#127 地下の船に眠る者
エクトリオと呼ばれる船のような乗り物に俺達はいる。
6階の制御区域から5階へと階段を下りていく。5階は、確か居住区のはずだ。
5階は4階と同じように通路の両側に扉が並んでいる。近くの扉を開けると、横幅6m奥行き12m程の部屋に2段ベッドが並んでいる。ベッドの数が6台だから、この部屋に12人が寝泊りできる訳だ。
部屋の中に入ってベッドを調べると、シーツ等はぼろぼろの状態だ。
よく見ると、ベッドマットの下に収納部があるみたいだ。ロックを探すと単純な留め金で固定しているだけのようだ。
早速外してマットを上げてみると衣類と思しきものが畳まれている。
クローネさんが取上げようとしたら、パラパラと崩れ落ちた。
通路に戻って、歩き出す。適当に扉を開いて部屋の中を覗いても最初の部屋と同じように2段ベッドがあるだけで変化は無い。
「誰もおらんし、何も無いようじゃの。」
「たぶん、この船を出るときに皆持って行ったんだと思うよ。」
通路の先は突き当たりでは無く、右に伸びている。
通路をそのまま進んで行くと、また同じような部屋が並んでいた。
適当に扉を開いて同じように調べるが、特に何も無い。5階の部屋数は30を超えている。4階の居住区と合わせると、500人以上がこの船に乗っていたと思う。
通路の突き当たりの右側に扉があった。その扉を開けると階段のある場所に出た。
階段を下りて3階に行く。
3階は実験区だ。はたしてその実験の名残があるのか…。
居住区と同じように通路が奥まで続いている。
最初の扉を開けると、そこは机と椅子それに書棚が並んでいる。研究員の部屋なのだろうか。
机の上部は半透明のガラス状の1枚板で出来ている。モニターとキーボードの集合体なのかも知れない。
書棚には数冊の本が残っていた。それを手に取るとボロボロと崩れる。
紙の耐久年数は数十年と言われているから当然か…。
通路に戻って反対側の扉を開ける。
そこは、教室の2倍程の広さがあった。正面には半透明のカプセルが10個程並んでいる。丁度俺が立って入れる位の大きさのカプセルだ。
左側には数個の金属製の容器があり。右側には小さな制御盤のような箱があった。
制御盤には銘板がある。「人工子宮制御装置」…あのカプセルは人工子宮なのか?だとすれば、あの金属製の容器は液体窒素の容器であり、その中には沢山の種類の動物の胚が入っていた…ということになる。
部屋の真中には手術台のような、ベッドと天井照明、それにカートにのった金属製の器具が乗っていた。
「これ、貰ってもいいかな?」
姉貴が手術用品らしきものを手に取って俺に聞いた。
「いいんじゃない。もう誰もいないし。」
それを聞いて、姉貴が近くにあった金属性の箱に無造作に投げ込んでいる。
「結局、ここは何なのじゃ?」
「生物を育てる場所だよ。環境が変わったんで、それに合った生物を地上に送り出したんだ。」
アルトさんの質問に答えて、俺達はこの部屋を出ることにした。
次の部屋もにたようなものだ。更に次の部屋も…。
しかし、4つ目の部屋は違っていた。
そこは、機械の修理、もしくは組み立てを行なっていたようだ。天井にはホイストがあり、大型の工作機械も壁際に並んでいる。
壁の1つは大型の半透明の板が張ったあった。プロジェクターとして使われていたのかもしれない。
「王宮の工房の様でもあるが…。」
「確かに工房だね。たぶん王宮の工房よりも複雑なカラクリが作られていたんだと思うよ。」
「あれは、槍なのかにゃ?」
クローネさんが工作機械の1つを指差している。そこには確かに槍のような尖った部分がある。
「あれは、光で物を切る装置だよ。光も強ければ鉄だって切れるんだ。」
「レーザーってこと?」
「たぶんね。」
「とんでもない魔道具じゃの。」
