#135 雷鳥狩り
雪原に掘られた穴の中は、風が来ないだけで結構暖かく感じる。
皆を長方形に掘った穴に入れて、上部に布を被せて更に雪を乗せた。布の隙間から俺達の潜む穴を見ることが出来る。
俺と、ディーの潜む穴は結構深い。長さは5m横幅1.5mなのだが、ディーの長弓が穴の中で引きしぼれるように、生贄の真下は2m程の深さにしてある。
更に生贄のシープルを穴の両側に杭を打って繋いでいるから、シープルの足場になる部分は薄い板が敷いてある。
その板の隙間から矢を射るのだ。
シープルを杭に繋いで適当に雪を散らせると、穴の中に潜り込んで、もぐりこんだ場所を白い布で覆い、シープルの真下に移動する。
俺の気の探知網にはまだ、ガルーの気配はない。
「ディーは、ガルーの接近を感知できるの?」
「動体検知が可能です。探知距離は最大で1kmになります。」
「準備が出来たら最大で探知してくれ。」
ディーは鉄の弓に矢をつがえて、穴の上部を狙って引き絞る。反り返ったような姿勢だけど、ディーは問題ないって言っている。
その矢も特別だ。矢の太さが俺の親指よりも太い。長さは1.5mで先端に返しの付いた鏃が付いている。
持ってきた矢は2本。後は背中に背負っている長剣を使うようだ。
俺も、腰のホルスターからM29を取出すと、防寒用の革のマントに身を包み込んでひたすらガルーの来襲を待つ。
突然、俺達の上にいるシープルが激しく暴れだした。
「来ました。上空300mを旋回中です。」
ディーの声には緊迫感が無い。それが俺に安心感を与えてくれる。
左手でコックを引き、穴の上を狙ってM29を両手で構える。そして、自分に【アクセル】と【ブースト】を掛ける。2つの魔法により身体機能を1.5倍に高める事が出来る。
姉貴やミーアちゃんも今頃は同じ事をしているはずだ。ディーは加速装置があります。って言ってたから、意外と俺達よりも素早い動作が可能なのかも知れない。
「更に接近してきます。現在200m上空で旋回中。」
ディーが状況を中継してくれる。
「400mに上昇。ダイブ開始!…300…200…100…50…」
ディーは弓を放った。穴の上ではシープルがバタバタと一瞬騒ぐ。
穴の上に覆いかぶさるような巨体に向ってマグナムを発射する。
ディーは直ぐに二の矢を放つ。
マグナムをホルスターに戻すと、ディーを見る。
ディーは俺の腰を掴むと、板の無いただの布だけの覆いに目掛けて、俺を上空に投げ上げてくれた。
ガルーの首の直ぐ脇を俺の体は通り抜け上空に飛び上がる。刀を抜くと落下する俺の体の体重を合わせてガルーの背中に刀を突き刺した。
突き刺した刀の直ぐ脇には、ディーの放った矢の鏃が突き抜けていた。
素早くガルーの背中を飛び降りて、グルカを抜くと奴の頭の方に移動する。
ガルーは首を大きく振りながらもがいていた。
腹から2本の槍のような矢が体を串刺しにしている。背中には俺の刀が柄まで突き刺ささっている。胸には姉貴と嬢ちゃんずの放ったボルトが刺さっているようで血が数箇所から流れ出ている。
ウオォーっと叫び声を上げたセリウスさんが投擲具で加速した投槍を投げると、ガルーの胸に半分ほど突き刺さった。
ギュエー…とガルーが叫び声を上げる。
だが、それも長くは続かなかった。
上空から長剣を振り下ろしながら飛んできたディーと、信じられないような走りでガルーに接近してきた御后様により、その首が上下からの長剣の一撃で落とされたのだ。
その出来事に、俺達は呆気に取られて見ているしか無かった。
時間にして5分も掛かっていない。それでも、ガルーを狩る事が出来たのは事実である。
早速、皆でその巨体を観察していたんだけど…。
「これを記念にするのじゃ。」
サーシャちゃんの一言で、嬢ちゃんずは、その大きな風切羽根を引張りながら抜いている。
姉貴も「これは団扇代わりになるかも!」何て言いながらミケランさんと尾羽根を抜いている。
