#123 大森林地帯の地図
2日かけて辿り着いた大森林地帯の村は予想に違わず小さな村だった。
宿が2軒で、その内1軒は酒場を兼ねている。雑貨屋が1軒に、買取専門の店が2軒でそれぞれ買取の種類別に営業をしているようだ。
そして、ギルド直営の運送店が1軒ある。攻撃的な生物が沢山いるところでの村の維持に必要な生活物資と商人達の仕入れた部材の搬送を専門に行うみたいだ。
確かに、商人達が荷車を曳いているのでは命がいくつあっても足りないだろう。この村ならではの長期的なハンターの仕事になるわけだ。
「明日は、荒地を東に辿って、野宿するにゃ。」
宿の食堂で、クローネさんが食後のお茶を飲みながら俺達に告げた。
「まだまだ先は長いんですか?」
「ほんの入口にゃ。このまま東に向かって最後の集落には明後日に着くにゃ。そしたら今度は、南に向かって進むにゃ。そこからが大森林地帯のホントの姿になるにゃ。」
姉貴の問いにクローネさんがそう答えたけど、何か少し怖くなってきた。
今日だってアシパクに襲われたけど、明確な攻撃意思を持たずに条件反射的に相手を襲う相手には俺の気の探知網には引っ掛からないようなのだ。
もっと気の使い方を習得すれば可能なのだろうけど、現時点では無理だ。
「この次泊る集落からなら、目的地の山が見えるにゃ。私達の目的地はその山の裏になるにゃ。」
そして、腰のバッグからよれよれの紙を取り出した。
「これが大森林地帯の地図にゃ。今はここにいるにゃ。」
そう言って、地図の一角を指差したけど…。
これって地図なのか?…全体が緑で所々に茶色のシミのようなものと、そのシミに△や●が描いてあって、点線で結ばれてるだけだぞ。
「この、緑の中を曲線が走っているのは川ですか?…この、△は集落ですね。茶色い部分は荒地ですか…。」
「そうにゃ。ここまで行って、こう南に下りて、川を渡って行くにゃ。これが山にゃ。山の裏の岩場に洞穴があるって聞いてるにゃ。」
クローネさんが地図の上を指を滑らしながら解説してくれるけど、正直俺には理解しがたい地図だ。それでも姉貴には少しは理解できているのか地図を見ながら色々とクローネさんに質問している。
「だいたい、こんな感じで進むにゃ。地図は雑貨屋で買えるから、もしもの時に備えて買っておくといいにゃ。」
それを聞いて早速俺は雑貨屋に向かう。
もう日は暮れているけど、村の外は結構明るい。村の上空10m位の所に光球が数個浮んでいた。
大森林で道に迷った者への目印にするとともに、村に入り込んだ生き物を探しやすくするためらしい。
宿屋の隣の雑貨屋はまだ営業中だ。早速中に入ると、数名のハンターが薬草を物色していた。
「すみません。地図をお願いします。」
「おう、これが地図だ。20Lになるぞ。」
太った中年の小父さんに、20Lを支払って地図を手に入れた。この地図が役に立つかどうかは微妙だけど、無いよりはマシだ。
宿に戻ると、食堂には誰もいない。皆は部屋に戻ったみたいだ。
早速俺も部屋に入ると、姉貴が例の図鑑を読んでいた。
「買えた?」
「買うには買ったけど、役に立つのかなぁ…。」
俺は、地図を姉貴に渡すと、姉貴はしげしげと地図を見ている。
「不足分はこれから補えばいいのよ。たぶん、この辺りのハンターはこの地図を買って、自分達で補足しているのよ。自分達に判るようにね。だから、これは白地図だと思えばいいの。幸い、地図の上は北で私達には判りやすいわ。」
白地図とはね。でも、情報の極端に少ない地図だからそういう風に見れば腹も立たないか。
早速、姉貴は地図に鉛筆で色々と書き込み始めた。
覗いてみると、大森林への入口の村とこの村までの大まかな時間だ。休憩箇所、野宿した箇所を適当に記入して、その間を歩いた大まかな時間を記載している。
なるほど、こうやって地図を作っていけばいいわけだ。
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一方、その頃…。(ダリオンさん視点)
「フム…。地図を購入したようじゃな。」
「例の地図ですね。あれでは地図としての役には立たぬと思いますが…。」
「地図なぞ必要とは思えぬ。ユリシーの頭の地図で十分じゃ。」
【カチート】の障壁の中で、御后様達が水晶球をみている。
