#108 今度は山荘を作るぞ
朝食の定番。野菜スープとハムを挟んだ黒パンを食べて、お茶を飲んでいるとトントンと扉を叩く音がする。
ミーアちゃんが扉を開けに行くと、そこには、キャサリンさんとセリウスさんが双子を抱いて立っていた。
早速、テーブルに案内すると、ジュリーさんがお茶を入れる。双子はアルトさんとアン姫が受取ったようだ。暖炉の前で嬢ちゃんずと一緒に遊び始めた。この頃はヨチヨチ歩きをするから気を付けていないと危ないんだけどね。
「先程切り身を見てみたのだが、だいぶ乾燥しているようだな。」
「はい。塩水に付けて、さっと水洗い、そして乾燥です。前に作ったときは初夏でしたから、腐らせずに乾燥させるのが難しかったんです。」
「天日干しではないんだな。陰干しか…。」
「お茶を飲んだら、ちょっと手伝ってください。」
「箱は出来ているぞ。後は何だ?」
「煙を出すチップを作るんです。」
「下で火を焚くわけではないのだな。煙をどうやって出すかは判らぬが、それも料理の手順なのだろう?…いいぞ。」
というわけで、テーブルの上を片付けて布を引き、その上で木の枝をナイフで鉛筆を削るように1片が親指位で厚さは1mm位のチップを大量に作っていく。
桶に1杯程作るとチップ作りは終了だ。
サーシャちゃんとミーアちゃんが双子をジュリーさんに手伝って貰っておんぶしたところでいよいよスモークの準備を開始する。
陰干しした切り身をセリウスさんの作った大型のスモーク箱の中にある鉄棒に吊るす作業だ。鉄棒は3列あるから、20切れづつ吊るしていく。切り身が互いにくっ付かないように適当に木の枝を刺しておく。
「なるほど、ここまでは手順を理解した。だが、煙はどうするのだ?」
「これを使います。」
そう言って、土鍋モドキを取り出す。
上薬は使っていないから、土鍋にはならないが、ちょっとしたヒーターの代用にはなる。
暖炉に行くと、土鍋に灰を入れて、その上に真っ赤になった熾き火を3個程乗せる。そして、その上に先程作ったチップを目一杯被せる。最後に5mm程の穴が数個開いた蓋を被せると、蓋の穴から煙が出てきた。
スモーク箱の下に土鍋を入れて扉を閉めると、紐で箱の上下を縛る。
少し見ていると、箱の上に空いた穴から煙が出てきた。箱のつなぎ目からも出ているけど、たいした量ではないから大丈夫だろう。
熾き火でやかれたチップは少しづつ熱で炙られ煙を出しているようだ。下の扉を開閉して煙の量を調節できるようにはしてあるが、その必要もなさそうである。
「いい感じで煙が出てますね。多くてもダメですし、少なくてもダメです。この位の煙だと覚えておいてください。」
「どれ位燻すのだ。」
「そうですね…昼過ぎを目標にしましょう。だいたい半日が目安です。…後は、煙の状態を見ているだけでいいんですが、煙が出なくなったらチップを補給しなければなりません。前の時は補給しなくても良かったんですが、今回はどうですかね。」
後は煙を見てるだけという事で、俺とセリウスさんが煙の番をする事になった。
当然退屈な番だから、庭先で釣りを始めることにした。
セリウスさんにも、こんなこともあろうかと林から切り出した細身の竿を進呈する。半年も乾燥させていたから結構釣竿として使えそうだ。
タックルボックスから釣り糸を出して竿に結び、丸い浮を付けて、針を結ぶ。
針の少し上に丸い錘を付けて軽く噛む。
「簡単な仕掛けで申し訳ありません。」
「これは…。釣りの仕掛けか。餌はこれを付けるのだな。」
セリウスさんはハムの切れ端を針に付けると、数m先に仕掛けを投入した。
俺も、セリウスさんから数m離れて、同じように仕掛けを湖面に落とす。
しばらくは何も起こらない。何時もここで釣っていたから、魚も余り寄り付かなくなってきたのかな…。
そう思っていると、いきなり、セリウスさんが竿を引く。竿がギューンと引き絞られて、30cm程の黒リックを釣り上げた。
素早く針を外すと、用意した桶にポイっと入れる。
たまにスモーク箱からの煙の具合を見ながら2人でする釣りは、何となく男同士の連携を深めてくれる。
「ところで、ミズキとの仲は上手く行っているのか?」
