#105 狩りは、まだまだ終らない
セリウスさん達の報告では、東の林をロック鳥は互いの距離を200D位に取りながら俺達の方に近づきつつあるらしい。
上手く倒せば結構な儲けを期待できる。
それに、孔雀とダチョウを併せたような羽根の色だ。装飾品としたいのだろう、俺とセリウスさん以外の女性達の目の色が違っている。
姉貴の指示で、左側を俺とセリウスさんそれにジュリーさんとキャサリンさんが受け持ち、右側を嬢ちゃんずと姉貴それにアン姫達が担当することになった。
ゆっくりと俺を先頭に左側に大きく迂回する。
1つ問題があるとすれば、ロック鳥の大きさだ。地上1.5m位にあるドラム缶並の胴体にダチョウの首が付いている。その頭の大きさはハンドボール位ありそうだ。
Kar98で頭を狙撃すれば何とか倒せるとは思うけど、失敗したらセリウスさんの投槍、それでダメなら魔道師2人による、【シュトロー】でのツララ攻撃をする予定だ。
待ち伏せを行うための繁みを探す。
大きくは無いが、膝撃ちなら体を隠せる程度の繁みを見つけて、早速俺がもぐりこむ。
セリウスさんは投槍と投擲具を持って少し後方の太い立木に隠れた。ジュリーさん達も繁みに身を縮ませている。
銃のボルトを操作して初弾を装填すると射撃姿勢を取って、安全装置を発砲位置にする。ニコンのスコープを覗きこむと、ゆっくりとロック鳥が歩いてくるのが見える。
照準距離を100mにセットして、ひたすら接近を待つ。
そして、アイピースにロック鳥の頭が半分以上入った時、俺はトリガーを引いた。
タァーン!っという乾いた音が林の中に響き渡ると、頭を打ちぬかれたロック鳥はドシン!っと小さな音を立ててその場に倒れた。
繁みから這い出してもう1匹を探すが何処にも姿がない。
ゆっくりとセリウスさんが歩いてきた。
「相変わらず射撃の腕はいいな。…もう1匹は姫様達が倒したようだ。俺はずっと、もう1匹の方を見ていたのだが、一瞬で頭が消えた。ボルトが3本同時に当ったみたいだ。」
とりあえず、ロック鳥の臓物をその場で抜き出すとセリウスさんがロック鳥を担ぎ上げた。100kg以上はあると思うんだけど、軽々と担いでいる。
そして、野宿していた場所まで運びこんだ。
俺達を其処に置き去りにすると、セリウスさんは姉貴の方に走っていく。
しばらくすると、姉貴達を後ろに従えて、先ほどと同じように首の無いロック鳥を担いできた。
「肉はセリに掛けても良いだろう。この足1本を取っておけば俺達全員で食う事ができる。それと、羽根を飾りにするならば良い所を今の内にむしっておけ、束ねて背負い籠に入れておけばセリの対象にはならない。」
そんなセリウスさんの言葉で、早速姉貴達は羽をむしり始めた。なるべく下の方からですよ。ってジュリーさんが注意している。
それでも素晴らしい速さで、飾りに使えそうなフサフサな羽根や、首筋に生えている群青色の羽根を引抜いている。
しばらくすると、殆どの羽根が引抜かれていた。
残ったのは、ちょっと青みを帯びた灰色の肉の塊…しかも、それを姉貴が狙っている。
「オーストリッチだよ。高級品なんだから!」
そんな事を言ってるけど、この皮でバッグでも作るつもりなのだろうか?