俺もこっそりと首の後の羽根を頂戴した。意外と綺麗なんだ。
セリウスさんは片手剣でガルーの爪を1本切取った。更に思うところがあるのか、爪を全て切取っている。
「さては、見事な連携じゃ。今回は婿殿達の戦を見るだけにしようと思うておったが、血が騒いでの。ついつい飛び出してしもうた。許されよ。」
御后様はそう言ってるけど、あのダッシュは別格だ。間違いなく世界新。オリンピックなら不滅の記録になるんじゃないかな。
「ご協力を感謝します。俺達のチームにはまだ小さい子がいますので、今日は御一緒でしたので心おきなく戦う事が出来ました。」
「何のこれしき…じゃが、婿殿達の戦いは面白いの。しばらくは滞在するのでまた誘って欲しいものじゃ。」
御后様の背中で、アルトさんがベーって舌を出しているけど、サーシャちゃんは嬉しそうだ。
姉貴達の剥ぎ取りも終ったので、ガルーを解体して俺達が潜んでいた穴に放り込む。
シープルはガルーの鷲掴みで一瞬に息絶えたようだ。そんなシープルも少し離れた姉貴が潜んでいた穴に葬る。
刀の血糊を拭取って鞘に戻す。姉貴やディー、セリウスさんもボルト等を回収すると俺達は家路を急いだ。
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暖炉の前では嬢ちゃんずが戦利品をうっとりと眺めている。
俺達はそんな嬢ちゃんずを見ながら、テーブルでお湯で割った蜂蜜酒をチビチビと飲んでいる。
あれから家に帰ると大急ぎで食事の支度をして、遅い昼食を取った。
その後、セリウスさんはガルー討伐の完了を報告にギルドに出かけて行った。
「やはり、隠居するにはこれ位の家が善いのう。山荘は少し広すぎるのじゃ。」
「そうは言いますが、侍女、警護となれば山荘の規模でも狭いのではないでしょうか?」
「王と共にゆっくりと俗世間を離れて暮らしたいものよ。我は好きな事をやらせてもろうたが、王はそうではない。心休まる時は無かったはずじゃ。」
「でしたら、山荘に離れを作られてはいかがですか。敷地が広いのですからそれぐらいは何とかなるでしょう。山荘内であれば警護に問題もないでしょうし。」
姉貴が御后様に進言した。
「そうじゃのう…。それも善いのう。」
御后様はにっこりしながら薄い蜂蜜酒を飲んでいる。離れの暮らしを思い描いているのだろうか。
扉がトントンっと叩かれる。
「誰にゃ。」
ミケランさんが席を立って扉を開けると、セリウスさんだった。
俺達のいるテーブルに来ると、御后様に頭を下げて俺と姉貴の前に座る。
「今回はご苦労だった。これでしばらくは安泰ということになる。」
そう言って俺の前に銀貨10枚を置いた。1000Lだ。
今回の参加者は、俺と姉貴、ディーに嬢ちゃんずの3人、御后様にセリウスさん夫婦で9人だ。
早速姉貴が分配を始める。
「参加者は9人ですから、1人銀貨1枚でいいですね。1枚余りますけど、これは穴掘りを手伝ってくれた近衛兵の皆さんにお渡しください。」
「近衛兵にも頂けるとはありがたいことじゃ。」
御后様はそう言って2枚の銀貨を腰の小さなポーチに仕舞いこんだ。
「私には必要ありません。」
ディーはそう言って拒否してたけど、なにやら姉貴に言いくるめられた。
嬢ちゃんずも小さな皮袋に入れてるぞ。俺も今回は手に入れた。何時も銅貨しか持っていなかったから、ちょっと嬉しい。
皆が帰った後で今回の戦利品を眺める。姉貴が引っこ抜いてきた尾羽根は長さが2mを越えている。暖炉の脇に2本交差させて飾っているんだけど、まぁ、良く倒せたと思う。
「アキト、ディーのもう1つの弓はどうするの?」
ジッと尾羽根を見ていた俺に姉貴が聞いてきた。
「普段はそっちを使う事になると思うよ。鉄の弓はそれ程長く使えない、ってディーが言ってた。」