あまりにも進んだ科学は魔法と変わらないって聞いたことがあるけど、確かにその通りだ。
工具類は持ち出されたのだろう。作りかけの機械も置いていなかった。
俺達は、次の部屋に入っていく。
その部屋も先程とあまり代わり映えがない。
さっさと出ようとした時だ。
「あそこに誰かいる!」
ミーアちゃんが突然叫んだ。
驚いてミーアちゃんを見ると、衝立の陰を指差している。
杖を握り締めて、ゆっくりと衝立の陰に周りこむと…。
女性が手術台のようなものに横たわっている。
その腕に触ってみると、冷たい金属の肌触りだ。
「アキト…。大丈夫なの?」
「あぁ。これは、オートマタだな。機械人形だよ。」
「おーとまた?」
「金属で作られたカラクリ人形さ。何かの目的で作ったものの、置いていったみたいだな。それとも忘れられたのかも。」
「生きてるの?」
「もともと命は無いんだ。だから何時までもこのままさ。」
「かわいそう…。お兄ちゃん、にゃんとかしてあげて。」
ミーアちゃんに、そう言われると何とかしたいんだけど…でも、これって動くのかな? 動かないから置いていったと考える方が現実的だ。
その時だ。ちょっとした悪戯心とミーアちゃんの思いを満足する方法を思いついた。
「悪い魔法使いに眠らされたお姫様は王子様のキスで目が覚めるんだ。」
俺がそう言うと、ミーアちゃんはコクンと頷いた。
姉貴は笑ってるし、アルトさんとサーシャは興味深々だ。クローネさんは部屋のすみにある工具箱を物色中でこっちには興味がないようだ。
そんな訳で、4人の注目を浴びる中、俺はオートマタの唇に軽くキスをした…。
その瞬間、何かが俺の口に侵入した。
慌てて、唇を離して数歩後に下がる。
「どうしたの?」
「いや…。何でもない。」
舌で口の中を探ったが特に何も無いし、傷もない。気のせいなのかな?
「やっぱり、起きないみたいだね。きっと他の人が来るのを待ってるんだよ。さぁ、出よう。」
俺はミーアちゃんにそう言って納得させる。
ミーアちゃんはしぶしぶながら頷いて、俺達の後を付いて来た。
そして、俺が部屋を出ようとした時だ、いきなりミーアちゃんが俺の服を引いた。
何だろうと、俺が振り返るとミーアちゃんはさっきのオートマタを指差してる。
「起きた!」
慌てて、オートマタを見ると、ぎごちない動作で診察台のようなベッドから上半身を起こし、片足を床に下ろそうとしている。
俺達は急いでオートマタのところに走っていった。
その時にはもうベッドの脇に立って此方を見ている。
「マスター…。ご命令を。」
機械的な声で俺に言葉を発した。
「ちょっと待て。俺はお前のマスターではない。そしてお前は何者なんだ。」
「私は、D-8823。人類を守るべく作られたものです。マスターは人類。問題ありません。どうぞ、ご命令を。」
「ちょっといいですか。D-8823さんは、この船の人達に作られたんでしょう。なぜ、いままでここにいたの。この船の人は皆いなくなってるのに。」
「確かに私はここで作られました。でも、使命を果たすべき対象者がおりませんでした。この船に乗っていた者達は人類とは異なった遺伝子構造を持った者達。人類ではありません。」
「では、何故アキトを人類と認めたの?」
「先程の接触でDNAサンプリングを行ないました。人類との適合率は99.99%。人類と認めます。」
さっきのキスの時のあれか…。あれで、俺を人類と…。確かに俺は人類だ。アルマゲドンの洗礼も、カラメルの事故も関係していない。
そうか、せっかく作ったんだけど、自分達の遺伝子が変異している事に気が付かなかったんだな。だから、動かずに置き去りにするしかなかったんだ。
「でも、その姿は、ちょっとね。とりあえずアキトは後を向く!」
姉貴がそう言うので俺は後を向く。
