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#112 山荘の完成

 朝食後に山荘の工事現場にスロットを連れて出かけると、現場にはセリウスさんがポツンと立っていた。

 聞けば、マケリスさんと、セリエムさんは村人を連れてそれぞれ出かけていったとの事だ。


 「石の運搬は荷車の傷みが激しい。早い内に代替の荷車を手に入れた方が良いだろう。」

 「マケリスさんにも指摘されました。早速数台を入手します。それと大工との話で、建築資材は町から取り寄せるとのことです。我々の工事は造成工事が重点になります。」

 「それは良かった。場合によっては資材運搬用の荷車も購入するがいい。…ところで松で杭を作り地面に打ち込むと言っていたが、アキトの考えている杭はどのようなものだ。そしてどうやって杭を打つのだ?」

 

 確かに杭を打つ話はしたが、やり方までの説明はしていない。

 俺は、岸辺の砂に木切れを使って概略の説明をした。


 「やはり、俺が思っていた以上の杭を打つようだな。太さが約1Dで長さが20Dか…。となると、通常の木槌では打てないぞ。」

 「こんな櫓を作って大木の丸太を槌代わりにします。槌の上部をロープで結び、櫓の上の横木を通して皆で曳くのです。そして放せば、丸太が落ちて杭を打ち込みます。」

 

 「最初に穴を掘って其処に杭を立ててやるのだな。その櫓も作る必要があるな。」

 「はい。そして杭はこのように溝を掘った中に打ち込みます。溝は杭の上に砂利を敷くことで、山荘の重さが杭に均等掛かるようにするためです。」

 「…と言う事は、山荘の大きさが決まらないと工事が出来ないということになるな。」


 セリウスさんが困った顔で呟いた。

 「大工のエイムさんが早速図面を引いています。数日で形が見えてきますよ。」

 とは言ったものの、どんな形になるか少し心配になってきた。

              ・

              ・


 そして2日後の昼にエイムさんが現場に図面を持ってやって来た。

 丸太のベンチに座ると地面に図面を広げる。

 「造成区画が広いですから、1つの建屋とせずに数棟の建屋で構成する形がいいと思います。具体的には、中央の山荘と湖に向かって左手に管理人の住居。右側に兵舎と馬小屋という構成です。これにより、工事は分散化しますので建築が比較的容易になると共に、大型木材を使用する箇所が限定されますので工事費も安く抑える事ができるでしょう。更に馬小屋は馬車を納めるために大型になりますが、山から切り出した木材を使用しても住む訳ではありませんから大丈夫です。」

 「真ん中の山荘の大きさはどの程度になるのだ。」

 「山荘は2つの寝室と2つの客室、小部屋が2つ、リビングが1つになります。大きさは縦38D,横54Dとなります。兵舎は縦32D、横54D。馬小屋は縦18Dで横36D。管理人の住居は縦横25Dの大きさです。」

 

 通りから真っ直ぐに林を抜けると、ちょっとしたロータリー越しに山荘の玄関となる。馬車はそのまま南に兵舎を通りこして馬小屋へ行けるような配置だ。兵舎は山荘から林の方向に一歩引いた形で配置され、山荘の景観は損なわれないだろう。管理人の住居はセリウスさんの家よりも少し大きいが、山荘から北に距離を空けて建てられる。間に木を植えれば管理人の住居があるとは思えなくなるような場所だ。

 これも、造成区画が大きいことから可能なのだが、分散配置をエイムさんは考えた訳だ。


 「良いのではないか。姫達も気に入るだろう。」

 セリウスさんが感心したような顔で呟いた。昼食作りに来ていた姉貴達や、将来の管理人であるスロット達にも異論は無いみたいだ。

 

 「では、これで進みましょう。早速、この図面の建屋位置に杭を打って土台を作りましょう。」

 そして、俺とセリウスさんスロットそれにエイムさんで寸法を測り杭を打っていった。

 

