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#107 皆で楽しくスモーク作り

 …大きなイネガルだ。姉貴と嬢ちゃんずの発射したボルトが数本、ライトバン程の胴体の片側に突き刺ささり、もう片方にはセリウスさんの投げた投槍が体に深く刺さっている。ボルトと槍の傷から血潮が噴出し、灰色の毛皮が赤く染まっている。

 怒り狂ったイネガルは土煙を上げて俺に向かってくる。

 俺は、M29を両手で構え、慎重に奴の眉間に狙いを付ける。

 ドォン!っとマグナムが奴の眉間を捉えると同時に、奴は数mの距離をそのまま駆け抜けて俺にその巨体をぶつけてきた。

 咄嗟に身を交わそうとしたが、その3本の衝角は俺の脇腹を捕らえた。

 ドンっという鈍い衝撃と鈍痛が俺を襲うと、俺は宙に投げ出される。

 そして…ドシン!…地面に叩きつけられた。薄れて行く視界の片隅に姉貴が俺を呼ぶ姿が見える…。


 ハッ!っと我に返ると、ベッドから落ちていた。

 俺の寝ていた場所に姉貴の足がある…。

 どうやら、姉貴にベッドから蹴落とされたらしい…。何時も思うけど、この寝相の悪さは何とかならないのだろうか。本人はいたって寝相がいいと思っているだけに困ったものだ。


 ロフトの明り取りの窓から外を見ると、まだ深夜のようである。

 とはいえ、十分に寝たような気もする。そういえば昼頃に寝たんだよな…。


 眠れそうにないので、このまま起きることにした。ベッドの脇の籠から衣服を取って早速着替えると、姉貴の足に布団を掛けてロフトの梯子を下りる。

 火の消えた暖炉の灰をかき出して、太い薪を4本井形に組んで真ん中に細い焚き木を積上げる。焚き木の1本に燃料ジェルを塗りつけて、ジッポウで火を点ければOKだ。

 勢いよく燃え始めた焚き木に数本の細い薪を追加すると、ポットの水を入れて暖炉のスイングする金属鉤に掛けて火に近づけておく。


 タオルを肩に掛けて家の外に出ると、満天の星空だ。知っている星座が無いのが少し寂しい気がする。

 井戸で顔を洗うと、アクトラス山脈を見る。

 所々に焚火の火が見えるのは、ハンター達がそこで休息を取っているのだろう。これも狩猟期ならではの風景だ。

 リビングに戻ると、片隅の箱からジュリーさんの頼まれ物を取り出す。

 以前、キャサリンさんに作ってあげた、仕込み杖の製作だ。

 基本となる、魔石と魔石の接続金具、2分割された杖とその中に収納する短刀は用意されている。俺がやるのは漢字を其処に装飾することなんだが…。さて、何を刻めば良いのやら、すこし考えて早速下書きをする。

 柄に彫り込む文字は『臨兵闘者皆陣列在前』俺の精神集中を行うための暗示だが、本来は修験道や密教の呪文らしい。姉貴のお爺さんから教わった言葉だが、あまり意味を考えずに唱えておれ。って言っていたけど…。

 そして、刀身にも文字を刻む。片側に「色即是空」そしてもう片方には「空即是色」だ。キャサリンさんの杖にこの文字を刻んだら、魔法の【ブースト】と同じ効果が出たらしい。魔法限定ブーストだけど、役には立つだろう。


 小さなナイフで柄に文字を刻む。下書きがあるけど文字を浮き出して彫るのは結構手間がかかる。時間つぶしには丁度いいし、俺の精神鍛錬にもなる。


 こつこつと丹念に彫りを進めていると、「どうぞ…。」ってお茶の入った椀が右から出される。

 ふと、手を休めて顔を上げると、ジュリーさんが俺の手元を覗き込んでいる。

 

 「前と違った魔道文ですね。しかも2つも刻むのですか?」

 「刀身の文はキャサリンさんの物と同じです。柄の部分は、少し変えてみました。」

 「ご無理を申し上げてすみません。でも、キャサリンさんの杖を見てどうしても欲しくなりましたので…。」

 「俺の修行にもなりますから、あまり気にしないでください。」

 