俺としては、リスティンの革のバッグの方が遥かに実用的な気がするぞ。
皆が羽根の選別を始めたので、セリウスさんとロック鳥の運搬方法を考える。
「やはり、担ぐしかないだろうな。」
「でも、長時間担ぐのは大変ですよ。曳きずって行く方がいいと思います。こんな感じでソリのように滑らせるんです。」
俺は近くの雑木の枝を折って、地面に簡単な絵を描いた。
「なるほど、2本の木の間に横木を置いてその上にロックを載せるのだな。そして幹を持って滑らせるのか…。」
セリウスさんは直ぐに原理を理解したようだ。
直ぐに林の中から数本の痩せた立木を切ってきた。
早速、枝を払って横木を藤蔓で縛りつける。3箇所程横木を取付けると、一番下の横木に更に上下に横木を取り付けた。
「こんなものか。あの3本の横木に獲物を縛り付ければいいのだな。」
「はい。そしてこっちを持ち上げて引き摺って行けばいいんです。」
早速、簡単なソリにロックを縛り付ける。
しっかり縛っておけばそう簡単に落ちる事もないだろう。
姉貴達の作業が終わるのを待って、俺達は家路を辿る。
グライトの谷の入口を大きく迂回したが、荷を引き摺っているので、斜面を行くことが出来ない。そんなことで、俺達はリスティンの逃走進路を逆走するような感じで進んでいる。
前方を嬢ちゃんずが先行し、その後を姉貴とアン姫が並んで歩いている。俺達の両側には、ジュリーさんとキャサリンさんが警戒しているし、最後尾には2人の弓兵が後方を警戒している。
グライトの谷の入口を抜けると、アンドレイさんが罠を張っている場所は直ぐ其処だ。
先行している嬢ちゃんずはアンドレイさん達を見つけたのか手を振っている。
俺達も脚を早めた時だ。
嬢ちゃんずが山側に駆け上がって前方を指差す。
俺達も急いで山側の斜面に荷を運びあげると、前方を見つめる。
更に、嬢ちゃんずが山側へ移動したところを見ると、大きな群れがアンドレイさん達の所に押しかけたようである。
ドドドォォーっと地鳴りのような足音が聞えてきた。
嬢ちゃんずの位置まではリスティンが駆け上がる事はないだろうが、俺達はずっと下にいる。
セリウスさんと俺は片手剣とグルカを抜いてリスティンの衝撃に備える。そして、急いで姉貴達を俺とセリウスさんの後方に移動させた。
嬢ちゃんずがクロスボーを構えた。
どうやら、獲物を増やす事にしたようだ。姉貴達も俺の後でそれぞれ武器を構えている。そして、ジュリーさんが俺達に【アクセラ】をかけて身体機能を増加させる。
数本の矢を体に突き刺したリスティンの群れが曲り角を越えて俺達の方向に走りこんでくる。
1匹のリスティンが転倒したのは、嬢ちゃんずのボルトを体に受けたのだろう。
先頭を走ってきたリスティンは俺の20m程先で姉貴のボルトで頭骨を破壊されたようだ。土煙を上げながら盛大に転倒した。弓兵の射撃も何本かがリスティンの足に当たり、転倒させている。そして、俺達の横を通り過ぎた所でジュリーさんが【メルト】を放つ。
ドオォン!っという炸裂音と共に数匹のリスティンが吹き飛ぶ。ふらふらと歩いているリスティンにはキャサリンさんが【シュトロー】でツララを飛ばして絶命させた。
それでも、次々と俺達の横をリスティンが通過する。
その時、とんでもなく大きなリスティンが俺達の前に現れた。
セリウスさんが素早くロックを運んでいたソリから投槍を掴むと背中のベルトに指していた投擲具を取り出して身構える。
俺も投擲具を取り出すと早速投槍をセットして身構えた。
「オリャァァ…。」
「行けぇぇ…。」
ほぼ同時に2つの投槍が空を切って2倍程大きなリスティンに飛んでいく。
ドン!、ドン!…グオォォーン…
投槍の突き刺さる鈍い音に続いてリスティンの悲しげな鳴き声が響くと、その場にドォンっと倒れこむ。
その間にどうやら群れは通り過ぎたようだった。
「まだ生きているのがいる。止めを刺しておけ!」
セリウスさんの声が響いた。
止めを刺し、近場に穴を掘ると腹を裂いて臓物を取り出す。そして一箇所に集める。
狩りは一瞬だが後始末は長く地味な作業が続く。
だが、アン姫もサーシャちゃんも嫌がる様子もなく黙々と作業を続けている。
「結構、狩れましたがどうしますか?」
「此処まで来れば、村人に運送を頼めるだろう。」
セリウスさんはそう言うと、腰のバッグから黒い爆裂球を取り出した。
紐を引いて近くに転がすと、ボン!っと小さく破裂して黄色い煙がモクモクと上がる。
村人はこれを見て荷馬車で獲物を取りに来てくれるのだ。
「おぉ~い。セリウスか~。」
遠くから何人かがこちらに向かってくる。
「どうやら、アンドレイ達のようだな。」
俺達も急いで彼らのところに歩き始める。
「やはり、セリウス達か。どうやら無事だったようだな。…デカイ奴にロープを切られてな。嬢ちゃん達を見かけたという奴がいたから心配していたんだが…殺ったのか?」
「あぁ、投槍を2本受けては、いくら巨大なリスティンでも倒れる他はあるまい。」
「あの投槍か…。なるほど納得だ。」
「今から村へは帰れまい。お主達の野宿箇所で一晩厄介になりたいのだが…。」
「あぁ、いいとも。お前達の獲物は若い者に集めさせる。先に行って待っていてくれ。」
アンドレイさんは一緒に来ていた数人の若者に俺達の倒したリスティンを集めさせた。
俺達が引いてきたソリを見ると、小声で聞いてきた。
「まさかと思うが…。ロック鳥か?」
「そうだ。今朝方倒した。アン姫のご結婚が近い。いい花嫁衣裳の飾りが出来た。」
「俺は、初めて見るんだ。…これがロックか。」
アンドレイさんが感心したように獲物を見てるけど、そんなに珍しいのかな。確かに珍鳥ではあるらしいけど…。
アンドレイさん達のチームは3つのチームを急遽あわせたものらしい。
黒3つの男女のチームと黒1つの若者5人が一緒だった。
早速焚火を大きくして俺達の席を作ってくれた。
親切なのは、俺達のチームが女性中心で、しかも美形ぞろいだからなのか?