「だとしたら、暖炉の反対側の壁にディーの装備を飾らない?大きいし見栄えがすると思うんだけど。」
なるほど、反対側の壁は空いている。あそこに金具を取付けて並べるのか。俺達の装備は特殊だからあまり見られたくは無いけど、ディーの装備は長剣と弓だから誰が入ってきても問題は無いだろう。
「そうだね。明日にでも作ってあげるよ。」
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あくる日、朝食を済ませた俺は、ギルドに向う。
ガルーは退治したけど、冬は食べ物を求めて危険な獣が村近くまで下りてくるのだ。そんな獣がいるのであれば、早い段階に狩る必要がある。
ギルドの扉を開けると、シャロンさんに手を振って挨拶する。そして依頼掲示板に行こうとしたら、嬢ちゃんずが先行していた。
何やら下の方の依頼書をベリって引っぺがしてシャロンさんの所に持っていく。シャロンさんと2、3話をして、ドンっと大きな印鑑を押して貰うとギルドを出て行った。
依頼掲示板を見ると初級依頼ばかりだ。それに長く掲示板に張られたままの依頼書もない。
家でのんびり過ごそうか。と思っていたが、ふと先程の嬢ちゃんずの依頼書が気になった。
早速、シャロンさんのいるカウンターに足を運ぶ。
「シャロンさん。アルトさん達が何の依頼を受けたのか教えて頂けますか?」
「テルピの芽の採取よ。畑の下の荒地を探せばあるかも知れないって教えたんだけど、あそこにはガトルの目撃例もあるの。アルトさんが一緒ならと思って許可したんだけど。不味かったかしら。」
「それ位なら大丈夫ですよ。たぶんお婆ちゃんもさそうと思いますから、グライザムでも出ない限り大丈夫でしょう。」
とは、言ったけれどグライザムでも大丈夫だろう。
御后様を巻き込んで、ラビボールで遊ぶ姿を想像すると少し微笑ましい気がする。ラビには気の毒だけどね。
ギルドを出ると、雑貨屋によって壁の金具を調達して家に戻った。
石の壁だけど、漆喰の継目を利用して何とか金具が取付けられた。
早速、ディーの装備を横に掛けると、大きいだけに見栄えがいい。何か、ハンターの家らしく見える。
「やっぱり、絵になるよね。…ところで、これからディーと出かけてくるから、留守番よろしくね。」
俺と一緒に壁を見ていた姉貴が突然言い出した。そして、さっさとディーと共に家を出て行く。
ちょっと疑問に思ったが、俺にとっては都合がいい。
さっそく、暖炉の前に布を敷いて、木を削り始めた。
作っているのは、ブーメラン。前回製作したものはダーム狩りで壊れてしまった。でもあれがあったから容易に倒せたのかも知れない。使えそうなものは暇な時に作っておくのが大事なんだと思う。
2本もあればいいだろう。それと小さいのを何個か作るっておけば嬢ちゃんずのいい玩具になるはずだ。
使わない時はディーの武器の下に掛けておくと、それもいい部屋の飾りになるだろう。
そんな事を考えながらブーメランを作っていると、姉貴達が帰ってきた。
「お帰り!」って2人を見ると、ディーの服が変わっていた。
嬢ちゃんずと同じインディアンルックだ。モカシン服なんだろうけど、ヒラヒラが至る所に付いている。意外とカッコいいぞ。
「似合うでしょ。ジーンズもいいんだけど、結構目立つのよね。」
と姉貴は言ってるけど、俺達の迷彩服の方がもっと目立っているような気がするぞ。
夕方に戻ってきたアルトさん達はテルピの芽を沢山持ってきた。
依頼された量の倍以上が取れたらしい。
「お婆様も喜んでいた。誘ってくれて嬉しいって。」
それはそうだろう。子供よりも孫の方が可愛いって、俺のお婆ちゃんも言ってたもんな。
早速、テルピの芽を井戸で綺麗に洗うと、林から枝を取ってきてテルピの芽を串刺しにする。暖炉で遠火で焼き上げて塩を振って食べると、柔らかくて少し苦味のある食感だ。酒を飲む人にはきっと人気があるに違いない。