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#132 サーミストからの帰還

 

 王宮から南に伸びる通りを馬車は進んで行く。街道の通りと交差する十字路を過ぎると活気のある商人街と工房が立ち並ぶ。

 そして、通りに面した古びた石造りの建物の前に馬車は止まった。

 表通りに面して窓が1つあるだけの建物は、ちょっと周りの店と比べて浮いている。

 

 「ここです。王宮出入り自由の身分を持つドワーフの武器屋です。」

 近衛兵が扉を開けて俺達を中に案内してくれた。

 俺達をホールに残して、奥の扉に近衛兵は入っていく。誰かを呼んでくれるのかな?


 建物の中はちょっとしたホールだ。周りを見渡しても、武器等どこにも見当たらない。

 「ホントに武器屋なのかな?」

 「案内してくれた近衛兵の人が言ってるんだから、そうだとは思うんだけど…。」

 姉貴にはそう言ってはみたものの自信はない。


 しばらくすると、小柄だけど屈強な体形をしたドワーフが近衛兵と共に現れた。

 

 「お前達か、俺のところで武器を造りたいハンターは?」

 「そうです。場所と相手によって使う武器は変化します。正直、いくつあっても足りません。万能の武器というのはありませんから。」

 

 ドワーフは結構な年寄りに見えるが、その顔の皺を増やすように笑い声を上げる。

 「ひよっこに見えたがどうして、どうして…。それが分ればたいしたものじゃ。で、何をこの俺に頼むのじゃ。」


 「片手剣を2本と短剣が1本。その形はこれで…。」

 俺の言葉に合わせて、アルトさんが背中のグルカを抜いてドワーフに差し出した。


 グルカを受取った瞬間、ドワーフの顔が驚愕に変わる。震える手で、グルカを持つとじっくりと刀身を眺める。その目は確かに職人の目だ。


 「どこのどいつだ!…この剣を鍛えたドワーフは。」

 「残念ながら、ドワーフではありません。遥か遠くの私達が住んでいた国の人間の刀匠です。」


 「…そうか。これ程の錬度、ドワーフ仲間を思い出しても出来るものはおらんじゃろう。じゃが、目標が出来たのは嬉しい限りじゃ。明日からの励みになるぞい。」

 「それで、満足しないで下さい。目標とするならば、せめてこれ位の物を…。」

 姉貴が、この世界に来て一度も抜いた事がない小太刀を腰から鞘ごと抜取る。

 そして、それをドワーフに差し出した。

 ちょっと、残念そうな顔をしてドワーフは近衛兵にグルカを持たせると、小太刀を受取った。

 いぶかしげに小太刀を見ている。

 確かに見た感じは、飾りのような装飾があるから、刀身を抜かなくても芸術品としての価値は十分だ。

 そして、カチっと鯉口を切って刀身を抜き始めると、前にも増して顔がこわばっていき、顔色も赤銅色が白くなってきたようにも見える。

 

 「この剣も…。これ程の剣は見たことすらない。どうすればこれが出来るのか、想像する事さえ出来ぬ。」

 「折れず、曲がらず、良く切れる…。その3つを適えるために特化したものと聞いております。」

 「理想じゃな。それを形にするとこうなる訳じゃ。」

 ドワーフは小太刀を鞘に納めると、姉貴に差し出した。

 

 「これ程の業物を持つお前達が、何故俺の造る武器を欲しがるのじゃ。」

 「この2人に先ほどの片手剣と同じものを。そして故郷にいる貧しくも一家を支えるハンターへの褒美の短剣を。姉の持つ薙刀の新造を。そして最後にボルトの製作です。」

 そう言って、姉貴の薙刀と嬢ちゃんずの持つボルトを差出した。

 

 「片手剣と短剣の柄じゃが、これを使ってくれ。」

 アルトさん達がバッグから取出した物は…。レグナスの牙じゃないか!