 そう言って再び、ナイフを操り、柄の細工を始める。

 ジュリーさんは、大鍋でスープ作りを始めたようだ。野菜を切るトントンという音がリビングに広がる。

 

 そんな事をしていると、嬢ちゃんずとアン姫が起きてきた。

 アルトさんが俺の所に来る。

 「カヌーを借りたいのじゃが…。」

 「いいよ。…出来れば沢山獲ってきて欲しい。スモークを作りたいからね。」

 「了解じゃ!」

 そう言って元気に外に飛び出した。ふと視線を感じて暖炉の方を見ると、ミーアちゃんとサーシャちゃんが恨めしそうに扉を見ている。

 あれ、アルトさんは誰と行ったんだ?

 急いで外に出てみると、カヌーを漕ぐアルトさんと前に乗っているアン姫の姿がだんだんと小さくなっていく。

 どうやら、アルトさんはアン姫と個人的な話がしたくてカヌーに誘ったようだ。

 リビングに戻るとサーシャちゃん達が寂しそうにテーブルでお茶を飲んでいる。ここは、兄貴分として構ってやらねば…。とスゴロクゲームの対戦を申し込む。

 早速、2人は俺の誘いに乗ってきた。

 テーブルの上の工作物を箱に戻すと、大きなスゴロクゲーム盤をミーアちゃんが持ってきた。

 

 このゲーム盤は王国の地理バージョンのやつだな。

 王都を出発して、全ての町や村を巡って王都に戻るのだが、その道筋は一定ではない。

 どのルートを通ってもいいのだ。そして通った町村に小さな専用の旗を立てて通過した事が分かるようにしてある。

 更に複雑なのは、通過する際にその町村の名産品を買う事が義務付けられているのだ。

 つまり、スゴロクの目で通過できても、名産品を買う事が出来ない場合は、後に戻らなければならない。

 さらに、名産品の金額は通過順位によって、変動する。通過順位が遅れる毎に2割程度増えてしまうのだ。

 町や村の間の升目は結構あるので、途中のイベントで所持金が増減する。ちなみにゲーム開始時の所持金は100Lだった。

 意外と奥行きがあり、且つ運に左右されたゲームである。


 早速、サーシャちゃんがサイコロを振る。出た数は5で止まった所のイベントは『足に怪我をした。-2』となっている。これは、次のサイコロの目から2を引くのだそうだ。

 ミーアちゃんの振ったサイコロは3だ。3は…『道端で薬草を見つけた。+10L』となっている。これは、ギルドから、10Lを貰えるらしい。早速サーシャちゃんがミーアちゃんにギルドと書かれた大きなマスから10Lを取ってミーアちゃんに渡した。

 そして、俺の振ったサイコロは6と出た。

 何と幸先が良い…。そして6の升目に書かれていたのは、『ガトルを討伐。+20L』だ。出足は好調である…。


 「あれ、珍しいね。アキトがスゴロクしてるのは…。」

 どうやら、姉貴が起きて来たらしい。

 「おはよう。ご飯はまだ食べていないから早く顔を洗って。」

 そう姉貴に言うと、グッとサイコロを握り締めて念を送る。

 出だしは好調だったのに…。コース取りを取り違えたのか、それとも神に見放されたのか…。今は最下位となっている。

 そして、転がったサイコロの目は1…。終った。


 テーブルに突っ伏している俺を見て、姉貴がどうしたの?ってミーアちゃんに聞いている。

 「実力がにゃかったみたい…。」 

 その言葉に、ガーン!と打ちのめされた。


 「まぁまぁ、アキトさんの実力は十分判っていますよ。サーシャちゃん達に手心を掛けるなんて、さすがお嬢様方の兄上代わりですね。」

 ジュリーさん。俺は手心なんて微塵もない。本気でやって、そして負けたんだ…。


 「ほらほら、ゲームを片付けて! もう直ぐごはんですよ。」

 姉貴の言葉に、ミーアちゃんはゲーム盤を暖炉の脇に持っていく。

 その後を布きんで拭くと、ジュリーさんが朝食を並べていく。

 簡単なスープと黒パンだが、固い黒パンを食べ続けたせいか、とても柔らかく感じる。

パンに挟んだ野菜と共に薄切りのハムがとてもよく合う。

 

