#130 レグナスとの戦い 2nd
片足をディーのレールガンで失ったレグナスは洞窟入口のテラスに転倒しながらも俺達を狩るのを止めようとはしない。
そして、失った足から血をながしながら、もう一方の足を使って横になりながらも俺を追ってくる。
2m程に近づいたレグナスの口内にドオォン!とマグナムを打ち込む。直ぐに腹のほうに転がり込むように移動して、ハンマーを上げる。
射撃姿勢を取るために立ち上がろうとしたら、何かが俺を目掛けて飛んでくる。
慌てて横になっているレグナスの横腹を、飛び込むようにして背中側に移動すると、レグナスの腹に奴の尻尾がバシン!と打ち付けられた。
ヒューっと息を吐いて安堵する。そして、レグナスの背中にマグナムを撃ち込んだが、穴は空いたが出血はない。相当に皮が厚く、硬いようだ。
レグナスは肩を始点に片足でテラスの石を蹴りながら、頭を俺の方に向けようとしている。
ズリズリ…と奴の顔が俺の方に向かってくる。後足に比べて極めて小さい腕が3本の鋭い爪を開いて、俺を捕まえようとしている。
眼球を狙って撃ったマグナムは、奴の咄嗟の動きで眼窩に当り少し血を流しただけだった。
そして、襲ってきた尻尾の一撃をバックステップでかわす。
ドオォン!…ドオォォン!!
レグナスの腹の方から爆裂球の炸裂音と、【メル】の炸裂音がした。
丁度、レグナスの腹が洞窟の入口方向を向いていたので姉貴達が援護してくれたようだが、あまり効いてはいないようだ。
その時、ドスン!っという鈍い音がして、奴が腹を抱える様に身を丸めた。
ディーが、ダリオンさんから投槍を受取っているのが見える。とすれば、今の攻撃は誰かの投槍をディーが投げたという事だ。
俺達の力では、初速が足りない為にレグナスの厚い皮を貫通出来ないが、ディーの力なら、問題ないのだろう。
そして、傷を受けた腹は他の攻撃にも弱いはずだ。
俺は、装備ベルトのショルダーポーチに入れてある手榴弾を手に取った。
レグナスの頭を大きく迂回しながら、手榴弾を持つ手を上に上げる。こうすれば、姉貴が皆を退避させてくれるだろう。
また、ドスン!っという鈍い音がレグナスの腹の方から聞えた。そして、奴は身を捩る。
腹の方に周りこんでみると、レグナスの腹に2本の投槍が突き立っている。1D位の槍の穂先が完全に腹の中に達している。
俺が、周りこんで来たのを見咎めて、奴は腹の方向に頭を向けた。
手榴弾のレバーを握り締めて、ピンを抜くと奴の腹目掛けて走りこむ。
そして、槍の突き立った腹の傍に手榴弾を転がすと、奴の背中を飛び込むように飛ぶと反対側に着地した。直ぐに身を伏せる。
ドドオォォン!
