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#117 王都への旅立ち

 灰色の雲から時折太陽が顔を出す。

 何時また雪が降り出すかも知れないような天気だが、俺達は登り窯に集まった。

 

 今日は待ちに待った窯出しの日だ。

 トリスタンさんとクオークさんの両夫妻と俺達、それに2人の商人も同席している。

 マケリスさんが2段目、3段目の窯の入口に塗られた粘土を木槌で叩き割って、入口を塞いだレンガを取り除いている。


 そして、窯の中に入ると籠に入れた陶器を俺達の前に広げた布の上に並べていく。

 

 「破損は2割程度ですね。やはり素焼きをキチンと窯でしたのが良かったようです。」

 マケリスさんは、俺の前に立ち止まるとそう言った。

 セリエムさんも籠を持って陶器を取り出してきた。同じように布の上に並べていく。

 2人でどんどん陶器を取り出して、布の上はたちまち陶器で溢れていく。


 「色が2種類ありますね。黄色みを帯びた白と灰色がかった黒と…。」

 「それは、釉薬の違いですよ。素焼きした土器に、釉薬を塗るんです。釉薬の種類で色が変わります。」

 「釉薬って、何ですか?」

 クオークさんが慌てて俺に聞いてきた。

 「融けやすいように加工した粘土…といったものです。粘土や灰を混ぜて細かく潰したものを水に溶いて表面に塗っておくと、それが融けて光沢のある表面が現れます。」


 「同じような品が多いな。」

 「今回は、種類より数を揃えたかったのです。カップと皿が今回の大部分です。」

 「あの小さな物は?」

 布に広げられた陶器を見ていたトリスタンさんが指差した物は、小さな陶器の像だった。


 「あれは、火の神殿と土の神殿から頂いた神像を模擬した陶器です。神殿へのお礼ですね。」

 「神殿は喜ぶと思うが…。水と風の神殿が何というか…。」

 「王都に行って最初に水と風の神殿に行きます。陶器を作るに当たって火と土の神殿より神像を頂いた。しかし、よく考えると、陶器造りには水と風の加護も必要だ。上手く陶器が出来ない原因もそこにあるに違いない。出来れば祈る神像を頂いて更なる精進を行ないたい…。」


 「策士だな。だが、そう言われては、神殿も何も言えなくなるはずだ。そして、その神像を見せる訳だね。直ぐに持ちきれないほどの神像を授かるぞ。」

 「後は、マケリスさんに神像の模造を頼んで陶器にすれば問題は解決です。」

 

 トリスタンさんは俺の肩をトントンっと叩く。「上手くやれよ。」って事だよな。

 それぞれ3個ある神像を、姉貴が布で1個づつ丁寧に包む。


 「これで全部です。今、セリエムが破損した陶器を纏めて籠に入れて持ってきます。」

 マケリスさんが、話している内に大きな籠を持ってセリエムさんがやってきた。


 「前よりは破損が少ないですね。」

 そう言いながら、俺達の前にドンっと籠を下ろす。

 姉貴が籠を覗いている。

 「やはり、大型の陶器が多いわね。これからの課題だわ。」

 「でも半分は仕上がってますよ。破損した陶器は窯の両側に置いた物が多いですね。」

 

 という事は、薪の投入に関係あるのかも知れない。頻繁に投入口を開閉していたし…。

 「次は、大型を中心に、小物を両側に、という具合に置いてみたら良いかも知れない。」

 「試してみましょう。」

 そんな話を俺達はしているが、トリスタンさんと商人達は品定めに余念がない。

 

 「最初の品は私が頂けるということでしたね。あの、お茶のカップのセットを頂きましょう。」

 「次は私で良いのでしたな。あの皿のセットを頂きます。」

 「では、私はその脇のお茶のセットを…。」


 次々に商人達が順番に陶器を選んでいく。選んだ陶器には小さな札を置いているから、それが目印なのだろう。

 そして最後に残ったのは…。誰だ、土鍋を作ったのは!