 「柄に使うに丁度良い太さでな。ディーに引抜いて貰ったのじゃ。」

 「何の牙かは聞かぬ事にする。見る者が見れば分ることじゃ。問題ないじゃろう。それと、曲刀を杖に付けるのじゃな。これは、矢か?…これ程短くても使えるのか。そして太い。いいだろう。出来次第に王宮に届ける。それと少し待て。この片手剣の型を取る。」

 

 ドワーフが扉を開けると、奥に向かって何か叫ぶと、一人の若者が箱を持ってやって来た。

 その箱の中にグルカを入れると強く押し付ける。どうやら、粘土みたいなもので型をとっているみたいだ。

 「終ったぞ。これは返しておく。1月はかかるじゃろう。じゃが、これを越えることは出来ん。じゃが、なるべく近いものは造れると思う。」

 

 そう言うとグルカをアルトさんに返して、大事そうに箱を抱えて扉の奥に消えた。


 「さて、これで大丈夫でしょう。王宮に届けられた品は、モスレムの王宮に必ずお届けします。モスレムの王宮であれば、貴方達の居場所は分ると思います。」

 

 近衛兵の言葉に安心して馬車に乗り迎賓館に戻った。

 俺達が戻ると、早速大広間に案内される。

 侍女が扉を開けて俺達を広間に入れると、早速に司会の者が俺達の素性を声高らかに読み上げる。国王夫妻、元老の妻子達が大勢集まった中で、他人に紹介されるのは少し恥ずかしく感じる。

 ミーアちゃんの事も「ラッピナ狩りの記録保持者にしてザナドウを狩り、またレグナスを狩りたる者…。」なんて紹介するもんだから、顔を真っ赤にして姉貴の後ろに隠れている。


 そして、用意された席に座ると直ぐに乾杯だ。

 次々に料理が運ばれてくる。侍女達が忙しく立ち回り運ばれた料理を俺達の前にある銀の皿に取分けてくれる。

 扉の前には着飾った娘さんが打楽器中心の音楽に合わせて踊っている。

 今回は、以前みたいに進められるまま酒を飲まずに、適当に断りながら食べる事に専念する。

 それでも、俺の目の前にある皿を空にする事は出来ない。侍女達が俺が食べる以上の速さで料理を取分けてくれるのだ。


 「アキト。少し運動しない?」

 姉貴が俺に声をかける。姉貴がいう運動って…あれだよな。

 俺と姉貴が席を立ち娘さん達の踊る場所に行くと、娘さん達が踊りを止めて俺達に場所を譲ってくれた。

 姉貴が楽団の人達と何やら話をしている。ちょこちょこと俺の所に来ると俺に耳打をする。


 「できるだけゆっくり始めてくれるそうよ。だんだん早くして、最後はこの国の一番早いテンポに上げるからね。」


 姉貴に頷いて、宴会場に通る声で口上を述べる。

 「この様な宴にお招き頂きありがとうございます。余興に、ちょっと変わった舞をお見せしましょう。途中で私が動きを1動作遅らせます。するとどうなるか、それは見てのお楽しみということで…。」


 ゆっくりとしたドラムの音に合わせて俺と姉貴は演舞を始める。

 息を吸いながら腕を引く、そしてゆっくりと息をはきながら腕を伸ばしていく。

 伸ばした腕に密着するように体を回しながら移動する。

 片足を伸ばしてその足に沿わせるように片手を差し伸べながら体を沈める。

 

 一見すると優雅な舞を俺と姉貴が舞っているように見えるはずだ。

 綺麗に着飾った娘さん達が興味深々で見ていることでも判る。

 

 だが、ドラムの音が段々とピッチを上げるに連れ、今度は近衛兵達が俺達を凝視する。

 俺と姉貴の腕が空を切るように動き、その動きに合わせてパシ!っと服の袖が鳴る。

 足が高く回転すると空気を切る音がはっきりと聞える。


 そして、俺は姉貴と一呼吸置いて対峙する。

 姉貴の掌底が俺を襲う。それを少し足を引きながら体の向きを変えることで回避する。そしてその回転を利用して姉貴の首に足蹴りを放つ。

 全てが約束毎とはいえ、攻撃が防御に入替り、防御が攻撃に移行するのは、見ている者にはどのように映るのだろう。

 最後に俺と姉貴の腕が中央でぶつかって、俺達の演舞を終了した。


 「今の舞は、体術なのか?」

 シーンと静まり返った宴の席で、1人だけ鎖帷子を着た老人がしわがれた声を出す。

 「はい。攻撃と防御の基本動作として纏めたものです。」

 「攻撃は防御であり。防御は攻撃であるということか…。長く兵を訓練してきたが、今の動作を容易に出来るならば、いつでもそれができると言う事だ。我が軍に入らぬか。お前達ならば十分に兵を鍛える事が出来よう。」


