#113 帰ってきた嬢ちゃんず
年が明けて、本来ならお正月を祝うところではあるが、生憎ここにはそんな風習は無いようだ。
それでも、俺達2人はお正月を祝う事にした。
2人で新年の日の出を拝む。昨日までの吹雪がウソのように今日は青空が広がっている。その後は新年のご馳走だ。
もっとも、雪深い山村の食料事情はおせち料理を購入する事も、作ることも出来ない。
俺達が出来ることは、前の世界を思い出して、ごはんと味噌汁を作ること。
俺達2人分なら何時でも俺達がこの世界に来た時に用意した品物を取り出せると姉貴は言っていた。でも、それは1日に付き1食分。ある程度ためる事は出来そうだが、数人以上だとやはりこの世界の食べ物になってしまう。
オカズはチラの炭火焼と黒リックの塩焼き、それに野菜の簡単な押漬けだったけど、久しぶりに食べる日本食は美味しいし、箸の使い方を忘れていなかった事も嬉しかった。
「ごはんのお代わりはいいの?」
姉貴の言葉にありがたくお代わりをしながら、ふと気が付いた事を姉貴に聞いてみた。
「今日は元旦だよね。…この世界に来て1年以上経つけど、行事とかお祭りって無かったような気がするけど。」
「狩猟期とかカルメルの試練は一種のお祭りでしょう。…でもその外には無かったね。今度セリウスさん達に聞いてみましょう。近くにある時は皆で見に行っても面白そうだし。」
そんな話をしていると、扉をトントンと叩く音がする。
姉貴が急いで扉を開けるとミケランさんと双子が立っていた。
「おはようにゃ。2人でいると寂しいと思って遊びに来たにゃ。」
ミケランさんの話を聞き流して、姉貴は急いで双子を暖炉の前に抱きかかえてきた。後は俺を見て頷いたところを見ると、俺に危なくないように見張っていろ。との事らしい。
ミケランさんをテーブルに案内して、姉貴は早速お茶を入れる。
「寒かったでしょうに。」
「大丈夫にゃ。ちゃんと毛布に包んでソリで引いてきたにゃ。セリウスはギルドに行ってから来るにゃ。」
双子はまだ生後1年になっていないが立って歩く事ができる。人間よりも成長速度がかなり速い。今年中にはオムツも取れて、話すことも出来るとセリウスさんが言っていた。
でも、お守りを任されると大変だ。暖炉に近づこうとするし、あっちこっちをやたらと触りだす。急いで危ないものを片付けたけど、よく見ていないと…。
また、扉を叩く音がして、セリウスさんが「邪魔をするぞ。」と言いながら入ってきた。
姉貴がセリウスさんをテーブルに案内すると、双子をミケランさんと姉貴で抱っこしてテーブルに着く。
セリウスさんにお茶を出しながら、朝ごはんのおかずだった、チラの炭火焼を木の皿に載せて出す。
「いつもすまんな。…しかし、この季節に魚をどうやって獲るんだ?」
「氷に穴を開けて、そこから仕掛けを下すんです。湖が凍らないと出来ない釣りですが、先週湖が凍ったんで昨日釣り上げたものですよ。後で釣り方を教えますから楽しみにしていて下さい。」
「あぁ、お願いするよ。…それと、ギルドに依頼は今のところは無い。手紙が王宮から来ていたので持ってきた。アキトとミズキ宛だ。」
セリウスさんは服から手紙を取り出して姉貴の前に置いた。
早速、姉貴は封を破って2枚の手紙を取り出した。
1通はクオークさんからだ。両国へのお祝いの品に対するお礼の手紙であるが、最後に新年の10日にトリスタンさんと此方を訪れることが簡単に書いてある。
もう1通は、アルトさんからだ。やはり同行する事が書いてあった。そこには同行者として、ミーアちゃんとサーシャちゃんの名前も書いてある。
手紙を読んだ姉貴の顔は嬉しそうだ。
「10日にトリスタンさん達が来るそうです。人数も書いてありますが、アルトさん達は山荘ではなく、此方に来るといっています。」
