子は御后様達と一緒だ。近衛兵が2人付いているなら安心だろう。」
セリウスさんの言葉を聞いて、御后様付きの近衛兵が少し気の毒になってきた。今日は、荷物持ち兼子守なんだ。狩りが上手く行ったら、お酒を届けてあげよう。
そして、俺達は北門の番人に門を開けてもらって、森への小道を進んでいった。