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#134 やって来た御后様

 

 ガルーは、猛禽類の鷲に分類される鳥だと思う。とんでもない大きさだけどね。

 乏しい知識を搾りだすと、1つ思い出したことがある。視力がとてもいいということだ。

 となれば、どうやって誘き出す。そしてどのような罠を張る。そして、それを見破られないためにどんな方法を取る…。考えれば考えるほど不可能の文字が頭の中で大きくなってきた。


 ふと、目を開けるとミーアちゃんが心配そうな顔でテーブルの反対側から俺を見ていた。

 「大丈夫だよ。いい案を考えるから。」

 微笑んで言ったつもりだが、ミーアちゃんの顔は余計に心配顔になってきたぞ。


 「ダメじゃない。そんなに深刻な顔をして、腕組みなんてしてたら。皆心配になるわよ。」

 姉貴が、こつんと軽く頭を叩いた後で、コーヒーを入れてくれた。

 これって、飴とムチってやつか…ムチが先だったけど。


 「確かに、ミズキの言う通りじゃ。こんな時は気分転換に限る。我らも暇を持て余しておる。アキトの国の昔話でも、聞かせるのじゃ。」

 俺を心配しているように聞こえるが、何か随分と都合のいい話だ。

 でも、外はまだ冬景色。しかもガルーが空を舞っているんであれば、それもいいかも知れない。

 そんな訳で、暖炉の前に座ると嬢ちゃんずに神話を語り始めた。

             ・

             ・


 「…と言うことなんだけど。面白かった?」

 「…ふーむ、やはりな。アキトの国の神話は面白いが、やはり英雄の退治したものは地上の生き物じゃ。面白いが参考にならん。」

 

 えっ、昔話をせがんだ訳って、そういうことなの?

 確かに、桃太郎も一寸法師も、ヤマタノオロチも鬼と蛇だよな。鳥の化け物っていなかったような気がする。


 「やはり、鳥の習性に詳しい人の話を聞くべきじゃないかしら。」

 俺の昔話を、黙ってテーブルで聞いていた姉貴が言った。

 それはそうだが、そんな人は知らないぞ。

 だいたい2年近くこの世界にいるけど、鳥を狩る依頼書は一件も見ていない。

 俺も鳥は狩ったけど、クルキュルみたいな地上を動く鳥だ。


 皆で誘き出す方法と、待伏せの方法を考えてるんだけど、人様々だよな。

 俺は、木を削っているし、姉貴は編み物をしながらだ。嬢ちゃんずに至ってはスゴロクをしながら考えているらしい。

 やはり餌で誘き出す事になるのかな。なんて考えてると、扉を叩く音がする。

 姉貴が急いで扉を開けると、ミケランさんがいた。双子は背中の籠の中のようだ。


 「しばらく振りだにゃ。セリウスに聞いてやってきたにゃ。」

 籠から双子を出すと、サーシャちゃんとミーアちゃんが暖炉近くに抱えて行った。

 それを見て安心したミケランさんはテーブルの席に着いた。


 「今度は、クルガーを狩るって聞いたにゃ。作戦は決まったかにゃ」

 そういえば、ネコ族の里では、神の使いってセリウスさんが言っていた。

 ひょっとして、ガルーの生態に詳しいかもしれない。


 「ミケランさんはガルー…クルガーとも言いますが、その鳥を前に見たことがあるんですか?」

 「14歳まで里にいたにゃ。小さい頃から見ていたにゃ。年に一度は生贄を捧げるのが里のしきたりにゃ。」

 

 「生贄ですか。」

 「そうにゃ。里の男達が捕まえた獣を捧げるにゃ。ちゃんと生きてるやつにゃ。」

 「わたし、お爺ちゃんに聞いたことがあるわ。鷲は死んだ獣を取らない。生きている獣を襲うんだ。って…。」

 姉貴は俺達にお茶を配りながら言った。


 「死んだ獣は捧げないのですか?」

 「見向きもしないにゃ。生きてる事が大事って長老が言ってたにゃ。」

 