「…となると、スロット達にも準備をさせておく必要があるな。食料と調理人達を同行させてくるのは助かる。まぁ、当座の食料があれば、町から食材を取り寄せるのもいいだろう。」
当然、トリスタンさんやクオークさんは登り窯の窯焚きを見に来るのだろう。だとすれば、陶器の取出しまで村に滞在すると考えた方がいい。
「トリスタンさんが村に着いてから2日後に窯焚きを始められるように調整する必要がありますね。」
「そうだな。それは俺からマケリスに伝えておこう。村人への支払いは前と同じでよいいだろう。後は、スロット達への連絡か…。それも俺が伝えておこう。」
「セリウス、伝える事がもう1つあったにゃ。」
「おぁ、そうだった。実は、俺は今年からギルド長としてこの村のギルドを仕切る。…ハンターの資格はそのままだが、お前達と自由に狩りを楽しむ事はあまり出来そうも無い。ミケランはミクとミトを一人前になるまで続けると言っているが、こればかりは分からんな。子供達がハンターを望まなければそれまでだ。」
セリウスさんがこの村のギルド長になるのか。そういえば、今のギルド長って結構な年寄りだからな。
あれ?…するとセリウスさんが村長も兼ねるのだろうか?
「おめでとうでいいんですよね。するとセリウスさんは村長も兼ねるのでしょうか?」
姉貴も同じように考えていたようだ。
「いや、村長は今まで通りだ。先のことは判らんが、彼からギルド長としての仕事だけを譲り受けた。王都にあるギルド本部から昨日、任命書が届いたばかりだ。」
セリウスさんがギルド長か…。何か色々と変な依頼を個別に頼まれそうな気もするけど、それもまた楽しそうだ。
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スロット達を手伝って山荘の掃除をしたり、火箱の使い方を教えたりと、トリスタンさん達が来る準備を続けていたある日の夕方。
扉を叩く音に姉貴がテーブルの席を立って扉を開けに行った。
そして、扉を開けると…、そこには3人の姿があった。嬢ちゃんずが一足先に村にきたみたいだ。
姉貴が3人を家に入れると、勝手知ったる何とやらで、早速3人は暖炉の前に陣取った。
「早かったわね。トリスタンさん達も今日着いたの?」
「兄はまだじゃ。あと2日は掛かるじゃろう。我等は、一足先にソリで来たのじゃ。」
そんな事を聞きながら姉貴は3人にお茶を入れる。
3人がテーブルに着いたのを見届けると早速、矢継ぎ早に質問を始めた。
「ミーアちゃん。王都はどうだった?」
「人が一杯いた。狩猟期よりも人が多かった。王宮はみんにゃ親切にしてくれた。」
目元をほころばせて、「そう、良かったわね。」なんて姉貴は言ってる。
「ところで、山荘は何処にあるのじゃ?」
「通りを挟んでセリウスさんの家の反対側よ。山荘は出来たけど、庭は未だなの。」
「この季節じゃ。山荘さえ仕上がれば問題なかろう。…ところで、しばらく厄介になる。ジュリーは山荘に行くじゃろうから、我等3人だけじゃ。」
今回はジュリーさんは別行動か…。となると、嬢ちゃんずを止められるのは姉貴だけだ。大丈夫かな。
「そうだ。ねぇ、披露宴はどうだったの?」
「お城の大きにゃ広間で、大きにゃテーブルにたくさんの料理がにゃらんでた。私達は、お揃いの白い衣装で行ったの。髪飾りにはロック鳥の瑠璃色の羽根を1つ着けて貰ったの。」
「それで、それで…。」
楽しそうに姉貴が急かす。
「アン姫様も真っ白にゃドレスだった。そしてロック鳥の羽根をふんだんに使った髪飾りでクオーク様と一緒に登場したの。そういえば、アン姫様の持っていた羽根扇もロック鳥の羽根だったと思う。」