「相変わらずですね。姉は意外と寂しがりやなんですけど、今は一杯人がいますから。」
「姫様から聞いたのだが、ミーアも王都に連れて行きたいと言っていた。若い娘には刺激的だろう。俺としては、王都でいい仕事があれば其方で暮らすのも方法だとは思っているのだが…。」
「ミーアちゃん次第ですね。それは来年の窯焚きに判るでしょう。その時に帰ってくればここに住むも良し、向うで暮らすのであればそれも良し…。」
「俺としては、ミクとミトの成長をここで見てほしいとは思っているが…。」
「どうあれ、ミーアちゃんの相手だけは一戦するつもりです。」
すると、セリウスさんが俺を見て笑いかける。
「殺すなよ。2,3日寝込む位は構わぬが…。俺もその後で一戦を挑むのだからな。」
俺はその言葉にセリウスさんを見ながら笑い出した。
2人の笑い声に姉貴が気がついたようだ。
俺達2人にお茶を入れながら、その訳を聞きたがる。
「…と言う訳なんだけど。まぁ、1つの兄としての役割かなって感じてる次第です。」
「前に聞いてたけど、ホントにやるつもりなの?」
「「もちろん!」」
俺達は同時に答える。
「もし、後遺症なんか出たときには…『タレット刑』だからね。」
俺達の背中に冷たい汗が吹き出る。
姉がヤルというときには絶対ヤル…。これは作戦が難しくなる。
後何年後かは判らないけど、その時までにどのような作戦で行くかを十分に考えねばならない。
そして、2人で十数匹の黒リックを釣り上げた頃、ミーアちゃんが昼食を俺達に伝えにきた。
スモーク箱を見ると、煙の量が少し薄くなっている。箱のしたの紐を解いて土鍋を取出してチップを補給すると、また箱の中に戻す。
スモーク箱から煙が出始めたのを確認して、家の扉を開いた。
リビングには全員が揃っている。
ミーアちゃん達が暖炉で黒リックを焼き始めるのを見て、少し昼食をずらすことにした。少し待てばおかずが1品増えるんだから誰も文句を言う事は無い。
「焼けたよ!」
ミーアちゃんの元気な声が合図となってちょっと遅めの昼食になる。
朝の残りの野菜スープと黒パン。それに良く焼けた黒リックの串焼きだ。
ひさしぶりの焼き魚に皆満足している。
「セリウスさん。先程の釣竿は良かったら持ち帰ってください。俺はここでしか釣りませんが結構連れそうな場所はリオン湖にありそうです。」
「有難く頂くよ。いい暇つぶしができる。来春には家族で出かけても良さそうだ。」
「アキト、トローリングも教えてあげたら?」
「うん。でもあれはカヌーが必要なんだ。家具造りの職人がいれば何とかなるんだけど…。」
「それでしたら、カシムさんが何とかしてくれるかも知れません。アキトさんの所は家具を雑貨屋さん経由で手にいれましたが、私の家も含めて村人が普段使う家具はカシムさんに頼むんです。装飾は余りありませんが丈夫な品を作ってくれますよ。」
「後で教えてほしいな。今のカヌーを少し改造したいんだ。出来れば2艘作ってもらいたいんだ。」
「あのカヌーの何処を直すのじゃ。我にも簡単に操れる良い舟だと思うのじゃが…。」
「カタマランにするんだ。そうすれば、カヌーの上で立つ事が出来るし、帆も張れる。一応いまのカヌーでも帆を張れるようにはしてあるんだけど、転覆の可能性があるからね。」
そんな事を話しながら昼食を終えて、いよいよスモークの取出しに掛かる。
皆で籠を持って、スモーク箱の上下の紐を解き、前蓋を開ける。
黒リックの切り身はあめ色に成っていた。プーンっとスモーク特有の香りが漂ってくる。
箱の鉄棒からS字のフックを外し、そのまま籠に並べていく。
籠が一杯になったら次の籠に入れていく。
籠の切り身は、姉貴達が前日に張ったロープにまた吊り下げる。
「こうやって少し風にさらすんだ。そうすると余分な煙の匂いが取れるんだよ。」
スモーク箱から土鍋を取り出して、バーベキュー台の下に置いておく。箱は家の軒下に移動しておいた。
大量に作る時はまたこの台を使えばいいし、少しだったらバーべキュー台横のスモーク台を使用すればいい。
一段落したらまた家の中に入る。
結構風が冷たくなってきた。3時間も外にいたら風邪をひいてしまう。
