#110 別れと再会
次の日朝食を終えると、早速姉貴はルクセムくんの母親に会いに行った。
嬢ちゃんずとアン姫は西門の広場に狩猟期の状況偵察に行ったけど、出かける前にジュリーさんがお小遣いを与えていたところを見ると、屋台巡りの言い訳だと思う。
そして、俺は杖の装飾を彫る。1本目を終えて今は2本目の彫刻に取り掛かっている。
糸で仮止めした杖の柄をジュリーさんに見せた。
「こんな感じです。どうですか?」
まだ、杖には魔石を取り付けてはいない。それでも、杖を持つジュリーさんは驚きの声をあげた。
「まさか…。こんな事って。…アキト様。いったいどんな呪を刻んだんですか?」
「俺が、精神力を高める時に唱える呪文ですけど…。一応真言の一種だときいたことがあります。」
「持つだけで、心が静まります。頭が冴えていくのが自分でも判ります。これで、魔法を発動させたら…。」
「問題ありますか?あるようでしたら、削りますが…。」
「いえ、問題どころか…。王国一の魔道具師でもこれを作ることは不可能です。アキト様。魔道具はなるべく作らないようにしてください。作って貰っている私が言うのも何ですが、アキト様製作の魔道具を巡って争いが起こるとも限りません。」
「真言を刻まなければ問題ないでしょう。でも、なるべくそのようにします。」
そう言うと俺はまた柄の彫刻を開始した。
そんなところに、姉貴がただいまと言いながら帰ってきた。
「お母さんは了承してくれたわ。それで、お母さんの意見だけど、この前より大きな鍋が要るだろうって言うから、帰りに買ってきちゃった。」
俺は思わず作業を中断して外に出てみた。
そこには、一輪車に乗った直径1m程の大鍋がドデンと乗っている。
手に持つと片手でようやく持ち上がる位の重さだ。これでは、三脚に吊り下げて料理することは出来ないだろう。
溜息を1つ吐くと、家に戻り直ぐに道具を片付ける。
狩猟期が終る10日後までに、大急ぎでカマドを作る必要が出てきた。
早速、場所を探すために現場に出かける。
杭で囲った区間は造成工事の為使用できない。北側と南側の砂浜を見てみると、南側の方が少し広いようだ。
更に南に歩くとちょっとした入り江になってその先は岬のように張り出している。その先にはたぶん俺達の家があるのだろうが丁度岬の影に隠れてしまっている。
早速、カマドの位置を決めて製作に取り掛からねばならない。
場所は何とか見つけたから、次は材料を確保する必要があるのだが…。
「ここにいたのか。お前の家に行ったら鍋を見たとたん飛び出していったと、ミズキが言っていたから、探したぞ。」
「いやー…。あの鍋の大きさを見て三脚に吊るす方法は取れないと思って、カマドを作る場所を探してたんです。」
2人で岸辺に座ると、俺はタバコを取り出して一服を始める。セリウスさんはパイプを取り出した。
「確かに大鍋だ。だが、50人を食わすにはあの程度の鍋は必要だろう。ところで、カマドをどのように作るのだ?」
「四方を石で積み上げて鍋を乗せられるようにしようと思います。」
「石でなくともよいのではないか。春先の登り窯用に作った日干しレンガが大量に残っているはずだ。」
確かに、石で作る必要は無い。恒久的な物でなく、2ヶ月程使えればいいわけだし…。
「そうですね。その手がありましたね。…でもここまで結構な距離がありますよ。」
「村人を雇えばいい。狩猟期の獲物の運搬の合間に運んでもらえばいいのだ。一回の運送に1人10Lも出せば喜んで引受けてくれるはずだ。とりあえず、50個も運べばよいか。」
日干しレンガの大きさは、約縦横1D、長さは2Dの大きな物だ。それだけあれば十分だろう。接着用の粘土は今日中に掘ってこよう。
・
・
