#116 食べると暖かくなるもの?
登り窯の窯焚きを止めて、1日たった。
まだ窯の中は高温なのだろう3段目の焚き口を少し開けると凄い熱気が噴出してくる。
導入口の空気の流れを制限しながら少しづつ窯の温度を下げていく。あと5日以上掛かるかもしれない。
昼頃に御用商人が村を訪れた。それぞれ5人の使用人を連れていた。
俺の家にも挨拶にきたのだが、俺が驚いたのは、サーミスト国のケルビンさんが土産だといって俺達にくれた大袋だった。
何と、小麦粉なのだ。…ということは、サーミスト国ではライ麦ではなく小麦が生産されているという事になる。 小麦粉があれば色々作れるぞ。
そして、ラジアンさんからは、りんごのような果物だった。
冬はビタミン不足になるから、このお土産も嬉しい。早速、嬢ちゃんずが数個づつセリウスさん、キャサリンさんそれにルクセムくんの家に届けると言って家を出て行った。
俺と姉貴は丁寧に礼を言って、陶器の窯出しは早くて後5日後であることを告げた。
「そうですか。…まぁ、山村でのんびりと静養するつもりで待ちましょう。」
そう言って、2人は使用人を連れて帰って行った。
「すごいね。小麦粉だよ。」
姉貴が袋の中身を確かめながら呟いてる。
「うどんでも作ろうか?」
「出来るの。…食べたいよ、うどん!」
それでは、早速うどん作りを始めることにする。
大きな木の鉢に小麦粉を入れて丁寧に練り始める。少し水が少ない位がいい。そしてちょっと塩を入れるのがポイントだ。
練って、練って…、テーブルに粉を打って、その上にドンと練った塊を乗せる。そしたら、小麦粉の塊にパンチを叩き込む。バシン!バシン!…と叩き込んでまた丸める。そしてパンチを叩き込む。たまに天井近くまで放り投げてテーブルに叩き付ける。
バシン!バシン!…と叩きつける音が家の外まで聞えたのだろう。
アルトさんが扉をそっと開けて中を覗き込んでいる。
俺がパン種のような丸い物をテーブルに叩きつけているのを見て、ぞろぞろと3人が入ってきた。
「何をしておるのじゃ。てっきりミズキと喧嘩しているような音が外まで聞えたぞ。」
「アン姫の実家に出入りしているケルビンさんに小麦粉を貰ったんだ。それで、俺達のよく食べてた料理を作ろうとしているんだ。」
そう言いながらも丸めた生地をテーブルに叩きつけているのを、アルトさんはしっかりと目で追っている。
「ちょっと楽しみじゃな。」
なんて言いながら、暖炉の前でゲーム盤を開いて待っているミーアちゃん達の所に歩いていった。
「こんな処かな。姉さん準備は出来てる?」
「大丈夫よ。大鍋の水もだいぶ温まってきたわ。」
生地を濡らした布で包んで少し寝かせる。
しばらく待って、今度は生地を伸ばす番なのだが、麺棒が無いぞ…。
「これ、使えるかな?」
姉貴が持ってきたのは、練習用の昆じゃないか?でも、丁度いいかも。
早速テーブルに粉を打ち、早速手の平で伸ばせるだけ伸ばす。
生地を裏返して再度伸ばす。そして、90度向きを変えてまた伸ばす。
こうして1cm程度の厚さに伸ばしてから、いよいよ麺棒?で伸ばしていく。
やり方は、手の平で伸ばした時と同じだ。上下を変えて、90度向きを変えて…。
3mm程度に伸びたら、今度は粉を打ちながら折り畳んでいく。
2回、3回、4回と折り畳むと、包丁で細く切っていく。
最初だから、3mm程度の幅で切る。
「お湯は?」
「大丈夫、沸騰してるよ。」
沸騰した大鍋に切ったばかりのうどんを投入する。
ちょっと長い棒で掻き混ぜて様子を見る。
だんだんとうどんの白い肌が半透明になっていく。
そして、白い部分が無くなった時に、急いで笊を沈めて全てすくい上げた。