 「そうだ。ジュリーさん。また木の桶を貸してくれませんか。アルトさんが黒リックを獲ってきたら、またスモークを造りたいんです。」

 「あの時食べた煙で作る料理ですね。分かりました。でも、私達にも教えてください。」

 「いいですよ。でも、アルトさん達の漁果しだいですね。」

 「姫様…、責任重大ですね。」

 「まぁ、あの2人ですから、そこそこ期待出来るんじゃないかと思ってるんですが…。」

 

 そんな会話をしていると、外から姉貴が駆け込んできた。

 「アキト、カヌーから魚が跳ねてるよ!」

 俺達も嬢ちゃんと外に出てカヌーを見つめる。

 確かに、カヌーから魚が顔を出して跳ねている。いったいどれ位釣ってきたんだ?


 アルトさんは慎重にカヌーを庭の擁壁に付けた。

 俺が屈みこんでしっかりとカヌーを押さえると、ヒョイってアン姫がカヌーを降りた。

 続いてアルトさんが魚を一杯に詰め込んだ籠を下ろす。

 それでも、カヌーの底に沢山の魚がいるので、別の籠をミーアちゃんがアルトさんに渡した。その籠にアルトさんがポイポイって魚を入れている。

 2つ目の籠をジュリーさんに渡してアルトさんはカヌーを降りた。俺が直ぐに乗り込んで林の浜辺に漕いで行く。


 庭に戻ってみると、皆で内臓を取っている。取った内臓は桶に入れているから、後で林に穴を掘って埋めるのだろう。


 「何匹釣れたの?」

 「20匹までは数えたのじゃが…30はいるじゃろう。」

 こんなアバウトな答えをしてるけど、大漁だから機嫌はいいようだ。

 「確かスモークを作るのじゃったな。これだけ取れれば皆で作りかたが学べるじゃろうて。」

 と言う事で、早速ミーアちゃんとサーシャちゃんが、セリウスさんの家とキャサリンさんの家に、俺がスモークを教える。って呼びに行く。


 そして、昼食後に、関係者が集まった。

 残念ながら、シャロンさんとミケランさんは仕事で欠席だけど、キャサリンさんとセリウスさんがいるから大丈夫だろう。

 双子は姉貴とジュリーさんが背中におんぶしている。


 「じゃぁ、始めるよ。まず、魚を塩水に1晩浸けるんだけど…。その為の塩水を作るところから始める。お湯を沸かして、塩を溶かしてそれを冷やす。」


 早速大鍋を暖炉の火に掛けてお湯を造り始めた。

 嬢ちゃん達がこれを担当するみたいだ。


 「魚は3枚に下ろすんだ。3枚と言うのは、こうやって背骨に沿って尻尾の方から頭に向かってナイフを入れる。次に反対側だ。すると魚が3つに分かれる。これを3枚と言うんだ。」

 ジュリーさんが、板に【クリーネ】の魔法を掛ける。これで、嘗めても大丈夫な位に衛生的になる。

 そして、ジュリーさん、キャサリンさん、姉貴とセリウスさんが次々とナイフで魚を3枚に下ろしていく。


 「さて、セリウスさんには大至急俺と一緒に作って欲しい物があるんですが…。」

 「スモークが食えるなら大抵のものは作ってやるぞ。」

 「これ位の大きさの木箱を作って欲しいんです。」

 作る木箱は高さ1.5m、縦横はそれぞれ1mのものだ。

 天井板には1cm位の穴を3個中心近くに開ける。そして、底付近には下から10cm位の所に左右に1cm位の穴を開ける。

 それと、天井から20cm位の場所に、鉄の棒を横に3本取り付ける。

 後は太い針金と針金を切る道具だ。


 「あれの大型を作るのか。明日の昼までに作ればいいな。早速始めよう。」

 そう言ってセリウスさんは林の小道を通って通りに出て行った。


 「塩のお湯が出来たよ。」

 サーシャちゃんが報告してきた。

 早速、姉貴にカップ1杯の塩をお湯に溶かしてもらう。その後の冷却はキャサリンさんにお願いする。

 

