#133 雷鳥
懐かしいギルドの扉を開くと、早速カウンターへと足を向ける。
そこにはシャロンさんが何時ものように、書類とにらめっこをしていたが、俺達の姿を見たとたん笑顔で迎えてくれた。
「お帰りなさい。帰るのは雪が消えてからだと思っていました。…え~と、戻られたのは、アキトさん、ミズキさん、アルトさん、サーシャちゃん、ミーアちゃん…あれ?1人多いですね。」
シャロンさんが、俺の後ろに立っている、ディーを不思議そうに見つめている。
「ディーっていうんだ。大森林で仲間になった。俺達のチームに入れたいんだけど、ハンター登録をして貰えないかな。」
ディーを押し出すようにシャロンさんの前に出す。
「ディーは文字が書けないから、代筆をお願いします。」
そう言って、姉貴達がいる依頼掲示板のところに行く。
依頼掲示板には、数枚の依頼書が貼ってある。
「雪レイムが2件、ガトルが1件、それに…ガルー?」
「あっ、アキト来たんだ。私もこれが気になってるのよね。図鑑にも無いんだもの。」
下の方の依頼書を見ていたアルトさんに聞いても分らないという返事だった。
ちらりとカウンターを見ると、シャロンさんはディーと会話中みたいだ。
後で聞いてみようと思っていると、ギルドの扉が開きセリウスさんが入ってきた。
そういえば、ギルド長なんだよな。なんて思っていると、セリウスさんが俺達を見つけてこちらに足を運ぶ。
「もっと、時間が掛かるかと思っていたが、案外早かったな。早速だが相談したいことがある。今夜訊ねるが支障ないか?」
「えぇ、お待ちしてます。」
そうは、言ったけど相談って何だろう? まぁ夜には分る事だけど。
「はい。これがカードになります。」
シャロンさんがそう言って、ディーにカードを渡している。
これで、とりあえずギルドでの用事は済んだことになる。
「またね!」とシャロンに手を振って家路を急ぐ。
家並みがちょっと途切れた左側の林には、ちゃんと石像が俺達を待っていた。
姉貴が石像の口に鍵を差し込むと、林が左右に分かれて小道が現れる。
通りにはまだ雪が残っているのに小道には雪が無い。何か今出来たばかりのようにも思えて少し面白い。
小道を進むと、俺達の石造りの家がある。
扉を開けて中に入ると、結構ヒンヤリする。やはり、住んでいないと暖かい家にはならないみたいだ。
早速、薪を割り箸位に小割りにして、燃料ジェルのチューブを取出し、薪に塗りつけて火を点ける。
薪の太さを段々と太くして、30分位で太い薪が暖炉の中で燃え始めた。
暖炉の煙突も石組だから、部屋の中が暖まるにはだいぶかかると思う。山荘の煙突は銅管で造られているから、こんな時は便利だと思う。
それでも、薄暗い家の中をメラメラと燃える炎が照らす明かりを見るだけで、心は何となく温かくなってくる。
でも、直ぐにアルトさん達に暖炉の前を占領されてしまった。
笑いながら見ていた姉貴は、はい!って俺にポットを手渡す。
汲んで来いていうことだよな。
そんな訳で、少し暗くなってきた空を見上げながら井戸で水を汲む。でも、なんか普段の暮らしに戻れたような気がして、少しほっとした。
暖炉にポットを吊るすと、今度は夕食の準備だ。
特に食材は購入していないから、野外と一緒で乾燥野菜と干し肉でスープを作る。ちょっと家が冷えているので、黒胡椒を利かせたスープにした。
スープは暖炉の陰にあるかまどで作る。暖炉から燃えている薪をかまどに移して薪をたしてやれば後はほっといても大丈夫だ。シチューだと掻き混ぜないと焦げ付いてしまう。
スープが出来上がると夕食を取る。
でも、俺達だけで食べているのをジッと見つめるディーの視線が気になった。
「ディーは食事が出来るの?」
「必要としません。ナノマシンの体内製造に若干の資源が必要ですが、あと1年は大丈夫です。」
「資源は俺達で準備できないと思うんだけど…。」
「資源は鉄、銀、銅それにシリコンと若干の元素です。全て一般的な土壌から吸収できるものですから問題ありません。銀はその時に頂きますがグラム単位です。」
「もし、俺達と同じものを食べたらどうなるの?」
「体内で、分解して有用元素のみを吸収します。後は体表面より排出する事になります。」
「故障はしないんだね。」
「はい。」
決まった。早速、木の深皿にスープを入れるとディーの前においた。
「ディーは俺達の一員だ。一緒に食べて欲しい。食べ方は分るよね。」
ディーは俺に頷くと、スプーンでスープを1口飲んだ。
「有用な金属元素は少ないですね。多くが、窒素化合物です。」
「俺達は有機体だからね。でも、少しは回収出来るでしょ。」
嬢ちゃんずも満足そうだ。姉貴も微笑んでいる。やはり、仲間外れは誰だっていやだからね。
