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#125 大森林地帯の洞窟

 

 あれから3日、森を出た川原で一泊、そして川を下ってもう一泊。

 膝半分位の広い浅瀬を渡り、対岸の森に深く食い込んだ荒地の外れで一泊した。

 そして今日からまた、森に入る。

 

 「マントは被ったかにゃ。フードもちゃんと深く被るにゃ。」

 布1枚の薄いマントだ。川の対岸からはこれが必要になるらしい。森のコズエで俺達を待ち受けるヤマヒルの幼生や小型の肉食の虫達が降ってくるからだ。

 帽子を被り、フード付きのマントで全身を覆えば、これらの攻撃を直接受ける事はない。マントに取り付いたところを、隣の人に掃ってもらえばいいのだ。

 ただ、姉貴達が森の入口の村で購入したマントが原色の黄色なのだ。確かに取り付いた虫は目立つのだろうが、後ろで見てると目がちかちかするぞ。


 荒地の外れにある石柱の頭部には、8-20とある。真南に3Kmという事だ。たぶんそこが昼食の場所になるのだろう。

 

 クローネさんとミーアちゃんの先導で、俺達は薄暗い森の中に足を踏み入れた。

 直ぐにクローネさんの頭に15cm程のヤマヒルが降ってきた。それをアルトさんが槍の柄でヒョイって藪に払い落としている。

 頭上の脅威は、先頭の2人とアルトさんとサーシャちゃんまでだ。姉貴と俺は今の所は何も降ってこない。この先はどうか分らないけど…。

 不思議な事に、前の森ではあれほどいたヤドリギやアミゴケが俺達の進むルートにはいない。ルートを少し離れると結構蔦が枝から下がっているので、俺達の直前に通った誰かが意図的に排除したとしか思えない。

 

 昼近くに荒地へと到着できた。

 早速周囲の藪を突いてヤマヒルやムカデがいないことを確認する。その後で藪から薪を採り焚火でお茶を沸かすのは何時もの通りだ。


 「姉さん。なんか意図的に俺達の進行を助けてくれているハンターがいるみたいなんだけど…。」

 地図に何やら記帳していた姉貴に訊ねてみた。

 「そんな感じね。半日から1日程度先行しているようだけど。まるで私達の様子を見ているように対処してくれてるわ。でも、私達が南の山にある岩場まで行くとは知らないでしょうし…。偶々大森林の深部へ向かうハンターがいるのかも知れないわ。助かることは確かね。」


 姉貴も薄々気が付いていたようだ。大きな偶然の産物かも知れないけど、確かに助かる。

 ビスケットのような黒パンをお茶で流し込み、炙った干し肉を齧ると昼食が終る。

 早速、荒地の石柱を探すと、次の休息地が南西に4Km程度の所にあることが分った。


 「ちょっと待って…。何かが来るよ!」

 森に踏み出そうとしていた俺達を姉貴が声を上げて停止させる。

 急いで荒地の中央まで引き返すと、戦闘準備に入った。姉貴や嬢ちゃんずはクロスボーを引いて、ボルトをセットする。

 

 「何が来るの?」

 「分らないけど、人間じゃないわ。もう直ぐ、あっちの方角から現れるよ。」

 姉貴は東の方向を指差した。

 嬢ちゃんずが藪に隠れて待機する。姉貴は膝を立てて座るとクロスボーを構えた。

 クローネさんは槍を地面に突刺して、背中の弓に矢をつがえる。となると、正面で対峙するのは俺?ということになる訳だ。数歩進んで鎌を構えた。


 ガサガサと森の中で何かが移動してくる音が聞こえてきた。立木が何本か慌てて動くのが見える。

 そして、森の中からビュンっと飛び出してきたのは、緑色をした3m程のトラだった。

 体は緑色だが黒い縦縞模様はトラのそれだ。そして、その口には大きな牙がサーベルタイガーのように下に向かって生えていた。

 【アクセル】を唱え、俺の身体機能を向上させると、俺をジッと見ているサーベルタイガーの左に回り込もうとした。奴は案の定、俺の動きに合わせて体を動かしてくる。

 ドス!ドス!ドス!っとボルトがサーベルタイガーの横腹に食い込む。

 すかさずサーベルタイガーに走りこむと、鎌の裏側で思い切り頭を打ち砕く。

 

