#126 洞窟の底にあるもの
大森林地帯にある2つの峰を持つ山は、低木が疎らに生えた荒れた山だった。
その岩盤がむき出しになったような絶壁には明らかに人の手による洞窟があった。
俺達はその洞窟の入口にある平らに石が敷き詰められたようなテラス状の場所に野宿をしている。
低木や繁みより薪を取って、俺達は小さな焚火を囲む。【カチート】の障壁により危険な生き物は俺達には届かない。
標高は200mに達していないだろうが、ずっと南に続く大森林の彼方には何があるのだろう。
夜になると、遥か南がぼんやりと光るのが分る。双眼鏡で見てもその正体は分らない。
洞窟に辿り着いた次の日、俺達は地下に緩やかに下っていく洞窟を歩いていた。
光球を前に2個、後ろに1個放つと、俺達の隊列にあわせて光球も移動してくれる。
洞窟の中は乾いており、先の方から優しい風が吹いてくる。少なくとも酸欠になる事はないだろう。
それにしても、長い洞窟だ。いや人工的に作られているから、トンネルになるのかな。
入口から歩き始めて、2時間になるが全く変化の無いトンネルが延々続いている。
先頭を歩いていた姉貴が俺達の歩みを止める。
「この辺でちょっと休憩しましょう。」
後ろの俺達に振り返りながらそう告げた。
トンネルの床にペタンと座りながら、水筒の水を飲む。
精々10分程度の休憩だから、何もする事が無い。ぼんやりと壁を見ていると、壁の造りが入口付近と異なっている事に気が付いた。
壁にノミの跡が無いのだ。そして円周上に傷がある。何かの回転機械で掘り進んだような傷跡に見える。
「しかし深い穴じゃな。」
アルトさんの言葉にミーアちゃんも頷いている。
「何かの事情があって、深い穴になったんでしょう。でも、この穴は地上からではなく地下から掘られたんだと思いますよ。」
やはり、姉貴も気付いていたみたいだ。地下から掘削機械を使用して掘り進み、後一歩の所で故障でもしたのだろう。でも、数百mを人力で掘るのにどの位の人手と期間が必要だったのか…。
しかし、彼等にはそれをする他に方法が無かったのだろう。
更にトンネルを歩いて行く。かれこれ5kmは歩いたと思うが、さっぱり先は見えてこない。
クルキュルに追われて逃げ込んだというハンターは、いったい何処まで逃げたんだ?…そんな疑問すら湧いてくる。
入口で群れをなしたクルキュルがいるのであれば、別の出口を探して地下深くまで下りたのだろうけど、先に出口はあったのだろうか。
1時間程歩いて、今度は昼食を取る。
ビスケットのような黒パンを水筒の水で流し込む。
食後の休憩を取っていると、アルトさんがいきなり行動に出た。
トンネルの先に向かって【メル】を放ったのだ。
ブゥゥンっと音を立てて火炎弾がトンネルの遥か先にまで飛んでいった。…そして何かにぶつかりドォン!と炸裂音が反響しながら聞こえてきた。
魔法の有効到達距離は精々100m程度。ということは、ようやくトンネルの最深部に到達したということだ。
皆走って、トンネルの先にある壁に急いだ。
トンネルの先にあったものは、1辺が10m程の箱のような空間だ。
正面の壁と左右の壁に碑文らしき文字が刻まれている。
相当に古いものらしく壁には亀裂が至るところに走っている。そして、正面の壁の隙間から風が内部より吹き出していた。
よく見ると正面の壁と左右の壁の材質が少し異なっている。正面の壁はセラミックのような滑らかさを持っているが、左右の壁は石材だと一目で分る。
「変わった壁だよね。」
姉貴が正面の壁をペタペタ触りながら呟いた。
「これが問題の文字じゃな。アキト早くよんで欲しいのじゃ。」
アルトさんに促がされて、読む事にするが、何処から読めばいいんだ?