 「ひょっとして、生きてる獣を捧げた時。大空から一気に降りてきて、足で生贄を掴んで飛び立つんですか?」

 「そうにゃ。アキトは私達の里に来たことがあるのかにゃ?」

 「いえ、何処にあるのかも知りません。」


 ガルーは生き物を狙う。死んだものを襲わないのだ。

 となると、餌は生きた獣が前提になる。

 大空からダイブしてきた鷲が、獲物を掴んで再び飛び上がるのは一瞬の出来事だ。

 そこを確実に捉えて殺るか、または空に飛び立たない手立てをその一瞬で行なうことになる。


 その時、突然に頭にでっかい電灯が閃いた。

 急いで姉貴から紙と鉛筆を借り受ける。

 サラサラと仕掛けを描いていく。

 

 「穴に隠れるわけね。そしてその上に生贄を置くと言うわけね。」

 「穴の中で、ディーが弓を張って待つ。その上に生贄を置けば、ガルーが生贄を襲う為に急角度で下りてくる。そして、生贄を足で掴むその時に弓を放てば、絶対に当る。」

 

 ふんふんと姉貴は頷いていたが、ある事に気が付いたようだ。

 「ところで、ディーは弓を使えるの?」

 「見たこともありません。昨夜初めて武器の一種だと認識しました。」


 俺達は一斉に顔を見合わせた。

 「少し練習が必要だね。たぶん何とかなると思うんだけど…。」

 確か剣はプログラムされてるみたいだけど、剣ではいくらなんでも遅すぎる。手回しが良く、一瞬の隙を狙えるものは飛び道具しか思い浮かばない。

 

 「アキトの隣の娘さんがディーなのかにゃ。」

 「そうです。仲良くしてやってください。」

 「ホントにミズキに似てるにゃ。そしてアキトにも似てるにゃ。」

 ディーに手を差し出すと「ミケランにゃ。よろしくにゃ。」と言ってディーと手を握り合っている。


 ディーも仲間と認識したようだ。「よろしく」なんて言っている。

 その後は、アルトさん達も加わって、大森林での出来事をミケランさんに姉貴が説明していた。

 俺は、さっきの絵を見ながら、何処で迎え撃つかを考える。


 夕食はミケランさん達と一緒だ。セリウスさんも、今夜来るって言ってたから、夕食が出来上がる頃には顔を出すだろう。

 しかし、夕食支度が全て整っても、セリウスさんは来ない。

 そして、だいぶ時間が過ぎてから慌しく扉を叩く音がした。

 急いで扉を開けると、セリウスさんが立っている。直ぐに中に入れたが、セリウスさんは沈んだ表情をしている。

 「今日、ガルーに人が襲われた。幸いな事に大事には至らなかったが、代わりに猟犬が犠牲になった。ガトル並みの猟犬だ。」

 「ついに、ですか」

 「あぁ、…。それで、村長とも話し合ったが、明日から当分の間村人の外出を禁止する。日の出から日没までの期間だ。まだ雪の中だ。それ程村人の生活に影響は出ないだろう。」

 嬢ちゃんずは顔を見合わせている。出るな。って言われれば何となく出たくなるもんだ。

 「我等ハンターもその中に入るのか?」

 「別格だ。出ても問題はないが、なるべく家にいた方がいいだろう。…それで、なんとかなりそうか?」

 そう言ったセリウスさんの目は期待がこもっている。


 「案は出来ました。2つ問題があります。1つは早急にディーに弓を教えないといけないこと。もう1つは生贄の確保です。」

 「弓の練習は武器屋で普通の弓を買って練習すれば、近距離なら何とか当てられるようになるだろう。アキトの注文した弓は後3日位は掛かりそうだ。生贄は俺に任せておけ。決行日までには用意しよう。」

 

 「ありがとうございます。」俺は頭を下げた。

 「ところで、どうやってガルーを狩るのだ。」

 「これを見てください。」

 俺はさっきの簡単な絵を見せる。

 「穴の上に生贄を置くのか…。それを穴の中で狙うわけだな。だが、一矢でガルーを狩る事は出来まい。」

 「俺達が周辺に穴を掘って隠れます。飛べない鳥は俺達の獲物です。」

 「そうか。俺も、それに加わる。配置は任せる。」

 