 位置が決まれば早速土台作りに取り掛かれる。

 「この杭に結んだ糸に沿って溝を掘ればいいのだな。」

 「溝は2段の深さに掘ります。深さ1Dで横幅が2Dの溝とその中心に1D弱の深さ3Dの溝です。」

 「深い溝に沿って杭を打っていくのか。」

 「そうです。…杭1本毎に掘るよりも時間を短縮できるでしょう。」

             ・

              ・


 そして、あくる日からは石の運搬作業の村人10人を使って溝掘りを初める。

 更に、石の運搬を一時中断して、砂利を運び込む。

 これを3日程行なうと、山荘部分の土台となる溝が出来上がった。

 

 ここで、村人を3つに分ける。20人の杭打ちを行なう者達と砂利の運搬を行う20人。それに松の切出しを行なう10人だ。


 早速、深く掘った溝に松で作った6m程の杭を入れて、3m程の高さに拵えた足場の上で大木槌で杭を打っていく。

 2m程は大木槌で容易に打ち込めるが、残り3mはそうは行かない。硬い地盤に到達しているようで1回の打撃でも1cm程度が埋まるだけである。

 ここからは、杭打櫓の出番である。6m程の丸太を三脚に組み上げ、上部に簡単な滑車を付ける。これにロープで結んだ大木の根っ子で作った錘を取り付け、数人でロープを引き、それを離すと杭の上部に当たる仕掛けだ。

 これだと、1撃で20cm程杭が沈み込む。

 杭打櫓でどんどん杭を打ち込み、1回の打撃で3cm程度の沈み込みになるまで打ち込む。その後で、杭の上部を10cm程度残してノコギリで切断する。

 もちろん、杭がどんどん埋もれていく場合は、丸太を使って杭を延長しようと思っていたが、その前に全て、硬い地層に当たったみたいだ。


 だいたい、1日で5m程度の進捗である。2箇所同時に杭打ちをしているから、山荘分を6日で終えることができた。

 そして、いよいよ土台を作ることになる。

 この時の最大の問題は水平の取り方だ。

 

 「こういう仕掛けがあるんですよ。」

 そう言って、エイムさんは長い管を道具箱から取出した。

 半透明のホースみたいだ。…ひょっとして水管で水平をだすのか?


 長い溝の中間に杭を打って、水管に水を満たし、杭と杭とにU字になるように取付ける。この時、2つの杭の管の中の水面は平行だ。杭にその位置の印をつけておけば、任意の高さで水平が取れる。

 興味を持って聞いて見ると、獣の腸で作ってあるらしい。薄いから直ぐに破れるみたいで、工事毎に新たに購入するとの事だ。


 林の土台を基点に地上30cm(1D)まで石を積むことにした。

 最初に砂利を溝に敷き詰め、太い丸太に棒を4本付けた道具を2人が持って、砂利を突き固める。

 其処に漆喰を流して石を地上30cmの位置まで積み上げる。

 外側に出る位置、それに積み上げる高さには、あらかじめ糸を張って判るようにしてあるから、運んできた石をどんどんと積み上げて、隙間を漆喰で塞いでいく。

 そして、10日をかけて土台が完成した。

 このまま、10日程放置して土台が乾くのを待つことにする。


 そして、待っている間に兵舎の土台、馬小屋の土台、管理人の住居の土台を同じように作っていく。但し、建屋重量が山荘と比べて遥かに軽いので打った杭の長さは、4m程で間隔も2D間隔である。


 俺達が土台を作っている時に、カリムさんが4人の大工と5台の馬車で材料を運んできた。

 早速、エイムさんの図面を基に木材を刻んでいく。

 

 「とりあえず馬車5台分を運んできました。馬車は一旦町に帰って次の木材を運んできます。その時に材料費の清算をお願いします。」

 運んできたのは良質の杉丸太である。結構な値段になるだろうが資金は豊富だ。変にケチる事は無いだろう。

 