家に戻って3時間程経つと、少しづつリビングも暖かくなってくる。
そんな時に誰かが扉を叩く音がした。
ミーアちゃんがサササーっと扉まで走って、扉を開く。そこにはセリウスさんがキャサリンさんと共に立っていた。
ミーアちゃんが「どうぞ。」って、家に招き入れる。
「どうぞ、座ってください。例の件ですね。」
「そうだ。そして目撃者を連れて来た。」
姉貴が、2人にお茶をいれたカップを差し出す。そして、自分のカップを持って俺の隣に座った。アルトさんは何時の間にかキャサリンさんの隣にマイカップを持って座っている。
セリウスさんは、俺達が話しを聞く準備が終えたとみて話を切りだした。
「実は、この村にガルーが出たらしい。俺はまだ見てはいないが、村人で見たものも多く、キャサリンも見たと言っている。」
「依頼書にもありましたが、ガルーって何ですか?…姉が図鑑で調べようとしましたが、掲載されていませんでした。」
「ガルーは地方によって呼名が異なるためだ。俺の里ではクルガーと呼ばれている。王都での呼名を正式とするならば、雷鳥だ。」
姉貴が急いで図鑑を取出して調べ始める。
「雷鳥…。こんな鳥がいるんですね。」
図鑑を覗いて見ると、鷹か鷲みたいだ。でも、大きさが異常だぞ。隣の人間の絵と比べると体高が3m近い。翼を広げると5m以上は確実にある。そして、注意書きには、獰猛で単独行動を取り、たまに人を襲うとある。
「俺の里では神の使いだ。狩る事はできない。しかし、この国では害獣に分類される。そして、人を襲う時がある。…たぶん東の方から来たのだと推定するが、一旦獲物を捕らえると、その地に定住する性質があるのだ。今までの目撃例が山の森に集中しているが、畑の方でも目撃された。定住したと考えられる。先週、村ギルドの依頼ということで、討伐依頼書を掲示板に貼り出した。期間は畑仕事が始まるまでの一月間。報酬は銀貨10枚だ。ギルドの規定で2週間を過ぎた依頼書は村であれば隣接の町に送らねばならないが、町のハンターでもこの依頼を受けるものはいないだろう。」
「そこで、俺達に依頼を受けて欲しいという事ですか。」
「そうだ。討伐証はガルーの足の爪。1本でいい。」
「じゃが、その依頼は少し厄介じゃ。相手は鳥。空を飛ぶもの…どうやって狩るのじゃ。」
確かに、アルトさんの言う通りだ。クルキュルみたいに地上で相手に出来ればいくらでも対策の立てようがあるけど、空を飛び回る鳥をどうやって狩るんだ。しかも相手は巨大な猛禽類だ。
鳥を狩るとなれば網か銃だが、kar98の7.7mm弾頭ではちょっと心もとない。ラティ級の銃が欲しいところだけど、いくら姉貴でもあんな銃は持ってこれないと思う。
となると、ここは十分に考える必要がありそうだ。
「ルクセムくんとテルピの芽の状況を見に南の畑に出かけた処で、私は見ました。とても大きな鳥がガトルを片足で掴んで山の方に飛んで行きました。2本の牙が見えなければ野ネズミと見間違うところでした。」
キャサリンさんが当時を思い出したのか、青白い顔をして言った。少し声も震えている。
「今の所は獣を捕らえているけど、いつ人を襲うか分からない状況にあるわけね。だとしたら、これは請けなければならないわ。」
意外と姉貴は義侠心がある。良いんだか、悪いんだかは分からないけど、結構周りを巻き込むんだ。
試行錯誤を繰り返しながら狩る方法を考えねばならない。そして、早くこの危機を回避する必要がある。
ミクやミトが攫われてからでは遅いのだ。
「どうやって狩るかは、これから皆で考えるとしてても、俺達で請ける事にしましょう。場合によっては手伝って貰いますよ。」
そう言うと、姉貴とアルトさんは頷いてくれた。ミーアちゃん達も暖炉のところから俺を見て頷いている。
「ありがたい。もちろん協力は惜しまないつもりだ。依頼書は明日届けるとして…さっきから気になっていたのだが、アキトの隣の娘は新しい仲間なのか?」
キャサリンさんもうんうんと頷いている。
やはり、聞きたかったみたいだ。
「実は、大森林の洞窟の中で眠りについていた娘です。ひょんなことから起こしてしまって、それからは俺達の仲間として行動しています。」
「そうか。そういえばハンター登録をしていたな。つかえるのか?」
「その内分かるでしょうから、最初に言っておきます。ディーと俺達は呼んでいますが、彼女は人間ではありません。高度なカラクリで動いている人形と考えた方がいいでしょう。その戦闘能力は俺達を遥かに凌いでいます。大森林より無事に帰ってこられたのも、彼女のおかげと俺は思っています。」
「だが、お前達と同じ姿だぞ。少しミズキに似ているし、姉妹と言っても通るだろう。」