適当な木の椀に笊を乗せて水切りをする。
次は、汁作りだが…。小さな鍋に焼いたチラを入れて出汁を取る。
そこに醤油と野菜それに干し肉を投入して煮込めば…まぁ、こんなもんだろう。
最後に汁の塩加減を確認して、ちょっと醤油を足して鍋を下す。最後に七味をちょっと入れとく。
粉の飛び散ったテーブルを姉貴が綺麗に布で拭くと、早速嬢ちゃんずが席に着いた。
俺は、外に出て林から適当な枝を切ると、その場で即席の箸を作る。
リビングに戻ると、テーブルの上にはうどんの入った木の深皿が各自の前に置いてある。焼いたチラがトッピングされているのが美味しそうだ。
作ったばかりの箸を各自に配ると、早速頂く事にした。
「頂きます」の声で箸でうどんを持つと、ふと嬢ちゃんずの視線に気付いた。
3人を見てみると、ミーアちゃんは姉貴の真似をしようと賢明に箸を持ち直しているし、アルトさんはグウで箸を握っている。サーシャちゃんは片手に1本づつ箸を持ってるぞ。
「箸は無理みたいだね。姉さん、フォークを出してあげたら。」
「やはり、慣れないとだめなのかしら?…ちょっと待っててね。」
姉貴が急いで3人にフォークを渡した。
「良くも2本の棒で物が掴めるものじゃ。」
アルトさんの言葉にフォークを持った2人が頷いている。
「俺達の国では、これを使って食べるんだ。ナイフとフォークは殆ど使わないんだよ。」
「まぁ、国の風習では仕方ないとしても、アキトが器用なのもその辺にあるやも知れぬな。」
そう言いながら、うどんをフォークに絡めて食べている。
味はまぁまぁだけど、俺としては久しぶりの腰のあるうどんの食感が嬉しい。
「初めて食する料理じゃ。パンと違って弾力があるし、喉にツルっと入るのがたまらん。」
サーシャちゃんには好評みたいだ。
「スープがしょっぱいけど、美味しいよ。」
ミーアちゃんが深皿を両手で持って汁を飲んでいる。
「乾燥させると保存が出来るから、残った分は取っておくね。狩りの最中にも食べられるし。」
姉貴が嬉しそうに嬢ちゃんずに話しかける。
3人とも、ニコリとしたのは、また食べられると思って嬉しかったのかな。
「ところで、この料理はなんと言う名前なのじゃ。」
「うどんって言うんだ。これが本来の食べ方だと思うけど、焼肉なんかと絡めて食べる焼きうどんと言うのもあるよ。その内、作ってみるからね。」
「それは楽しみじゃ。」
結構、受けが良かったようだ。
サーシャちゃんも、「食べると体の中から温まる。」って喜んでる。
俺としてはソバの方が食べたかったけど、ソバを栽培しているかどうか微妙なところだ。少なくともこの国にはソバ畑が無かったからね。
次の日、サーシャちゃんが残ったうどんを分けて欲しいって言ってきた。
訳を聞くと、両親に食べさせたいとの事だ。
笊に入れたうどんを全部渡したら、早速籠に入れて雪の中を3人で出かけていった。
姉貴と顔を合わせて微笑みあう。
「両親思いのいい子だよね。」
たぶん、昼食にでも食べるのだろう。とすれば、嬢ちゃんずはお昼過ぎに戻るはず。
その間は、写本を訳すとともに、単語の解釈を進めることにした。
夕方近くに嬢ちゃんずが帰ってきた。
アルトさんの言う事には、うどんは王族の間でも好評のようである。
「義姉が感心しておったぞ。何としても製法を伝授願いたいとのことじゃ。山荘にいる料理人に一度教えてやるがよい。」
いろいろと聞いてみると、商人達にも好評だったらしい。特にケルビンさんは、土産でこの様なものが作れると知って驚いていたということだ。
確かに麺の文化は中国から各地に広がったと歴史で習ったけど…。ひょっとして、この地にうどん文化が花開いたら、俺が創始者になるのかも。