 そして、土台が乾いたのを待って、早速、丸太を組んでいく。

 基本はログハウスだ。だが大きい。

 このため、途中に丸太の柱を立てて丸太を横に組んでいく。

 この時に活躍するのが下げ振りと呼ばれる、長い糸のついた錘である。その錘の糸は鉛直だから、その間隔が常に一定になるように丸太を積み上げれば真直ぐに建てることができる。


 外壁と同時に建屋の中に太い柱が3本立てられた。これに柱と同じような太さの梁が取付けられ、それを基にして沢山の横梁が取付けられる。

 工事が進むと、その上に2階の床板が張られることになる。まぁ、だいぶ先になりそうだけど。


 そして、2回目の建設資材を積んだ荷馬車が到着する。

 早速、スロットが資材の清算を商人と交渉中だ。

 若干の色を着けて商人に代金を払い、金属加工の職人を呼んでもらう。

 山荘は2階建てになるため、1階リビングに設置する暖炉の煙突を銅管で施工するのだ。こうすることで、暖炉の煙突の石積みを簡略化することが出来るし、銅管の煙突はそれ自体が発熱体となり部屋を暖める事が出来る。また、屋根を板ではなく銅版で葺く事も金属加工の職人を呼べば可能となる。。

 材料込みで来て貰えるよう商人に金貨1枚を手渡す。


 工事を開始してから、一月程で山荘の形が出来上がってきた。

 窓枠は中に透明な甲虫の羽を挟んで外が見えるようにしてあるし、蝶番で開閉出来るようにもしてある。

 窓は各部屋に1個づつ取付けて、廊下の端々にも取付けた。

 内装は廊下も壁も天井も全て板張りだ。屋根の工事が終わり次第、家具の搬入を開始する。


 山荘の内装の仕上げをエイムさんとカリムさんが行っている時、4人の大工は兵舎と管理人の住居を造り上げる。

 どちらも平屋建てで、壁は丸太が剥き出しだから、結構早く仕上がる。もちろん屋根は板張りでウミウシの体液をしっかりと塗りつけてある。

 兵舎は大部屋が2つに小部屋が2つ。

 管理人住居は小部屋が2つにロフトだから、俺達の家に少し似ている。


 そして、アクトラス山脈の山並みに白い物が目立つようになった頃、内装が全て完了した。

 2ヶ月と少しでよく建設できたと思う。

 大工さん達に賃金を支払い、商人とは家具や絨毯、カーテン等の購入を打ち合わせる。

 商人は家具等の購入を王都で行なうそうだ。

 御用商人に訳を説明すれば、良い物が安く手に入るだろうとのことで、それらの交渉を全て依頼する。


 だんだんと雪景色が村に近づいてきたころ、それらの家具が一通り荷馬車で送られて来た。

 値段を聞くとタダで良いとのこと。

 どうやら、御用商人のラジアンさんが気を利かせてくれたらしい。その裏には陶器が見え隠れしているけど、ここは好意に甘えておこう。

 

 「次の荷馬車には布団や食器類が積まれているはずです。私のような町の商人がラジアン様のような大商人とお話出来たのも貴方達のおかげです。何か必要になりましたら是非私の元においでください。」

 最後に商人はそう言って村を去って行った。


 そして、村に今年最初の雪が降った夜に、山荘の大型暖炉に火を焚いて、関係者を招き、ささやかな祝宴を開く。


 「いやぁ…最初はどうなるかと思いましたが、何とかなるもんですね。」

 「マケリスさんと、セリエムさんがいたからですよ。造成工事無くして山荘は建築できなかったでしょう。良くあれだけの村人を指揮してくれました。感謝します。」

 俺の言葉に2人は恐縮しているが、この2人がいたからこそ村人は協力してくれたんだと思う。

 

 「まぁ、形にはなったが、庭はまだ続く。雪解けが済んだら、畑仕事の合間に続きが出来るように村人に話しておいてくれないだろうか。人数は半分程でいいだろうが…。」

 「それは、皆判っているようです。5日程で交替しながら工事を請け負えば不満も出る事もないでしょう。それは雪解けの季節にまたお話しましょう。…それよりも、次の窯焚きを何時やるかです。」