「その通りです。ですからセリウスさん達もディーと気軽に呼んで下さい。見た目は俺達と同じです。違っているところは、小食なことと、背中から羽を伸ばす事、それに見た目以上に強いことです。」
「なら、その位なら問題ない。俺とお前の違い位だ。…では、明日の夜にまた来る。良い案を考えてくれ」
セリウスさんはそう言って、キャサリンさんと帰って行った。
う~む…。直ぐにはアイデアは浮かばないものだ。
何時の間にか6人で、テーブルを囲みながら考え込んでいた。
「明日もう一度考えましょう。今夜はお風呂に入って、もうお休みしましょう。」
そんな訳で、早速【フーター】でお風呂にお湯を満たす。
嬢ちゃんず、姉貴、俺の順で風呂に入り、暖炉に太い薪を数本入れて寝ることにした。
ジュリーさんのいた部屋のベッドで、ディーにも寝てもらう事にした。
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次の日、やはりネウサナトラムは寒い。起きてみると、やはりというか姉貴に布団を取られていた。急いで服を着ると、リビングに下りて暖炉の残り火をかきたてて薪を追加する。
ポットを持って、井戸で顔を洗うと、ポットに水を汲む。
アクトラス山脈は真っ白な姿で朝焼けの空にそびえている。何時見ても創玄な風景だと思うけど、これを姉貴が見ることは出来ないだろうな。なんと言っても朝寝坊だからね。
その時、アクトラスの白い肌を背景に黒い物体が移動しているのが見えた。
だいぶ離れているとは思うが、あれがガルーなのかも知れない。
リビングに帰ると、早速暖炉にポットを掛けて、暖炉の前で一服する事にした。
ここなら、暖炉が煙を吸い込むので、皆の顰蹙をかわずに済むのだ。
吸い終わったタバコを暖炉に投込む。さて、朝食の準備でも…と立ち上がると、嬢ちゃんずが起きてきた。3人で井戸に顔を洗いに出かける。
さて、冷えた3人が暖炉の前駆け込む前に移動しないと…。
キャー!っと声が聞えたとたん、何かが俺の横を風の様に通り、扉をバタンと勢い良く開け放って外に出て行った。
左側の小部屋の扉が開いているところを見ると、ディーだったのか?
バタバタと嬢ちゃんずの3人が走りこんできた。
アルトさんが俺を見て外を指差す。
何だろうと?と思いながらも、鎌を掴んで外に出ると、ディーが長剣を握って、空を睨んでいる。その先には、巨大な鷲に似た猛禽類がゆっくりと空を舞っていた。
吃驚して空を見上げる俺の隣にクロスボーを持った姉貴が何時の間にか立っている。
「大きいね。やれるかな?」
そう言いながらもクロスボーの弦を引いて、ボルトをセットしている。ヤル気は十分のようだ。
シュタっと発射されたボルトは、ガルーの飛ぶ高さには達しなかった。
「とりあえず、家に入ろう。ディー、家に入れ!」
俺の声に、ディーは、空を見上げたまま少しづつ後に下がってきた。
そして、ディーが家に入ると、急いで扉を閉めた。
俺達は互いに顔を見合わせる。
「あれを狩るのね。」
「そういうこと。レグナスでさえ狩れたんだ。皆で考えれば何とかなると思うよ。」
皆が揃った処で、朝食を準備する。
朝食が終わると早速皆で知恵を出し合う。
「私のクロスボーでさえ届かない処を飛ぶなんて…。」
「でも、間違ってはいないと思うよ。鳥を取るなら弓か銃だ。」
「ディーの何とかはどうじゃ。あれなら1発でけりがつく。」
それは、俺も考えた。しかし、ディーのレールガンには欠点が1つある。連射が出来ない事と、発射がワンテンポ遅れるのだ。ディーの話しでは、積層コンデンサの変換とチャージに時間が必要とのことだ。
「それが、狙いを付けるのに時間が掛かるらしい。クロスボーみたいに狙って直ぐに撃てないみたいなんだ。」
「ふむ、上手くゆかんものじゃな。じゃが、鳥は空にいるもの。地上からでは弓ぐらいしか届かぬぞ!」
待てよ…。クロスボーの飛距離よりは弓の方が長い。ひょっとして、弓なら届くんじゃないか。幸いにも、ディーっていうとんでもない力持ちが俺達にはいるんだし…。
「アルトさん。王都に連絡して武器を調達するのにどの位掛かりますか?」
「何か思いついたようじゃな。通常なら7日は掛かるじゃろう。じゃが、ギルドには遠く離れた場所と連絡が可能な魔道球が数個あるはずじゃ。それで王都に連絡するならば4日で望むものが手に入るじゃろう。」
「アキト。何を作るの?」
「ディー専用の弓さ。たぶん世界で一番強力な弓になるはずだ。」
早速、俺はギルドに出かけてセリウスさんに訳を話した。
これで、弓は手に入る。後は奴を誘き寄せる手段を考えねばならない。