「さっきまで騒がしかった部屋が、2人が登場したらシーンと静まり返った。若い女の人達は羨ましそうにアン姫様の髪飾りを見ていたの。」
確かに綺麗な羽根だったからな。その上貴重種、滅多に獲れない鳥だって聞いたぞ。
「それから、招待された人達がお祝いの品を届け始めたの。そして、私達の番になって…。」
「傑作じゃったぞ。…司会が祝いの品を読み上げようとして、その場に倒れてしまった。代わりの者が出てきたのじゃが、目録を見て大きな口を開いたままじゃった。そして、ようやくかすれた声で言ったのじゃ。「ネウサナトラムのハンターより、ザナドウの嘴と肝臓…。」するとな、するとな…ハハハハハ…。」
「お年寄りの何人かがその場に倒れちゃったの…。」
俺達は行かなくて良かったような気がする。もうちょっとやり方がありそうな気がする。
「ははは…。そして、2人の前で箱を開けると、他国の長老が何人か出てきてジッと嘴を見おった。そして、「ザナドウじゃ。紛れも無い…。」と言いおった。それからは大変じゃ。知られている中で3番目の討伐じゃ。ザナドウを狩ったハンターは誰じゃということになっての。我は正直に答えた。我等3人とここにいるアン姫それに仲間のハンターだとな。」
「今度狩った時は是非わが国に、と大変じゃった。…そうそう、ザナドウの肝臓は確かに万病の薬じゃった。長らく寝込んでおった我の母君が、ザナドウの肝臓を口にして見る見る回復に向かった。我から改めて礼を言う。」
それは、良かった。あまり信じてなかったけど、それなりに効き目があった訳だ。
「それで、元気になったお妃様に合う事が出来たの。そして、いつまでもサーシャちゃんを頼みます。って言われた。」
「そうじゃった。アキト達があまり人前に出るのが好きでない事は告げてある。しかし、母君はそれでも1度だけ連れてきて欲しいと我に頼んだ。我等が王宮に帰る時、同行して貰えないじゃろうか?…それに、王都には何れは一度訪れねばなるまい。王都の神殿に行けば、火、水、風、土の最上級魔法が手に入る。」
確か、魔法に関してそんな事を聞いた事がある。中級魔法までは、移動神官や、町の分神殿で手に入るらしいが、最上級魔法だけは神殿に行く必要があるらしい。
それなら、最上級魔法を入手するついでにアルトさんの望みを叶える事ができる。
「確かに魅力ですね。分かりました。でも、これが最初で最後ですよ。」
姉貴の応えに俺も依存は無い。
「感謝する。ついでに王宮の近衛の練習に付き合うてほしい。300Dを飛ばす投槍をどうにも信じることが出来ぬようじゃ。」
アルトさんはそう言うと、自分達の部屋に荷物を持ち込んで、暖炉の前で前のようにスゴロクを始めた。
なんか、前に戻ったようで、ちょっと安心する。
そして、2日後にトリスタンさんとクオークさんがそれぞれ妻を伴って山荘にやってきた。
男女10人づつの近衛兵、4人の侍女、そして2人の調理人を同行しており、後から、2人の御用商人が5人の使用人を連れて来ると言っていた。
早速、スロット達が山荘の案内をしているようだ。
その夜、セリウスさん夫妻と俺と姉貴で山荘を訪れた。嬢ちゃんずは、家で待っているそうだ。
侍女にリビングに通され、フカフカのソファーに座って、トリスタンさん達が来るのを待つ。
そして直ぐにトリスタンさん達はやってきた。
「1年ぶりかな。よくサーシャのお守りが出来たと感謝しておるぞ。…今夜訪れたのは陶器のことだな。…その前に、セリウスよ。この村のギルド長になったそうだな。おめでとう。」
セリウスさんが深くお辞儀をする。
「陶器の窯焚きは2日後に行なおうと考えています。前回は8日をかけましたが、今回は6日で窯を止めます。でも窯を冷やすのにやはり6日は掛かるはずです。」