テラスに伏せた数秒間は長かったが、ちゃんと爆発したようだ。
M29をホルダーに戻すと、グルカを持って再度レグナスの頭を周りこむ。
レグナスの腹部が破れて内臓が飛び出している。
俺を見て、小さな前足を振り上げるがその動作は緩慢だ。片足をレールガンで千切られ、手榴弾で腹を破られたレグナスは血を流し過ぎたようだ。テラスはまるで赤い水を播いたように奴の血潮で溢れている。
精神を統一すると、気がこの山に向かって勢い良く流れ込んでいる様子が判る。
そして、俺の前の大きな気が段々とその輝きを鈍らせている。
まだ、死んではいないようだ。俺に最後の一撃を与える為に力を温存しているのかも知れない。
俺はグルカをケースに戻すと、左手に気を集中する。
ゴォーっと物凄い量の気が俺に流れ込んでくる。
そして、ゆっくりとレグナスに近づく…。最後の3mを一瞬に詰めて、左の掌底を奴の右胸に放った。
胴体を飛び越えるようにして奴の背中側に立つと、気の流れを確認する。
先程あった、俺の前の大きな気はもう感じる事が出来なかった。
そして、俺はその場に倒れこんだ。
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ふと、目を開けると俺はテラスの上に寝かされていた。
上半身は誰かの膝の上に抱きかかえられている。
上を見ると、姉貴の顔があった。
「気が付いたみたいね。今回は許してあげます。でも、あまり頻繁に使わないでね。あの後、皆心配していたんだから…。」
「あぁ、レグナスの止めを刺す方法が他に思いつかなかった…。それで、ディーは?」
姉貴は俺の体を右に向ける。その方向には、テラスの右端で、背中から6枚の薄い羽を大きく開いて太陽を浴びているディーの姿があった。
「レグナスを麓に転がしたら、エナジーが数%を切りました。至急充電を開始します。って言ってあの通りよ。もう3時間もあのままよ。」
ディーの強さはとんでもないが、エナジー切れが心配だな。もっとも、30%位でレグナスと戦ったんだから無理もないか…。
「皆は?」
「大丈夫よ。テラスの血を【フーター】で洗って、その後に【カチート】で障壁を作って、その中にいるわ。私達もよ。」
「もう、大丈夫だから離してくれると嬉しいんだけど…。」
「そう?…ちょっと残念ね。ゆっくりと起きなさい。」
俺がゆっくりと体を起こすと、強い視線を感じる。慌てて体を視線の方向に向けると、焚火を囲んでいた皆が一斉に俺を見ていた。
「婿殿、大事無いか?…あれ程の大物を狩ったのじゃ。倒れるのも無理はない。」
「まぁ、こっちに来て座れ。」
ダリウスさんの手招きで、ヨイショっと言いながら体をずらして席を開けてくれた所に座り込む。
「はい。どうぞ!」
ミーアちゃんがお茶を入れたカップを渡してくれた。
「ところで、あの不思議な少女は婿殿の僕と言っておったが、何処ぞで雇いいれたのじゃ。」
御后様がストレートに聞いてきた。
「この洞窟の奥に、船が埋まっていました。古い時代にこの世界で行なわれた大戦争の生き残りを乗せた船です。その船の人々を守る為に彼女は生まれました。でも、その人たちを彼女は主と認めなかった。それで船から人々が去った時、彼女は船に残されました。そして俺達が船に辿り着いた時、彼女は俺をマスターとしました。」
「フム。ずっと地下に眠っておったのか。不憫じゃのう…。」
御后様は、孤児を見るような哀れな目でディーを見ている。
「アキト殿に、今以上の強さが必要とも思えぬが、彼女の強さはアキト殿の力になるじゃろう。モスレム王国だけに留まらずサーミスト、さらには他の王国の脅威にも対処して欲しいものじゃ。」
イゾルデさんは、焚火を見つめながらそう言った。
御后様達って、単なる戦闘狂では無かったみたいだ。自分達の王国と回りの国々を気遣っているように思える。
「俺達はハンターですから。依頼を受ければ出向きます。」
「そうしてくれると助かる。しばらくサーシャは預ける上、よしなに頼む。」
イゾルデさんはそう言って、傍に座るサーシャちゃんの頭を撫でた。
「処で、婿殿。この牙を譲ってくれぬか。この先、レグナスを狩る者が出るとは思えん。我等がレグナスの狩りの獲物である事は、今回対峙して見て良く分かったつもりじゃ。」
「いいですよ。記念にしてください。」
「世界にこの2本しかないはずじゃ。1本はサーミストに送り届けよう。そして、もう1本はあの花瓶に入れておくことにしようぞ。」
