#129 合流
洞窟の入口までは、まだ相当な距離がある。
途中で休憩して水を飲んでいると、洞窟内に振動とズーン…というくぐもった音が反響してきた。
「何だろう?」
「大方ハンターが獲物に追われて、洞窟まで逃げ込んできたのであろう。まだ結構な距離があるのじゃ。助けに走るわけにもいかぬ。」
「それでも、気になるよ。私達も急ぎましょう。」
姉貴の言葉に、皆はトンネルの床から腰を上げると、入口に向かって歩き出す。
入口から聞えてくる音は、しばらく続いていたがやがて聞えなくなった。
「どうにかなったのかしら?」
「判らない。でも何故、【カチート】で対処しないんだろう。あれって、結構頑丈だから中に入っていれば問題ないように思うんだけど…。」
姉貴が歩きながら呟いた言葉に、俺が応える。
「【カチート】はそれなりに効果があるにゃ。でも、強力な敵には効果が無いにゃ。破れる時もあるって聞いたことがあるにゃ。」
クローネさんの言葉に俺達は顔を見合わせた。
それって、とんでもなく強い奴には効かないって事だよな。どれだけ強い敵なら効かないのか確かめることが出来ればいいんだけど、それもまたリスクがありすぎる試験になるぞ。
「ワンタイには効くにゃ。それ以上は私も試した事ないにゃ。」
それなら大丈夫な気がする。タグやグライザム辺りまでは十分使えるってことだ。
それより強いとなると…ザナドウは無理かも知れない。
後で、ジュリーさんに聞いてみよう。
緩やかな上り坂なんだけど、ずっと歩き続けると結構つらいものがある。
下りる時はそれ程苦にならなかったが、距離が長いと…。
先頭を歩くクローネさんは、サーシャちゃんの顔色を見て小休止を取った。
正直、俺の方も助かったっていう感じだ。女の子ばかりのパーティだから、俺が弱音を吐けないのがつらい。その場で、ドテンと床に腰をおろした。
トンネルの先にポツンと点状に光が見える。たぶん出口なんだろうけど、まだまだ遠い気がする。
こんなに深くまで埋まっていたなんて、いったいどんな造山運動なんだろう?
根本的に地上の形が違ってしまう位なんだろうか。
銀色の糸がサラサラと俺の目の前に流れる。
顔を上げるとディーの顔がある。
どうやら、俺が疲れているのを気遣っているようなんだけど、そんなに覗き込まれるとテレてしまうぞ。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、問題ない。ディーは大丈夫なのか?」
「はい。大丈夫です。エナジー蓄積度30%を少し越えています。通常の動きであれば1週間は稼動する事が出来ます。」
「顔を変えたよね。そんな事が簡単に出来るの?」
「私の体はナノマシンの集合体です。ナノマシンを数個組み合わせてセルとし、セルを複合させることで、あたかも人間の細胞のような働きをすることが出来ます。体表面のセルの構成を変えれば、顔を変えることが出来ます。」
「ディーは、戦闘用なの?」
「本来は3体が1ユニットとなり、人類に敵対する急速な進化を果たした生物に対して威力偵察を行なうべく開発されました。」
「では、ディーが外に2人いるんだ。」
「作られたのは3体ですが、2体は破壊されました。製造者のDNAが人類と異なっていたからです。磁力兵器によりナノマシン結合を解かれ分解されたようです。」
「ディーは分解されなかったの?」
「DNAサンプリングをしていませんでした。命令は絶対ですが、人類を確認出来ない以上、あのままの状態で守るべき者が来るのをジッと待つ外なかったのです。」
改めてディーを見る。髪は姉貴と同じセミロング。姉貴はブラウンだけど、ディーは青みがかった銀色だ。肌の色は病人のように白い。
顔は姉貴に少し似ているけど、これは諦めるしか無さそうだ。
身長は俺より少し低いようだが、姉貴よりはずっと高い。180cmはあるんじゃないかな。
「ディーは武器が使えるの?」
「使えます。専用の銃器があるはずなのですが、あの部屋にはありませんでした。でも体内のナノマシンを使って、小型のレールガンを作ることが出来ます。刀剣類も使用方法は記憶回路に納められています。」