 「一瞬で終ったにゃ。…アキトは強いにゃ。」

 クローネさんが矢をケースに戻しながら呟いた。

 嬢ちゃんずも繁みから出ると、サーベルタイガーの胴体を槍の先でつんつんしている。

 「これって、サーベルタイガーだよね。へぇ~…色は緑だったんだ。」

 姉貴はそんな事を言っているけど、ちょっと違うと思う。これは俺達の迷彩服と同じように森で狩りをするために特化したんだと思う。

 「始めてみる野生のネコじゃが、この森にはこんなヤカラが一杯おるのか?」

 グルカでボルトを回収していたアルトさんが呟く。

 「これはワンタイにゃ。野生のネコではないにゃ。」

 アルトさんにそう言いながら長い牙を回収している。換金部位なのだろうか?

 姉貴が図鑑で調べている。覗き込むと確かにワンタイとある。換金部位は2つ。毛皮と牙だ。毛皮の方が200Lで牙が100L。毒は無いが獰猛で敏捷とある。逃げずに戦え!と注意書きがしてあるということは、逃げるのは不可能という意味だろう。

 しかし、ワンタイか…。いつか見た小説にワンタイと呼ばれるトラが出てきたような気がする。なぜワンタイと呼ばれるかは、その額の模様が「王大」と読めるからだという記述があったのを覚えている。

 たしかに陥没した額には黒い横縞がある。

 だが、その漢字をしかも中国語読みで呼ぶのは何かの偶然なのだろうか…。


クローネさんは毛皮は諦めたみたいだ。荷物になるのと皮を剥ぐのに時間が掛かると判断したからだろう。


 ワンタイを討伐して、俺達は真南に向かって森に足を踏み込んだ。

 相変わらず先頭の2人には梢から虫達が降ってくる。アルトさんは槍の柄でそれを掃うのに忙しそうだ。

 大型の獣が出た事から、気の探査網をしっかりと確認しながら後方も警戒する。

 たまに食虫植物が姿を現すようになったので、何時後から襲われるか判ったものじゃない。

 

 そんな中、クローネさんが停止の合図をする。

 後方に展開していた気の流れの探知を前方に向ける。なるほど、気の流れに乱れがある。いったい何だろう?


 俺達の前方を何かが横切っている。

 「鎧グラザムにゃ。動きは鈍いにゃ。でも力は強いにゃ。」

 アルマジロのような鱗をしたグライザムというのであろうか。でもクマよりはアルマジロに近いような気がする。

 

 「ヤマヒルが好物にゃ。襲わない限り安心にゃ。」

 それでも、進路がぶつかれば襲われる時もあるそうだ。触らぬ神に祟りなしというのであろう。

 あの鱗に覆われた体では槍や長剣は歯が立たないだろう。意外と天寿をまっとうできる生物かも知れない。


 鎧グラザムが俺達の前を悠々と横切ってから、俺達は再び南に向かって歩き出す。

 その後は、意外と順調だった。

 もっとも、相変わらず虫は降ってくるし、若い歩行樹が急に歩き出したりと油断なら無い行軍ではあったが…。


 そして俺達は荒地に着く。

 何時ものように周辺を調査し、異常のない事を確認すると、姉貴が【カチート】の障壁を展開した。


 何気なく南を見ると、2つの峰を持つ山が大きく見えている。

 あの山裾を迂回するのだが、クローネさんはどちらを選ぶのだろうか?

