#118 王宮にて
サナトラムから王都には街道が整備されている。
早朝に出発した12台の馬車は、自転車より少し早い位の速度で西に向かって走る。
冬の最中だ。道には所々雪が積もっているが、馬車の走りに影響するほどではない。
「王都には明日には着くでしょう。今夜は街道の宿場町に泊まります。」
所々白く雪が残る段々畑を窓越しに見ながら、クオークさんが俺達に教えてくれた。
どこまでも、同じような風景が続いている。たまに数件の民家が林の影に見え隠れしている。
「アキトさんは、大森林の地下洞窟に描かれたものが想像できますか?」
「想像なら出来ますよ。…バビロンを脱出した人々のその後を描いたと考えるのが妥当だと思います。」
「だとすると、僕達はバビロンの子孫になるのでしょうか?」
「可能性は高いと思います。でも俺にはもう1つ気になる事があるんです。」
それは、カラメル人だ。
彼らは外宇宙からの客人。そして、この世界に定着している。
彼らが定着するにあたって行なった調査の一環で、不幸な事故が発生した。
でも、それは不幸だけなのだろうか。
あの事故がなかったら、このような多様な生態系が生まれなかったような気がする。
バビロンの人達が、どこまで世界再生の道具を持っていたかは判らない。
でも、長年の地下生活で、世界再生の道具は徐々に失われていったはずだ。
あれ以来、カラメルのキューブは俺に語りかけてこないけど、その2つの事柄の合流点が描かれている可能性が高い。と俺は思っている。
「カラメル人ですね。…でも彼等はあまりにも異質です。容姿もそうですが彼等の持つ文化は我々の文化とはあまりにも違いすぎる。」
クオークさんは彼なりに、カラメル人を捉えている様だ。
俺から、キューブから知りえた情報を提供する必要も無いだろう。生態系の安定している状態で、あえて石を投げる事もない。
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途中ケルマエルの宿場町に一泊して後、王都に向かって馬車を急がせる。
昼食後、ふと窓の外を見ると進行方向にぼんやりと大きな城壁が見えてきた。
「見えてきましたか。王都の外周を囲む城壁です。一辺が10Mの正方形につくられています。」
「Mとは?」
「失礼。あまり使われていない単位ですが、500Dが1Mになります。」
すると、一辺が1.5Kmの城壁か。しかし、横に長い城壁の高さはそれ程でもない。精々5mと言ったところで、攻城戦でもしたら容易に破れそうだ。
ということは、あの城壁は戦用ではないことになる。
魔物の襲来対策としての機能を持ったものなのだろう。
「大きな城壁ですが、魔物襲来の過去があるんですか?」
「対魔物用だと分りますか…。数百年前には襲来頻度が極めて高いことが城の古文書に書かれています。御爺様は「幼少から今まで経験がない。」と言っていますから、ここ数十年は発生していません。父は城壁を邪魔なものと思っていますよ。」
予防措置ってそんなもんだと思う。万が一の事態に備えるものは、通常時は無用の長物であり、それが必要な事態が発生したとしても予想よりも大きい事象となった場合は役に立たない場合がある。
製作時期は古そうだから、今となっては目的は明確でも、想定事象は極めて曖昧になっているだろう。
こういうものは、あるインターバルで再度見直したほうがいいんだけど…。トリスタンさんが「邪魔なもの。」と言っているのは、意外とリスクの見直しを考えているのかも知れない。
城壁から2km程の所から人家が街道沿いに密集し始めた。たぶん、王都の周辺に大きく広がる農地を耕す農家だろう。
街道は何時の間にか、馬車2台が余裕ですれ違える程の横幅になっている。
そして、俺達の馬車はどちら側に寄るわけでもなく、街道の中央を王都の東門目指して走り続ける。
楼閣のある石造りの東門を抜けると、真っ直ぐな道が西に向かっている。遠くに見える楼門が西門になるのだろう。
王都に入ると馬車の速度が遅くなり、今は人の歩く速度だ。
500D位の間隔で十字路があり、南北に大通りが作られている。そんな十字路を2つ通って、川幅20m程の橋を通った次の十字路を北に曲がる。
商人達の馬車はそのまま通りを西に向かった。
その通りを曲がると同時に正面奥に大きな城壁が見えた。
「正面に見える城壁が王宮の城壁です。」
城壁の高さは8m程だ。通りの正面に大きな門がある。
通りを300m程進み、俺達を乗せた馬車はその門を潜り抜ける。
50m程の大きなロータリーが門の中に作られており、その正面には直径数十mの塔の様な建物がある。
