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#122 入口の森

 

森の中を荷車が通れる道幅で、東に向かって道が続いている。

 道の両側は、広葉樹の森が広がっている。森の中は膝下程度の雑草が生い茂っており、結構遠くまで見通す事ができる。

 

 ネウサナトラムの針葉樹と落葉樹の混生した森とは少し様相は異なるけど、それ程変わっているようには見えない。

 それでも、俺は後方の監視をしながら周囲の気の流れにも注意を向ける。

 森の中は、濃密な気が満ちている。

 至るところから、気が溢れ周囲に拡散していく。それはまるで泉から湧き出るような感じだ。

 そして、その気の流れを乱しながらうごめくものも森の奥には存在しているようだが、俺達の存在には関心がないようだ。


 突然、先頭を歩いていたクローネさんが左腕を横に上げて俺達の歩みを止めた。

 「歩行樹にゃ。後に続くものがいるかもしれないにゃ。」


 50m程先を樹高10m程の木が短い根っ子を器用に動かしながら道を横切ろうとしていた。

 土地の養分を吸い取っては移動を繰り返すらしく、生物を襲うことはないらしい。

 【カチート】が大森林地帯での野宿に有効であることが分かるまでは、ハンターの野宿していたところを夜間横切る等でそれなりの被害はあったらしいけどね。


 「後は続いていないにゃ。先を急ぐにゃ。」

 俺達はクローネさんの号令で、再び道を東に歩き始める。

 たまに、森の奥のほうから炸裂音が小さく木霊してくる。ハンターが多いとは聞いていたけど、結構派手にやっているみたいだ。

 襲われて無ければいいんだけれど、姉貴の気流の探査範囲の300mを遥かに超えているらしく詳細を知るすべはない。

              ・

              ・


 一方、その頃…。

 ダリオンさんは巨大な長剣を両手に持って走っています。

 そして、「ダァー!」っと気合を込めて、自分の胸位の身長をしたカマキリを両断しました。

 タタターっと走り、今度は近くのタグの半分位のアリを長剣で突き刺しました…。

 ドォドォン!っと【メルト】が炸裂して、巧妙に擬態した数本の食虫植物が纏めて燃え上がると、ジュリーさんがそれを見てニコリと微笑んでいます。

 アン姫の矢が藪を射ると、藪がガサガサと動き出しました。すかさず、イゾルデさんの槍とユリシーさんの戦闘斧が藪に飛んでいき、ギャォー!っと何かが一声上げてると藪はもうピクリともしません。

 御后様は、皆の活躍を満足げに見ながら周囲を歩き、たまに長剣を一閃させて、長い針を持った蜂を切り捨てています。

 「大切な婿殿達じゃ。少し間引きをしておけば大事には至らぬであろう!」

 この行為は、大切な婿殿と娘達の為なのよ。と御后様は皆に檄を飛ばします。

 御后様の言葉を聞いたダリウスさんは、「絶対、御后様達はアキト達をダシに自分達が楽しんでいるんだ。」と心の中で繰り返しています。

 でも口に出す事はしません。そんな事をしたら、森の魔物達と同じ運命を辿るような気がします。

 御后様達だけなら、大森林地帯と言えども容易に縦断できるような気がして、ダリオンさんは自分の存在価値に少し疑問がでてきました。

              ・

              ・


 そして、アキト達は、相変わらず周囲に注意を向けながら、東へと進んでいました。

 

 「もうちょっとで、広場に出るにゃ。そこで今夜は野宿するにゃ。」

 クローネさんが俺達の方に振り返りながら、そう告げた。


 森の中だから、野宿する場所は限られている。早めに場所を決めて準備するのは野宿するハンターが必ず知っておかなければならない事だ。

 まだ、この先に村があるみたいだから、獣達もあまり道には出てこないようだが、最深部の方に行けばどうなるか分からない。ここでは、普段にも増して余裕のある行動が要求されるはずだ。