レールガン!…意外と物騒なものを持っている。でも、あれってかなり電力を使うはずだ。
「ディーのエナジー蓄積度は30%だけど、レールガンは使用出来るの?」
「出来ます。ただ、1回で10%を消費します。」
「レールガンの弾丸はどうするの?」
「これを使います。」
ディーは持っていた金属パイプを持って、左手に金属棒を押し付けた。
手の平に金属パイプの先端が吸い込まれていく…。
「金属パイプを分解して、レールガンの弾丸を1個作りました。何時でも発射出来ます。」
その時だ。また、洞窟内に振動とズーン…というくぐもった音が反響してきた。
俺達は急いで腰を上げる。
やはり誰かが戦っているみたいだ。洞窟の先に、小さな点のように光る出口に向かって俺達は脚を早めた。
「いったい何処のどいつじゃ。逃げ込む位なら攻撃すればよかろうに。」
したり顔で言っても、その姿ではね。姉貴もちょっと微笑んでる。
「誰もがアルトさんみたいに勇敢ではないですよ。相手が強ければ逃げればいいと俺は何時も思っています。」
「それは、そうじゃが…。あれ?また静かになったぞ。」
確かに静かだ。
俺達の足も、自然とゆっくりなペースになっていく。
それにしても、何故間欠的な戦闘になるのかが判らん。
少し早足で歩いたせいか、入口が点ではなく、明らかに面積を持つ光源になってきた。
それと共に、入口付近に数人のハンターが焚火を防御の壁として外をうかがっているのが見える。
「やはり、ハンターが逃げ込んでいたな。いったい何から逃げておるのじゃろう。ラプターならそれ程脅威ではあるまいに…。」
「もう直ぐ判ると思いますよ。それ程距離は無いでしょう。」
そんな話をしていると、突然入口が閉じたように暗くなった。
トンネルの壁がズン、ズン…何かがぶつかったように振動する。
でかい奴がトンネルに入ろうとしている!
俺は自分に【アクセル】と【ブースト】を続けて放つ。
ミーアちゃんから投槍を受取る。
「ディー、来い!」
たぶん後1kmはあるんだろうけど、俺とディーは一気に入口に向かって走り出した。
焚火防壁にして数人が入口に向けて爆裂球や【シュトロー】を放っている。少し遅れて、【メルト】が炸裂した。
しかし、入口から入り込んだ奴はそれぐらいでは怯まないようだ。
ハンターの1人が長剣を抜き放つと、焚火の炎をかいくぐった頭に長剣を叩きつけた。
ガシン!という音が俺にも聞えたような気がする。
直ぐに飛び下がったハンターは再度の攻撃に備えている。
「ディ-。その棒を奴の頭に投げつけろ!」
俺はそう叫ぶと、持っていた投槍を渾身の力で奴に投げつけた。
ブウゥゥゥン…っと、振動音を上げながら投槍と金属棒は奴目掛けて飛んで行く。
ドォン!と2つの武器が奴の顔に突き立った。
投げ槍は奴の口を貫通して頬に抜けている。そして、金属の棒は偶然の産物なのだろうが奴の突き出した口の上下を縫い付けるように突き立っている。
ハンター達が此方を振り向いた。
「御后様達じゃないですか。奇遇ですね。」
呆れかえって、そんな言葉が俺の口から飛び出した。
「ハハハ…。確かに奇遇じゃのう。少し長患いをしすぎたのでな。リハビリじゃよ。」
御后様はそっくり返って笑っている。
「何と頼もしき殿御であろうか。我等の危急を知り地の底から馳せ参じるとは…。」
イゾルデさんは感動している。そして、感動しながら奴の顔に槍を突き立てている。
「アキトか…。ありがたい。しかし、お前の隣にいる女は誰だ。途中まではいなかったはずだが。」
ダリオンさんは一瞬俺を振り返ったけど、今は長剣で奴の顔をガンガン殴っているけどあまり効いていないみたいだ。
「マスター。前方の敵は肉食恐竜と思われます。排除しますが宜しいですか?」
「できるのか?」
ディーに確認すると、彼女はチョコンと頷いた。
「全員私の後方に避難してください。」
彼女の言葉に俺達はさっさとトンネルの後に移動する。
「宜しいですね。では…レールガン発射5秒前。」
ディーは右手を前に伸ばして、左手を肘に固定する。足を肩幅に開いてやや前傾姿勢だ。
「…3、2、1、フォイヤ!」
ビィィィィィィン……バァン!!