 老人は王様に何事か進言しているようだが、王様は首振った。

 そして俺と姉貴は席に戻る。

 たちまち、俺達の周りに銀のカップを持つ男女が集まりだした。


 「これこれ、あまり醜態をさらすな。ところで、アキト殿。我が禁軍の将軍は金貨30枚で軍に迎えたいといっておるが…どうじゃ。」

 王様がにこにこしながら俺に聞いてきた。


 「安く見られたものよ。我はモスレムの軍師に金貨30と舘で迎えようとしたことがある。レグナスを倒す前、ザナドウを倒す前、人狼を倒す前、そしてグレイザムを倒す前にじゃ。…モスレムはアキト達を飼う事を諦めた。とても我等に御すること叶わず。その武勇を知れば誰もが傍に置きたかろう。しかしじゃ。それはあまりにも観る目が狭すぎる。彼らは自由にして始めて我等の力となろう。」

 

 「飼えぬか…。確かに。じゃがハンターである事に変わりはない。我が国に災いあらば力になって貰えぬか。」

 「ギルドに連絡下されば、馳せ参じましょう。」

 俺の応えに王様はニコリと笑うと、自らの指から1個の指輪を外した。


 「サーミストの全ての門はこれで開く。門番に見せるがよい。そして、サーミストでの買い物はすべて王宮が支払う。宿もしかりじゃ。主人に見せるがよい。」

 

 ありがとうございます。と俺は押頂いた。でも、ちゃんとお金は払うぞと心に誓う。

 そして、宴会はお開きになる。


 部屋に着くと、ドサっとベッドに倒れこむ。

 姉貴も少し疲れ気味だ。ディーは何時も通りで窓際の椅子にチョコンと座っている。

 姉貴の後で風呂に入ると、さっさと寝る事にした。

 明日は、サーミストの王都を離れる。

             ・

             ・


 次の日の朝早く、迎賓館は俺達の出発の準備してくれた。

 暖かいスープと白いパンそして、果物だ。まだ春には早い時期だというのに、どこから調達してきたのか不思議ではあったが、冷たく甘いその味は、どこか西洋梨に似ているような気がした。

 

 用意された馬車に乗り込むと、道中でお召し上がりくださいとバスケットを手渡される。アン姫と懇意なのが知れたので、ここまでしてくれるのだろうけど、恐縮してしまうことはなはだしい。


 それでも、故郷と呼べる所に帰れるのは嬉しい限りだ。

 そして、クローネさんとはここでお別れになる。


 「色々と教えて頂きありがとうございました。」

 丁寧に礼を言う。

 「いいにゃ。私も面白かったにゃ。レグナスを見た時は、ちょっと諦めたけど…。また会うときもあるにゃ。」

 意外と気楽な人だったけど、あの殺伐とした大森林で育ったって言ってたから、その反動なのかもしれない。

 そして、俺達を乗せた馬車が走り出すと、クローネさんはずっと俺達に手を振っていてくれた。


 馬車はサーミストからモスレムに向う街道を北に向かって走る。

 最初の町で一泊すると、今度はモスレムの王都の東の町に向う間道を走る。

 ちょっとした近道を御者が教えてくれたんでその通りに進んでいる。途中に町谷村は無いけれど、ネウサナトラムに向う日数を1日は短縮出来そうだ。

 3回ほど野宿してサナトラムの町に着いた。

 

 1日ゆっくりと町で過ごして、ネウサナトラムに向う。

 今度の馬車は小型のものだ。そして、途中でソリになるように板が2枚馬車の屋根に乗っかってる。

 北に向かう街道から、ネウサナトラムに向う小道はまだ雪が積もっていた。

 そして、その日の夕刻に俺達はネウサナトラムの東門を通る事が出来た。

 馬車は資材の運搬も兼ねている。そんな訳で、馬車は村のギルドの前に停車した。早速、馬車を下りてギルドに到着を報告する事にした。

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