 「山を見てるのかにゃ。あの西を迂回するにゃ。後3日で山の裏にゃ。」

 俺が山を見ているのに気が付いたのか、クローネさんが説明してくれた。


 石柱の示す方向には、その情報通りの荒地がある。その荒地を伝うように、俺達は大森林を進んでいく。

 そして、大森林の奥に進むほど、変わった生物が増えてきた。

 何時しかヤマヒルはいなくなり、その代わりにムカデが多くなってきた。森の奥に自動車位の大きさのカブトムシが見えた時もある。

 

 そして、大森林に入って10日目、俺達は山裾に到達した。

 山は砂と小石の巨大な堆積物のようだ。全体が荒地で所々に低木が生えている。

 その山裾を迂回するのだが、森から少し離れているからちょっと安心だ。


 そうは言っても、ジグモはいるし、藪にはムカデが潜んでいる。今度は足元に注意しながら歩き始める。

 少しは生物の脅威は減ったが、問題もある。

 意外と、平地がないのだ。そんな時は頭を坂の上の方にして寝るのだが、あまり楽ではない。段々と宿のベッドが恋しくなってきた。


 山を西に迂回して、山裾を今度は東に周り始めると、クローネさんは少しづつ山を登り始めた。100mで1m位登るだけだから、それ程きつくはないし、少しづつ展望が広がってきたのが嬉しい。

 南に大きく広がる大森林にはどんな生物が住んでいるのだろう。


 「待って!…急いで戦闘準備を開始するのよ。」

 急に姉貴が大声を上げる。俺の探知網には何の反応も無い。まだ遠いのか?

 皆で近くの大岩の影に移動すると、早速姉貴達がクロスボーの弦を引き始める。クローネさんは大岩の上にピョンと身軽に飛び乗ると弓に矢をつがえる。俺は鎌を握り締めて皆の前に立った。

 山裾の方から砂埃と共に何かの一群が一直線にこちらに向かってきた。

 

 それは、2本足ですばしこく走る小型の肉食恐竜のような姿だ。頭を下げ、器用に長い尻尾でバランスを取りながら此方に向かってくる。

 「ラプターにゃ。爆裂球で牽制しながら戦うにゃ。」

 

 小型のラプトル?…結構すばしこいぞ!

 姉貴が【アクセラ】を唱える。更に俺は【ブースト】を唱える。

 

 そして、数十m先に迫ったラプターにボルトと矢が当たり数匹がその場に転倒した。

 アルトさんはクナイを片手に握りもう片手にグルカを持って俺の右手に立った。

 成人姿のアルトさんはそれだけで威圧される。

 そして俺もグルカを握る。姉貴は、迫ってくるラプターに【メルト】を放つ。


 ドオォン!っとメルトが炸裂すると、ラプターの動きがとたんに緩慢になる。更に炸裂音がラプターの群れの中から上がった。サーシャちゃんが爆裂球を投げたみたいだ。

俺とアルトさんが群れに突っ込みながらラプターを切り刻んでいく。

 俺の後で、また爆裂球が炸裂する。

 後は姉貴とクローネさんに任せて、ラプターの群れを突っ切り、反転して再度群れに突入する。

 サーシャちゃんの前で、姉貴が薙刀を振るってラプターを倒しているのが見えた。

 そして、大岩の前で、反転してラプターを見ると、群れは山裾に向けて逃げていった。

 