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嬢ちゃんずは、3日に一度ギルドに出かけて依頼書を見ているようだ。
いつも不満げに帰ってくるのだが、今日は違ってた。
「ガトル退治を請負ったぞ。西門から遠くない場所じゃ。早速出かけてくるぞ。」
アルトさんがテーブルでお茶を飲んでいた俺と姉貴に告げると、3人でさっさと出かけてしまった。
俺達は思わず顔を見合わせる。
「雪が深いよね。」
「あまり遠くではないと思うけど…。」
とリあえず、俺は急いで装備を整えると、毛皮の外套を羽織り、頭には灰色ガトルの帽子を被って西門を目指した。
西門に行くと門は閉まっているし、新雪に足跡もない。
急いでギルドに戻り場所を確認しようと道を戻り始めたら、嬢ちゃんずの一行に出会った。
何と、嬢ちゃんずだけではなく、イゾルデさんとアン姫も一緒だ。その上近衛兵が数人付いている。どこぞの戦に行くのだと思わず聞いてみたくなる1団だ。
「そう心配するでない。我らも暇によって、レベルの低い者達を引き連れていくのじゃ。安心して待つがよい。」
俺にそう言うと、一団を引き連れて西門を出て行った。
仕方なくとぼとぼと家路を辿る。
家に戻って姉貴に経緯を説明していると、扉を叩く音がする。
急いで扉を開けると、マハーラさんが立っていた。
ジュリーさんと瓜2つだけど、マハーラさんは革鎧姿だから直ぐに分る。
「トリスタン様がお呼びです。山荘に来て頂けますか。」
特に用のない俺達は直ぐに身支度をして、マハーラさんに同行した。
山荘のリビングには男4人とジュリーさんがソファーに座って俺達を待っていた。
侍女に外套と帽子を渡すと、案内されるままに暖炉の傍のソファーに座る。
「わざわざ来ていただいて申し訳ない。妻達が出かけたようなので、そろそろ商談を始めようと思って呼んだのだ。」
「商談と言いましても、前回にお話した通りでいいと思うのですが…。」
「基本はそれでよいと思う。しかし、アキト君に権利を譲って貰いたいのだ。」
「権利ですか…。」
トリスタンさんの言う事には、ここの登り窯を王家の所有としたいらしい。
クオークさんが試しに作った窯では、上手くいかなかった事がどうやら背景にあるようだ。
「クオークの窯も試行の段階だから将来は良い物が出来るだろう。しかし、私としては現状で陶器の生産が可能な、あの登り窯を使っての陶器生産を国として管理していきたい。どうだろう?」
姉貴を見ると俺の視線に気付いて軽く頷いた。反対ではないようだ。
となると、条件次第と言う事になる。
元々陶器を作る目的はこの村の冬季の仕事を少しでも作ろうとした事による。
ならば…。
「元々、登り窯の制作費はアルトさんから頂いたものです。ですから、所有権はアルトさんにあるはずです。アルトさんが賛同すれば問題は無いでしょう。でも、この登り窯の構造等は俺が監修したものですから少しは権利があるのかも知れません。それは、お譲りします。但し、条件が2つ。1つは陶器製作の労働力として村人を使用すること。もう1つは、薪を得るために森を伐採したら、切った立木の数だけ新しく苗木を植えることです。」
「それだけで、いいのかね。」
「はい。その約束を守られるなら問題ありません。」
たぶん国営企業みたいな形で運営するんだろうけど、そうなれば不定期だった収入も安定すると思うし、専門の職人が増える事もあるだろう。長い目で見れば村の発展にも繋がると思う。
「村にマケリスという兄弟がいます。最初から登り窯に関与していますから、彼等を中心とした製作集団を作れば陶器を安定的に供給できるでしょう。」
