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#106 セリ主預かり

 ガラガラガラ…。

 リィィ…リィィ…リィィ…。

 夜の森は虫の鳴き声で満ちている。

 単調な音を聞いていると眠くなってしまうが、そんな時は水筒の水を一口飲んで眠気を振り払って歩き出す。

 もっとも、嬢ちゃんずは荷車の上で獲物を枕に夢の中だ。結構揺れるんだけどよく寝ていられるものだと感心してしまう。


 「もう少しで森が切れる。そこの休憩所で朝まで一眠りだ。…頑張れよ。」

 前を歩いていたセリウスさんが、後を振り返りながら俺達に声をかける。

 最後尾を歩いていた俺はその声に腕を振り上げて応えた。


 そして、ようやく森を抜けた。

 遠くに村の明かりが見えるが、あそこまで歩くにはちょっと距離がありすぎる。

 荷馬車は森の近くの休憩所に入っていく。ここから村までの運搬は別の村人が担当だ。

 休憩所の広場に入ると、焚火の近くに敷物を敷き俺達は直ぐに横になった。

             ・

             ・

 話し声で目が覚める。

 何時の間にか、焚火の周りには大勢の人達が集まって話しをしていた。

 身を起こして焚火を囲む人達の輪に入ると、其処にはミケランさんとルクセムくんの姿があった。

 「起きたにゃ。もうすぐ朝日が昇るにゃ。そしたら村へ帰るにゃ。」

 優しい目で俺を見ながらミケランさんはそう言ったけど、双子は誰に預けてきたんだろう…。ちょっと気になった。

 ミケランさんの隣には、短槍を抱えてルクセムくんが船を漕いでいる。

 横に揺れるんじゃなくて縦に揺れているけど、短槍が支えになって焚火に倒れこむ事はないようだ。でも見てるとハラハラするぞ。

 たまに前に行き過ぎて、ミケランさんに襟を掴まれて戻されてるし…。

 

 「狩りはどうだったにゃ。」

 「どうにか狩る事が出来ました。今年はミケランさんがいないんで大変です。ミーアちゃんを偵察に出すのはまだ早いような気がしますから…。」


 「ミーアも黒4つだから、私と同じにゃ。何時のまにか強くなってるにゃ。」

 「色々な獣や魔物を狩りましたからね。アルトさんの指導もあるんでしょうけど…。」


 そう言ってポットから、木の椀にお茶を入れる。誰でも飲めるようにポットの脇には木の椀が沢山重ねてあった。

 ミケランさんに椀を1つ渡すと座りなおして、タバコを取り出した。

 ミケランさんもパイプを取り出すと、焚火で火を点ける。

 

 「しばらく吸わなかったですよね。てっきり止めたものだと思ってました。」

 「ミクとミトの授乳期間が終ったにゃ。また吸い始めたにゃ。」

 

 春先に生まれた双子はもうヨチヨチ歩きを始めている。

 人間の場合は1年は掛かる。って姉貴が言ってたから、双子の成長は驚異的だ。

 ジュリーさんにその辺のところを聞いてみたら、獣人族の成長スピードは人間の2倍位あるそうだ。16歳でほぼ大人として通用するとのこと。

 その代わり、寿命が人間と比べて短いと言っていた。50歳を越える獣人は稀だとも話してくれた。

 