俺と、ユリシーは焚火で干し肉を炙りながら酒をチビチビと飲んでいた。
「確かにあの地図は碌なもんじゃねぇ。だがな、それなりの使い方があるんじゃ。」
そう言って、彼は懐から問題の地図をだした。
彼が地図を広げると…。そこにはびっしりと色んな記号や文字が描かれている。
「これは?」
「自分で描き込むんじゃ。地図は自分で判ればいい。自分が一番使いやすいように森を歩く度に書き込んでいると、これ位の情報になる。わしは、これで迷う事は無い。」
なるほど、そういう使い方も出来るのか。今度会う時があればアキトに教えてやろう。
「さて、婿殿達も休むようじゃ。我等も明日は早い。そろそろ休むとしようぞ。」
御后様の一言で俺達は焚火の周りに毛布を広げる。
しかし、土魔法の最上級魔法と言われる【カチート】の障壁が俺達を守ってくれるとはいえ、こうも変な奴等に取り囲まれていると、あまりいい気がしない。
御后様は、よく眠れるものだとつくづく感心してしまう。
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この村の朝は早い。ガラガラと賑やかな音で目が覚めた。
2階の両開きの窓を開けると、ハンター達が数人で荷車を引いて村を出てゆくところだった。続けて、もう1台が同じようにハンターに曳かれて村を出て行く。
荷車には、たぶん狩りの獲物や部材が積まれているのだろう。荷台に高く積まれた荷物には落ちないように布が掛けられていた。
「起きたの?」
「あぁ、荷車の音でね。ホントにギルドの宅急便だね。ハンターが沢山着いていた。」
「ネウサナトラムなら、まだ皆寝てるよ。まぁ、昼間しか村の外に出れないから仕方ないのかな…。」
たぶんそれが理由だろう。夜は色んな虫が集まってくる。そして、夜が開けると今度はハンターが集まってくるはずだ。近くで夜を過ごしたハンターの為に、朝早くから村が動き始めるのだ。
着替えを終えて下の食堂に行くと、そこには全員が揃っていた。
早速、朝食を取ると村を後にする。
荒地に道はないが、大勢のハンターが通った跡が道のように続いている。そしてそれは真直ぐ東へと伸びていた。
道は緩い登り坂になっている。藪を避けるように荒地を歩いていると、姉貴が何やら呟いている。
そっと傍に寄ってみたら数を数えていた。
たぶん歩数を数えているんだろうけど、間違わないかな?…少し離れて邪魔をしないようにする。
先頭のクローネさんが俺達の歩みを止める。
ミーアちゃんと投槍をもって、少し先のちょっとした窪地までゆっくりとした足取りで近づいていく。
そして、足元の拳位の石を拾うと、窪地に投げつけた。
驚いた事に石は地面に穴を開けてスポって消えてしまった。
そして、窪地が膨らみ始める。
そこに2人の投槍が突き刺さった。投槍がブルブルと震えて…止まった。
クローネさんが投槍を掴むと、「エイ!」って穴の中の物を外に引きずり出した。
それは、ドッジボール程のクモだった。地面すれすれに網を張りそこに土や小石等をくっ付けてカモフラージュを施していたらしい。
クローネさんがクモの牙を投槍の柄で折り取って腰のバッグに詰めこんだ。たぶん換金部位なんだろう。
「姉さん。気が付いた?」
「何かいるのは判ったけど…。地面の下とは思わなかったわ。」
姉貴には探知までは出来たようだ。俺にはさっぱりだけど…。
そして、再び俺達は荒地を歩き始めた。
昼近くになり、俺達は昼食の為の休憩場所を探し始める。
近くに藪が無く、比較的平坦な場所となると、荒地ではなかなか見つからない。
それでも30分近く掛かって比較的平坦な場所を見つけた。一番近い藪も50m以上離れている。
藪を投槍で突付きまわして何もいないことを確認した後で薪を取る。
小さな焚火をしてお茶を沸かし、黒パンを齧りながらお茶で喉に流し込む。
地図に何やら書き込んでいた姉貴に、何を数えていたのか聞いてみた。
「歩数よ。ここ迄で、約6千歩かな。私の右足が前に出る時を数えてたから、1歩で約1m。村から6km来たことになるわ。」
「合ってるの?」
「大丈夫よ。百歩毎に銅貨を1枚。銅貨10枚で銀貨1枚って数えてたから。」
そう言って、姉貴は迷彩パンツのポケットから硬貨を取出した。
カウンター代わりにしてたみたいだ。なら、ある程度正確な数値と言える。