「アンドレイから、此処で狩りをするようにミズキさんから作戦を伝授された。と聞いた時には驚きましたが、まさかこれ程の獲物になるとは…正直驚きました。」
ジャラムさんが、酒の入ったカップをチビチビと飲みながら嬉しそうに話してくれた。
「それは良かったですね。でも、獲物が取れたのはそれだけ貴方達の狩りが上手だったんだと思いますよ。」
「いや、作戦と準備だと俺は思う。毎年の狩猟期では、ただ走り回って狩るのが俺達の流儀だったが、このように待つだけで獲物が取れる方法は考えてもみなかった。若い奴にもいい経験になったろう。なぜ、此処で待つのか。なぜこんな仕掛けを準備するのか。それをよく考えれば狩猟期に無様な様をせずに済むだろう。」
狩猟期の無様な様って…。ひょっとして1匹も取れないハンター達がいるんだろうか?
「あのう…。狩猟期の無様な様って何ですか?」
「最下位を取ったハンター達だ。」
セリウスさんが簡潔に応えてくれた。
「ハンター仲間にバカにされるということだな。その反対に1度でも最高位を取れば、どのギルドに行っても、粗末に扱われる事はない。」
そんな話をしていると若者が俺達の獲物を運んできてくれた。
「此処に置いておきますよ。リスティンが8匹とこれは鳥の肉ですか。一緒にしておきます。」
「あぁ、ありがとう。村に戻ったら1杯おごらせて貰うぞ。」
「楽しみにしてます。」
そんな訳で村人が荷馬車を此処まで運び込むまで、俺達はここで休憩を取る。
大鍋に水筒の水を入れ干し肉を千切って投げ込み乾燥した野菜を入れて煮込むと塩と少量の胡椒で味を付ける。
ビスケット風味の黒パンを出来上がったスープに浸けながら頂くと最後はお茶で締めくくる。
余ったスープはアンドレイさん達の若い連中におすそ分けだ。
少し辛さが残る味付けに吃驚していたようだが、その美味しさにやがて貪るように食べきってしまった。
食後の一服を焚火から少し離れた場所でセリウスさんアンドレイさんと楽しんでいると、カルミアさんが長いパイプを持ってやってきた。
「アンタ達はもう村に戻るのかにゃ?」
「今日で3日だ。村に戻ると4日目だろう。今回は5日後に生存報告が義務付けられている。そして、俺達の今期の山での狩りは終了した。」
「大猟では無かった見たいにゃ。」
「そうでもない。俺達の名は一月足らずで国中に知れ渡るだけの狩りはしたつもりだ。」
「魔物でも狩ったかにゃ?」
「魔物ではない…。しかしここしばらく狩ったものはおらぬはずだ。」
「カルミア!…そう詮索するな。俺達が戻った時には分かるはずだ。楽しみに取っておけ。」
一服が終る頃、遠くでガラガラ…と荷車の音が聞えてきた。
光球を2個、荷車の前と後の上空に飛ばしながら獲物の運送部隊がやってきた。
セリウスさんが焚火から燃えている薪を1本取り出して大きく振って、場所を教えている。
やがてガラガラと大きな音を立てて俺達の所に荷馬車が到着した。
荷馬車の護衛は男女の2人組みだ。あまり話したことは無いがアンディとその彼女だろう。
「黄色の煙は此方でいいですね。」
「あぁ、ご苦労だった。獲物は其処に積んである。ロックが2匹とリスティンが8匹だ。」
馬車は3台だった。
「これは大きい。」…「ロックって滅多に取れないんだろ。初めて見るぞ…。」なんて声が聞えてくる。
セリウスさんは受取った札にチームの番号を書いていく。15番だったよな。俺達のチーム番号は…。
セリウスさんから番号札を受取ったミーアちゃんがそれを荷馬車に運んでいった。
しばらくすると獲物の積み込みが完了した知らせを受ける。
早速、アンドレイさん達に別れを告げると、荷馬車と共に村を目指して下りていく。