「12日掛かるということだな。…じっくりと見てみたい。商人達も後10日程ほどで此方に来るであろう。ちょうどよい。」
其処へ、アン姫と初めて見るご婦人がリビングに入ってきた。
「初めてお会いします。サーシャの母、イゾルデでございます。」
言葉遣いは丁寧だが、服装は…アン姫と一緒の戦装束だ。いいのか、この王国は…。
「ミーアの姉のミズキです。此方はアキト。」
関係者が揃った所で、侍女がお茶を運んできた。銀のカップだ。
「ザナドウを狩ったとか…。その話を聞いて、私は眠れませんでしたわ。次の日、早速アンを呼んで事の詳細を聞きましたが、そこまで作戦を立て人を配置するなぞ、私には思いもよりませんでした。是非とも次にザナドウを狩る時には私をお誘いくださいませ。」
確定した。この王国の王族の女性は全て戦闘狂だ。
となると…。アルトさんのお母さんもきっとそうに違いない。
「ザナドウは披露宴の宴席の楽しみとして狩ったものです。たどり着けない楽園の名を持つ巨大な陸蛸…。そうやすやすと狩れるものでもありません。」
姉貴が、そう謙遜しているけど、相手は益々気に入ったみたいだ。
「でも、狩る時には連絡をお願いします。それと、今回同行させて頂いた理由は、アキトさんと試合がしたかったからなのです。ミーアちゃんから聞きました。短い棒を自由に使いこなすとか。それでガトルを狩り、タグを倒したと聞きました。さぞかし立派な槍なのだろうと思いましたら、棒の先に小さな鎌が付いてるだけと言うではありませんか。是非一度お手合わせをお願いします。」
「アキト君。私からも頼むよ。妻は槍には自信があるようなのだ。少し位の怪我は私が許すから。」
えらいことに成ってきた。確かに杖は、この世界では短い棒だよな。
でも、怪我をさせた日には…タレット刑が待っているような気がするぞ。
「分かりました。でも、手加減できないかも知れませんよ。」
「それこそ、望む所です。」
イゾルデさんはにっこりと笑いながらそう応えた。
「私とした事が肝心の事を忘れていた。ザナドウの肝臓は大変な効き目があった。ずっと床に伏せっていた母がたちどころに回復に向かっている。是非王宮に来て貰えるよう、頼まれていたのだが…。」
「その話は、アルトさんに聞きました。アルトさん達と同行しますので、よろしくお願いいたします。」
そして、話題は元の陶器に戻っていった。
「クオークも陶器に取り組みだしたが、あまり結果はよくないようだ。やはり原因は温度ではないかと言っておるのだが…。」
「確かに温度は大切です。俺達は温度を炎の高さで判断していますが、こればかりは計る道具もありません。」
「温度で思い出しました。前にアキトさんが言っていたのは、これのことですか?」
クオークさんは俺達の前に布で包んだものを出してきた。
早速、解いて中を見ると…石炭だ。
「これです。これが炭の代わりになります。炭を石のように圧縮したものですから、これを燃やして鉄を錬成すればもっと強靭な鉄が出来るでしょう。製鉄には炭を錬鉄には石炭を使用すれば炭の消費量を減らす事が出来るでしょう。」
製鉄にも利用できるがそれには石炭からコークスを作る必要がある。
コークスの製造方法は分からないが、将来はそれを作ることも出来るだろう。何事も経験が必要なのだ。
「登り窯の窯焚きから見せてもらってかまいませんね。」
「もちろんです。最初から、最後までじっくりと見てください。」
クオークさんに写本の話をするのを姉貴はためらっているみたいだ。
まぁ、時間はあるし、今夜する話でもないと思う。
その内、クオークさんが俺達の家に来るのを待っていればいい。
最後に、アルトさんとサーシャちゃんは責任をもって、村に滞在する間は預かりますと宣言して山荘を後にした。