 その間にジュリーさんと箱の準備をする。

 簡単に箱を洗って【クリーネ】で洗浄するだけだけど、箱が足りないかも知れない…。


 箱にさかなの切り身を並べる。並べた上に小枝を乗せて更に次の切り身を乗せていく。

 どうにか3段に重ねて2つの箱に切り身を並べ終えた。


 切り身を入れた箱に冷たく冷やした塩水を入れて切り身をひたひたに漬け込む。

 塩水が足りないかなと思ったけど、どうにか漬け込む事が出来た。

 箱の上に綺麗な布を掛けて、切り身に塩が馴染むのを待つ。


 次に日陰になる場所にロープを張る。家の軒下の柱と林の立木を利用してロープを張った。

 

 「ここで、第一段階は終了です。夕方に第2段階を始めます。第2段階は、塩水につけた切り身を簡単に水洗いして、このロープに干す事です。明日の朝まで干します。そして、第3段階がいよいよ煙で燻す作業になります。」


 セリウスさんが一輪車に板や道具を乗せて帰ってきた。

 「材料を仕入れてきたぞ。寸法はお前が決めろ。」

 「分かりました。その前に大量に作って貰いたいものがあるんです。針金でこれを作って欲しいんですが…。」

 俺は、バーベキュー台の横にあるスモーク台の中からS字状の金具を持ってきた。

 「箱の上に付けた金属棒に魚を吊るすんだな。分かった。とりあえず50もあれば良いだろう。足りなければ形状は簡単だ、その場で作ろう。」


 早速、セリウスさんが釣り具の製作に取り掛かる。

 俺は、大型のスモーク台の製作を開始した。

 

 板の厚さは1.5cm程の曲がりの無い板だ。横幅は60cm程だから2枚を合わせて横板にする。

 3cm程の角材があるので、これを合わせ目に被せれば頑丈さも向上する。更に天井部と床部にも全周を角材で補強すればしっかりした箱になるだろう。

 

 早速寸法取り行い板を組み合わせていく。鉄の棒を差し込む穴を開け、天井板にも穴を開けた。

 天井板の直下に1cm程の空隙を開けて更にバッファ板を取付ける。これは煙が箱の中に滞留するための仕掛けだが、上手く行くかはやって見ないと分からない。横板の下にも底板から50cm程の所にバッファ板を付けた。この板には数個の穴を開けている。なるべく均等に煙が上がるようにしたつもりだが、これもやってみないと判らない。


 「前の板は蝶番で取付けるのだな。だが、きちんと締まらないと思うぞ。」

 「そこは、箱の上下を紐で縛ろうと思っています。少しぐらいなら隙間があっても問題はありません。」

 「後は…前の扉は下側1D位を其処だけ開くようにしてもらえませんか。煙を出す道具が小さいので、場合によっては途中でチップを追加することも考えなくてはなりません。」

 「下の方を1Dでいいんだな。了解した。お前は少し休め。」


 後は、セリウスさんに任せておけば大丈夫のようだ。

 庭のベンチに座って、タバコを咥える。


 「どんな感じ?」

 姉貴がお茶のトレーを持ってやってきた。

 セリウスさんにも声を掛ける。

 セリウスさんがノコギリの切り屑をパッパっと掃いながらやってくる。


 「どうぞ。」姉貴がお茶の椀をセリウスさんの前に置く。

 「すまんな。…作ってみて構造が判った。煙の出し方がまだ判らぬが、それは明日の楽しみにしておこう。」

 セリウスさんも結構楽しんでいるようだ。


 そして、秋の日暮れが早々と訪れると、第2段階の作業が始まる。

 塩水から切り身を取出し、軽く水洗いをして塩とコショウを振る。それをS字状の金具に引っ掛けてロープに吊るすのだ。

 光球をジュリーさんに2個出してもらい、その明かりの下で作業を続ける。

 一晩干せば水気が抜けるはずだ。

 そして、明日はいよいよスモークを行なう事になる。

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