 その後、皆で遅い夕食を取ると、セリウスさん達は帰って行った。


 次の日、早速武器屋に弓を買いに出掛ける。店で一番強い弓と矢を10本程購入すると、空を見上げながら家に戻ってきた。

 ガルーは空高いところで大きな輪を描いている。

 セリウスさん達が、村人に外出を禁止させて良かったと思う。


 家に着くと早速、ディーに弓の使い方を教える。

 もっとも、途中で俺の指導を見ていたアルトさんが乱入してきて、俺と指導を入替ったけど…。

 でも、それで良かったと思う。俺に指導は出来ないし、自己流だからね。

 そんな訳で、ディーの練習を見ながら空を睨んでいる。

 何時、2人をガルーが襲わないとも限らないのだ。

             ・

             ・


 そして、3日後の午後。

 トントンと扉を叩く音がするのでサーシャちゃんが扉を開けに行くと、わぁーって誰かに飛びついた。

 そして入ってきたのは、御后様だった。

 「ひさしいの、婿殿。」

 俺達が吃驚していると、つかつかとアルトさんが御后様の所に歩いて行く。


 「ついこの間ではないか、何用じゃ。母様に我等は何も用事は無いぞ。」

 「アルトに用は無い。そろそろ隠居でもしようと思うての。静養がてらにこの村に来たのじゃ。ついでに婿殿の頼まれた物を用意してきたぞ。」

 

 そう言うと、近衛兵が2つの箱を運んできた。

 早速箱の蓋を開けると、出てきたものは2張の弓だ。もう1つの箱には矢が20本程入っていた。


 「工房のドワーフが驚いていたぞ。その2張の弓を使えるものなぞ誰もいないと言うてな。…それで、今回は何を狩るのじゃ。」

 とりあえずテーブルに座ってもらう。4人の近衛兵にも椅子を用意して無理やり座らせた。

 姉貴がお茶を入れると、ミーアちゃんが皆にお茶を配った。


 「雷鳥です。村人が1人襲われました。大事には至りませんでしたが、早めに原因を取り除く必要があります。」

 御后様は俺の話しを微笑みながら聞いていたが…。


 「やはり、ここに隠居することにしようぞ。娘と孫もいる上に、退屈することはなさそうじゃ。…それで、どのように狩るのじゃ。」

 「穴を掘って、ディーがそこに隠れます。その上に生贄を乗せれば雷鳥は生贄を取りに降りてくるでしょう。そして生贄を掴み再び飛立つはずです。その生贄を掴む瞬間を狙って、先程持ってきて頂いた弓矢で穴の中から射るのです。」

 

 「だが、致命傷を負わせる事は難しい案じゃな。」

 「飛びたてなくなれば、いかようにも対処できます。俺達は周辺に隠れて、手負いの雷鳥に止めを刺します。」

 「まこと、痛快な作戦じゃ。我はサーシャと共に参加するぞ。」

 そういいながら、サーシャちゃんの頭を撫でている。

 

 でも、御后様っていい歳なんだよな。どうするの?と、アルトさんを見ると、「もうだめじゃ。」と首を振っている。あれってあきらめ顔だよな。


 「是非お願いします。御后様がご一緒なら私達も安心して戦えます。」

 姉貴がそう御后様に言うと、「そうじゃろう。」って感じでにこにこしている。

 

 「婿殿達の都合もあるじゃろう。我のみが参加する。近衛は山荘で待つが良い。」

 近衛兵って何なんだろう?って感じる話だけど、御后様はディーの次位に強い。御后様付きの近衛兵は、どちらかと言うと荷物持ちと世間体の為なんだろうな。これが、トリスタンさんやクオークさんとなれば近衛兵は本気で警護しなければならない。


 「ディー。その弓を引いてみて。出来れば鉄の弓がいいけど、ダメならもう1つの方だ。」

 ディーはつかつかと箱のところに行くと、早速、鉄の弓を手に取った。ギュンっと引いている。問題はなさそうだ。

 「問題は無いでしょう。但し、鋼としての質が劣ります。実用に用いるのは数十回に限られるでしょう。」

 