 「これは、なんですかな?」

 「土鍋という調理器具です。…これは、私が頂いて宜しいでしょうか。」

 商人の質問に姉貴が答えた。という事は、姉貴が作らせたんだな。

 「私共は使い方が判りませんから、どうぞお使いください。」

 そう言って、早速陶器の数を数え始めた。

 陶器は全て1個が銀貨2枚として販売する。

 

 「私の方は70個になりますな。銀貨140枚をお支払いします。」

 「私は、80個ですから、銀貨160枚ですな。」


 「ちょっと、お待ちください。お茶のカップは皿と一緒になります。ですから、ラジアンさんは50個、ケルビンさんは60個になります。」

 姉貴がこうやって使うんだよ。って皿の上にカップを乗せる。


 「なるほど…。優雅に飲む事が出来ますな。皿1枚でこうも品性が上がるとは思いませんでした。数え方は判りましたが、今回はこちらの数え方でお支払いします。陶器の利益には5割の税金が掛かりますが十分な利益を我等は受ける事が出来ます。」


 5割の税金ってとんでもない税だと思う。でも、ある意味贅沢税であり、庶民には当分関係ない税金だ。量産できれば税額も減って行くのだろう。

 

 商人達がせっせと使用人に陶器の梱包をさせている。トリスタンさんもお茶のセットの梱包を近衛兵に指示して行なっていた。

 そんな中、俺はマケリスさん兄弟とクオークさんを小屋に呼んだ。


 3人が入ってくると、とりあえず炉の周りに座る事にした。

 炉の火でタバコに火を点ける。マケリスさん達はパイプだ。


 「実は、登り窯の管理をクオークさんに移管した。俺達はハンターだから、何時もここで陶器を作り続けられるとは限らない。そこで、同じような陶器を作ろうとしていたクオークさんに俺達の後を引継いで貰うことにしたんだ。」

 「すると我々は、これで役目が終るのですか?」

 

 「いや、これからはクオークさんの手足となって、この登り窯で陶器の生産に励んで欲しい。クオークさんは王家の直系だ。将来はこの国の国王となる。その下で直接働く事になるから、名誉も得る事になる。」

 「生産が主体となれば、試行錯誤で色や形を追求するのは難しくなりますね。」

 

 マケリスさんが残念そうに呟いた。

 「いや、そうでもない。試行錯誤で追求することは良い陶器を作る上で必要な事なんだ。俺から命題を出してあげる。雪の白さ…。これを陶器の色で表現して貰いたい。」


 クオークさんとマケリスさん兄弟は「う~ん…。」と唸った。

 「出来るんですか?」

 「少なくとも、俺の国では透き通る白があった。陶器の値段も庶民が買える程の値段だから、意外とどこにでもあるものが釉薬として使われたのかも知れない。」


 「でも、出来たら素敵ですね。雪原の白か…。好い目標です。」

 「確かに、やりがいがありそうだ。しかも、登り窯の窯焚は1年で2回。有効に使わねばならない。」

 「では、クオークさんをよろしくお願いします。ギルドを通せば互いに連絡が付けられるでしょう。」

 そして俺達は4人で手を握り合い目標に向かって努力する事を誓い合った。

             ・

             ・


 トリスタンさん達は明後日、村を立つそうだ。

 俺達もトリスタンさん達と同行して王都に行く事にしているので、出発の準備に取り掛かる。

 何と言っても、王都の次に待っているのが大森林の洞窟である。

 準備には万全を期したい。


 「とりあえず、王都までは冬支度だよね。その後は南に行くんだから、夏服も用意しないといけないわ。」

 なんて姉貴は言ってるけど、俺と姉貴のザックを魔法の袋に入れてそれを腰のバッグに入れれば皆持って行けそうな気がする。

 問題は、変わった生物が多いと言うことだ。

 ある程度はアルトさんが知っているような気もするけど、出来ればガイドがいると安心できるんだが…。

 嬢ちゃんずの3人にも魔法の袋を渡しておく。アルトさんとミーアちゃんは1個は持っているから、大小2個づつ持たせることにした。これで、自分達の服は入るだろうし、ちょっとした食料と食器、それに水筒を入れておける。

 

 Kar98とショットガンは姉貴のザックに入れてもらった。装備ベルトには刀とグルカそれにバッグの裏にあるM29だけだ。まぁ、外にサバイバルナイフとパイナップルが付いてはいるけど、これは戦闘にはあまり使わないからね。お守り的な存在だ。