「分った。一度会ってみよう。」
「処で、話は変わるが、少し前にサーシャが見慣れない食べ物を持ってきた。アキト殿が作られたとサーシャは言っていたが、あの食べ物の作り方を料理人に教えて貰えないだろうか。…スープに入れて皆で食したのだが、食感もよく食べ応えもあるものだった。小麦粉はパンにしかならぬと思っていたが、あれもまた美味しく頂ける。」
トリスタンさんの言葉にリビングにいた全員が頷いた。
「まさかお渡しした小麦粉であのようなものが出来るとは、思いもよりませんでした。是非教えていただきたいものです。」
ケルビンさんも、商人らしい太ったお腹を撫でながら追唱する。
「意外と簡単なんですが、作るには少し腕力と丸い棒が要ります。」
「直ぐに用意しよう。…少し待ってくれ。」
トリスタンさんは侍女を呼び寄せると、何やら話しをしている。
そして、「かしこまりました。」と侍女は俺達に軽く頭を下げてリビングを出て行った。
「私の話は以上だ。…後はクオークが話をしたいと言っている。付きあってやって欲しい。」
そう言って、商人2人を連れてリビングを出て行った。
「さて、私の話は写本のことです。どの当りまでいきました?」
「ほぼ、最後になっていますよ。後は、判りにくい単語の意味を補完しています。」
「それは、助かります。…それでアキトさん達は、やはり大森林の洞窟を訪ねるつもりなのでしょうか?」
「はい。王都から直接出向く事を考えています。幸いにも、先ほどトリスタンさんが陶器の今後を考えて下さるようですから、初夏の窯焚きは私達がいなくても大丈夫でしょう。クオークさんもその時は居られるのでしょう?」
「そのつもりです。…僕からのお願いは、洞窟壁面の文字がもし読めるのであれば、それを教えていただきたいという事です。」
文系で、しかも今まで写本なんかを調べていた者であれば、その要求は分らなくもない。
「王都には戻らないつもりです。でも、何らかの手段でクオークさんに手渡しますよ。」
クオークさんは立ち上がると、俺の傍に来て俺の手を握った。「ありがとう。」と言う言葉は力強い手の握りとともに俺に伝わった。
コンコンと扉が叩かれ侍女が入ってくる。
「準備が出来ました。料理人と使用人達が待っております。」
「では、教えに行ってくるよ。」
俺は、姉貴にそう言って、侍女について台所に付いていった。
料理人と使用人の4人を前に、早速講習会の始まりだ。
練って、練って伸ばして、練って…。
場合によっては布を被せて足で踏むのもいいよと教える。
そして、生地を布で包んで寝かせる。このあたりはパン作りに見えなくもない。
その後は生地を伸ばす。最初は手の平で、最後に丸い棒で…。って、この棒は槍の柄じゃないか。確かに手ごろではあるけど…。
次に、伸ばした生地を畳んで細く切る。
そして、最後に熱湯で掻き混ぜながら茹でる。
白いのが取れて半透明になれば出来上がりだ。笊ですくって水を切っておく。
「こんな風に作るんですが分りましたか?」
「大体のところは、分りました。しかし、このような製法があるとは思っても見ませんでした。王都に戻りましたら早速作ってみます。」
料理人の1人が一生懸命にメモを取っていたようだ。
その日の夕方、ガトルを十数匹倒して戻ってきたイゾルデさん達+嬢ちゃんずには、早速スープ仕立てのうどんが出される。
「寒い時には、これがいいのう。」
年寄りじみた言葉をアルトさんが言っていたが、全員頷いたところを見ると皆そう思っていたらしい。
商人達も、改めてこれは商売になると確信したようだ。
この村が元祖うどんの地として知られるようになるのも意外と早いかも知れない。