キャサリンさんとジュリーさんがチェスをしているのを俺と姉貴とセリウスさんで観戦する。嬢ちゃんずはアン姫を交えてスゴロクをしているし、双子は姉貴とセリウスさんが抱っこしている。
そして、チェスの勝負が1勝1敗になったとき、干したスモークの取り込みを始める。
籠に大量に集めてテーブルで3等分にする。
今回のスモーク造りでは、1家族で20枚の量になった。
「こんなに頂けません。半分でも多いくらいです。」
「確かに俺もミケランも魚好きだがこれは量が多いぞ。半分は宿屋に売ったらどうだ。この季節は泊り客が多い。意外な値が付きそうだ。」
こんな言葉で、25枚のスモークを宿に売ることになった。5枚は、4匹の黒リックの串焼きと共にルクセムくんの家族に進呈するようだ。
「俺が交渉してこよう。」
セリウスさんはそう言うと小さな背負い籠にスモークを布で包んで詰め込んだ。
「ちょっと行ってくる。どんな値が付くか楽しみにしていろ。」
「我も出かけてくる。ルクセムはおらんだろうが、母上はおるはずじゃ。」
そう言って、嬢ちゃんずも背負い籠をもって出かけてしまった。
「アルト様は何処に出かけたのですか?」
アン姫がジュリーさんに聞いている。
「前の冬に灰色ガトルに襲われて亡くなった家族のところです。サーシャ様より小さい子供が3人いるらしく、アルト様はその家の長男をハンターに登録して何かと面倒を見てあげているのです。森を出た所の休憩所に小さな男の子が槍を持っていましたね。あの子がそうなんです。」
「お優しい人だとは聞いておりましたが…。そこまでしてあげているのですか。正に王族の鏡です。」
王族の鏡ねぇ…。アルトさんって結構わがままなんだけど、確かに良い所もあるんだよな。
「ところで、話を変えて申し訳ありませんが、アン姫様の披露宴は何時頃になるんですか?」
「狩猟期が終って1月後になります。直ぐに新年になりますから、クオークを連れてまたここに来る事になると思いますよ。…あぁ、忘れてました。宿を作っておくように仰せを受けていたのですわ。…どうしましょう…。」
アン姫が突然深刻な顔になってしまった。
「セリウスさんが戻ってきたら相談すればいいと思いますよ。ところでどんな宿を作るのですか?」
「私達専用の別荘という感じですね。寝室が2つ。客室が2つ。従者用の部屋が3つ程。それに大きなリビングというところでしょうか。」
この家の2倍程の別荘か…。それ程深刻な話でもないような気がする。
何といってもお金は王族が出すんだし、問題は材料と人集めだけのような気がする。
「昨年の狩猟期を終えた後でセリウスさんの家を造りました。規模としては2倍以上になりますけど、材料と人を揃えれば何とかなりますよ。」
「それなら、いいんですが…。」
そんな話をしていると、嬢ちゃんずが帰ってきた。
「ルクセムの母は喜んでおったぞ。暖炉の火も赤々と燃えておったし、ルクセムのおかげで何とかあの家はやっていけそうじゃ。」
そんな事を俺達に告げたアルトさん達の顔は輝いている。
もう、ルクセムくんを気の毒だとは思っていないようだ。何とかルクセムくんのハンターとしての稼ぎで暮らしが立ち始めた事を自分の事のように喜んでいる。
そして、セリウスさんも帰ってきた。
「スモークの値段だが、1枚10Lで宿は購入してくれた。」
そう言って、テーブルに250Lを乗せる。
「どんな造り方をしたんだと、しつこく聞いてきたが秘密にしておいた。1枚を早速薄切りにして試食していたが、目の色を変えていたぞ。」
「となると、定期的に作ることも考えなくてはなりませんね。」
しかし、定期的となると問題が色々出てくる。
まず、漁の問題だ。これは釣れなくては話にならない。次に手間の問題だ。結構手間が掛かる。俺達の本業はハンターだから、漁位は何とかするにしても加工に2日掛かってしまう。
でも、これは後送りに出来そうだ。宿で今夜の食事に客がどのような反応を示すかで決めればいいだろう。
それよりも…。
「セリウスさん。アン姫が別荘を造りたいと言っているのですが…。」
「この村にか…。そうか。トリスタン様も考えたようだな。」
あれ?セリウスさんは驚いていないぞ…。これは想定内なのか?