 姉貴は何時も通りの小太刀を腰に差して、背中にクロスボー、そして薙刀モドキを杖代わりに持っていくみたいだ。

 嬢ちゃんずはクロスボーと片手剣装備で勇ましい格好だ。


 旅支度が出来たところで、一旦装備を外して身軽な服装に戻る。

 そして、あっちこっちに挨拶をしに行く。


 「王都からサーミストに廻られるのですか。しばらく会えなくなりますね。」

 ちょっと残念そうな顔をしたキャサリンさんだった。


 「大森林か…。常に方位を確認するのだ。迷ったら、1方向にとにかく進め。」

 セリウスさんは経験がありそうだった。

 「此処が故郷にゃ。ちゃんと帰って来るにゃ。」

 家の中を歩き回る双子を目で追いながらも、そう言ってくれるミケランさんだった。


 家に戻り、テーブルで写本の補足を書いていると、姉貴が図鑑を取出して読んでいる。

 「何か判った?」

 「あまり、判らない。でも、「大森林編」っていう別の図鑑があるらしいわ。この図鑑って一般的なものばかりだから、地域限定版の獣はフォローできていないみたい。それでも、少し南方系の獣については記載があるんだけど…。」

 

 まぁ、マケトマムで購入した図鑑はどちらかと言うと初心者向け、王都や町では子供の教育向けってとこだから、そんなものなんだろう。

 しかし、別冊を出すほどに変わっているというのも凄い思う。

 「南方系って、どんな獣なの?」

 「一言で言えば、トカゲかな。結構大きいのもいるよ。2本足で動くのもいるみたい。」

 

 ふ~ん…。変温動物にしてみれば温暖な気候が望ましいという事なのかな。

 でも、恐竜みたいなのはイヤだぞ。

 「でも、サーミストにはあまり大きなのは居ないみたい。身長5D、群れで狩りをするラプターっていうのが居るわ。これが一番脅威みたい。」

 姉貴の図鑑を覗き込むと、そこに描かれていたのは後足で立っている恐竜モドキのトカゲ?だった。

 どこかで見たような姿だがちょっと思い出せない。

 武器は大きな口に並んだ鋭い歯と、前足の長い爪それに力強そうな足だな。結構素早そうだ。これが群れるとなると厄介に違いない。


 「何を見ておる?…ラプターか。…意外と素早いぞ。じゃが、爆裂球で威嚇すると結構楽に倒せるのじゃ。」

 経験者の言う事は大切にしよう。俺と姉貴は持てるだけ爆裂球を買い込む決心をして、雑貨屋さんで爆裂球の大人買いをしてきた。ついでに専用の小さめの魔法の袋を購入してその中に詰め込んでおく。王都で更に買い込むつもりだ。

 そういえばサーシャちゃんは、何時も爆裂球を入れてる小さなバッグを持っていたことを思い出し、雑貨屋に戻って同じようなバッグを人数分買い込んだ。

             ・

             ・


 そんな前日のどたばた騒ぎがあったけれども、今日からこの村をしばらく離れる事になる。

 完全装備でリビングに集合し、互いの装備を確認すると、暖炉の薪を散らして直ぐに消えるようにしておく。

 外套と帽子を被り、手袋をすれば出来上がり。

 家の外に出ると、雪の林の小道を嬢ちゃんずが元気に走っていく。俺と姉貴は採取鎌と薙刀モドキを杖代わりにして、雪道で転ばないように歩き始めた。

 通りに出ると、姉貴が石像の口に鍵を差し込む。

 林が両側からせり出し、林の小道を閉ざす。これで、この先に俺達の家があることは、知っている人以外は判らないだろう。


 山荘に着くと、此処も結構賑わっている。

 大型の馬ソリが2台、中型が6台もある。

 大型にはトリスタン夫妻とクオーク夫妻がそれぞれ乗り込み、嬢ちゃんずと俺達が別々に便乗する。中型は料理人や侍女達、それに手綱とブレーキを担当しない近衛兵が乗り込むようだ。