 そういえば、セリウスさんが家を作るときにそろそろ居場所を決めるような事を言っていた。

 セリウスさんの歳は聞いた事は無いけど、30歳前後だろう。そうすると、双子が一人前になる頃までは元気でいられるはずだ。

 そんな事を考えていると少し寂しくなる。

 俺と姉貴に、寿命と呼べるものがあるのかどうか疑わしい。

 親しい友人が次々と去るのを見取るのはちょっと辛い。…その前に、姉貴と旅に出よう。俺達を知らない人達が暮すところに…。


 「なにを悩んでるの?」

 コツン!っと頭を薙刀で叩かれた。

 「イテッ!…ちょっと考え事だよ。」

 「それにしちゃぁ、深刻な顔してたわよ。」


 姉貴はそう言うと俺とミケランさんの間に入ってきた。

 姉貴が起きたという事は…辺りを見渡すと、皆が起き出して、顔をゴシゴシと擦っている。

 皆が揃った所で、簡単に朝食を取る。

 ポットのお茶を飲み、ビスケットのような黒パンを齧る。村に行けば屋台が出ているから、少しマシな物が食べられるはずだ。


 「出発の準備はいいかにゃ。」

 荷馬車とそれを運ぶ村人、それについていく俺達を見渡してミケランさんが大声を出した。

 オウ!っと俺達は腕を上げて準備が出来ている事を告げた。

 「出発しまーす!」

 ルクセムくんが大声で告げる。

 声がボーイソプラノだけどよく通る声だ。


 先頭をミケランさん達、その後は荷車で最後は俺達で村までの道を歩く。

 荷車の荷は重いけれど、緩やかなくだり坂だ。ともすれば荷車の勢いがついてしまうけれど、村人が1台当たり3人で何とか凌いでいる。

 

 途中で休憩を一回取るだけで俺達は村の西門に辿りついた。

 ガラガラと荷車をセリの列に並べると、お茶を1杯飲んだだけでミケランさん達は森の入口にある休憩所に戻っていく。


 「双子はシャロンに預けてるにゃ。引き取って欲しいにゃ。」

 荷車に付いて行くミケランさんが思い出したようにセリウスさんに告げた。

 「あぁ。直ぐに引き取りに行くよ。お前も気を付けてな。」

 セリウスさんが、だんだんと姿が小さくなっていくミケランさんに手を振っている。


 そして俺達は西の門を潜りセリの会場に足を向ける。

 昨年同様、ロープを張った急造市場には、小さなテーブルを前に大勢の商人が椅子に座り運び込まれる獲物をセリ落としている。

 

 俺達の獲物が運び込まれてきた。

 リスティンが荷車に4匹乗っている。


 「8じゃ。」…太った商人が言った。

 「9でどうだ!」…隣の商人が声を張り上げる。

 「9と50…。」…痩せた商人がお茶の入ったカップを置いて言った。

 「10じゃ。」…最初の太った商人が商人仲間を横目で見ながら言った。

 その後の声がない。

 トーンっと拍子木が鳴る。

 「10で8番が落札しました。」


 続いての荷馬車のリスティンは3匹だ。

 これは、14番が8で落札した。


 そして、運ばれてきたのは、通常の2倍以上の体格をしたリスティンだった。

 会場にどよめきが走る。


 「12でどうじゃ。…いや13出そう」

 「14。」

 「15は出せますよ。」

 「16で俺が貰う。」

 「何の…17。」

 そして、トーンっと拍子木が鳴る。

 「17で9番が落札しました。」


 次の獲物は鳥の肉だとは直ぐに知ることができるが、はたして何の肉なのか?

 商人達のひそひそと話す声が市場に広がる。

 「その鳥の羽は、花嫁衣裳に使うため売ることは出来ない。だが、1本はこの肉が何の肉かを知るために提供しよう。」

 サーシャちゃんが袋の中から1本の羽根を取り出す。

 瑠璃色をしたフワフワの羽だ。


 とたんに商人達の顔色が変わった。

 「50出そう。」

 「70でどうだ。」

 「1本。足が1本欠けてますね。」

 「1本と30。」

 そして、トーンっと拍子木が鳴る。

 「1本と30で2番が落札しました。」


 そして、最後に空の荷車が現れた。

 市場にいた全員が怪しげに荷車を見る。


 「今、荷車にあるべき物を出す。しばし待て。」

 セリウスさんはそう告げると、荷車に近づき、袋から嘴を1本と黒茶色の物体を取り出す。そして、その場で黒茶色の物体を3分割して、その内の1個を荷車に載せる。


 「これが、セリの対象だ!」

 誰もが唖然として声も出ない。

 「それは何だ。見たことも無い代物だが食えるのか?」

 1人の若い商人が荷車を指差して怒鳴る。


 「そうか…見たことも無いか。残念だな。ではこれを聞いた事ぐらいはあるだろう。」

 セリウスさんが袋から大きな吸盤の付いた食腕を取り出して荷車にドサ!っと投出した。


 「…ザナドウ…。」

 年老いた商人が搾り出すようなかすれた声を出す。

 「ザナドウって、…あの殺す事が出来ない怪物か?」

 壮年の商人が先程の老商人に確認する。


 「そうじゃ。ここ200年は倒したと言う話も聞かん。その嘴は魔石を超え、その肝臓は万病に効くと言い伝えにはあるが…。あの吸盤の付いた腕には見覚えがある…。50本じゃ。」

