#115 窯を焚く日々
朝から吹雪いている。
こんな日は暖炉の傍で一日中いたいけれど、今日は登り窯の昇温を行なう日だ。
村の外で遭難なんて事にならないように、俺と、クオークさんの2人で行く事にした。
たっぷりと厚着をして、ジュリーさん達と俺の家にやってきた一行は、のんびりと姉貴とチェスや嬢ちゃんずとスゴロクで遊ぶようである。
一旦ギルドに出かけると、窯焚きの交代要員と合流して登り窯まで歩いて行く。俺は食料を乗せたソリを曳いて行く事になった。
お茶は小屋の周りの雪を溶かせば何とかなるけど、食料はそうはいかない。食事を作る叔母さん達も今日はお休みだ。
革のブーツの外に藁で編んだ雪靴を履き、さらに藤蔓で編んだカンジキモドキを履けば深い雪でも足を取られることはない。
南門の番人に挨拶してひたすら南に歩いて行く。
そして、途中の立木を目印に今度は西に歩く。しばらく歩くと遠くに黒く登り窯が見える。
屋根の雪が窯の熱気で溶け落ちている。
さほど火力は高くはないが窯全体の発する放射熱が屋根にまで伝わっているようだ。
昨夜の当番はマケリスさんだったみたいだ。これから、夕刻までは俺と村人5人で窯を焚き、夕方にはセリエムさん達と交替する。
早速、登り窯の周囲をマケリスさんと俺とクオークさんで検分する。
幸いヒビ等は入っていないようだ。
いよいよ窯の温度を上げることにする。
村人が2段、3段目の薪の投入口付近で薪の束を用意しはじめる。俺も薪置場から薪の束を数個、焚き口の傍に運び込んだ。
「始めるぞ!」
俺の大きな声を聞き、各段の左右の村人が手を上げる。
焚き口を開けて、薪をどんどん投入していく。
そして、焚き口の下に設けた導入口を全開にすると、燃焼室の薪が勢いよく燃え上がる。
その炎を見ながら更に数本の薪を投入したところで、焚き口を閉じた。
ゴォーっと音を立てて導入口に風が吹き込んでいく。
俺は焚き口から立ち上がり、俺をジッと見ている村人に叫んだ
「投入!」
各段に設けた薪の投入口へ左右から薪を投入していく。10本程度投入して投入口を閉ざす。
登り窯を被った屋根の外に出ると、丘の上の煙突の煙を見る。
薄黒かった煙が白くなり、それが薄まっていく…。
急いで燃焼室の焚き口に戻り、薪の投入を開始する。
そして、各段の村人に手を振って更なる薪の投入を指示した。
すると、2段、3段目の小穴から勢いよく炎が噴出し始めた。
約半Dとなるように各段の薪の投入量を増減する。
外に出て、煙突を見ると煙は殆ど見えなくなってきた。薪は完全に燃焼しているようだ。
焚き口に待機していた村人に後を託して、クオークさんと小屋に入る事にした。
小屋の中に入り、中央の炉にポットを乗せてお湯を沸かしておく。
炉に数本の薪を入れると、低い板敷きに座り込む。
「これが3日目になります。2日かけて暖めた製品を更に加熱する工程です。」
「燃焼室だけでなく、製品を入れた段にも薪を投入するんですか。そして、あの小穴から噴出した炎。あれを何かの目印にしていましたね。」
「炎の温度を知る手立てとして、小穴を開けて其処から出る炎の高さを目安にしてます。今日から2日間、小穴から出る炎の高さは半Dを保つように薪の量を調整します。後は、煙突からの煙にも気を付ける必要があります。なるべく透明な青い煙が理想ですね。黒い煙が勢いよく上がるのは良くありません。導入口を開いて風をもっと送る必要があります。」
クオークさんは俺の話を、一生懸命にメモ書きしている。
そこに、村人が2人入ってきた。
毛皮の外套を脱ぎ捨てて、急いで炉の傍に座ると薪を炉に注ぎ足した。
そんな村人にクオークさんがお茶の入った椀を配る。
「あぁ、すみませんね。…窯の火は安定しています。この状態なら3人で監視しながら薪の投入ができます。」
村人の1人が、お茶を飲みながら俺に報告する。