そんな事があったけど、無事カマドも完成した。セリウスさんは後で仮小屋を作ろうと言っているけど、周りを囲うだけでいいような気もする。雨の日は工事はできないからね。
近くの林の中に大きな穴を掘っておく。これは残飯を捨てる場所だ。湖にすてるわけにはいかないから、結構大変だ。
そして、今日はいよいよ狩猟期の最終日だ。
皆で西門の広場に出かけてテーブル席に座ると、早速ミケランさん達は嬢ちゃんずを連れて屋台へ狩りに出かけて行った。
西門の大きな看板には参加15チームの成績が張られている。
やはり、トップはアンドレイさん達のチームでリスティンを65頭、銀貨210枚の成績だ。
最下位でも銀貨50枚にはなっているようだ。
そして、俺達の成績表には、金額成績が入っていない。
これから、最後のセリで決まるのだ。
「セリウスよ。今回は俺達が一番だったようだ。さすが、軍略の天才だけの事はある。あの場所は誰も狙わない。俺達だけで狩ったようなものだ。」
「大猟はお前達だが、金額は判らぬぞ。俺達のセリは最後になっているのだ。当日のセリはセリ主預かりとなって今日改めて行なわれる。」
セリウスさんの言葉にアンドレイさんは絶句した。セリ主預かりなんて無かったのかも知れない。
「お前達、何を狩って来たんだ。ロック鳥を仕留めたとは聞いていたが、まだ何か狩ってきたのか?」
「もうじき始まる。この狩猟期始まって以来の金額が飛び出すかも知れん。ここでゆっくり見物するが良いだろう。」
そう言って、椅子に座ったアンドレイさんに飲み物を勧めている。
俺もタバコを取出して、お茶を飲みながらセリの成り行きを見守ることにした。
「最後のセリは4日目にセリ主預かりとなった、嘴と肝臓だ。…さあ、いくらからだ!」
「100本!」…太った商人が腕を上げる。
「120…。」…痩せた商人が呟くように金額を告げる。
「200本だ!!」…この辺では見かけない異国風の衣装を着た商人が叫んだ。
「300本!」…年老いた商人が低い声で告げる。
段々とアンドレイさんの顔が青ざめてくる。
「あのセリはセリ何てもんじゃねぇ…セリウス!お前…何を狩って来たんだ!!」
「…ザナドウ。建国以来2匹が狩れたと聞く。その3匹目を俺達は狩ったのだ。」
「ザナドウ…。あれは、殺す事が出来ないと聞いているぞ。そして、それを狙うものは全て奴に殺されると…そうか、あの投槍だな。遠方から強力な一撃を延々と与え続けたんだな。」
ザナドウ…その言葉はセリに集まったハンター、商人、村人に次々と囁かれていった。
ザナドウを狩った…ザナドウを倒した奴がいる…ザナドウは殺せるのか…。
「そうだ。あの強力な投槍無くてはザナドウは倒せん。しかし、そればかりではない。4丁のクロスボーそして3本の弓、更に水魔法使いが2人。そして2人の投擲具を用いた投槍の投者。これだけの者が必要だった。さらにはザナドウの体組織をある程度見破る事が出来るミズキ達がいて初めて可能性があったのだ。俺も倒せるとは思わなかったが、やはりアキト達の作戦は完璧だった。」
「やはり容易に倒せる相手では無かったのか。」
「投槍を持ったハンターが10人いてもたぶん無理だ。俺達も2度とザナドウを狩る事はないだろう。」
「だが、その話が広がれば試すハンターはいるだろう。…はたして何人生き残れるか。」
「たぶん無理だろう。いいか。あの投槍の穂先が全て奴の体に刺さっても、奴の動きは変わらなかったのだぞ。」
「あぁ、俺は判ったつもりだ。しかし、あの投擲具か…。あれの使い方は教えて欲しい。俺も接近戦しか出来ないが、あの威力だ。グライザムあたりなら十分使えそうだ。」
「確かに…。2本も当たれば十分動きを封じられる。喜んで教えよう。」
2人の話をよそにセリは続いていた。ついに430本まで行った時。残りの商人は老人と痩せた男だけだ。