 「みんな大丈夫かにゃ?」

 大岩の上から、クローネさんが叫んでる。

 俺は腕を振り上げて無事をアピールすると、グルカを振って血を落とす。

 鎌を持つとラプターを見に行った。

 「やはり、噂通りに爆裂球に弱いようじゃ。こいつ等耳が良すぎるのかも知れぬ。」

 爆裂球の炸裂音で意識が飛んだ。ということだろうか。確かに効果は著しいものがある。

 ひょっとして、大森林地帯って南に行くほどヤバイ相手がいるんじゃないか。

 俺達の南行きはもう直ぐ終るけど、更に南に行くハンターもいるだろう。いったいどんな奴等が出てくるのか…。


 「矢を回収したら、急いで離れるにゃ。虫や獣がいっぱい来るにゃ。」

 確かに…。俺達は直ぐに出発の準備を整え、とりあえずこの大岩を後にした。


 そして、昼食を取ろうと休む場所を探し始めた時、山の切り立った岩盤にポッカリと口を開けた洞窟を発見した。

 急いで昼食を取ると、洞窟を目指して山を登る。砂利混じりの荒地は何時しか大きな岩がゴロゴロしている岩場になっていた。


 それでも、藪はあちこちにある。槍で藪を突付きながら薪を確保しつつ岩場を登ると、ようやく洞窟の入口に着く事が出来た。

 洞窟は直径4m程にくり抜かれたような孔だ。その入口は10m四方が平らになっており、天井も2mぐらいの張り出しがあった。洞窟のテラス状の場所に薪を下ろし、再度薪を拾いに行く。

 

 皆が揃った所で、焚火を始めて夕食を準備する。

 俺は、アルトさんと洞窟の奥を少し見てみた。

 アルトさんが光球を作るとその光を頼りに奥へと進んでいく。

 ノミで削ったような人工的な洞窟の中は、石1つ落ちていない。そして、緩やかな下り坂だ。

 200m程進んで何もない事を確認すると皆のところに引き返した。

 今夜はこの入口で野宿して、明日はいよいよ洞窟の奥に向かう。

             ・

             ・


 一方、その頃…。(ダリオンさん視点)


 「ようやく洞窟じゃ。」

 「ラプターが出た時には、一瞬肝が冷えました。」

 「まぁ、婿殿が一緒じゃ。あの程度の相手では問題あるまい。」


 まぁ、何時もの会話だな。相変わらず水晶球でアルト様達の様子をうかがっているようだ。

 「御后様。アルト様達のことですから、御后様達の手を煩わせるような事も無いように思えるのですが…。ちゃんと無事に行程の遅れも無く洞窟に着いております。」

 俺は、ついに思っていた事を言ってしまった。


 「確かに、お前の言う通りじゃ。婿殿の技量があれば容易い事。しかしじゃ。クオークから大森林地帯に出かける事を聞いて直ぐに状況を調べさせた。何時もの通りならこのように出張ることもない。じゃが…気になる情報が入った。レグナスをこの近くで見かけたものがおるらしい。しかも複数の目撃があるという。それが我等の来た本当の理由じゃ。」


 レグナス…大森林の暴君か。話しには聞いたことがあるが、本当なのか…。

 

 トカゲを大きくしたような体躯をしており、その足の太さは王宮の列柱よりも太いと聞く。前足は小さく物を掴むのがやっとだが、その頭は人を一飲みに出来る程の大きさでサーベルタイガーの牙より太い牙が揃っていると…。

 

 「では、我等の目的はレグナスの討伐ですか?」

 「それは、無理じゃ。ザナドウは婿殿が狩るよりも前に2つの例がある。しかし、レグナスの例は無い。ザナドウ以上の相手となるかの。流石の我等でも精々が目くらましが出来れば良いと思っておる。」


 「すると、御后様はレグナスの脅威が去るまで、こうして見守るおつもりですか?」

 「そうでもない。婿殿が洞窟を下りたならば、洞窟の入口に移動する。そこで、レグナスの侵入を阻止するつもりじゃ。」


 ここまで1日先に行軍してきた理由は、レグナスを確認したなら、自ら囮となってその進路を変更するためだったのか。そして、明日からは他に出口とてない洞窟の入口を死守するためだというのか…。

 親の想いとは、母の想いとはこのように重いものなのか…。

 

 「判りました。このダリオン。アキト殿には敗北し一時は死んだ身なれば、この身を盾にして御后様をお守りいたします。」

 俺は御后様に平伏して決心を述べた。


 「頼みにしておるぞ。虹色真珠の保持者にて、我が王国の近衛を束ねるダリオン。」

 俺は、ただ平伏をするままだった。

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