「厳密に噴出す炎を半Dにしなくてもいいからね。でも噴出す様でなくてはダメだし、半Dを超えるようでもダメだ。」
「その辺の加減は春先の窯焚きで覚えました。今日もその時の仲間が3人いますから安心してください。」
5人の内3人が経験者とはありがたい。そして新人が2人いることも…、特定の村人のみが恩恵を受ける訳ではない事にマケリスさん達の気配りが見える。
お茶を飲み終えた村人は、大きな鍋を取出して昼食用のスープを作ろうとしている。
俺はソリから食料の入った袋を下ろすと、彼らに手渡した。
「これは、氷に穴を開けて釣をしてとった獲物だ。よかったらスープに使ってくれ。」
2匹の黒リックは40cm程度の大きさだが、ぶつ切りにして鍋に入れれば皆で食べる事が出来るだろう。
「この季節に魚ですか。皆、黒リックは好きですから、ありがたく頂きます。」
早速、輪切りにして鍋に入れている。
「ところで、話しは変わりますが…。よく母に勝てましたね。母はギルドランクで銀4つ。虹色真珠を持たないゆえにそれ以上のランクにはなりませんが、アキトさんは確か黒8つでしたか…。虹色真珠の保持者ではありますが、王都で母に勝てるのは御祖母様以外におりません。」
やはり、高位ランクの所持者だったか…。
しかも、ちょっと気になることを言ってたぞ、祖母は母に勝てるという事は、もっと強いって事だよな。
「俺は武器を持った戦いはあまり得意じゃないんだ。どちらかと言うと、拳同士の戦いの方がいいんだけど…。」
「御祖母様の戦いはそれに近いですよ。イザとなれば長剣を片手剣のように使いますから。」
何という女傑なんだ。それがこの王国の妃なの?
俺は無事に試合を終らせる自信が無くなってきた。ある意味、ザナドウ狩りは失敗だったんじゃないかと思えてきた。せっかく寝込んでいたお妃様を復活させてしまったようだ。
「僕は、嬉しかったですよ。御祖母様がずっと臥せっていて、会いに行く度にお前達に苦労をかけると言い続けていましたからね。これからは御祖母様も、王国の為に動き回ることができます。」
「御祖父様も、妃の愚痴を聞かずに済むと言っていましたが、何の事やら…。」
国王もやはり苦労していたんだろうな。動きたい人が動けないのでは、さぞかし色々と愚痴めいた事を言われ続けたに違いない。
そういう意味では、ザナドウ狩りはこの王国に明るい未来を提供した事になるのかな。
俺達と村人5人で、交替しながら登り窯の薪を投入し続けていく。
炎が安定しているので、2人で状態を見ながら薪の投入をするだけでよいのでそれ程の重労働にならずに済む。
周囲は1mを越える積雪だが、登り窯の周囲は窯の熱によって結構暖かく感じる。
屋根の雪は殆ど融けてしまっていた。
そして、夕刻にセリエムさんが5人の村人と共にソリを曳いてやってきた。
「状態はどうですか?」
セリエムさんは登り窯に来ると、直ぐに俺に確認してきた。
「安定してます。このまま継続できるでしょう。夜は冷えますが後をお願いします。」
「昇温初期が不安定ですからね。前は苦労しました。…では、後を引継ぎます。雪が深いですから気をつけて帰ってください。」
俺達は村人5人と共に登り窯を後にして家路についた。
何時の間にか吹雪は止んでいたようだ。日暮れの雪原は全体が白く光って幻想的な風景だけれど、ゆっくり立止まっていては体が冷えてくる。
歩き辛いカンジキモドキを使って、ゆっくりと村に向かって歩いていった。
村の南門の詰め所には、近衛兵がクオークさんを出迎えに来ていた。やはり少し心配になったのだろう。ここでカンジキモドキを外して解散する。
家に戻ると、嬢ちゃんずが暖炉の前を開けてくれた。
毛皮の外套を脱いで早速暖炉の前で温まる。
「どうじゃ。上手く行っておるのか?」