 クローネさんが「此処で野宿にゃ!」って言った場所は、道の傍に20m四方の小さな空地がある場所だった。

 早速、薪を取りに森に入ろうとしたら、慌ててクローネさんが着いてきた。

 「1人で行動するのはダメにゃ。」

 そう言って俺をメッ!って注意してくれる。確かに不注意過ぎるかも、ここは大森林地帯、普通の常識で判断してはいけないのだ。

 枯れ枝はあまり落ちていない。それで、立木から折れた枝をとる事になるのだが、直ぐに取ってはいけないみたいだ。

 まず、根元を斬り付ける。それで、ブルって立木が動かなければ、その立木は普通の木だから枝を斬る事ができる。

 もし、動いた場合は枝を切ってはいけない。枝を切ろうとすると突然動きだす場合があるかららしい。

 そんな事を教えて貰いながら、一抱え程の枯れ枝を野宿の場所まで運んできた。


 だいぶ空が暗くなってきたようだ。もう直ぐこの森は百鬼夜行の舞台となる。

 「準備はいいわね。それでは、【カチート】。」

 姉貴の障壁魔法が俺達の周りを取囲んだ。丁度10m程度の立方体の中に俺達が入っているような印象を受ける。


 そして、焚火の傍には俺達が運んできた分量位の薪が積んであった。

 姉貴に聞くと、最初からあったと言っている。俺達の前にここで野宿したハンターの残り物のようだ。でも、これで焚火を盛大に焚く事が出来るぞ。


 早速、鍋とポットを取出し夕食の準備を始める。

 だいぶ南には来ているのだが、やはり夜は冷え込んでくる。

 嬢ちゃんずはナップザックの中から大きな魔法の袋を取出すと、毛布を引き出して包まっている。

 姉貴が夕食の干し肉と乾燥野菜のスープを作っているので、俺はちょっと手持ち無沙汰だ。

 その時、クローネさんがチョイチョイと手招きをしている。

 何だろうと思ってクローネさんの所に歩いていくと…。


 投槍の先に50cm程のナマコのような物体が障壁を破ろうと吸盤の付いた口を盛んに動かしている。

 「ヤマヒルにゃ。夜行性だから昼にはあまり見ないにゃ。でも、藪の中は危険にゃ。」

 「危険は無いんですか?」

 「【カチート】の障壁を解除しない限り安心にゃ。」

 

 焚火に戻ると皆で焚火を囲みながら夕食を取る。

 硬い黒パンは少し焚火で温めると柔らかくなるのも野宿で覚えた事の1つだ。

 夕食が終ると、お茶を飲みながら俺達の周囲に集まってきた者達を観察する。

 モゾモゾと動きまわるヤマヒルや腕程の太さのムカデが這い廻っている。それを捕食するために食虫植物の大型の奴まで来ているみたいだ。シュタ!っと触手状のツタが獲物を攫っていく。トリフィルみたいな奴だろうけど、森の暗がりの中にいるようでここからはよく見えないのが残念だ。

 あまり見てると夢にでて来るよ!って嬢ちゃんずを脅かすと、サササと毛布に潜り込んでしまった。

 