たぶんこれが王宮なのだろうけど、西洋風の城を想像していた俺には少し拍子抜けだ。
4階建ての塔は正面に横幅20m程の階段を設え、20段程の階段の先に大扉がある。
俺達は階段の前で馬車を下り、クオーク夫妻に連れられて階段を上って行く。
嬢ちゃんずは、トリスタンさん夫妻と共に先に城に入っていった。
城の玄関ホールは俺達の家が2階建てで2軒は入るほどの大きさだ。
田舎者よろしく、キョロキョロ周りを見ていた俺達に、2人の侍女が近づいてきた。
「アキト様とミズキ様ですね。ご案内します。」
そう言うと、右側の階段に向かって歩き始めた。
俺と姉貴は慌てて後を追う。
案内されたのは、2階にある客室だった。
リビングと寝室、それにお風呂まで付いている。なんか高級ホテルのスイートルームみたいだぞ。でもパンフレットでしか見たことは無いけど…。
早速、装備を外して、部屋のクローゼットに入れておく。
ソファーに座ると、早速侍女がお茶を運んできた。
一口飲んでみると、普段俺達が飲んでいるのと全く味が違う。苦味が少ないし、甘く感じる。
「ただいま、国王様に殿下夫妻がご報告をしております。謁見は、今しばらくお待ちください。」
そう言うと部屋を出て行った。
「凄いところだね。お城だよ!」
姉貴がはしゃいでいるけど、俺はそれどころではない。
ここに来たということは、お妃様との試合をしなければならないはずだ。
イゾルデさんより強いとなると、手を抜いたが最後、俺の体が両断されかねない。
さて、どうやって回避すべきなのか…。
姉貴と一緒に窓の外に広がる王都の景色を眺めていると、部屋の扉を叩く音がする。
振り返った俺達の目に飛び込んできたのは、完全武装姿の2人の近衛兵だった。
「国王様が謁見を賜ります。武装を許可します。準備をしてください。」
俺と歳がそう変わらないような近衛兵が言った。
早速、装備ベルトを身に付ける。杖代わりの採取鎌を手に持つと、姉貴を振り返る。
クロスボーを背負って、薙刀を持ったところだ。
「準備は出来ました。案内を頼みます。」
「では、こちらへ…。」
近衛兵の後を付いて、階段を上る。
玄関ホール正面の階段を上った3階が、この城の謁見の間であった。
重厚な扉の両側に控える近衛兵は、俺達を案内してくれた近衛兵と一言、二言話していたようだが、突然大きく扉を開けると、俺達の称号?を大声で叫んだ。
「ネウサナトラムのハンターアキト殿とミズキ殿。虹色真珠を得たる者。そして、バルダルクを倒し、ザナドウを倒せし者!」
案内してくれた2人の近衛兵に続くように俺と姉貴は謁見の間に入った。
横幅5m程の赤い絨毯が真直ぐに玉座に続いている。そして、絨毯の両側には、絨毯から1歩離れた位置に大勢の高官が並んでいる。
「ほほ~あの者達が…。」
「まだ、若者ではないか…。」
「ザナドウをよくも倒したものじゃ…。」
左右から色んな声が聞えてくる。だが、ここは気にしない。言いたい人には言わせて置けば良いし、俺だってこんな所に長くいるつもりは毛頭ない。
国王と妃の座る玉座の前5m程の位置で近衛兵は立止まると、俺達の左右に分かれた。
いよいよ謁見となるわけだ。
俺と姉貴は丁寧にお辞儀をする。
王様は60位の歳かな。ロマンスグレーの髪にチョコンと王冠を乗せている。
身長は俺と同じ位で、痩せ型だ。クオークさんはお爺さん似だな。
そして、お妃様は…。アルトさんがそこにいるような錯覚を覚える。
きっと、呪いさえなければアルトさんが歳をとったらあんな感じになるのだろう。
全く歳を感じさせない。どう見ても30台の容姿である。しかも、ドレスではなく着ている鎖帷子がよく似合う。
正しく戦女神の光臨した雰囲気が出ている。
「祖国を離れハンターとなった、アキトとミズキです。何分、この王国の礼儀を知りません。祖国での拝謁時の礼をもって我等の礼と致します。」
「よいよい。この度の披露宴には予想を超える贈り物を受けた。おかげでこの通り、数年来臥せっていた妃も床を立つことが出来た。改めて礼を言うぞ。」
え~と、こういう時の決まり文句は…。
「恐悦至極にございます。」
「そこでじゃ、わしからの送り物じゃ。」
そう言うと手を1つパン!っと叩いた。
身形の良い少年が恭しく俺達の前に小さな小箱を持ってきた。
そして、小箱の蓋を開けると…。
ザナドウの嘴を黒曜石で造り、金の台座に埋め込んだバッジだ。
「ザナドウを狩るとは、近頃稀な慶事である。記念とせよ。」
記念メダルってとこかな。ありがたく貰っとこう。
「「ありがとうございます。」」