 普通の弓のように軽く引き絞る姿に近衛兵達は驚いている。

 使用回数が限定されていても、問題は無いだろう。早速アルトさんがディーを連れて練習に出かけた。


 「弓が手に入れば、後はセリウスさんが生贄を探してくれます。今夜、南の畑の下手に穴を掘りに行きます。」

 「穴を掘るには人手がいよう。近衛を連れて行くが良い。」

 

 「早速、山荘に戻り仲間を連れてきます。」

 そう言って近衛兵は出て行った。山荘には土木作業用のスコップやツルハシが沢山あったはずだ。

 「私は、セリウスさんに伝えてくるわ。明日の昼でいいよね。」

 姉貴もギルドに出かけて行った。


 「俺はてっきり、ジュリーさんが届けてくれるものと思っていました。まさか御后様が届けてくれるとは…。」

 「王宮は退屈でのう。何か面白いものがないものかとギルドに出かけてみると、緊急の依頼があるではないか。しかも依頼の品が面白い。こんな弓が引けるものかと誰もが言っておった。我は依頼は依頼じゃと言ってやったぞ。その依頼書を良く見ると婿殿の名があるではないか。後は工房の尻を叩いて急がせたというわけじゃ。じゃが、その弓はディー以外に引けるものなしと思うておうたが、目的が分からん。あの強弓を使わねばならぬ理由は何か。それが知りたくて来てみたわけじゃがおもしろうなってきた。」


 ひょっとして、ガルーを狩るのでこの弓を作ってくれ。と書いたほうが良かったのかもしれない。

 文章は、5W1Hをきちんと書くようにと言っていた先生の言葉を思い出した。

 でも、嬢ちゃんずの守りは、御后様に任せれば鉄壁だ。案外棚からボタモチなのかもしれない。


 そして、その夜は村の南の荒地に穴を掘る。

 近衛兵10人と、セリウスさんと俺の12人で作業を始めると、結構作業がはかどる。

 夜が明ける前に、正三角形の配置で俺とディーが潜む穴と、姉貴とセリウスさんの潜む穴。そして嬢ちゃんずと御后様が潜む穴を掘ることが出来た。

 姉貴と嬢ちゃんずの潜む穴は隠れた状態でクロスボーを発射できるように、覗き穴を広く開けられるようにしてある。

 明日はこの穴に潜んで、上に白い布を被せる。上空からでは罠とは見破られないだろう。

  

 朝には、まだ間がある。俺とセリウスさんは村に帰らずに登り窯の小屋に泊まることにした。

 薪は十分にある。冬の早朝の寒さにも何とか耐えられるだろう。

 部屋の中央にある炉に薪を投げ込んで、俺は目と閉じる。

 

 次の日、小屋の扉をガタンと開ける音で目が覚めた。

 姉貴達がやってきたのだ。

 俺とセリウスさんの装備もディーが背負い籠に入れて持ってきてくれた。

 炉でポットにお湯を沸かすと、俺とセリウスさんの朝食が始まる。


 「もう直ぐ、シープルを1匹ミケランさんが連れてくるわ。双子はキャサリンさんが今日一日面倒を見てくれるんだって。」

 姉貴の言葉では、ミケランさんも狩りに加わるみたいだけど、何かあったら双子はどうするんだ。

 「何かワクワクするのう。大森林もそうじゃったが、初めて狩るとなると何か心がはしゃいでならぬ。」

 御后様はうれしそうだ。その両脇にはサーシャちゃんとミーアちゃんを座らせている。ちょっと離れたところで座るアルトさんは、恥ずかしがっているのだろうか。

 

 みゅー…っと何かの鳴き声が聞える。

 そして、ドンドンと扉が叩かれると、姉貴が扉を開いた。

 「待ったかにゃ。シープルを連れてきたにゃ。」

 ミケランさんの到着だ。

 俺は外の動物を見に行った。

 そこには、ロープにつながれた、羊が俺をじっと見ていた。

 ちょっと可哀相だけど、この羊が今日の生贄になる。

  

 「始めましょう。まだ、ガルーは此方に来ていないみたいです。」

 俺の言葉に、小屋の中で暖をとっていた皆は一斉に頷く。

 そして、狩りは始まる。

 

 

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