 「【カチート】の障壁を破るものはこの辺にはいないにゃ。今夜の火の番は不要にゃ。」

 クローネさんの一言で俺達は焚火の周りで横になって休んだ。

 でも、【カチート】の障壁を破るものってどんな怪物何だろう…。そんな事を考えながら俺は眠ってしまったようだ。

              ・

              ・


 一方、その頃…。

 「フム…。どうやら、サーシャとミーアは這い回る虫等が嫌いなようじゃ。明日の狩りは長虫を重点的に狩ろうぞ。」

 御后様と一緒に水晶球を覗いていた3人が頷きます。

 そんな彼女達を、部屋の端で酒を飲みながら見ていたダリオンさんとユリシーさんはちょっと引いています。

 今日は一日中、この村に続く道をジグザグに進みながら、手当たり次第に見つけた怪物達を狩ってきたのです。沢山の獲物でしたが殆ど換金物の剥ぎ取りを行なっていません。

 ダリオンさんとユリシーさんが、勿体無いって少し剥ぎ取っただけなのです。まぁ、それを売って、今こうしてお酒を飲んでいるわけ何ですけど…。


 「明日ここを発てば、しばらくは村が無いということじゃ。食料は十分じゃが、それでも少しは買い足すべきじゃろう。…婿殿達も休んだようである。我等も早々に眠るとしようぞ。」

 ダリオンさん達はそれぞれの部屋に引き上げました。明日の戦闘は今日よりも過酷でない事を祈るばかりのようです。

              ・

              ・


 キュルキュル…と言う鳴き声で俺は目を覚ました。

 焚火はすっかり灰になっている。夜中に一度目が覚めて薪を投入しておいたのだが、時間が相当経っているようだ。

 早速、薪を積み上げてジッポウで火を点ける。

 枯れ枝の皮の部分を集めたところには直ぐに火が点いた。たちまち枯れ枝が燃え上がる。

 昨晩洗った鍋とポットに水筒から水を入れて火に架けていると、皆が起き出して来た。

 昨晩あれほど集まっていた異形の生き物達は何時の間にかいなくなっている。

 やはり、大森林地帯では、早めの野宿が大事なのかも知れない。


 コショウの効いた野菜スープに黒パンに挟んだ薄いハムが朝食だ。

 ゆっくりと食事をして、お茶を飲んだら素早く荷物を畳んで出発の準備をする。

 「皆、準備はいいよね。【カチート】を解除するよ。」

 姉貴は俺達を見渡してから、【カチート】の障壁を解除した。

 そして、今日も東に向かって歩き出す。

 今日一日歩けば、小さな村に到着するはずだ。そして、村と呼べるのはそれが最後となる。後は、数軒の集落が大森林地帯の荒地に点在しているだけになる。


 「おかしいにゃ…。森が静かすぎるにゃ。」

 先頭を歩いていたクローネさんが呟いた。でも、そのセリフを言うと必ず何かが出てくるんだ。俺は気の流れの観測網の感度を上げて周辺を探索した。

 でも、確かに何もいないようだ。

 「聞いた話とだいぶ違うね。確かに夜はどうなるかと思ったけど…。」

 姉貴が俺に振り返って言った。

 「話なんて、意外とそんなもんだと思うよ。昼も昨夜みたいなのがいっぱいいたら誰もここへは来ないと思うけど。」

 

 突然昨日のようにクローネさんが左手を横に上げて、俺達の歩みを停止させた。

 「なんか、あっちに一杯いるみたいにゃ。」

 姉貴も気の流れを確認しているみたいだ。俺の探査網には引っ掛からないから、少なくとも100m以上は離れているはずだ。

 「確かに何かが集まっているようね。」

 「ちょっと見てくるにゃ。ミーアちゃん付いてくるにゃ。」

 クローネさんとミーアちゃんはヒョイって森の中に消えて行った。


 「何を見つけたじゃろう。群れを成す生き物じゃとすれば少し厄介じゃぞ。」

 アルトさんが俺の方を見ながら呟いた。

 「直ぐに分かりますよ。それ程遠くは無いでしょう。」

 

 俺の言葉通り、クローネさん達は直ぐに帰ってきた。

 「森で狩りをして、獲物を放っておいた者がいるにゃ。その死骸に虫達が集まってるにゃ。だから、この道に何も出て来ないにゃ。」

 