セリを見ている人々は言葉を発する事も無く、静かに2人の商人の戦いを見守っている。
そして、年老いた商人が440本を告げたとき、やせた男は拳をテーブルに叩きつけてセリを下りた。
トーンっと拍子木が鳴る。 「440本で7番が落札しました。」
そして、ウオオォォーッという歓声がセリの会場にこだました。
今期の狩猟期の最高落札額。そしてたぶん2度と破られる事が無いセリ値が付いたのだ。
そしてその場に、俺は同席していたんだ。という喜びの声だろう。
・
・
その夜、俺達の家に全員が集まった。
明日はアン姫達が王都に帰るのだ。そのささやかな送別の意味もある。
黒リックのスモークとロック鳥の焼肉、それにザナドウの醤油焼き、黒リックの魚スープと温かな黒パンと蜂蜜酒のお湯割り。
山村の料理としては十分なとりあわせだと思う。
ロック鳥は確かに美味しい。絶滅寸前の理由が何となく判ったような気がする。でも、俺としては、ザナドウの薄切りに醤油を掛けて焼いた、烏賊焼きモドキの方が美味しく感じられた。やはり故郷を舌が思い出しているのだろうか…。
一通り食事が終って、お茶が配られると早速稼ぎの分配に入る。
「さて、今期の稼ぎだが、銀貨で44,165枚だ。3割はギルドに収めるから、俺達の取分は、30,915枚になる。1人金貨で28枚だ。銀貨115枚と銅貨50枚が残るがこれはギルドに渡す事にした。」
セリウスさんはそう言うと、俺達11人の前に金貨を28枚づつ並べていく。
「こんなに頂いていいのでしょうか?」
キャサリンさんが戸惑い気味に呟いた。2人のアン姫の従者も同じように頷いている。
「問題ない。ハンターとしての稼ぎは誰にも文句を言われる事は無い。但し2度目は無いだろう。無駄遣いせずに取っておく事だ。」
ミーアちゃんは姉貴に預かって欲しいって言っている。姉貴は頷くとミーアちゃんと刺繍した袋に入れている。
俺も1枚の金貨を貰うと、姉貴に渡した。姉貴は自分の分と合わせて別の袋に入れている。
アルトさんはサーシャちゃんの金貨をジュリーさんに預けて、自分の分とアン姫の分を合わせて俺達の前に差し出した。
「山荘作りには何かと金がいるじゃろう。これも資金にせよ。」
「お前達の取分はお前達の自由じゃ。どう使おうとも問題はないが、王都に戻ったら隊の者達には一度驕ってやることじゃ。大金を得たことは噂で直ぐに王都に伝わる。その前に奢っておけば悪い噂も立つまい。」
従者の弓兵はそうしますって言いながら腰のバッグに丁寧にしまっている。たぶん年間の給料よりも遥かに多い、何十年分かに相当するはずだ。
賞金の分割が終ると今夜はお開きになる。
キャサリンさん達はセリウスさん達が送っていった。
お風呂に入ろうとするミーアちゃんを姉貴が呼び止める。
そして、金貨を5枚渡している。ミーアちゃんの袋からではなく、俺達の袋からだ。
「面白くなかったら、苛められたら直ぐに帰ってくるのよ。これだけあれば馬車で帰れるはずだから…。」
そんな事を言っている。
でも、それは必要な事だ。寂しくなったら直ぐに帰って来ればいい。
そして次の日、商人の馬車の1台に嬢ちゃんずとアン姫達が乗り込み、王都に出発した。
アンドレイさん達が王都まで護衛をしてくれるそうだ。
1人銀貨1枚だ。ってアンドレイさんは喜んでいたけど。相場的に高いか安いかは俺には判らない。
それでも、皆の姿が山の陰に隠れるまで、俺と姉貴は東門で見送った。
「また、2人きりになっちゃったね。」
「直ぐに、帰って来るさ。…それに来年の為に山荘を作ってあげなくちゃならないから、明日から忙しくなるよ。」
「そうだね…。」
そんな事を話しながら我が家に帰る途中、見知った男女がギルドから出てきた。
「やぁ、元気でいたかい。」