 「皆準備はいいな。…では、スロット君。後を頼むよ。」

 トリスタンさんの声で、手綱が緩められると、パシン!とムチが鳴りソリは動き出した。

 窓から顔を出すと、スロットとネビアが並んで俺達を見送ってくれている。

 俺は小さくなっていく彼らに手を振ると、スロットが手を振ってくれる。

 ちょっとした事だけど、やはり嬉しいものだ。


 馬ソリは東門で一旦停止する。

「商人達の馬ソリを先に行かせるんですよ。ソリが4台、陶器を運んでいます。」

 クオークさんが教えてくれる。


 俺達の乗った大型のソリは対面式にソファーが据えられた馬車の車輪をソリに変えたものだ。

 足元には真鍮製の炭を入れた小さな箱が置かれ、その上に大きな毛布が掛けられているので、コタツに座っているような感じがする。

 雪道を進むので振動もあまり無いから、このままだと寝てしまう公算が極めて高い。


 「クオークさん。例のものです。」

 「ありがとう。大森林での発見も期待していますよ。」

 姉貴が写本を翻訳した紙の束と俺が作った用語集をクオークさんに渡した。


 「大森林には変わった生物が多いと聞きましたが、なにかあらかじめ注意するものがあれば教えてください。」

 にこにこしながら写本の翻訳版を読み出したクオークさんを横において、姉貴はアン姫に訊ねた。

 「そうですね。…常識で判断しない事です。例えば、小さなモコモコした小動物がいたとします。ミズキ様なら、どうします?」

 対応に悩む姉貴を放っておいて、俺が応えてあげた。


 「姉貴なら、タタターって走っていって、ヒョイと取り上げて頬擦りすると思いますよ。」

 「たぶん、ヒョイっと取り上げることはできないでしょう。その小動物がいた場所に大きな口が開いて、パクリ…です。」

 何とえげつない罠だ。姉貴や嬢ちゃんずでは命が幾つあっても足りないぞ。


 「罠を使う怪物が多いということですか?」

 「罠にも色々な種類があります。何かを見つけたら、まずそれが罠ではないか?と疑って見る必要があります。」


 「アン姫は大森林に行った事はあるんですか?」

 「えぇ、何度か出かけました。私のギルドレベルは殆ど、大森林での狩りで得たものです。」

 俺の問いにアン姫が笑顔で答えてくれた。

 ここは出来るだけ情報を聞き出した方がいいだろう。

 「出来れば、大森林の事を詳しく教えて頂けませんか?」

 「えぇ、いいですよ。大森林とは…。」


 それは不思議な森林だ。

 サーミスト自冶国の首都、サーミスタの東南に位置する森はサーミスト国がスッポリ入るくらいの大きさだということだ。

 しかし、大森林には荒地も多いらしい。1つの森林で構成されているのではなく、大きな森林の複合体と捉えたほうが良さそうだ。だから、大森林地帯と言われているのだそうだ。

 その荒地には森林地帯の狩りをするハンター相手に何箇所か部落が存在する。

 部落には宿と雑貨屋、それに狩りの獲物を買取る商人がいるとのことだ。

 そして、部落と部落、森林と森林等を結ぶ小道と石の道標がある。

 これらを1枚にまとめたものが地図として売られており、サーミストのギルドではどこにでも売られているとのことだ。

 さらに、例の地域限定「大森林編」の図鑑も同じようにギルドで買えるとの事。

 

 「サーミストのハンターは早くから上級のハンターと共に大森林地帯に狩りにでかけますから、図鑑を購入する方はあまりいないのです。」

 アン姫の言葉はかつてマケトマムのギルドで言われた事を思い出す。


 「大森林では立木も動く場合があります。トリフィドではありませんから、ハンターを襲う事はありませんが、一晩で周囲の景色が変わっていた。何ていうことはよくあることです。」

 「大森林で確実なのは、ハンターの歩いた小道と、石柱で出来た道しるべ。それだけです。」

 

 そんな話をアン姫から聞いている内に俺達は街道の町サナトラムに到着した。

 クオークさんはまだ写本の翻訳文を読んでいた。


 今夜はここに泊まって、明日は街道を馬車で王都に向かう。

 俺達ハンターの資格を持っている者は、宿から一旦ギルドに出向き、到着と出発の報告をしておく。 ギルドへの通過報告だ。あらかじめ出発の日付をギルドに連絡しておけば明日そのまま出発する事が出来る。

 報告を終えた俺達は宿に戻り、明日の出発に備えた。

 

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