 となれば、先を急いでも安心だ。

 早速、俺達は最後の村に向けて歩き出した。

               ・

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 一方、その頃…。

 ダリオンさんは今日も大剣を上段に振りかざして走っていました。

 狙うは100D先でこちらに頭を上げている巨大なミミズです。その丸い口には内側に向かって鋭い歯が生えています。

 体表面に生えた疎らな剛毛で地面の振動を知り、相手の向かってくる方向が判るのです。

 ダリオンさんの腕位ある太い体を、器用に立ち上げて盛んに威嚇していますが、ダリオンさんはすれ違いざまにその太い体を両断しました。

 

 「全く、新兵の訓練でもこれ程きつくは無いぞ…。」

 なんてぼやきながら、次のヤマヒルを狩りに行きます。

 

 「長虫の種類は多いものじゃな。」

 「森ですし、長虫の類は多いものと存じます。まぁ、我等には訓練にもなりません。」

 そう言いながら、イゾルデさんは槍に突き刺したヤマヒルを遠くに投げ飛ばしました。

 御后様は、ユリシーさんに「やはり多いのか?」なんて聞いていますけど、ユリシーさんは頷いただけでした。

 そして、ユリシーさんを狙っていた3m程のムカデに両刃の戦闘斧を投げつけました。

 ブチン!って鈍い音を立てながらムカデの体の一部が縦に両断されています。

 遠くでは、アン姫が1m程のハチの持つ長い針と激しい攻防を繰り返しています。

 

 「中々、クオークの嫁も根性があるようじゃ。我が王国も安心じゃの。」

 「はい。流石はこの大森林地帯で武を学んだだけの事があります。将来が楽しみですね。」

 どこぞのサロンで交わされそうな会話をしながらも、お后様とジュリーさんは荒地のあちこちに【メルト】を飛ばして虫達を炙りだしています。


 「あまり倒さぬように注意せよ。少しは婿殿の楽しみに残しておこうぞ。」

 御后様は高い声で、そう叫ぶと、皆を引き連れて荒野を歩きだしました。

              ・

              ・


 森の前方が明るくなってきた。

 どうやら俺達は最初の森を超える事が出来たらしい。

 ケバイのや、グロイのが沢山でてくるような話だったが、そうでもない。

 どうやら、俺達の少し前を先行しているハンターがいるみたいだ。おかげで、俺達まで廻ってくる生き物がいない。

 だが、油断は禁物だ。先行していても、俺達と同じ目的を持つことはないはずだ。

 そして、いつか早い段階で両者は離れることになる。それ以降が俺達の戦いになるはずだ。


 森を抜けると遠くに村を囲む高い木の塀がある。城壁みたいに見えなくもない。

でも、規模が小さいことから、あの中にある建屋は精々10軒に満たないだろう。宿屋と雑貨屋があるとは聞いているけど…。


 荒地は至る所に繁みがある。なるべく近づかないように、右に左に歩く方向を変える。

 それでも、段々と村の輪郭が大きくなってきた。

 今夜は宿に泊まれると思うと、つい歩みが早くなる。

 

 そして、突然俺の右足がガツンと何かに引っ張られる。

 足元を見ると、繁みの中から大きな口だけが伸びて俺の脚を咥えている。

 「うわぁ!」

 俺の声にサーシャちゃんが振り向くと急いで駆けつけてきた。投槍で藪から伸びた口先を突き刺すと、「ギョゥゥ!」と鳴き声を上げて俺の脚を離して口が戻っていく。

 【【メル】】俺とサーシャちゃんが同時に唱話すると野球ボール位の火の玉が藪に飛んで行きドォン!っと爆ぜる。

 そうっと近寄ってみると、長い口先を持ったボールのような生物が体を焼かれて横たわっていた。

 「アシパクにゃ。1人の時は命取りになる時もあるにゃ。なるべく藪から離れてあるくにゃ。」

 クローネさんの言葉に姉貴も「油断してちゃダメよ。」って目で俺を見ている。

 やはり、ここは魔境なんだ。そう自分に言い聞かせて、周囲の警戒に力を入れる。


 

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