俺達はそう言って退出しようとした。…が、お妃様が、
「待たれよ。そなた達は我が恩人。もう立ち上がることも出来ぬと思うておうた日々に、光明を与えたもうた。聞けば義娘のイゾルデを下したそうな。我が力が以前と同じか否か、勝負してたもれ。」
「我が剣は獣、魔物の血に汚れておりますゆえ、御妃様との勝負には適しませぬ。」
「それでよい。人の血で汚れておらねば充分じゃ。」
どうあっても、逃げ切れぬか…。
「分かりました。但し、イゾルデ様にどうにか勝ちを譲ってもらいました身、御妃様相手には1度のみと考えます。それでよろしいでしょうか?」
「十分じゃ。明日、正午に練兵場で会おうぞ。」
今度こそ、俺達は謁見の間を退席する。扉の所で玉座を振り返り再度お辞儀をする。
その時、国王の傍の窓辺にミーアちゃんとサーシャちゃんが作ったパン籠を見つけた。ちゃんと花が生けてあるところを見ると、アルトさんが花瓶と言ったのも頷ける。たしかに恭しく飾られてると、何か価値があるもののように見えるのが不思議に思えた。
部屋に帰るなり、姉貴の一言。
「いい!…絶対にアキトの奥義を使ってはダメよ。」
「分かってるよ。でも、勝てるかなぁ…。」
「いいじゃない、勝てなくても。全力を出し切る。但し、奥義は使わない。それで行きなさい。」
その夜の晩餐は国王夫妻とクオーク夫妻そして嬢ちゃんずと俺達だ。
山海の珍味とはいかなかったが、それでも普段食べてる料理よりは贅沢な食事だったが、食事中の話題はもっぱらザナドウのことばかり…。
「しかし、そのような武器で良くぞ倒せたものよのう。投槍は我が部隊にも使う者は多いが、そのようなカラクリを考える者はおらなんだ。」
「力のない者が大型の獣を狩る為に考案した物です。簡単なものですから、明日にでもお目にかけましょう。この位の曲がった棒があればよいのですが…。」
「後で届けさせるゆえ、是非とも見せて貰いたい物じゃ。」
「そういえば、アルトがザナドウは美味いと申しておったが…。」
王様がアルトさんを見て気がついたように言った。
「食べてみます?」
「持っているのか?」
俺は、腰のバッグから魔法の袋を取出すとザナドウの肉片を1cm程度の薄さに切り、暖炉の火掻き棒で炙り始めた。
じっくり焼き上げた切り身を素早く手で細かく切り裂いて銀の皿に乗せていく。
そして、それをテーブルの上に乗せた。
「これが、アルトの言っていた、ザナドウの肉か?」
「はい。外套膜という、頭のように見える部分です。厚さは1Dを少し切りますが、筋肉の塊です。結構美味しいですよ。」
アルトさんが席を立ってつかつかと歩み寄り、皿から一掴みの切り身を取ると席に戻って、ミーアちゃんとサーシャちゃんに分け与えてる。
そして、モシャモシャと食べ始めた。
王様も、恐る恐る手を伸ばすと、横から皿をサッと御妃様が横取りして切り身の1つを取ると口に持っていき、食べ始めた。
戻された皿を今度は王様が取ると一片を掴む。
くんくんと匂いを嗅いだかと思うと、ガブリと齧り始めた。
「…なるほどのう。香ばしくて、歯ごたえも良い。これがザナドウか。辿りつけぬ都の味か…。」
感動しているようだ。
「珍味中の珍味であると思う。どの王侯、金持ちと言えども食せぬ味よ…。」
御妃様も気に入ったようだ。
「あのう、ここにまだ2個肉の塊がありますから、よかったら、1個お譲りしますけど…。」
「それは、かたじけない限りじゃ。ありがたく頂く事にするよ。」
俺は、ザナドウの外套膜のブロックを1つ取出し銀の大皿に乗せると王様の方に差し出した。
王様は部屋の隅に控えていた侍女に早速それを調理室に運ばせる。
「よいか。食料庫の最上の場所に保管するように、料理長に申し付けるのだぞ。得がたい品じゃ。大切にするようにな。」
何か切り身にしては過ぎた待遇のような気がする。
でも、喜んでもらえて何よりだ。
「何かお礼をしなければのう。金貨は十分にあると、アルトが申しておった。希望があれば叶えるが、なにがいい?」
「出来れば、大森林地帯のガイドを紹介して頂きたいと思います。我等はこの後、大森林を目指します。でもそこは聞くところによると、初めて訪れるハンターを迷わす場所だと聞いております。もし、大森林地帯を知るガイドがおれば心強い限りです。」
「トリスタンがそのような事を言っておった。そなた達、あの場所を目指すつもりか?」
「大森林地帯にあると言う地下の人工物。そこを目指します。」
「我が叶えよう。出発の日と待ち合わせの場所をアルトに告げるが良い。」
何か嫌な予感がするけど、俺達は礼を言って、晩餐を終えた。