ザックを家捜ししているようだけど、おおよそのことは判っている。オートマタは女性形。そして何も身に纏っていない。姉貴は自分の服を着せてあげるつもりなんだろう。
「アキト。もういいよ。でも、どっかで見た事があるのよね。」
俺は後を向くと、姉貴と一緒に立つオートマタを見た。
どっかで見たことがあるどころではない。まるで、瓜2つだ。
そこには、2人の姉貴が立っていた。
「しかし、何故にミズキと似てるのじゃ。ミズキも同じなのか?」
「私が、マスターの思考を読んで体を変化させました。」
「ミズキが2人いるようで気味が悪い。少し変化させるのじゃ。」
「判りました。…これでいかがでしょうか?」
まだ少し似ているような気もするけど、まぁ、これならましだ。
「でも、今度はアキトにも似てきたにゃ。」
「そうじゃのう…少し似ていなくもないが、前よりはマシじゃ。」
「それで、マスター。ご命令を。」
「とりあえず、俺達と一緒に来てくれ。それと質問が少しある。」
「先ず、お前の動力は何だ?この船の動力は殆ど機能しない。ところがお前は動いている。」
「船の動力は、高速増殖炉です。燃料はまだありますが、中性子毒の増加により動力炉は機能停止となりました。炉の核分裂生成物と残存プルトニウムにより発生した熱を、熱伝対で直接電力を取出して、船の記憶中枢と防護機能の維持に振り分けているようです。私の動力は光です。先程船の残存電力を全てこの体に蓄えました。日光を浴びなくとも、1週間程度は動く事ができます。」
「人類を守ると言ったけど、どんな能力を持っているの?」
「私は兵器です。人類の脅威となりうるものを排斥する能力があります。」
「人類の脅威となりうるものとは?」
「マスターが脅威を感じた相手ということになります。」
ちょっと待て!それでは俺が、こいつを殺せと命じるとその通りに行動するのか?
とんでもないぞ。何とか制約を掛ける必要があるな…。
「命令する。俺の脅威を感じて、姉貴が口頭で指示しない限りは相手を攻撃してはならない。ただし、この場にいる者達が脅威を受ける可能性が極めて高い場合は、その者の指示に従って行動すること。」
「了解しました。」
「俺は、お前がオートマタ…極めて高性能のロボットだと思っている。もし、俺達と行動した時に、お前が損傷した場合は修理は不可能だ。お前は自分で自分の修理が可能か?」
「自己補修機能がありますので、心配いりません。私を破壊するのは、頭の制御中枢を破壊しなければなりません。」
自己補修が可能で光がエネルギー源なら、半永久的に活動できるんじゃないのかな。
そして、彼女がいるなら余計な探索をしないで済みそうだ。
俺達は調査を中断してこの船を出ることにした。
ここに閉じ込められていた年月が長すぎて、紙に書いた記録は読むことは出来ない。
彼女に船の記憶中枢の情報を彼女の記憶回路に転写して貰う。これでここに来た目的は十分に達成した事になる。
「でも、彼女を何て呼べばいいんだろうね。D-8823だから…ディー・ハヤブサさんでいいわね。」
「普段はディーで、いいのじゃな。」
「じゃぁ、ディーさんよろしくね。」
「了解しました。これからはディーとお呼びください。」
ディーは俺のジーンズにGシャツ姿だ。姉貴の服では身長が少し高すぎたようだ。
足には、姉貴が村を出る時に履いていた革のブーツを履いている。
そして、俺達の後について歩き始めた時に、近くにあった金属製のパイプを折り取った。
1.5m程の金属パイプが彼女の武器となった。
4階に戻り、非常口に向かって歩いて行く。
掘削機械の置いてある倉庫を抜けて、船を下りた。
誰も入れないように非常口を閉めると、今夜はこのはこのような空間で野宿することにした。
簡単にビスケットのような黒パンを齧りながら水筒の水を飲む。
そして、床に毛布を広げると直ぐに眠りに付いた。