「問題なし。…でも結果を見ない内は安心は出来ないね。」
アルトさんにそう応えると、早速風呂に行って【フーター】で湯船にお湯を張って入る事にした。
やはり、冷えた体には暖炉よりもお風呂が一番だ。
お風呂を出て、ロフトで着替えるとリビングに下りて、テーブルに着く。
「ご苦労様でした。クオークさんも一緒だったのよね。」
「そうだよ。吹雪だから心配してたんだけど、好奇心のほうが勝ったみたいだね。」
姉貴が入れてくれたお茶を飲みながら、登り窯の様子を報告した。
「今日は、ジュリーさんが来たわ。この間の写本にエルフ族の言い伝えがあったから興味が沸いたのかもね。…サルの文字には嫌悪感丸出しだったんだけど、写本となれば違うって感じがちょっとおかしいよね。同じ文字を使っているんだから…。」
「それで、進展はあったの?」
「私が読んで、それをジュリーさんが書きとめるという形で進めたから、結構進んだよ。トリスタンさん達が滞在してる間には全て完了するわ。」
「じゃが、我等にはよく判らぬ事だらけじゃ。途中から来たマハーラに判らぬ言葉を書き出させたゆえ、写本の読みとは別に言葉の辞書を作ることも必要じゃ。」
アルトさんが暖炉の傍から俺に言った。
確かに俺達がいた世界の文明レベル以上に進んだ文明の成果物をこの世界の人に説明するのは難しい。でもそれがどんなものかが判らなければ単なる不思議な物となるわけだ。
「少しは協力するよ。明日はマケリスさん達に任せるからね。」
「そうだ、ミーアちゃんは文字が読めるんだよね。書くことは覚えた?」
スゴロクから目を離してミーアちゃんは俺を見た。
「サーシャちゃんに教えて貰った。でも、まだ良くは書けにゃい。」
「じゃぁ、文字の練習に、マハーラさんが判らなかった言葉を俺が解説するから、それを書きとめてくれないかな。判らないところはサーシャちゃんに教えて貰えばいいと思うよ。」
早速、嬢ちゃんずは俺の前のテーブルに着いた。姉貴がミーアちゃんに紙とペンそれにインクの壷を渡す。
頑張ってね。って姉貴はミーアちゃんに囁くと、夕食の準備に取り掛かったようだ。
アルトさんがマハーラさんの書いた単語のリストを取出してきた。
「まずは、これじゃ。『動力炉』とある。」
「動力炉とは熱を発生させるための大型の機械のことである。」
「熱はそのままの状態で使用することはせずに、一旦電気等の別の形態に変化させて用いる事が多い。このため、単独で使用されることは無く、多くの付属装置が動力炉には付いている。」
淡々とした俺の言葉を一生懸命にミーアちゃんが書きとめている。
そして、文字に間違いがない事を隣のサーシャちゃんが見ているのが微笑ましい。
すると、アルトさんが片手をチョコンと上げた。
「質問じゃ。機械とは何じゃ?」
「主に金属で出来たカラクリかな。」
「炉で熱を作るのであれば、大きな焚火をカラクリの中で焚いていると考えればよいのか?」
「2つ大きな違いがある。その焚火には薪の供給が殆どいらないんだ。そしてその焚火の出す熱は鉄をも簡単に溶かす程の高温だ。」
「最後は、電気じゃ。それはどんなものじゃ?」
「簡単に言うと雷だよ。」
「写本の者達は雷を利用していたのか?」
アルトさんの問いに俺は頷いた。
ミーアちゃんの書いた文を見てみると、ちゃんと書けてるし、動力炉を1枚に解説してある。文字も綺麗だし、これなら、問題ないだろう。
そして夕食を挟んで、その夜に更に「通信器」と「磁力兵器」の解説文を作成した。
アルトさんが、「まだまだあるぞ。」って言ってたから、姉貴の写本の読みが終ったら手伝って貰おうと思う。
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登り窯の窯焚きは5日目に入った。
今日は、珍しい程に空が晴れて、少し暖かく感じる。