そして、ここからだと、村が遠くに見通せる。
姉貴は装備ベルトのサスペンダーに取付けていた小さなポーチからミリタリーコンパスを取出した。
村の方向と、少し離れた場所にある2つの大岩の方向を測ると、地図に角度を記入している。目印は自分で探して、地図に書き込み補足するということだな。
休息を終えて、俺達はまた東に歩き始めた。
太陽が傾き始めると急いで野宿の場所を探す。探し始めてしばらくすると、前にハンターが野宿した焚火の跡を見つけた。
早速、周囲の怪しい場所をくまなく調べて、藪から薪を取る。
焚火跡に皆が集まると、姉貴が【カチート】の魔法で周囲に障壁を張る。
これで、安心して野宿する事が出来る。
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一方、その頃…。(ダリオンさん視点)
「ジグモとは盲点じゃった。」
「でも、クローネとミーアちゃんがいますから、あの程度の敵は問題ないでしょう。」
「さすが、ネコ族の勘は鋭い。アンよ。我にクローネを譲ってくれぬか?」
「イゾルデさんのパーティにはネコ族はおられないのですか?」
最後の集落に着いても、我等が御后様達はこの通りだ。
相変わらず水晶球を覗いては、あれやこれやと騒いでいる。
それ程、気になるのなら一緒にいてやれば良かろうに俺は今でも思うのだが…。
「何を悩んでおる。」
ユリシーが酒のカップを俺にくれた。
「悩んではおらん。ただ、これでいいのか?と自問しているのだ。」
「悩むことは無い。あの御后様達の退屈凌ぎだと割り切れば、この旅も面白いと思うぞ。なにせ、俺達は正義の味方なのだ。可愛い子供達の目的を邪魔する輩を片っ端から片付けるのだ。」
確かにそんな感じだな。子供の頃はあこがれていたが、今になってそれを実践することになるとは…。
そんな事を考えながらユリシーと酒を酌み交わす。
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相変わらず夜になると【カチート】の障壁の外には虫達がうごめいている。
そのモゾモゾした動きをあまり見ていると夢に見そうなので、焚火を見つめながら、タバコを吸っている。
嬢ちゃんずはもう夢の中だ。俺と姉貴とクローネさんは、姉貴が取出した蜂蜜酒をお湯で割って飲んでいる。結構甘口だから、姉貴が悪酔いしないか心配だ。
俺も酒には弱いけど、カップ1杯なら問題ない。
今日の旅でもあまり生き物は見かけなかった。たまに、ミーアちゃん達が退治したジグモがいるくらいだ。
そして、前に野宿した時よりも、【カチート】に群がる虫達が減っているのが判る。
クローネさんは森に入れば入るほど虫達が多くなるって言ってたけど…。
たぶん、先行しているハンターのおかげだとは思うが、それならそのハンター達は沢山の虫達を相手にしていることになる。ちょっと気の毒に思う。
「なんか、近所の森と変わらないね。」
「そんな事無いにゃ。たまたま先行者がいるにゃ。」
「だとすると、その先行しているハンターは大変だね。」
「そうにゃ。でも凄腕にゃ。前にほったらかしにしてある獲物を見たにゃ。全て一撃にゃ。」
「そう言えば、クローネさんって、大森林の出身でしょ。生まれた村に行かなくてもいいの?」
「もう、家族はいないにゃ。村がラプターに襲われて私を除いて全滅したにゃ。」
「よく助かったわね。」
「母がカマドに隠してくれたにゃ。奥に押込めて薪で蓋をしてくれたにゃ。次の日、村を訪ねてきたハンターに助けて貰ったにゃ。後は王都に行って、アン姫のパーティに入ったにゃ。」
きっと、咄嗟の判断でそうしたんだろうけど、クローネさんのお母さんの努力は報われたんだ。ちゃんと助かったんだもの。
「ごめんなさい。悪い事を聞いてしまったわ。」
「いいにゃ。今は仲間もいるし、楽しんでるにゃ。きっと両親も喜んでるにゃ。」
意外と前向きな人だな。でもその方がいいと思う。過去は過去。いくら後悔しても戻ることは出来ないのだから。
そんな話をしていると、カップの蜂蜜酒はなくなってしまった。
俺達も、薪を足して眠る事にする。
ストーカーチームの表現方法を変えてみました。
前の2話は後ほど修正したいと思います。