「たぶん、クオーク様とトリスタン様の協議の結果であろう。例の陶器の生産技術とクオーク様の趣味が、何時でもこの村に来る事が出来るようにしたい為に宿を設ける事にしたと思う。そうすれば、好きな時にこの村に来れる訳だし、クオーク様にとっては静養のいい訳にもなる。」
「でも、来年までに作ることが出来るのでしょうか?」
「石造りでは不可能だが、俺の家のようにログハウスなら可能だ。それに別荘なのだから石で作らなくとも山荘風に丸太で組み上げるのもクオーク様には新鮮だろう。」
「私には家を作るなんて出来ませんし、この村に頼れる者は貴方達だけです。これで何とか宿を作ってください。」
アン姫は腰のバッグから金貨を10枚取出した。
「何とかしよう。だが、俺達の趣味で作る事になるぞ。それで、問題ないか?」
「構いません。私達が自由に利用できる宿…。それが条件です。部屋数等はさっきアキト様達に話しておきました。よろしくお願いします。」
そんな訳で俺達は狩猟期が終わり次第、王族の山荘を造る事になった。
「少し用事が出来た。山荘の場所についてギルド長と話して来る。」
そう言って、セリウスさんは出かけて行った。長い時間ではなさそうなので、その間は双子を預かる事になる。
「私もこれで失礼します。」
キャサリンさんもスモークの入った籠を持って帰っていく。
嬢ちゃんずが双子を抱えながらスゴロクを始めたのを見て、俺達はテーブルで山荘の概要を考える。
「少なくとも2階建てだよね。2階は寝室と客室。1階は従者の部屋とリビングそれに浴室なんかだよね。」
「従者は20人位でしょうか、ベッドの数を考えると相当広い部屋が必要になります。それに男女別、更にメイドの部屋を考えなくてはなりません。」
「お風呂等も2つ必要です。王族用と一般用の2つです。井戸も必要です。」
「ところで、従者のベッドなんですけど…。2段ベッドにする事は出来ないんですか?」
「2段ベッドって、どんなものですか?」
俺は、紙に簡単な絵を描いた。
「こんな形ですけど。ベッドの上にもう1つベッドを作るんです。上のベッドには梯子で上ります。そして、寝返り等で落下しないように低い囲いを付けるんですが…。」
「初めて見ますが、これなら部屋の大きさを半分に出来ますね。」
ジュリーさんが感心したように絵を見ている。
そんな事をしていると、セリウスさんが帰ってきた。
「場所が決まった。俺の家の通りを挟んだ東側だ。村の外れになるが、大きな場所を必要とするなら、そこに建てる外にないだろう。好きな広さで良いそうだから、明日見に行ってみよう。」
そして、セリウスさんはスモークの籠を持って帰っていった。双子は嬢ちゃんずが抱っこして行ったけど、途中で落としたりしないだろうな。少し心配になる。
そして、俺達はまた山荘の仕様を検討する。