 やはり、マケリスさんも登り窯には興味を持っていたようだ。

 

 「俺は年が明けてからを考えています。王宮からクオークさん達が是非見たいといっていますので、向うの都合も確認してから、マケリスさんに連絡します。その時はまた人の手配をお願いします。」

 「年明けですか…雪が一番深い季節ですね。」

 「はい。辛い季節に申し訳ありませんがよろしくお願いします。」

 「大丈夫です。窯焚き前までの準備はしておきましょう。」


 「ところで、スロット達はいつ管理人住居に引っ越すんだ。…もう暮らしが出来る状態だと聞いているが。」

 「そうですね。新年は新居で迎えたいです。山荘の荷物が全て揃った段階で、手入れをするために何人かの人を雇う事になります。その手配が済み次第という事になるでしょうね。」

 セリウスさんの質問にスロットが応えている。


 「そうすると、来年からはお隣さんにゃ。」

 ミケランさんは嬉しそうだ。歳若いハンターでしかも家を持っているようなものだ。ミクとミトの将来において強い味方に出来ると考えたみたいだ。

 

 「でも、ギルドレベルが黒になったらどうしましょうか?…たしか義務がありましたよね。」

 「この家の管理人であればその義務が発生しない。ギルドと王国の取決めで、王国の仕事をしているハンターにギルドの義務は発生しないのだ。」

 

 俺の疑問が1つ晴れた。ジュリーさんは王国の仕事をしているのだろう。たぶんアルトさんかサーシャちゃんのお守りだと思うけど…。

 「それはありがたい話です。私とネビアの両親も喜んでくれましたし…。」

 「それはそうだ。仮にも王族の館を預かるということは、中級クラスの役割になる。春になったら両親を呼んで住まいを見せてあげなさい。」

 

 「ところで、各部屋の暖房はどうするのだ。このリビングは銅管の煙突のおかげで暖かいが、奥まった部屋では凍えるぞ。」

 「火箱を使います。金物職人に銅の箱を作ってもらいました。あれを木の箱の中に入れて、銅の箱の中に灰を敷きます。その上で炭を焚けば、簡単な暖房器具になります。隙間が出来ないような部屋では危ないんですが、扉の下に適当な隙間があるので安心して使用できます。」

 

 部屋の暖房については当初より考えていた火鉢を用いる。もっともこの世界に火鉢の概念が無いから、適当に作るしかなかったが、出来上がりは長火鉢のような形状だ。

 寝る前に炭を焚けば、結構長時間部屋を暖かくする事ができると思う。


 そして、新年を迎える10日程前に、ソリに乗せられた最後の調度品はやってきた。

 部屋に運び入れて、いつでも暮らせるように調度品を整えると、クオークさん達の山荘が完成した。

 村はどんどん雪に包まれていく。

 そんな、新年を3日後に控えた日に、スロットとネビアは俺達の家を去っていった。新しい家で、新年を迎えられると喜んでいたが、姉貴は少し寂しそうだった。

 

 スロット達が去ったリビングで俺と姉貴は暖炉の前で蜂蜜酒を飲む。

 パチパチと薪がはぜる音だけが、シンと静まり返った世界の音の全てのような気がする。


 「また、2人だけになっちゃったね。」

 「直ぐに帰ってくるさ。山荘もあるんだし…。それにここはミーアちゃんの実家だしね。」

 「でも、何時もというわけにはいかないわ。ミーアちゃんだって何時かはここを出て行くんだし…。」

 なんか、感傷に浸っていたいような姉貴だった。

 でも、姉貴の事だ。すぐに何時もの姉貴に戻るんだろうけど…。

 シンシンと雪の降る寒い夜は、暖炉の傍で仲間の顔を思い浮かべながら飲む酒も、美味しいと思う。でも、何故か飲むにつれて寂しさが募る。

 

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