 「60本。」

 「100本じゃ。」

 「待て、金が足りぬ。一旦セリ主預かりにしてくれ!」

 「ここで、セリ値を付けられぬ。俺もそうして欲しい。」

 「そうしてくれると有難い。店と相談せねば…。」

 

 そして、トーン、トーンっと拍子木が2つ鳴る。

 「狩猟期の最終日に再度セリを行ないます。」

 

 嘴と肝臓それに食腕を大事そうに魔法の袋に仕舞うと、頑丈そうな箱に村人が収納する。最終日まで、この場に保管するのだ。

 村人が常に仮設市場の警備をしている。運び出すのだって、大人数人でないと動きそうにない箱だから盗難に遭う事もないだろう。


 セリが一段落したのを見て俺達は引き上げることにした。

 途中で屋台から簡単に食べられるものを購入する。嬢ちゃんずは駄菓子も買っているようだ。あっちこっちと屋台めぐりをしているんだけど、ジュリーさんが彼女達が欲しがるものを皆買ってあげてるのはどうかと思う。


 そして、ひさしぶりの我が家に帰ると、早速暖炉に火を起して、風呂を掃除する。そして、【フーター】お湯が風呂桶に溢れる。


 嬢ちゃんずから風呂に入ってもらい、その間にジュリーさんがポットでお茶を沸かす。

 屋台めぐりの戦利品をテーブルに広げると早速食べ始めた。


 「どうにか終ったわね。」

 「あぁ、しかし流石はザナドウだと思うよ。しぶとい…の一言だ。」

 「これで、私達はザナドウを狩ったハンターとして国中に名が広がりますわ。」

 

 アン姫の冒険談がまた1つ増えるんだろうな。それには俺達の名前も入るはずだ。

 余り、名が知れ渡るのは考え物だけどね。


 「アン姫様はそれでいいと思いますが、アルト様とサーシャ様は…嫁の貰い手が減るような気がしないでも…。」

 「聞えておるぞ!…いないとそのような話ばかり皆がしおる。我は嫁に行く事など考えた事も無いわ。」


 ぷくって膨れながらアルトさんが断言するけど…そんな態度だから貰い手がないのかもね。

 ジュリーさんはさっさとお風呂に退散してしまった。

 

 「まぁ、アキトが1人者なら考えなくも無いのじゃが…。」

 「アキトは渡しません!」

 ガシって姉貴に抱え込まれる。

 これって、ひょっとして三角関係ってやつ?

 「アルトさん。冗談でも姉貴を挑発しないで下さい。」

 「いや…少しは本気なのじゃが…まぁいい。ところで、相談があるのじゃが…。」


 テーブルに着いたアルトさんに姉貴はお茶を差し出す。

 「何でしょうか?」


 「狩猟期が終れば、サーシャを連れて王都に帰ろうと思う。アン姫も一緒だから問題は無かろう。そこでじゃ。ミーアを一緒に連れて行きたいのじゃが、良いじゃろうか?年が変われば陶器を焼くであろう。その時はクオークがこの村に来るはずじゃ。その時に送り返そうと思っているのじゃが…。」


 「そうですか。王都…。ミーアちゃん次第ですね。アン姫様の結婚式もあるんでしょう。私も見たいけど…でもアキトを1人に出来ないし、ここはミーアちゃんに見てきてもらいましょう。」

 最初と最後が一致していないぞ。

 まぁ、姉貴は賛成ってことだな。俺としても広い世界を見て欲しい。

 でも、結局ミーアちゃん次第だよな。

 

 そして、最後に俺が風呂に入る。

 湯船で手足を伸ばすのは気持ちがいい。

 嬢ちゃんずとジュリーさんが王都に行くとなると…来年まで、姉貴と2人っきりになるのか?今までが賑やかだったからちょっと寂しい気がするな。


 風呂から出ると、テーブルの上は屋台の戦利品の食べ散らかした残りをジュリーさんが掃除していた。

 「あれ?皆はどうしたの。」

 「お休みになられました。アキトさんもお休みになってください。まだ昼間ですけど、体は疲れているはずです。」

 

 ロフトに上がっていくと、姉貴はベッドでもう寝入っている。

 装備ベルトを壁の釣り具に引っ掛けると、衣服を脱いで俺もベッドに潜り込んだ。

 狩猟期は後15日も続く。とりあえず俺達の狩りは終ったけれど、明日から何をしよう…。

 そんなことを考えながら、何時しか眠りについたようだ。

 

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