とりあえず、文字の少ないところから読み始める。
「姉さん。記録をたのむよ。俺はこっちから皆に読んで聞かせるから。」
姉貴にそう言って、左の壁に行く。
そこには数行の文字が彫られているだけだ。
動力は枯渇し、食料はとぼしい
我らは不安定な世界に旅立つ
混沌たる世界に我らが版図を広げるのだ
新世紀515年5月26日
護民官 Y・H
「どういう意味じゃ。」
「ここで暮らしていた人達が、燃料も無く食べ物も残り少なくなったから、外にでて暮らす。外の暮らしはとても大変な事だと分っていても、自分達に暮らしよい場所にするんだ。という決意を彫り込んだみたいだね。最後に、それを彫った年号が書いてある。新世紀515年だ。たぶんアルマゲドンを元年としているんだと思うけど…。」
「よくわかんないにゃ。こっちは?」
クローネさんが10行程度にわたって壁に彫られた文字を指差した。
どれどれと、俺は右側の壁に歩いて行くと、嬢ちゃんずも一緒に付いて来た。
「えぇ~とね。……」
遥か南のバビロンを目指し地上への道を作る
クラフトの民はそれを望んだ
地殻変動で深く沈んだクラフトにて
緩やかな死を待つのではなく
希望の地であるバビロンを目指す
その道が遥か遠くとも
我等はバビロンを目指す
新世紀508年1月1日
護民官 K・M
「何が言いたいんじゃ。」
「この山からずっと南の方向にバビロンはあるらしい。この正面の壁の向うに住んでいた人達は、そこに行きたくてこのトンネルを掘ったみたいだ。この山の下に閉じ込められて、死を待つよりもその方がいいって皆で決めたらしい。」
「しかし、何ゆえにこのような山の地下に住んでおったのじゃ。」
「たぶんクラフトという乗り物か何かに皆で乗っていたんだと思う。でも、地殻変動…急に山が出来たり、谷が出来たりする事を言うんだけど、それが起こってこの山の下に閉じ込められたんだと思う。」
「そんな事が昔あったというのか?」
「たぶん…。」
アルトさん達には理解できないかも知れないな。この正面の壁の先にあるものは、たぶん船じゃないかと思う。
大型の工作船かもしれない。このトンネルを作るための機械が積込まれたとなると、かなり大型のものだ。
そして、その機械が作動しなくなってからは人の手でトンネルを掘っている。大勢の人達が乗っていなければ、そんなことは不可能だ。
「はい。正面は書き終えたよ。アキト達もじっくり見てね。」
姉貴がノートを持って右の壁に移動した。
俺達は正面の壁にぞろぞろと移動した。
そして、壁面を眺める。
この壁には、文字が彫られていない。書いてあるのだ。
しかも、ひび割れた壁に2つの扉と思われるものを見つけた。6m各の大型の扉に寄り添うように、家の扉の大きさ程度の小型の扉がある。
大型扉を見ると、明らかに開閉装置が収納されているようなボックス状のくぼみがあり、そこにはダイヤルと矢印が付いていた。ダイヤル先には〇と●が書かれている。どちらかがこの扉を開けるためのスイッチとなっているのだろう。
早速、動かしてみたが大型扉はピクリともしない。
読める文字を探すと、「エクトリオ」と大きくアルファベットで書かれた文字の下に、バビロン市第3クラフトと小さく書かれた文字があった。
たぶん、この船みたいなものの名前がエクトリオでバビロン市に所属しているのだろう。
小さな扉にも文字が書かれている。
扉の上に非常口。そして腰の高さに掘りこまれたような溝があった。
開くのか?
溝に手をかけて動かすと、壁の亀裂が広がり内部から勢いよく風が吹き出してきた。
「開くのか?」
開くと思われた扉は、どうしても開く事は出来なかった。何かロックが掛かっている感じだ。
「アキト、小さな扉の真中上を読んで見なさい!」
俺のしている事を見ていた姉貴が左の壁の方から叫んでる。
どれ?っと扉の上を見ると…。
「生体認証システム」?ということは…。扉をよく見ると、誰かの手の跡のような少し窪んだ場所がある。
その手の形をしたくぼみに右手を合わせた。
チクッと、針で刺されたような痛みが中指に走った。
急いで手を放すと、中指の腹から血が滲んでいる。直ぐに血が止まるのはサフロナ体質の良いところだ。
そして、カチンっと何かが外れる音がはっきりと聞えた。
今度こそは。と扉の溝に手を掛けて力一杯手前に引いた…。
すると、ズルズル…と小さな扉は動き出して、最後にバタンと音を立てて開いた。
「うそ!…私がやってもビクともしなかったのに…。」
姉貴は驚いているようだが、まぁ、俺よりは力は無いからね。開かなくて当然だ。
ポッカリと開いた孔扉の向こう側は真っ暗だった。
扉を開けるときに結構勢いよく風が吹いてきたんだけど、今は穏やかな風が奥から吹いてきている。
姉貴が壁の模写を終えて、俺達のところにやってきた。
そして、光球を扉の向こう側に放つ。
そこは、倉庫のようだった。そして、今置いてあるのは案の定掘削機械だ。先端に並んだ歯の付いた歯車が周りながら岩盤を削るのだろう。
ダンプカー程の自走機械だが、俺がそのキャタピラを触ると、ボロボロに崩れ落ちた。
たぶんゴム製だったのだろう。老朽化が進んでいたようだ。
その他には何も置いていない。倉庫の外れには岩石の欠片が天井まで積まれていた。