そんな訳で、トリスタン、クオーク両夫妻も登り窯にやってきた。
セリウムさんと俺とで窯の周囲を巡り、最終段階の昇温に問題がない事を確認する。
「大丈夫みたいですね。」
「始めようか。準備をお願いします。」
早速、セリウムさんは村人と共に、2段目と3段目に両側に付いている薪の投入口に薪を運び始める。俺も燃焼室の傍に大量の薪を運んだ。
「準備は出来てます。合図をお願いします。」
俺はセリウムさんに頷くと、クオークさんに顔を向ける。
「始めますよ。小穴から出る炎の高さが1Dとなるように薪を投入します。」
そう言って、登り窯に配置した村人を見る。
何時でも薪を投入出来るように、何本かの薪を手に持っている。
「昇温開始!」
俺の怒鳴り声が周囲に響く。
と同時に、5箇所の焚き口から一斉に薪が投入される。
ゴォォーっと風が導入口からの登り窯に吹き込んで行く。
たちまち小穴から噴出す炎の高さが上がっていく。
「うおぉぉー凄いな!」
登り窯の屋根の外で全体を見ていたトリスタンさんが驚きの声をあげる。
急いで傍に駆け寄り、彼が見ているものを確認すると…。
それは、炎を吹き上げる煙突だった。
一度高く炎を吹き上げた煙突だったが、段々と炎の高さを減らしていく。
それを確認して、各段にある小穴の炎を見渡すとほぼ1D程度の高さだ。
一瞬温度を上げすぎたかと思ったが、それ程でもないようだ。
村人がどんどん薪を投入していく。
これから2日間が一番薪の消費量が増える期間になる。
「これが2日間続くのかね?」
「そうです。陶器作りの最終段階ですね。でも火を止めても、1週間は窯を開けることが出来ません。内部は高温ですから徐々に温度が下がるのを待つ事になります。」
「商人達は後5日程度で村に着くだろう。数日待たせるのも私にとっては都合がいい。」
御用商人と密談でもするのだろうか?
そんな事が出来るのも山荘ならではの事なんだろうけどね。
次の日は、登り窯をマケリスさん達に任せて、朝から湖に釣に出かけた。
今度の小屋は少し大きく拵えてある。2畳程度の大きさだ。
嬢ちゃんずが釣るとなると、前の小屋ではやはり小さすぎる。
氷の上を滑らせて、斧とノコギリで氷に穴を開けてのんびりとチラを釣る。
「どうじゃ。釣れておるか?」
「このぐらい…。」
俺は、傍らの笊を見せる。そこには10cm程のチラが30匹程入っている。
嬢ちゃんずは、ジッとそれを見ていたが…。
「後は我等に任せるのじゃ。」
そう言って小屋に入ってくる。仕方なく新たに仕掛けを2本小屋の屋根から取出して、3人に手渡すと俺は小屋から出ることにした。
「たまに、扉を開けて空気を入れるんだよ。」
俺は小屋での釣りの注意点を告げて氷の上を家まで歩いて行く。
家の扉を開けると、姉貴がテーブルで写本の翻訳をしている。
「ただいま!」
「あら、アルトさん達に追い出されたみたいね。釣れてるの?」
「まぁまぁだね。嬢ちゃんずが頑張れば、山荘に届けられるかもしれない。」
「母様に食べさせたい。ってサーシャちゃんが言ったのを聞いて、出かけたみたいなんだけど、そんなに釣れてるなら良かったわ。」
結構、ワガママだけど思いやりはあるんだよな。まぁ、にくめない事は確かだ。
昼を過ぎて嬢ちゃんずが持ち帰った獲物を皆で数匹づつ串に刺して軽く炙る。
その後、醤油に一度浸して再度炙り直す。
40本近い串焼きを10本は夕食用に取っておき、残りを山荘に嬢ちゃん達が持っていった。外道で掛かった黒リックはセリウスさんにあげるみたいだ。
「沢山釣れて良かったね。」って姉貴に言いながら夕食の黒パンを炙り始める。
ホントはまだまだ両親に甘えたい年頃なんだと思う。
でも、それはミーアちゃんだって同じ事だと思う。
この頃、あまりかまってあげられなかったけど、もう少し兄貴らしいところを見せなければなるまい。