「はい、おかげさまで…。ところで、緊急の要件があると、アルト様の手紙にあったのですが…。詳細はアキトさんに聞けば分ると書かれていたので今から訊ねようとしていたところです。」
いい具合にスロットとネビアに出会った。
早速、一緒に我が家に案内する。
「こんな所にアキトさん達の家があったのですね。」
通りから林の小道に入るとき、ネビアが驚いたような顔をして言ったけど、庭を見たらもっと驚くぞ。
「えぇー…。こんなに綺麗な場所なんですか!」
ほらね。でも、気に入って貰えて嬉しい限りだ。
早速家の中に案内して、テーブル席についてもらった。姉貴がお茶を入れている間に、暖炉に薪を2本入れておく。
自分の席に着くと、早速夏以降の話を聞いてみた。
「アキトさんの勧めで、マケトマム村に行きました。グレイさんとマチルダさんに相談しながら、薬草採取を主にしていました。グレイさん達とは、何度かガトル討伐を一緒にしましたので、現在は赤4つにレベルが上がっています。」
かつての仲間と一緒だったみたいだ。あの2人なら、無理な依頼はスロット達に勧めないだろう。
そんな心使いが出来る仲間と、かつて一緒だったことが少し嬉しかった。
「ところで、私達を呼んだ理由は何でしょうか。まだギルドレベルも低い私達に討伐のお手伝いとは思えないんですが…。」
「ここで暮らさないか?…住む場所と小額だが給与も出せる働き口があるんだが…。」
俺の申し出に2人は驚いたようだ。かつて、この村で冬を越すのは難しいと、俺が言った言葉を思い出したのかもしれない。
「どんな仕事なんでしょうか?…どうにかハンターとしてやっていけそうな所まで私達は来ています。今更、転職等…。」
「ハンターは続けられると思うよ。この村が中心になるけどね。…俺が、スロット達にお願いしたいのは、山荘の管理の仕事なんだ。」
そんな話を始めた時に、姉貴が陶器のカップにお茶を入れて俺達の前に差し出した。
「ありがとうございます。…これは?」
「陶器のカップだよ。この村で作ったんだ。」
やはり驚いているな。値段を聞いたらもっと驚くかも知れないけど、それは後にしよう。
「クオークさん達がこの村に山荘を作る事にしたんだけど、何時も住む訳ではないでしょう。それで、維持管理をするための管理人が欲しいの。山荘の一部を自分達の住居に出来るわ。掃除なんかは村人を定期的に雇えばいいと思う。だいたい3日の内1日を山荘で過ごせばいいから、2日は今まで通りハンターの仕事が出来るわよ。」
「でも、何故私達なんですか?…ハンターは沢山いると思いますが…。」
「王族の山荘を一般人が管理するわけにはいかないみたいなの。その点貴方達は貴族でしょう。アルトさんが品格を含めて十分じゃ。って言ってたわよ。」
そんな事言ってたんだろうか。よく思い出した。とは言ってたけど…。
「分りました。王族の山荘の管理人…。私達の両親も喜ぶと思います。でも、この村に山荘はありませんでしたよね。まさか今から作るおつもりですか?」
「そのまさかよ。場所は確定したわ。それに下の町から大工さんもやってくるし、造成工事をするための村人の手配も目処がついてるから、結構早く出来るんじゃないかしら。年明けには、トリスタン様を始めとして主だった王族な方々が早速やって来るわ。」
「私達に出来る事は何でもします。具体的には何から始めればいいでしょうか?」
「そうね。先ずはこの家に引っ越して来なさい。アルトさん達が王都に帰ったから部屋は空いているわ。あの右側の部屋を山荘が出来るまで提供しましょう。それと、ネビアさんが手伝ってくれるなら食費も含めてただでいいわよ。」
姉貴の申し出に2人は顔を見合わせた。
「「よろしく、お願いします。」」
2人揃って、俺達に頭を下げる。ちょっと寂しくなると思ってたけど、これで少しは賑やかになるぞ。