そして、壁の反対側に扉を見つけた。
俺達は更に奥へと進んでいく。
その扉を開けると、横幅が2m程の通路がずっと先まで続いていた。天井までの高さは3m程だ。
ボンヤリと壁が発光しているようにも見えるが、その明かりだけでは足りない。
姉貴が光球を2個作ると、通路の前方に移動させる。そして、もう1個は俺達の後を照らし出す。
通路の両側に扉がある。適当に扉を開いてみる。
カギは掛かっていないようで、簡単に開く事が出来た。部屋の中には、椅子に囲まれたテーブルが10個程置いてある。
「待機室みたいだね。ほら…。」
姉貴が指差した方を見ると、壁の一角にお茶のサーバーみたいなものが置いてあり、傍にはカップが散乱していた。
最後の人力による掘削をした人達の待機場所だったのかもしれない。
次の扉を開けると、そこは食堂のようだ。奥のカウンターの内側には大きな調理器具と思しき機械が設置したあった。
どんどんと先に進む。すると、上下に移動するための階段がある。その近くにあった近接した3つの扉は、たぶんエレベーターであろう。
そして、反対側の壁にこの船の各階の配置図が張ってある。
それを見ると、ここは4階だ。全部で6階の構造を持っている。
6階は制御室。5階、4階が居住区。3階に実験区があり、2階は倉庫、そして1階は動力区となっている。
先ずは、上階から調査をしようということになり、俺達は最上階の制御室に向かった。
階段を一気に上ると、丸いホールのような場所に出る。そこには4方向に扉があった。
1つ目は電算機室。2つ目は会議室。3つ目は航法室。そして4つ目が制御室とある。
電算機室と会議室の扉は歪みがあるようで開く事が出来ない。
航法室の扉を開くと中央の半透明なガラス状のテーブルを囲んで数個の椅子がある。椅子の前にはキーボードらしきものがあるが、俺の知っているパソコン用のものとは少し違うようだ。
よく見ると、テーブルのガラスには目盛りが見える。この表面に地図や外の風景を映し出して航法計算をしていたのかもしれない。
制御室の扉を開く。
そこは、半壊していた。かろうじて船長や彼のスタッフがいたのであろう後部の席が残っているだけであった。
地図や日誌の類も見えない。記録媒体は全て電算機に記録されているのかも知れないが、電算機室の扉は爆破でもしない限り開く事は出来ないだろう。
俺達は5階居住区に向かう事にした。先程のホールに戻って、階段を下りていく。
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一方、その頃…。(ダリオンさん視点)
岩場でアキト達が、朝食の為に焚いたのであろう焚火の煙が消えたのを見て、俺達も行動を開始する。
俺達の役目は、アキト達の戻ってくる洞窟の入口を安全に保つ事だ。
洞窟がどれ程深いのかは聞いていないが、精々3日程度であろう。防御戦の練習と思えば納得もするが、相手がレグナスとなれば話は別だ。死守する覚悟がいる。
しかし、御后様達は意外と気楽なものだ。
ひょっとして、レグナスとの戦いを心待ちにしているのか?
「ダリオン!もっと薪を集めてきなさい。ここで5日は持たせる位でないとダメよ。」
イゾルデさんが俺を叱責している。少し、注意が散漫になっていたようだ。
早速、麓まで下りて適当に立木を両手剣で切り倒す。
生木ではあるが、焚火の傍に置けば結構水気は抜けるはずだ。
「いやはや、人使いが粗いのう…。」
ユリシーが小さな体で身長程の太い薪を運んできた。
薪を沢山集めると、洞窟の中に積み重ねる。
そして、洞窟の前で焚火を始めると、アン姫とジュリーが薪を持って戻ってきた。
薪を焚火の傍に置くと、急いで御后様の所に向かう。
「爆裂球を仕掛けてきました。私の身長位の所に仕掛けましたから、他の生物に邪魔される事も無いでしょう」
「ご苦労じゃった。しかし、婿殿は面白い使い方を考えたものじゃ。爆裂球を警報機に使うとは、我は考えもせなんだ。」
「私も最初は驚きました。そして、もう1つの地雷として使う方法もアキト様より学んだものです。」
「我が王国の客人じゃ。我等は干渉せず、の態度をはっきりと示せば、婿殿の知見をもっと学ぶ事も出来よう。」
そんな話しが聞えてくる。
俺と、ユリシーはパイプを取出すと、薪を腰掛代わりにしてのんびりとパイプを煙らせる。しばらくはここを離れられまい。
御后様達が洞窟を出てくる。ジュリーは俺達の周囲に【カチート】の障壁を展開する。
「よいか、レグナスにカチートがどれ程耐えられるかは不明じゃ。誰もそれをやって効果を報告したものがいない。そこでじゃ。もし、レグナスが現れたら、洞窟に退避する。幸いにも洞窟内の高さは15Dは無いはずじゃ。奴の頭が支える高さじゃ。そこから攻撃魔法で牽制する。退避はカチートの解除と同時じゃ。その前に薪をいっぺんに燃やせば奴も少しは怯むじゃろう。」
かなりギリギリのタイミングだな。だが薪で奴が怯むのであれば…。
「ジュリー。ちょっとカチートを解除してくれ。もう少し薪をユリシーと集めてくる。」
まだ太陽は高い位置だ。それに周辺の森に大型獣がいる気配は無い。
薪集めをするなら今の内だ。
ジュリーが頷いて、解除呪文を唱えるのを見ると、俺とユリシーは再び森へと山を走り下りた。