耳障りな音と共に、大砲のように変形したディーの腕から光が奴の頭にとんでいった。
そして、その光が奴の頭に触れた瞬間、奴の頭が体ごと衝撃波によってトンネルから外に持っていかれた。
「なんじゃ、今の魔法は?」
「レールガンというものです。金属球を超高速で打ち出すものです。貫通力もありますが、衝撃波という破壊の波が飛んでいく金属球の先端部より楔形に発生します。その破壊力で奴はトンネルの外に吹き飛んだのです。」
「ふむ。爆裂球の炸裂方向に指向性を持たせたと思えば良いかの…。」
「ですが、そのように炸裂させる事など出きるのでしょうか?」
「それは、今後の魔法の課題じゃ。可能になれば大型獣を狩るのが容易になるはず。」
そんな事を御后様が話しているところに、姉貴達が追いついてきた。
「何故に、母様がおるのじゃ。」
「お母様じゃ。」
「ダリオンさんじゃないですか。」
「ジュリーさんもいる!」
何か、とたんに賑やかになってきた。
「おいおい、騒ぐのはもう少し後じゃ。もう1匹おるでの。」
「ディー。もうレールガンは使えないんだな?」
「出来なくはありません。ただ、弾丸となる金属がありません。金属があれば、生成して弾丸を作れます。そして、もう1発。ただし、その後の残存エナジーは10%を切ります。早急にエナジーを補給する必要があります。」
「金属なら、これはどうかな?」
姉貴が小袋から銅貨をジャラジャラと出してみせる。
ディーはその銅貨を1個摘んで目を閉じた。
「極上の銅です。問題ありません。」
そう言うと、姉貴の手の平から十数枚の銅貨を右手で掴み取り、強く握り締める。
「アキト、ディーは何をしてるの?」
「銅貨を分解して弾丸にしてるんだ。一旦はディーの体に同化することになる。」
「それと、姉貴はディーに何時攻撃の許可を出したの?」
「えーとね。頭の中に状況が浮んだのよ。それで、アキトに従いなさいって言ったような気がしたんだけど…誰も、そんな声を聞いてないって言ってる。」
思考を遠隔に伝え合ったということか?…どうしてそのようなことが。
まぁ、後でじっくり考えるとして、残りの1体をどうするかだ。
「もう1体は先程よりも小型じゃ。前のレグナスが吹き飛ばされたもんじゃから、洞窟には入ってこぬ。」
「間違いなくいるんですね。」
ダリオンさんの影からドワーフのお爺さんが顔をだして頷いた。
「しょうがない。何時もの手で行きましょう。…私が【メルト】で周辺を一斉に攻撃するから、その爆発の同時にアキトが飛び出してマグナムで牽制。その隙に巣窟の入口からディーがレールガンで止めを刺す。レールガンの目標は相手の腹がいいわね。頭よりは狙いやすいと思うわ。」
俺とディーが入口手前で待つ。腰からM29を抜取り左手に持った。
ディーに【アクセル】を掛ける。はたして効果があるかどうかは判らないけど…。
「いくよ!」
姉貴が【メルト】を唱えると頭上に掲げた両手の上にドッジボール程の紅蓮に渦巻く炎の球体が3つ出現した。
「行けー!!」
掛け声と共に姉貴が両手を前方に振り下ろす。炎の渦巻く球体は洞窟の入口まで真直ぐに飛んでいくと、外で左右に分かれる。
ドドドドドドドドドドォーン!!
その音を合図に俺とディーは洞窟の入口まで走って行く。
入口の直ぐ左に奴は待っていた。
俺はそのままテラスを走って洞窟から離れると、振り向きざまにレグナスの胴体にマグナムを発射する。
ドオォン!っと言う音と共にレグナスの脇腹に孔が開いた。グオォンっと叫び声を上げて俺に迫ってくる。
コックを引き再度発射する。
そして、レグナスが怯んだ隙に素早くテラスを移動する。
ビィィィィィィン……ドシーン!
3発目を発射しようとレグナスに向かった時、そこにいたのは片足を失いつつも俺に向かって大きな口を開け、ジリジリと這ってくるレグナスだった。