あの花瓶って、例のあれ?…ちょっと、御后様の感性を疑いたくなってきた。
「あの花瓶はサーシャが作ったものじゃな。我も王も一目でそれが判ったぞ。サーシャが初めて自分で造り我等に贈ってくれたのじゃ。大切にせねばな…。」
2人とも知っていたみたいだ。でも、孫が始めて作ったものだ。少しぐらい形がおかしくても、色が奇抜でもうれしかったんだろうな。
だとしたら、アルトさんは2人がそれが判る事を知っていたんだろうか。いや、アルトさんの事だ。悪戯のつもりだったに違いない。
「今、失礼な事を考えなかったか?」
ジロってアルトさんに睨まれた。ホントに勘が鋭いな。ネコ族みたいだぞ。
「いえ、特に何も…。」
慌てて言い繕う。
「今夜はここで野宿いたします。明日早朝に家路につきましょう。」
ジュリーさんが夕食の鍋をかき回している。
そして、ディーも充電が完了したみたいで、焚火の傍にやってくる。
「エナジー充電完了しました。現在、110%の残量です。」
そう言って俺の背後に座った。
夕食は、乾燥野菜と干し肉のスープ。それに硬い黒パンだった。
これを食べるのも少し飽きてきた。
だけど、ここまでいったい何日掛けて来たのか。まだしばらくは、硬い黒パンの厄介になるしかないだろう。
夕食を終えるとさっさと眠る。
ディーは眠る必要は無いと言っていたが、無理やり横にする。
【カチート】の中は安全だが、レグナスの仲間が来ることも考えられる。その時は洞窟に逃げ込むことになっている。
ディーが山裾に転がしたレグナスに死肉漁りが群がっているようだ。朝方まで死肉を食い漁る喧騒がここまで聞えてきた。
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朝早く、山の洞窟から麓に下りていく。
レグナスとの戦いで投槍を3本ダメにしているので、森に入ると早速手ごろな木を切って、レグナスから回収した槍の穂先を付ける。元々、杖代わりのものだからこんなんでも役に立つ。ミーアちゃんの投槍はディーが吹き飛ばしちゃったから、俺のサバイバルナイフを先端に結んでおいた。
ディーは2m位の木の棒を持っている。先端はグルカで鋭くしてあるから、十分に投槍として使えるはずだ。
それに、姉貴が一握りの銅貨を渡していたから、いざとなればレールガンという手もある。
先頭はユリシーさんとクローネさんが勤める。2番手が何故か御后様とイゾルデさん。3番手に嬢ちゃんずが続き、その後はジュリーさんとアン姫が続く。そして、姉貴とディーが続いて、俺とダリオンさんが殿だ。
総勢13人だから結構心強い。
来る時に道中の獣達をだいぶ退治しているから、心なしヤマヒルの数も少ないように思える。
それでも、俺達の進む進路の左右に潜んでいるヤマヒルは御后様とイゾルデさんの槍の餌食になっている。
森の中にある荒地で一泊して、道標を頼りに川辺の荒地を目指す。
川辺で一泊すると浅瀬を渡り、川上の道標を探す。
大森林の道標は結構役に立つ。あんなコンパスと呼ぶにはおこがましい道具でもちゃんと目的地に着けるのには驚きだ。
そして、俺達は何とか大森林を抜けて、入口近くの村に辿りついた。
宿の食堂で宴会をしたはずなんだけど、俺の記憶は、御后様に注がれた大きなカップの酒を飲み干したまでだ。
目が覚めたら、心配そうに覗き込むディーの姿があった。
宿の裏にある井戸で顔をゴシゴシと洗うと、少しシャッキリしたけど頭が割れそうに痛い。俺って、毒無効のはずなんだけど…。
食堂に行くと、俺達のパーティだけだった。
「御后様達は?」
「今朝早く馬車で帰ったのじゃ。母様のリハビリとは言っていたが、それだけではなかろうと思うておる。大方、アキトの戦いを真近に見たかったのじゃろう。」
「そうなんだ。そうすると俺達も馬車を雇って帰ったほうがいいのかな?」
「そうもいかなくなった。昼には、サーミストの宮殿からの馬車が着くじゃろう。例の牙を届けて欲しいとの、母様からの伝言じゃ。」
あまり、王宮とは係わり合いになりたく無いんだけどね。
それでも、ザナドウの嘴と肝臓の礼は受取れねばならないらしい。その、返礼にレグナスの牙を使えとの忠告まで受けていたようだ。
さっさと行ってさっさと帰ることにしよう。
とりあえず皆の服を姉貴に【クリーネ】で清潔にして貰う事にした。
擦り切れや、破れはハンターの勲章だけど汚れているのは、ちょっとね…。